第83話 勇者、聖剣エクスカリバー
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水の神殿で魔族を倒し、ダンケへ戻ってきた勇者モモガワ一行。
日が暮れてきたのでダンケの情報収集は翌日へ持ち越すことにした。
翌日。モロハノツルゲン社に伝説のエクスカリバーに似た名前の『エックスカリバン』なるものがあるという情報を得た。
モロハノツルゲン社は、『刃物といったらモロハノツルゲン。モロハノツルゲンといったら刃物。我が社と刃物は切っても切れない関係です。刃物だけに』というキャッチコピーで知られる、老舗の武器メーカーだ。
情報をもとにモロハノツルゲン社へ行くと、会社見学をさせてもらえることになった。勇者が来たということもあり、常務のクーゲルシュライバー自らの案内で、展示室をまわることになった。
かっこいい武器がたくさん並んでおり、モモガワはテンション爆上がりだ。せっかくのクーゲルシュライバーの説明など耳に入っていない。
サルミダは、説明を聞いても半分以上は理解できていない。相づちだけは一人前だ。
イヌコマは、興味のある武器以外はスルーだ。
トリゴエは、どの武器も自分で使うことはないのに、丁寧にメモをとった。せかく説明していただいているのだから、失礼があってはいけないという思いからだ。
エクスカリバーのレプリカの前まで来た。
クーゲルシュライバーは説明をしながら、石の台座からエクスカリバーのレプリカを引き抜いた。
「スゲーッ、エクスカリバーを抜いたー! もしかして選ばれし勇者じゃね!?」
説明を聞いていないモモガワはテンション爆上がり続行中だ。
「わーい。選ばれし勇者だー」
サルミは、よくわからないがとりあえず選ばれし勇者だと思った。
「新たな勇者の誕生か。その剣で思う存分戦ってくれ」
斧にしか興味がないイヌコマは、説明を聞いていなかった。真っすぐな性格なので、モモガワの言っていることをうのみにした。
「いえ。わたくしは勇者ではありません。常務です」
クーゲルシュライバーは淡々と答えた。
「スゲーッ、常務って勇者レベルなんじゃね!?」
依然としてモモガワはテンション爆上がり続行中だ。
「常務さんてスゴいねー」
サルミダは常務が何なのかわかっていない。
「勇者だろうが、常務だろうが、選ばれたんならつべこべ言わずに戦え」
イヌコマは言い訳をする人が好きではない。
「これはレプリカです。そして、常務さんは勇者ではありません。少しは落ち着いて話を聞きなさい」
トリゴエは3人をたしなめた。
さらに展示室をまわっていると、モモガワは、どんな盾でも突き破ることができる剣『スッパリッパー』を目ざとく見つけた。『マイスター・ゾーリンゲル・シリーズ』と書かれたシックな看板が、モモガワの購買欲をさらにかき立てた。
「このスッパリッパーってやつの試し斬りをしたいんだけど、いいかな?」
「もちろん構いません」
クーゲルシュライバーは、快く承諾した。
「うちの勇者がわがまま言ってすみません」
トリゴエはまるで保護者のように礼を言った。
「いえいえ。どんな方でも自由にお試しいただけるのが弊社のモットーですから、お気になさらなくても大丈夫ですよ。なぜならば、刃物といったらモロハノツルゲン。モロハノツルゲンといったら刃物。弊社と刃物は切っても切れない関係です。刃物だけに」
クーゲルシュライバーは笑顔で答えた。
モモガワは覚え立てのスキル『カメの甲羅シールド』を出現させた。
「ちょっとコレ持って構えてて」
モモガワはイヌコマにカメの甲羅シールドを手渡した。
「ヨッシャー! 思いっきりかかってこい!」
イヌコマはモモガワからカメの甲羅シールドを受け取ると、ノリノリで構えて言った。
「思いっきりイクぜー!」
モモガワはスッパリッパーを持ち、イヌコマに向かって叫んだ。
2人ともここが展示室だということを忘れてはしゃいでいる。
モモガワは、スッパリッパーでカメの甲羅シールドを力いっぱい斬りつけた。カキーンと甲高い音が展示室に響いた。カメの甲羅シールドは傷ひとつついていない。
「あのー。ゼンゼン切れないんだけど」
宣伝文句どおりではないので、モモガワはテンションが一気に下がった。
「その甲羅は何ですか?」
クーゲルシュライバーは、いぶかしそうに言った。
「えーっと、きのう覚えたばっかのスキルなんだけど」
「勇者さんの特殊なスキルに関しましては、ノーカウントです」
クーゲルシュライバーは冷たく言った。
「その場合、景品表示法的にアウトになる可能性があります」
トリゴエはすかさず的確に指摘した。
「特殊なスキルの場合、一般的な盾ではないと判断されます。法的に問題がないか、法務担当とさまざまなケースについて検討を重ねた上での機能および宣伝文句ですので、問題ありません」
クーゲルシュライバーも負けじと反論した。見かけによらず反撃力が高かった。
モモガワは、法的なことはよくわからないが、それでも買うと決めた。しかし、所持金が足りない。
「ローンで払いたいんだけど」
「弊社では、ローンでの購入は対応しておりません。冒険者は不安定な職業ですので、返済不能になる可能性が高いのです」
「勇者特権で売っちゃったっていいじゃん。なんならSNSでもじゃんじゃん宣伝しちゃうし」
「勇者さんといえども特例は認められません。そして、特別割引もいたしません」
モモガワはゴネて特別割引まで持ち込もうという作戦だったが、先手を打たれてしまった。クーゲルシュライバーは防御力も高かった。だてに常務ではない。
モモガワは後ろ髪を引かれる思いで展示室を後にした。
その後、クーゲルシュライバーから売店で新商品の紹介を受けた。
使い捨てカミソリ型サブウェポン・エックスカリバン。1本200モスル。10本まとめ買いすると1780モスルとお買い得だ。
肌をズタズタにしながら毛を刈ることができるので、モンスターに使うとダメージを与えたうえに、防御力を下げることができる。
鎧を着ているヤツには効果がない。ただし、鎧のようなウロコなら、ウロコをはがせるので効果あり。
パッケージ背面には、
『カミソリ型サブウェポンです。人の毛を剃るものではありません。
その他の用途:魚のウロコ取り、ファッションのダメージ加工などにも』
と大きく書かれたシールが、下に書かれたものを隠すように貼ってある。
モモガワは、せっかくなので10本まとめ買いした。
モロハノツルゲンの会社見学を終えたモモガワたちは、町で聞き込みを続ける。
ワーリザードの村に、金色に輝く聖剣エクスカリバーがあるという情報を得た。ワーリザードの村に急行だ。
聖剣エクスカリバーのある場所を、親切なワーリザードから聞いた。ワーリザードの特殊メイクをした情報課職員による情報だとは知る由もない。
聖剣エクスカリバーがあると聞いた村の近くの池まで来たが、すでに誰かいる。
魔族のオンボ博士と人型ロボットのオンボロイドンだ。
「また来たの?」
モモガワは面倒くさいなーと思いながら言った。
「わーい。おんぼろオンボロイドンだー」
サルミダはおもちゃをもらった子どものように、うれしそうに言った。
「おんぼろじゃないの。パワーアップしたオンボロイドン・カスタなの。勇者が伝説の武器を手に入れるのを阻止して、今度こそ勇者を倒すの」
オンボロイドンの胴・腕・足には、ゴテゴテとした装甲が貼り付けられている。
「ちゃんと動けるのですか? 今度は起こしてあげませんよ」
トリゴエはあらかじめ忠告した。
「オートバランサーの調整もバッチリ。耐雷コーティングも施したし、フルアーマーにして耐久性もアップなの。華麗なスキップを見せてあげるの」
オンボ博士の命令を受けたオンボロイドン・カスタは軽快なスキップをした。
「一応は戦えそうだな」
イヌコマはオンボロイドン・カスタのスキップを見て、今度は手応えがありそうだと思った。
「AIもかなり学習が進んだの。計算もできるようになったの。2たす2は?」
「4デス」
オンボロイドン・カスタはオンボ博士の問題に戸惑うことなく答えた。
「ヨン!」
サルミダも元気よく答えた。
「じゃあ、2かける2は?」
モモガワも問題を出してみた。
「?……5デス」
オンボロイドン・カスタはモモガワの問題に戸惑いつつも答えた。
「?」
サルミダは頭をひねっている。かけ算をよくわかっていない。
「おしい! かけ算はまだ教えてないから、間違えちゃってもいいの。答えがおしかったから、褒めてあげて。褒めたら伸びる子だから」
「がんばったね!」
サルミダはとりあえず元気よく褒めた。
「初めてのわりには、上出来だ」
イヌコマは、頑張っている人を素直に応援するタイプだ。
「これから覚えれば問題ないですよ」
トリゴエは温かい目で見守るタイプだ。
「算数は基礎が大事だ。ガンバレよ」
モモガワは上から目線で褒めた。
「というわけで、先に聖剣エクスカリバーを手に入れるから、ちょっと待っててね。こういうのって先に並んだ順だもんね」
モモガワたちは、どんなときも順番を守るタイプなので、オンボ博士の言うとおり待つことにした。
オンボロイドン・カスタは、池にかけられた板の上を危なげなく渡った。今回はオートバランサーの調整がうまいこといってるようだ。
「よし。勇者フォースを発動させ、その聖剣を抜くの!」
「ユウシャフォース・モード、キドウシマス!」
聖剣エクスカリバーを前にしたオンボロイドン・カスタの周りに、オーラのようなものが漂う。
謎のオーラをまとったオンボロイドン・カスタが聖剣エクスカリバーをつかむと、一気に引き抜いた。
「ヒキヌクコトガ、デキマシタ。ユウシャフォース・モード、シュウリョウシマス」
「よーしオンボロイドンAI解析なの」
「カイセキカンリョウ。データ、テンソウシマス」
「どれどれ、今回もところどころ文字化けしてるの。調整し直したのに。まあいいか」
老眼鏡をかけたオンボ博士は、スマホに表示されたデータを読み上げた。
『ゴールデン・ピコピコハンマー。その名も、エクスカリバー。
攻撃力、無いも同然。特殊効果なし。全面に金を蒸着箔したゼイタクな逸品。金色でカッコイイ。これで叩くとピコピコといい音がする』
「チクショー。魔族に伝説の武器を取られてしまったぜ」
モモガワは、悔しさをにじませて言った。
「準備はいいかな? イケー! オンボロイドン・カスタ!」
|ゴールデン・ピコピコハンマー《エクスカリバー》を装備したオンボロイドン・カスタの先制攻撃だ。
|ゴールデン・ピコピコハンマー《エクスカリバー》を振りかぶったオンボロイドン・カスタは、モモガワの前まで小走りで走って来て、勢いよく振り下ろした。
モモガワの頭に当たった|ゴールデン・ピコピコハンマー《エクスカリバー》からピコッと音がした。
モモガワは思った。だからなんだよ。
「そいじゃあ、こっちも攻撃するね。そりゃーっ」
サルミダの飛び蹴りをもろにくらったオンボロイドン・カスタ。しかし倒れない。
「次は俺様だ。おりゃ!」
イヌコマは斧でオンボロイドン・カスタを攻撃した。しかし、フルアーマーのおかげで無傷だ。
「では私も。サンダー!」
トリゴエの初級魔法がオンボロイドン・カスタにさく裂した。しかしノーダメージだ。ちゃんと耐雷コーティング処理がされているようだ。
モモガワは買ったばかりのエックスカリバンを両手に装備して構える。そして、オンボロイドン・カスタの周りを素早く動きながら、貼り付けられている装甲をエックスカリバンではがした。
フルアーマーがなくなったオンボロイドン・カスタは、ただのオンボロイドンになった。
「フルアーマーを装備するのはいいけど、機動力が落ちてるから、攻撃しまくりなんだけど」
「あちゃー。防御力のことばっかり考えてて、機動力のことを忘れてたの」
「アーマーガ、ナクナッチャッタ……」
オンボロイドンはしゃがみ込んで地面をいじっている。すねてしまったようだ。|ゴールデン・ピコピコハンマー《エクスカリバー》は投げ捨てられ地面に転がっている。
「普通の剣で切れないくらいスゲえカタい、もっとイケてるシールドがあるんだけど、装備してみる?」
ちょっとかわいそうなことをしちゃったかな、と思ったモモガワは代替案を提案してみた。
「ぜひともお願いしたいの」
「オネガイシマス」
モモガワは、オンボロイドンにカメの甲羅シールドを発動させた。オンボロイドンは背中にカメの甲羅を装備した感じになった。
「トテモイイカンジデス」
オンボロイドンは気に入ったようだ。
「なかなか似合ってるの。よかったの」
オンボロイドンの機嫌が直ってオンボ博士もひと安心だ。
「気に入ったんなら、もっと装備させてやるぜ」
モモガワはさらにカメの甲羅シールドを発動させた。
オンボロイドンの腕、足、頭もカメの甲羅シールドで覆われた。
「ウゴキヅライデス。ソシテ、マエガミエマセン」
オンボロイドンはヨロヨロとあてもなく動いていたかと思うと、池に落ちた。そして、そのまま沈んでいった。水しぶきがおさまった池には、いくつもの波紋が波打っている。
「あちゃー。大変なの。まだ泳ぎは教えてないから泳げないの。どうしようなの」
オンボ博士があたふたしていると、オンボロイドンが浮き上がってきた。
「どうやらカメの甲羅シールドの中の空気が浮力になったようです」
トリゴエは冷静に分析した。
うつぶせで水面に浮くオンボロイドンは、手足をばたつかせている。徐々に岸へ近づいてきた。
モモガワは拾った枝でオンボロイドンをツンツンして押し戻した。
「いじめないで。助けてあげてほしいの」
なんで助けなきゃいけないんだよ、とモモガワは思いながらも、みんなでオンボロイドンを岸に引き上げた。
モモガワはカメの甲羅シールドを解除した。
「シヌカト、オモイマシタ」
ロボットだから息ができなくても死なないだろ、とモモガワは思ったが、面倒なので言うのをやめた。
「泳げるようにして水陸両用にさせたいから、今日はもう帰るの」
オンボ博士とオンボロイドン・カスタはとぼとぼと帰っていった。
見事、魔族に勝利したモモガワ。
|ゴールデン・ピコピコハンマー《エクスカリバー》を手に入れたモモガワは、頭上に掲げて決めポーズをした。
しかし、|ゴールデン・ピコピコハンマー《エクスカリバー》は光の粒となって消えてしまった。
「あれ? また消えちゃったんだけど」
モモガワは前回と同様に困惑している。
「2度目ですね。このゴールデンシリーズとかいうものに何か問題があるのでしょうか」
トリゴエは腕を組んで考え込む。
「消えたものはしょうがねえ」
イヌコマは、面倒なことは深く考えないことにしている。
「不思議だねー」
サルミダには深く考えるという概念がない。
モモガワたちは、ただただ不思議がるしかなかった。
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