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第82話 失踪の日(2)

 森を西に抜けると開けた場所に出た。荒れ地が広がっている。大陸の北西の端にある『ヌルド』と呼ばれる不毛の地だ。魔界の門とは東西の対極に位置する。

 この土には草木が1本も生えていない。虫もモンスターも、もちろん人もいない。有史以来、幾度も耕作地にしようと試みられてきたが、一度も作物が実ることもなく、今や見捨てられた場所だ。


 勇者がこんなところへ何をしに来たのだろうか。所々にかがめば身を隠せるくらいの岩が点在している。クグは疑問を抱きつつも、岩に身を隠しながら尾行を続ける。


 しばらく進むとフォールズが立ち止まった。大きな穴の縁に立ち、穴の中を見ている。

 ここには『ヴォイドホール』と呼ばれている穴がある。直径は100ミートル。何もないただの穴。なぜそこにあるのかもわからない。底があるのかさえわからない。

 落ちたら存在ごと消えてしまうとウワサされる。肉体が消滅するだけではなく、生きていた存在さえも消え、忘れ去られてしまうというウワサだ。

 どこまでが本当かはわからないが、落ちた人の遺体を見つけることが不可能なのは確実だ。

 晴れているのに、穴の中は数ミートル先でさえ闇が覆っており、中をうかがい見ることさえできない。


 彼が顔を上げた。クグは慌てて岩に顔を引っこめる。一瞬、目が合ったような気がしてクグは脈が速くなる。

「尾行がヘタだな」

 彼の声がした。気づかれていたようだ。クグは観念して立ち上がり岩から身を出した。


「誰かに言われてつけてきたのか?」

「いや、そういう訳では……こんな辺ぴなところに1人でいたから、何をしているのか気になって」

「君も1人で何をしていたんだ?」

「……」

 クグは答えに詰まる。勇者部の職員だと正直に答えるわけにはいかない。

「まあどうでもいいさ。君が何者かなんて」


「何か悩んでいるなら、私で良かったら話を聞くけど――」

 クグは自分でも何を言い出しているのかと思った。相手は勇者だ。ヘタに逆なでして戦闘になれば自分の命はない。しかし、自分の意志とは裏腹におせっかいが口をついて出る。

「こんな装備だけど、これでも一応、冒険者としてそれなりにやってきたつもりでいるし、組織での上下関係とかもそれなりに経験しているんだ」


「君のような普通の人に僕のことなどわかりはしない。しかし、せっかくここまで来たんだから、土産話でもしてあげよう。それに、どうせすぐに忘れるはずだ」

「……」

 彼が何を話そうとしているのか、クグは体がこわばる。


「どうしてこうも愚かなのだろう。つくづく失望した」

「失望……何に?」


「人間という生き物のことだ。救っても救っても人間の欲望にきりはなく、人間同士で憎しみ合い、人間同士で殺し合う。自分の使命に疑問をもつようになり、そしてついには使命だけでなく自分の存在自体に意味を見いだせなくなった」

「それは私だってそうだし皆、同じだと思うが。他人にいくら期待しても、期待を満たすような見返りなんてない。期待は必ず裏切られる。期待は失望の母と言うだろ。他人に期待しすなのでは?」


 勇者が人々を助けても、感謝の言葉はあれど変わろうとしない人たち。そんな彼らに失望するのは、クグにもわかる。

 カネが欲しい。名声が欲しい。なぜ自分はうまくいかないのか。他人がうらやましい、憎い。クグも支援をしていく中で、人間の汚い部分をたくさん見てきた。そして思った、他人に期待をしてはいけないと。


「僕はみんなの期待にこたえようと、小さいころから大人の顔色をうかがい、大人の言うことを聞き、人生をかけてやってきたんだ」

「君はそうかもしれない。しかし、人は変化を嫌う。人生を変えたいと思っても、このままでいる方が楽だと言い訳をして逃げる。本当に変わろうと思っている人なんて、ごくわずかしかいない」


「それじゃあなんのために、いままでこんなことを……」

「なんのためと言われても……。無駄だとわかっていても、やらなければならないこともある」

「そんなことに人生を捧げて意味があるのか」

「意味があるかどうかは、やってから決めればいい」

「もう何年もやって、意味がないとわかったんだよ!」


「あなたの仕事がどんなものかは知らないが、やる気がないなら無理にやる必要はない」

「そうだ。これまでやってきたことはすべて無駄だったのだ。罪滅ぼしにさえならなかった」


「仕事にやりがいもなく、生きることにも希望がもてないのか。さぞ苦しいだろう」

「ああ苦しいさ。胸が裂けるほど苦しいさ。自分の人生に意味がなく、存在価値もないとわかったのだから」


「これからは他人のためではなく、自分のために頑張るという道もある」

「そんなことはわかっている。でも、もう遅いんだ。罪が消えることはないんだ。僕が消えることで、人々は自分たちの愚かさを思い知るしかない」


「いったいどういう――」

「こういうことさ」


 彼はそう言うと、体がフワッと中に浮き、またたく間にヴォイドホールの闇の中へと消えていった。

 クグは一歩も身動きがとれなかった。穴の中をのぞき見ることもできない。

 ただ立ち尽くすしかなかった。どれくらいその場に立ち尽くしていたのかもわからない。10秒なのか10分なのか。

 状況をのみ込むこともできないまま、その場を立ち去った。

 ただひとつ確かなことは、彼が底に落ちた音など聞こえてこないくらい穴が深いということだけだ。


 クグは来た道を戻りながらあれこれと考える。

 自分がいけなかったのか。王も仲間も止められなかったのだから、あの場で誰が止めようとしても結果は同じだ。

 それに、必死になって止めたところでどうなる。誰がなんと言おうと、彼は生きていくことに希望をもてずにいた。そんな状況で無理に生きていても苦しいだけだ。自分のせいではない。


 その日以降、クグはこの出来事を誰にも言えないまま、勇者フォールズを探すふりをした。

 勇者フォールズが失踪して一週間、勇者部では足取りが一切つかめずにいた。

 仲間たちの「刺激せず待てば冷静になって戻ってくるかもしれない」という助言により、捜索はいったん打ち切られ待機することになった。

 しかし、1か月たったが状況は何も変わらなかった。

 当たり前だ、ヴォイドホールへ飛び降りたのだから戻ってくることなどない、とクグは冷たく心の中で思った。そして、時間がたてばたつほど、課長に言い出すことができなくなっていった。――


「このことは、パシュトや課長には言っていない。それで良かったのかと今でも考えてしまうことがある。やはり、今からでも課長に言ったほうがいいのかとも」

「今さら言わなくてもいいんじゃないっすか。尾行しなくても、穴に飛び降りてたんすよね。だったら結果は変わんないじゃないっすか」

 ゼタにそう言われて、クグは少し気が楽になった。


――そして3か月がたとうというころ。

 クグはやることもなく庁舎前広場を歩いていた。

「ちょっと話があるんだ。いいか?」

 パシュトに呼び止められた。

「は、はい」

 クグは隠し事がバレたのではないかと緊張しながらベンチへと腰掛けた。


「俺、辞めるわ」

 パシュトはベンチに座るやいなや言った。

「なにをです?」

「この仕事」

「はあ、そうですか……えっ? 急に何を言いだすんですか!?」

「落ち着け」

「そんなこと言われても、普通のトーンで言うから一瞬そのままスルーしそうになりましたよ」


「この仕事にたずさわる者、常に平常心であれ」

「そんなのムチャですよ。辞めるといっても、急に辞めることはできないですよね」

「3か月前に辞表が受理されたんで、今月いっぱいで退職だぞ」

「今月いっぱいって、あと10日じゃないですか。そんな前に辞表を出してたんですか?」

「そうだ。勇者が行方をくらませて1週間くらいだったかな」

「あのゴタゴタのころですか。最近、出勤しない日が多いなと思ってたのは――」

「もちろん有給消化だ」

「そういうことだったんですか。でも、この仕事辞めて大丈夫なんですか? お子さんがいらっしゃいましたよね」

 たしか、まだ5歳ぐらいだったはずだ。


「妻にも言われた。『子どもがまだ小さいのに、どうやって生活してくのよ』って」

「それはそうでしょう」

「でも最終的には『何を言っても、もう決めちゃったことは変えられないヒトだがら』ってわかってくれたみたいだ」

「半分あきれられてるんじゃ」

「まあ、そうとも言うな」

 パシュトはそう言うと、人ごとのように笑った。


「で、これから仕事はどうするんですか」

「そうそう。これまでの仕事の経験をいかして、貴族とか高級官僚たち専用の御用聞きをしようかなと」

「へー。御用聞きですか」

「ま、聞こえはいいが、ひと言で言えばフリーの冒険者だな」

「ですよね」

「ああいった階級の人たちは、正規のギルドに依頼できないヤバイ問題を抱えてる人も少なくないみたいだし、そういう依頼内容なら報酬の金額を高めに設定しても文句も出ないし、カネ払いもいい。カネで解決したい人と、それを専門に請け負う人とで、ウィン・ウィンだな」

「依頼主が信用してくれればですけどね」

「しばらくは貯金と退職金が少しあるから、仕事が軌道に乗るまではそれでなんとかなるだろ」


 楽観的にもほどがある。自分が妻の立場だったらブチ切れるかもしれないとクグは思った。公務員という定職を捨ててフリーの冒険者だなんて、普通なら皿を投げるわ包丁を投げるわで修羅場になってもおかしくない。女神のように広い心の奥様には一生頭が上がらないのではないだろうか。


「今まで仕事で家を空けることが多かったが、これからは子どもの世話もできるようになるし、妻は逆に喜んでいる面もある。妻は職場復帰を早めようかと考えてるみたいだな」

 あながち奥様にとってもウィン・ウィンのようだ。お子さんにとってもいいことなら、ウィン・ウィン・ウィンだ。――


「パシュトさんて、ガックリきて燃え尽きて辞めたと思ってたんすけど、そうじゃなかったんすね」

「引きずる様子もなく、サッパリしてたな。むしろ、新しい仕事に向けて張り切っていた感じだった」

「パシュトさんはサッパリと辞めたかもしれないけど、こっちはゴタゴタしてたっすよね」


 勇者が行方をくらましてから、勇者部は混乱状態にあった。

 企画課では連日会議が開かれていた。勇者フォールズが戻ってくるのを見越して、総合戦略係にイベント調査を続けさせるのか、それとも、調査を打ち切り新しい勇者の登場を待つのか。

 さらに、パシュトが辞めた穴を埋めなければならない。どちらにしても身動きできないという課題が持ち上がり、皆、頭を悩ませていた。


「パシュトが辞めたばかりか、勇者もおらず、何をどうしていいかわからなかったときに、私が総合戦略係の係長のポジションにスライド昇進することを告げられた」

 空いた主任のポストには、異動してきて1年目の平職員のゼタが就くことになり、クグと組むことが決まった。


「なんにも仕事してなかったのに、急に主任だとか言われたんでビックリしたっす」

 自分で何も仕事をしていないという自覚があるのなら、少しくらい仕事を覚える努力をしろ。クグは言いそうになったが、話がそれると面倒なのでぐっとこらえた。

 上層部も、ゼタにはもう少し仕事を覚えさせてから現場任務に登用しようと思っていたのだろうが、キャリア組のブレイズンにやらせるわけにもいかず、他に人がいないのでやむを得ない人事だったのだろう。


 そして、勇者フォールズ失踪から3か月がたち、国王から「勇者フォールズ・ブライトは冒険中の不慮の事故により亡くなった」という公式発表が出された。

 さらに3か月後、新たな勇者ヘラクレスタロウ・モモガワが誕生し、勇者支援の任務が新しく始まった。


 勇者部では新しく勇者が現れたことで忙しくなり、先代勇者フォールズのことを口にする者はいなくなった。

 勇者が誰であるかは問題ではない。勇者部の仕事は、いま活動している勇者が活躍できるよう支援に専念することだ。


 クグは、先代勇者フォールズを見殺しにしたのではないかという心のしこりを抱えて、仕事を続けていくことになった。

 あれは自分ひとりでどうにかできることではなかった。正真正銘、勇者の力をもった者だ。へたに応援を呼んでいたら、それこそ彼の心を逆なでし、多数の死者が出るような惨状になっていたかもしれない。

 クグは自分にそう言い聞かせて、心の奥底へと封印することに決めた。過去の人にとらわれていても、現在、そして未来が変わるわけではない。


「ところで、ホントにヴォイドホールに落ちたんすよね。なんで誰も忘れないんすかね」

「存在ごと消えるなんて、ただのウワサだったということだ。むしろ、亡くなったことで語り継がれる存在になった」

 生きていていずれ戻ってくるとか、精神に異常をきたしたとか、魔王が怖くて逃げたとか、ウワサが絶えることはない。そればかりか、神になったといってあがめる人たちまで現れた。


 勇者の力を持つ者は常に1人だ。有史以来、同時期に2人以上現れたことはない。冒険中に勇者の力が消滅したという記録もひとつもないことを考慮すると、亡くなった可能性が一番高いことになる。いや、亡くなった以外にありえないのだ。


 だが、ここにきて新たな問題が浮上した。支援していた内容とは違うことをしようとしていた。何をしようとしていたのか。教団と何か関連があるのか。もはや生きていないとはいえ、教団に関連することであれば調べなくてはならない。

 そして、過去の問題が再浮上して合わさり、大きくなった。何らかの計画に思い至ったいきさつと、計画しておきながら自ら命を絶つまでに至ったのはなぜか、クグ個人としてどうしても知りたかった。

 ヴォイドホールでの一件を目撃して以来、罪の意識が拭えずにいた。あの事件は自分の支援の至らなさが招いたものではないのか。自分が間接的に彼を死へ追い込み、そして、最後の一歩の後押しをしてしまったのではないのかと。


「元仲間に会ったところで、すべてが一気に解決するとは思っていない。しかし、やるだけのことはやってみたいんだ。以前の任務に私なりのケリをつけたいんだ」

「ふーん。中途半端な筋トレだと気持ち悪いってのと同じっすね」

「ま、まあ、そんなところかな」

 ちょっと違うような気もするが、ゼタなりに理解を示してくれたということでクグは納得した。


 オフィスに戻るとスタボーン課長に呼ばれた。1人目の元仲間と会える日が決まったようだ。

「急だが明日になった」

「本当に急ですね」


「先方もいろいろと軍の任務があるみたいだ。明日は個人訓練だけなので、予定が空けられるとのことらしい。それに、勇者の冒険も順調に進んでいるので、あまり先送りにできないというのもあり、急きょ決まった」

「へぇー。1人目は国の兵士から選ばれたんすね」


「いや、仲間になる以前は違う職業だった。高等学校で武器について教えていた教師で、フォールズにも教えていたはずだ」

 クグは思い出しながら言った。

「教えてた縁で仲間になったんすね」

「いや、公平な選考会で選ばれた。そして、冒険の最初から仲間として加わったんだ」

 勇者部の仕事としてチェックしていたので、これは確かだ。


 現在は国防省の軍の兵士として勤務しているのであれば、いろいろと任務があるだろうから早いに越したことはない。

「ゲイムッスル王の許可を得て、先方には既に勇者部の職員と会うと知らせてある。冒険も終えているし、国の兵士なら口外はしないだろう。とはいえ、失礼のないように」


 冒険を支援していたとはいえ会うのは初めてなので、クグは今から少し緊張した。


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