第84話 1人目の元仲間(1)
元仲間に会うため、指定された城内の会議室へと向かう。失礼がないよう、クグはあらかじめ最低限の情報をゼタに伝えておく。
「名前はジェラルド。現在の年齢は28歳。オールマイティーに武器を使え、冒険中は前線に立って盾を使った戦術が得意だった。現在は国防省の重装歩兵部隊の中隊長を任されている」
クグも詳しい人柄までは知らない。勇者をしっかりとサポートしていたことを報告で知っている程度だ。
会議室へ着き、ドアをノックすると中から声がした。どうやらジェラルドが先に来ているようだ。挨拶をして入り、お互いに自己紹介をした。
ジェラルドはガッシリした体格で、笑うと目尻が下がり好印象。いかにも好青年という感じだ。お互い向かい合って席につくと、ジェラルドが先に口を開いた。
「僕たちの冒険を陰ながら手助けをしてくれていた人って本当にいたんですね」
「はい」
こういうときはなんて答えたらいいのかクグは返答に詰まった。私たちのおかげで冒険ができた、なんて言えるはずもない。
「最初は、国家情報局の人から話があると聞いて、なぜ僕なんかにって思ったよ。聞くと、フォールズとの冒険に国家情報局が関わっていたということを聞いて、驚きもあったし、落胆もあった。でも、都合よく冒険が進むのは少し不自然だと思ったこともあったんだ。冒険中に感じていた疑問が晴れて、いまはとても良い冒険ができたと思っているよ」
「いえ、とんでもないです」
不信感を持たれたり、反感を買ったりしていたらどうしようかとクグには不安があったが、無用の心配だったようだ。
「フォールズとの冒険について聞きたいみたいだけど、何から話したらいいかな?」
要点だけ聞いて終わることもできるが、せっかくの機会なのでいろいろと詳しく聞いてみることにした。
「まずはフォールズと冒険に出る前のことを聞きたいのですが。どういった経緯で仲間になろうと思ったのですか?」
「うーん。それに答えるには、まず僕の身の上からを話してもいいかな」
ジェラルドの表情がキリッと引き締まり、話し始めた。場の空気も引き締まる。
ジェラルドには二卵性双生児の弟がいる。外見も性格も違うが、お互い地味なサラリーマンではなく立派な戦士になりたいという夢があり、切磋琢磨して剣の腕前を磨いた。
弟のほうが剣の扱いが得意で、ジェラルドは剣だけの模擬戦で弟に勝てたことがなかった。盾と剣を使った模擬戦では互角に勝負することができた。
勉強の成績も弟の方が良く、親や教師から常に弟と比べられ、ジェラルドは劣等感を抱きながら育った。
18歳のとき高等学校を卒業し、弟は冒険者になると言って、地元の冒険者ギルトに就職した。
ジェラルドは、兵士になる試験を受けた。強くなりたいという思いもあったが、それよりも弟と比べられるのが嫌だったので、地元から離れたいと言う思いの方が強かった。
ジェラルドは念願叶って入隊できた。しかし、周りは自分よりも有能な人ばかり。
そして何より、弟よりも強くなりたいという思いだけで、兵士としての目標が何もなかった。
兵士になりたかったのではなく、弟から逃げてきただけで、具体的にどう強くなりたいのかさえもわからなかった。
立派な戦士という漠然とした夢は、早々に砕け散った。
「いま振り返れば、そんなことで挫折なんてと自分でも思うけれども、当時は生きるか死ぬかぐらいの重要なことのように思ったんだ」
ジェラルドはうつむきがちに言った。
他に自分らしい仕事はないかと思っていたころ、ある日、高等学校の教師の募集があるのを知った。
自分が強くなるよりも、才能ある人の手助けをするほうが向いているのではないか。そして、自分のように悩む学生に教えることで、何か手助けをしたいと思った。
採用試験に合格し、20歳のとき兵士を辞めて高等学校の教師になった。
ジェラルドは武器の扱いについて教えることになった。しかし、1種類の武器だけではダメだ。自分のためというより生徒のために、剣だけでなく槍や斧などいろいろな武器の練習をした。
それぞれ武器の扱いが得意な先生方に、先輩も同期も関係なく教えてもらった。自分は弱いのだから、いまさら恥も外聞もない。
そして、自分の技術を向上させながら、教える技術も向上させた。
授業では、盾をつかった基本的な戦術を教えた。実戦では武器だけで戦うことはできない。いかに武器の扱いがうまくても、傷を負ってしまっては力を発揮することができない。いかに盾を有効に使い、戦況を有利に導くことができるかが重要だ。応用では重装歩兵の戦術を教えた。
勇者の仲間になるくらいだから、はじめから強くて順風満帆な人生を送っているのかとクグは思っていたが、そうではなかったようだ。
やはり自分よりも強い者がたくさんいる環境におかれると、どんな人でも挫折したり、目標がなくなったりする。
ただ、ここで他の人と違うのは、一時は挫折したとしても、不格好でもなんでもいいからがむしゃらに向かっていき、その挫折を乗り越えたことだ。
言うのは簡単だが、やるのは大変なことだ。努力をし続けるというのは立派な才能のひとつだ。
そういえば、ゼタも軍に入ってから挫折して、乗り越え、いまの戦法を編み出したのだった。おかげで何人も死にそうになっているが。
ジェラルドが21歳のとき、フォールズが高等学校に進学してきた。
「学校にいたころのフォールズはどんな様子でしたか?」
当時クグは、フォールズの成績や様子を校長や教頭、学年主任からの話で把握はしていたが、教科担任から直接話を聞いたたことがなかった。
「あまり友だちはいなかったようで、いつも1人だった。周りの生徒たちは勇者だと思って近寄りがたかったのかもしれないな」
中等学校では、勇者ということで特別扱いを受けていたみたいだが、ジェラルドは特別扱いをしなかった。他の生徒と同じ扱いを心がけた。
フォールズが食堂の隅で昼食を1人で食べているのを見て、一緒に昼食をとるなどして距離を縮めようとしたが、最初はあまり心を開いてくれなかった。
しだいに、勉強のわからないところを教えたり、悩みというほどではないが学校生活の愚痴を聞いたりした。
「どんなことを言っていましたか?」
「友だちがほしいというより、とにかく普通に接してほしいと」
勇者の力が使える以外は普通なのに、特別扱いをされることに違和感を感じていたようだった。
とはいえ、フォールズ自身が人を寄せつけないクールな性格ということもあり、自分からクラスの輪に入っていくタイプでもなかった。
ジェラルドが23歳。フォールズは18歳、高等学校の3年生になった。
ジェラルドは職員向けの業務連絡書類の中に、『勇者の仲間選考会』というチラシが入っているのを見つけた。
内容は、『勇者フォールズが学校を卒業するとともに冒険が開始される。ついては、冒険をサポートする役目の仲間を募集。資格は、ゲイムッスルの国家公務員または、シュトジャネの地方公務員であること。年齢は23歳まで』。
フォールズの年齢に近い人ということで、年齢差5歳までになったのだろう。
ジェラルドはチラシの内容を見て、国の兵士とかシュトジャネ警察の有望な人を採用したいのだと思った。自分にはレベルの及ばない話だと思い、応募しようなどとは考えなかった。
しかし、日増しに選考会のことが気になっていった。そして、自分もぎりぎり対象に入っているのだから、応募してみようと思った。
「強さに自信があったんすか? それとも、フォールズにいろいろ教えているから、コネで選ばれると思ったんすか?」
「まったく自信はなかったし、コネなんて選考会ではもってのほか。理由はもっと違うことだよ」
ジェラルド宛に、親から事あるごとに手紙が来ており、弟の冒険者としての活躍ぶりを否応なしに知らされていた。弟ばかり褒める内容で、お前も少しは見習えという内容だった。
ジェラルドは弟の才能に嫉妬していた。そして、自分の不甲斐なさにいら立ち、落胆もした。頑張っても認められない。成果をあげなければ、頑張っていることさえ認めてくれない。それが世の中の評価だとあらためて痛感した。
せっかくなった教師でさえ、辞めてしまおうかと何度も悩んだ。しかし、このまま辞めても逃げ帰るだけになり、親だけでなく弟にも合わせる顔がない。
いろんな武器の使い方を覚えたのも、純粋な努力などではなく嫉妬がジェラルドの原動力だった。
親に、弟に、いや、誰からでもいいので認められたいという嫉妬から応募を決めた。教えてきたことが実戦で使えるのかも試してみたかった。
そして、孤立しがちなフォールズをこのまま1人で冒険させるのも、送り出す者として心配なところもあった。
「エントリーする人のほとんどは自分より強い人ばかりだろうから、どうせ無理だろう。でも、やらずに後悔するよりも、全力を出し切ってダメだったほうがきっぱりと諦めがつく。そのときは、このまま教師を続けていけばいい。そう思ったんだ」
過去のこととはいえ、嫉妬が原動力だと素直に言えるのはすごいことだ、とクグは思った。自分を冷静に見ることができているし、とても大人だ。自分だったら、少しでも人に良く見られたいという思いが勝ってしまい、とてもではないが正直に言うことができない。
「ゼタもまだ軍に所属してたころだよな。募集があったのは知ってるか?」
「そういえば、そんなことがあったような。たしか同期はみんな、自分こそが勇者の仲間になるって意気込んでたっす。オレはまだそのころそんなに強くなかったし、勇者の冒険なんて興味なかったし。たしかこの募集のあった年に、ネズミ退治の任務でマジッスルを初炸裂させたっす」
「それはなんの話かな?」
「いえ、こちらの話です。お気になさらず、続きをどうぞ」
「えーっと。選考会は武力だけではなかった」
フォールズより頭が悪いとサポートにならないということで、一次選考は学力の筆記試験だった。
ジェラルドは生徒から勉強について聞かれることもあったので基礎は問題なかった。足りない部分は勉強しなおした。
「最初は勉強なんてと思ったけど、あらためて自分の意思で勉強してみると、学生時代よりも理解が深まっておもしろかったな。なんで学生時代にちゃんと勉強しなかったんだろうって思ったよ。一次選考で落ちた人たちは、冒険に学力なんかいらない、と文句を言ってたっけ」
学生時代は、勉強はやらされるもの、進路・就職のために仕方なくやるものだった。そんな風にして覚えたものは、すぐ忘れてしまうものだ。クグは、仮に自分が選考会を受けることになったら、楽しく感じられるほど自ら進んで勉強することができるだろうかと思った。
「ゼタは学校の勉強覚えてるか?」
「勉強ってなんすか?」
勉強した内容を忘れているのではなく、勉強という存在自体を忘れるとは、かなりのツワモノだ。こういうヤツを一次選考で落とす。まっとうな選考会だ。ジェラルドはゼタの発言に、空笑いしている。
「二次選考では、勇者に気を使わせるような人ではダメだということで、一般常識と性格検査をした。この選考で落ちた人も、基準や根拠がわからなくて検査がおかしいんじゃないかって、文句を言ってたな」
「勇者の面倒を見なきゃいけないのに、逆に面倒見られたり、勇者を差し置いて好き勝手に敵を倒してたら、意味がないっすもんね」
そう、お前だよ、とクグは白い目でゼタを見た。味方もろとも魔法で吹っ飛ばすようなヤツを真っ先に落とす。まっとうな選考会だ。
「そして最終選考の武力審査。ただ勝てばよいのではなく、卑劣な戦略や残忍性が見られると失格となる」
ジェラルドは盾を中心に、相手の武器に合わせて自分の武器を選ぶという戦法をとり、順当に勝ち抜いていった。
1つの武器のスペシャリストではないが、さまざまな武器を使っていたことで、各武器の長所も短所も知っていた。相手がその武器でどう攻めてきたいのかを察することができるようになっていた。
それは魔法使いが相手でも同じで、避けるのか、盾で受けるかの判断を大きく間違うことなく試合運びをすることができた。
最終戦は、剣が得意な人との勝負だった。ジェラルドが選んだ武器は槍だ。剣よりもリーチがあるので、有利にすすめられると思ったから選んだ。
戦いが始まると、相手の戦い方が弟に似ていて、まるで弟と戦っているような気分になった。相手の顔が弟の顔と置き換わり、嫉妬の炎が瞬く間にジェラルドの心を占拠した。
冷静さを失ったジェラルドは防戦一方になり、どんどんと劣勢になっていく。攻めあぐね、何のためにここまでやってきたのか、と自問した。
どうせ負けるなら、今まで訓練してきた成果の集大成を出そうとジェラルドは思った。勇者の仲間などもうどうでもいい。他人をねたみながら戦うのではなく、自分の成果のために戦おうと。そう思うと、冷静さを取り戻せた。
得意の盾を使い、槍のリーチをいかし、なんとか形勢を立て直すことができた。
しかし、相手の方が一枚上手だった。槍のリーチを逆手に取られた。一瞬の隙を突かれて懐に入られたと思ったら、ジェラルドの喉元に相手の剣が寸止めで突き向けられ、試合終了となった。
この試合は、クグもパシュトと一緒に闘技場で見ていた。仲間となる人の特性を見ておくのも勇者部の仕事だ。とても白熱した試合だった。




