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第81話 失踪の日(1)

「こんなとこにいたんすね。筋トレっすか?」

 庁舎の屋上のベンチに座るクグは、背後から声をかけられた。振り返るとゼタがいる。

「一緒にするな。ちょっと休憩してただけだ」


 ゼタが横に座った。

「ところで、なんで先代勇者の元仲間に話を聞かないといけないんすか?」

「ドコフクカーゼン号の紙切れのことを忘れたのか」

「そういうことじゃなくって、なんでそこまでして調べないといけないのかってことっす」

「先代勇者フォールズが失踪した原因を知る必要があるんだ」

「でも、もう死んじゃってるから調べようがないし、調べたところで死んじゃってるからどうしようもないじゃないっすか」


 ゼタの言うとおりだが、クグにはどうしても調べたい理由があった。

「フォールズのことはどれくらい知ってるんだ?」

「ゼンゼン知らないっす。どんな人か知ってるんすか?」


 勇者モモガワの支援と同様、勇者とは職務上、直接会って支援することはない。しかしクグは、動画報告書での様子や、町の人たちのウワサ、勇者部の他の部署の報告書などから、フォールズの人となりを把握していた。


「非常に人間的に良くできた人。真面目で常に人々のことを考えており、思いやりの心に溢れる人だったようだ」

「へえー。やっぱり今の勇者と違ってチャラそうじゃないっすね」

「今の勇者みたいなアイドル的な人気ではなく、信頼のおける人、将来を託せる若者という感じの人気だな」


「逆に、ちょっと固そうっすね」

「勇者の力に目覚めたのはまだ幼少の時期だったらしい。そしてその頃から、勇者としての英才教育を受けたんだ」

「じゃあ、勇者が冒険に出るまで支援する仕事ってないっすよね。何してたんすか?」


 当時は、まだゼタが企画課にいなかったので、知らないのも無理はない。

「フォールズが学校を卒業して勇者として冒険へ出られるようになるまでは、世界の各地を巡って、情勢や魔族の動きをチェックするのが主な仕事だったな。事前に調べておけば、冒険の支援にいかすことができるだろ。あと、学校へ成績や様子などを聞きにも行っていた。勇者審議会にも逐一報告書を出さないといけなかったからな」


「成績はよかったんすか?」

「かなり優秀だったぞ。剣も魔法も上から10位以内に入っていた。学力にいたっては、必ずトップ3には入っていた」


「じゃあ即戦力ってことで、冒険はトントン拍子っすね」

「いや、勇者審議会はそう判断しなかった。能力はあるが実戦経験が少ないということで、大きな町から小さな村まで、世界各地をじっくりくまなく回り、着実に経験を積み実力をつけるという方針が決定された。支援はこれまで足かけ3年かかり、4年目に入っていた」


「今の勇者の冒険に比べると、かなり時間かけたんすね」

「おかげで実力だけでなく、世界中の人々の信頼も得ることができた。そして、勇者フォールズの冒険はトーイットコに入り、これから伝説の武具を手に入れるという段階までいった」


「支援はどこまでいってたんすか?」

 このころにはゼタはすでに異動してきていたはずだが、まだ勝手がわからないのと、屋上で筋トレばかりしていだろうから、知らないのも無理はないだろう。


「企画課総合戦略係の調査がヤマ場の魔界へと入るので、課をあげてその対応に追われているところだった」


 クグには、誰にも話していないことがあった。スタボーン課長にもパシュトにもだ。

 クグは屋上から見える景色を眺めてひとつ大きく呼吸をすると、()()()のことを思い出しながら話し始めた。


――クグの役職はまだ主任で、上司のパシュト係長と勇者フォールズの支援をしていた。


 東方の国トーイットコの最北の町『ンダ』の宿屋で、クグとパシュトは身支度を整える。これから向かうのは魔界だ。

 町の北側にある出入口から北上し、最北端の『アナカシコ山』を登ると、魔界へと続く巨大な門『魔界の門』がある。人間界と魔界とをつなぐ唯一の場所だ。

 魔界では人間界とは違い何が起こるかわからない。そんな場所へたった2人で乗り込むのだ。


「任務を確認する。魔界へ入って集めるデータは、生息するモンスター。回復地点となる場所。通り抜けなければならないダンジョンがあれば、その内部。そして最後には、魔王城へ潜入する」


 説明するパシュトはクグの8つくらい年上でもう40歳くらいだが、爽やかで若々しさがある。頭脳も戦闘もすべての点でクグより優れており、これまでの任務ではあまりクグの出番はなかった。

 こうも完璧だと、パシュトはどこかの物語の主人公なのではないか、とクグは思うことがあった。


「魔界は初めてか?」

「大丈夫です。係長」

 気軽に魔界へ行く人などいない。しかし、クグは当たり前の質問にしっかりと返事をすることで、不安な気持ちを抑えた。


「急に改まってどうした。役職で呼ぶのはやめてくれよ。いつもどおりパシュトでいい」

 クグには拭いきれない不安があった。

「この装備で大丈夫なのでしょうか?」


 任務当初から変わらないソード・アンド・バックラーで魔界へ乗り込むことになろうとは、クグは思ってもいなかった。魔界赴任用の特別装備などの支給があるのかと思っていたら、何もなくいつもどおりだ。


「怪しまれないためにはこれがいいんだ」

「でも、魔界ならば人間界と違って勇者の支援とバレにくいのでは?」

「魔族もバカじゃない。もし勇者支援をしているとバレたら、自分たちの身が危険だ。どこで何があるかわからない以上、正体を隠すのは最低限の鉄則だ」


「それもそうですけど」

「この装備でもなんとかなる。魔王や幹部クラスのボスを倒すのが任務ではない。調べるのが任務だ。雑魚も無理に全部倒す必要はない。倒しまくってたら、それこそ怪しまれかねないだろ」

「わかりました」

 クグは理由を理解したというより、自分を納得させるために言った。


「準備はいいか? そろそろ出発するぞ」

「魔界の攻略ルートを考えてみたのですが」

 クグは一生懸命まとめた一枚のメモをパシュトに渡した。しかし、パシュトは軽く目を通して言った。


「もう少し柔軟性があるといいな。勇者のイベントは予定どおりに見つかる訳でもないし、不測の事態も考慮しないと。といっても、俺も前の支援のときは今のスタボーン課長について行っただけだし、10年以上前で覚えてないこともあるから、そう教えることもなさそうだけど」


「いえ、とんでもありません。これまでたくさんのノウハウを教えていただきました。それに魔界へは一度も行ったことがないので、まだまだこれから学ぶことがたくさんあります」

「ま、気楽に行こう。モタモタしてたら勇者が追いついちまうぞ」


 宿屋の部屋を出ようとすると、パシュトのスマホに着信音が鳴った。パシュトは素早くスマホを取り出し通話を始めた。

「これから出発するところです。何かありましたか?」

 スタボーン課長と何やら話しているようだ。会話している内容が洩れ聞こえてくる。


「フォールズが勇者を辞めた!? しかも、理由も告げずに行方をくらませた!?」

 パシュトは急に大きな声で言った。クグにもただごとではない緊張感が伝わってくる。

 パシュトは通話を切りクグの目を見て、「聞いていたからわかるだろ」とでも言っているようなアイコンタクトをすると、感情を抑えた口調で言った。

「至急、庁舎に戻るぞ」


 クグが聞いていたというよりは、パシュトがクグに聞こえるように話していたのだろう。

 クグはパシュトの後を追って外へ出た。そしてテポトで庁舎へと戻る。


 スタボーン課長から直接、詳細を聞くため課長のデスクへと向かう。しかし職員は皆、騒然としており、課長のデスクを取り囲むように群がっていた。

 パシュトとクグは皆が集まっている一番後ろへ立ち、課長が話し始めるのを待った。

 どうやらクグたち2人が最後に戻ってきたようで、課長は職員全員が集まったことを確認すると、すぐに職員全体への説明がはじまった。


「既に皆の耳にも入っていると思うが、勇者フォールズが突如冒険を辞めると言って失踪した。王や仲間にも理由を告げずにだ」

「なんで?」

「どーしてだ!」

 職員の何人かから声があがる。課長は無視して説明を続ける。


「王からの報告はこうだ。勇者一行が王に謁見したいという知らせが入った。謁見の間で会うと、勇者フォールズの口から『冒険をやめたい』という報告を受けた。そして仲間や王の説得もむなしく、『勇者を続ける資格がないので、今日をもって辞めさせてもらう』と言い、これまで得た武具・アイテムがすべて入った勇者用道具袋を床に置き、仲間も置き去りにし、ひとりどこかへと姿をくらましてしまった。ということだ」


「どうなってるんだ!」

「もっと早くに兆候をつかんで阻止できなかったのか!」

 誰に当たるでもなく、イライラを吐き捨てる職員たち。


「そこで勇者部全体で捜索活動をすることになった。それぞれ割り当てられた地域で勇者の足取りを追ってくれ。些細な情報でもいい、何かわかったら随時報告をするように。それから注意事項だが、万が一勇者を見つけたとしても、単独で無理やり連れ戻そうとしないように。接触せず、まずは報告をしてくれ。尾行は無理のない範囲で構わない。対応が決まり次第連絡する。以上だ」


 職員たちは、腑に落ちない思いや、苛立ち、不安などをそれぞれ胸に抱えながら捜索へとあたった。――


「さすがに、課長の話は聞いていたからわかるだろ」

「あのときは異動してきてまだ1年くらいだったから、何が何だかよくわからなかったっす。そんな経緯があったんすね。でも、3年もかけて支援したのに、理由も言わずに急に冒険をやめられちゃったら、ガックリきそうっすけど」


――

「これまで勇者の支援にかけた期間は3年だぞ。勇者ひとりの勝手な行動で、今までの仕事がすべて水の泡だ」

 パシュトはかなりいらついた様子で言った。

 クグは感情をむき出しにしたパシュトをはじめて見て、らしくないと思いつつも、それだけ仕事に一生懸命取り組んでいたのだということがわかった。


 クグはといえば、ただ目の前の仕事をこなすのが精いっぱいだったので、実感が湧かないというか、状況がのみ込めないでいた。失踪した勇者フォールズを探すにあたって、どうしたらいいのかわからなかった。


「探すといっても、そんな簡単に見つかる場所にいるとは思えないんですけど。町の人に聞き込みをしたほうがいいですか?」

「自分たちの正体を明かさないとしても、勇者部の職員たちがそこら中で勇者を見かけなかったか聞きまわっていたら、勇者に何かあったのかと怪しまれてしまうかもしれない。民間人に聞いてまわるのはよそう」


「地道に観察して、それらしき人物をしらみ潰しであたっていくしかないみたいですね」

「よし、別行動にしよう。一緒に同じ場所を探していても効率が悪い。何かあったらすぐに連絡してくれ」

 各自分かれて捜索をすることになった。――


「ゼタはどこを探しに行ったんだ?」

「探すっていったって、ゼンゼン知らないから探しようがないんで、ここで筋トレしてたっす」

 ゼタの言うことにも一理ある。勇者フォールズが目の前を通ってもわからないのでは意味がない。かき乱すくらいなら、じっとしてくれていたほうが勇者部としてはありがたい。


――クグは割り当てられた場所を1人で探し回りながら、いろいろなことが頭を巡った。


 所詮、勇者もひとりの人間だ。支援をされながら冒険をしていることなど知らない。自覚もなく勇者を演じさせられている傀儡(かいらい)のようなものだ。

 一時的に嫌になることもあるだろうが、しばらく頭を冷やしたらまたひょっこり現れ、冒険を再開すると言うだろう。

 もしそうならなかったとしても、新しく勇者が現れるだろう。また一からやり直しだが、同じようなことをなぞっていけばいいだろう。そう思うことで気持ちが軽くなった。


 無理して見つけなくてもいいのではないか、という気持ちが徐々に大きくなっていった。冷静になるにつれ、裏切られた気持ちが出てきた。これまでの支援という恩を仇で返されたような気持ちにさえなった。


 いつもなら公務員として、手を抜かずきちんと任務にあたるのがクグのモットーだが、やる気が出ない。

 フォールズのことが特別嫌いなわけではない。むしろ逆で、とても人格もよく人々にも愛されるいい人だし、クグも支援をしていて誇らしいとさえ思っていた。しかし、今回は面倒くさいと思ってしまう。


 なぜなら、やる気のない者が勇者などやっても世界を救うことはできないからだ。自分たちも支援をするだけ無駄になる。

 仮に今回、無理やり続けさせることができたとしても、結局、また辞めることになったり、負けて死ぬことにでもなったら、さらに無駄になることを増やすだけになる。

 自分の仕事に意味がなくなってしまう。


 フォールズは人格はよいが、まじめすぎる面もある。まじめすぎて融通が利かず、頑固すぎる傾向もある。そんなフォールズが簡単に180度考え直すだろうか。戻ってきて「前言撤回します」なんて、彼のプライドはゆるさないだろう。


 戻ってくるならともかく、クグはできればフォールズを見つけたくないと思った。

 見つけてしまってややこしいことになるくらいなら、探すふりをして時間をつぶすことにした。人目につく場所ではサボっているのがバレるので、人が少ないところを選んだ。


 勇者フォールズを探しはじめて3日目。

 クグは、ゲイムッスル国の北西にあるグリームグルームの森にいた。フォールズが行かなさそうな場所だと目をつけた場所だ。


 森を中ほどまで進むと、人影が見えた。近くの町の人か冒険者だろうが、念のためクグは気付かれないよう近づいてみた。

 1人だ。冒険者パーティではぐれたのか。それとも最初から1人なのか。


 森の暗がりの隙間から差し込む光で顔が照らされる。クグの足が止まった。足だけではない。呼吸も止まった。

 フォールズだ。こんなところで何をしているのか。その質問をすぐさま自分に投げ返す。自分は何をしにこんなところまで来たのか、そして、よりによってなんで自分が見つけてしまったのかと。


 フォールズが森の奥へと進みだす。クグは考えるよりも先に後をつけていた。職業病か。いや、勇者がこんなところに1人でいたら、誰でも後をつけるだろう。


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