第79話 キリタッタクリフ
前方に切り立った崖が見えてきた。クグはテクビゲを起動させ現在地と地形を確認する。
キリタッタクリフの奥に青色の丸があるのを見つけた。ドンナモンド・レーダーの反応で、水のドンナモンドがあるということだ。
これは調べなければならない。ゼタが調べようと言わなかったら見過ごすところだった。
崖が入り組んだところに入っていく。徐々に暗くなってきた。
「ライトでもつけるか」
クグは黄色いボタンを押した。アヒルの目から光が出て、先が見えるようになった。
「もうちょっと明るいほうがいいっすね」
「やめろ、押さなくて――」
クグの静止を聞かず、ゼタは黒いボタンを押した。7色の電飾がついた。
「さっきより明るくなって見やすくなったっすよ」
「ま、まあな」
船体がピカピカと光っているので、前方だけでなく横もよく見える。ゼタの言うとおり視界は良くなった。
アヒルの船体と点滅している電飾が水面に写っている。こんなものに乗っているのかと思うと、誰にも見られていないのにクグは恥ずかしさがこみ上げてきた。
後ろから何かが近づいてくる音がする。
魔動船外機の付いた木製のミニボートがクグたちに追いつき並走する。乗っているのはチョコレイツの3人だ。
見つかりたくない場所で、一番見つかりたくないヤツらに見つかってしまった。
「ププッ。モブのくせに、なんでそんなダサいボートでこんなところまで来てんの。バカなの?」
ミルクが開口一番、半笑いで言った。
「長さ3ミートル未満、出力が2馬力以下のボートなら免許がいらないのなんて、冒険者だったら知ってて当たり前ですわよね」
ホワイトは見下すように言った。
「バカモブ」
ビターは相変わらずひとことだ。
一介の冒険者からバカにされ、クグはプライドが許さない。しかし、この状況は自分でも変だと思うので言い返せない。
ボート免許不要の規格など知っているが、今回は流れでこれになってしまっただけだ。クグは、免許不要で乗れる船外機付きのゴムボートを導入してもらえるよう、戻ったら稟議書を書こうと思った。
「おまえたちこそ、なんでこんなところにいるんだ?」
「激レアアイテムの水竜のヒゲをゲットしに来たに決まってるじゃない」
「これで一躍有名冒険者の仲間入りですわ」
「1本たりとも渡さねえ」
これまでのところ、ドンナモンドのありかは2つともモンスターの中だった。ということは、今回の水のドンナモンドもチョコレイツが狙っている水竜の可能性が高そうだ。
そして、そんな強力なモンスターなど勇者レベルでないとかなうわけがない。
「そんな危険なモンスター、どうせ倒せないぞ」
「そうっすよ。ムダっすよ、ムダ」
「余計なお世話よ。あんたたちこそどうせ倒せないんだから、さっさと帰りなさいよ」
くだらない言い争いをしている場合ではない。先に見つけてさっさと戻らないと面倒なことになりそうだ。クグは嫌な予感がした、
「こっちはいろいろと忙しいんだ。とにかく、忠告はしたからな」
「またそうやって、独り占めしようとたくらんでるんでしょ」
「わたくしたちをだまそうとしてもムダですわよ」
「人としてカス」
彼女たちは、人を信用せず腹黒い冒険者に仕立て上げるのが趣味なのだろうか。
ミルクが「お先に」と言うと、チョコレイツは先に奥へと行ってしまった。
クグは相手が普通のボートだったのを忘れていた。遅れを縮めるためこぐスピードを上げる。
しばらく進むと岸が見えてきた。チョコレイツのボートもある。
ここから歩いて探索になるようだ。ボートを岸に横付けして降りようとしたら、奥からなにやら騒がしい音が聞こえてきた。
見ると、ダッシュでチョコレイツが戻ってきた。
さらに、その後ろから四肢がヒレのようになった大きなドラゴンが、すごい勢いでこちらに向かってくるのが見えた。
「あんたたちも早く逃げたほうが」
と言いながら、チョコレイツはボートに乗り去っていった。
どうやらあのモンスターを起こしただけではなく、かなりご立腹にさせてしまったようだ。嫌な予感が当たってしまった。こうなってしまったら、調査どころではない。
「全速力で逃げるぞ!」
クグとゼタは全力でブロークンハーツ号をこぎ、来た道を戻る。ドンナモンド・レーダーが反応している。予想どおりドンナモンドの持ち主だ。
クグは全力でこぎながら、スマホだけ後ろに向けてシラベイザーでスキャンする。
「キリタッタクリフにいるから、キリッシーっすね!」
「変な名前をつけるな!」
ドラゴンの口から巨大な水の塊が飛んでくる。左右にハンドルを切りながら逃げる。両側の岸壁にもぶつからないよう気をつけなければならない。
「水のドラゴン『セイリュウヌ』。水属性。四肢に大きな翼のようなヒレをもつ。性格は凶暴。起こすな危険。一度起こすと手がつけられない。キリッシーなんてゆるい名前じゃないぞ!」
「じゃあ、ニックネームでキリッシーって呼ぶっす!」
「好きにしろ! 通常攻撃は、口から放出される水の塊『水弾』」
「いま撃ってきてるやつっすね!」
「そのとおりだよ! 必殺技はすべてを飲み込む『大津波』」
水弾がボートのすぐ後ろに着弾した勢いで、ボートごと前方に飛ばされる。
クグは「うおぉーー」、ゼタは「のわーーー」と叫び声をあげながらも、ボートのバランスが少しでも安定するよう体勢を保ち、なんとか無事に着水した。
ペダルをこぐスピードは全力のまま、さらに逃げ続ける。
「アヒルが飛んだっす!」
「尻に火でもついたんだろ!」
飛んだおかげでチョコレイツのボートに追いついた。そのままの勢いで並走する。
ミルクとホワイトが、ボートの上に立ちセイリュウヌの方を向いて構えた。
「ライジングショット!」
「サンダーキャノン!」
ミルクの槍の先から発射された雷の玉と、ホワイトの杖から出た魔法の雷の玉が、二重らせんを描きながら飛んでいく。
セイリュウヌは迫りくる雷を前足で軽くはたいて消した。続けて、口から水弾を放った。チョコレイツのボートに水弾が迫り来る。
「バーニングアッパー!」
ビターが炎をまとうハンマーを下から上に振り上げ、水弾を打ち消した。しかし、ビターはテンションだだ下がりでその場に座った。
「どうしたの?」
「まだ倒してないわよ」
ミルクとホワイトが聞いた。
「アカン。衝撃がごっつくて、腕が吹っ飛んだかと思った」
膝を抱えて座るビターが意気消沈したように言った。
「腕の1本や2本、吹っ飛んでもなんとかなりますわ。連続でどんどん打ち消して構いませんのよ」
「アホ言え。腕は2本しかあれへんちゅーねん。あんなもん連続で打ち返せるか!」
ホワイトの性格は相変わらずブラックだ。ビターはいつもあのように酷使されているのだろうか。同情している場合ではない。
「アイツを起こしたのはお前たちだろ。責任もって自分たちで処理しろ!」
襲い来る水弾をよけながら、クグはチョコレイツに抗議した。
「ムリ!」
ミルクの言葉からは責任感のかけらも感じられない。
「身をていして食い止めるのが冒険者じゃないのか!」
「冒険者じゃなくてアイドルだし!」
「都合のいいときだけアイドルぶるんじゃない!」
「あんたたちこそ、身をていしてアイドルのあたしたちを守りなさいよ!」
「おまえたちをアイドルだと認めた覚えはないし、守る義理もない!」
「ふざけたこと言わないでよ!」
「ふざけてるのはそっちだろ!」
最近の冒険者は自分勝手なヤツが多い。まったくもってけしからん。ボートごと沈んでしまえとクグは思った。すると、チョコレイツのボートが減速しだした。
「あれ? どうしたんだろ?」
ミルクはテンパっている。
「乗る前にバッテリーチェックしましたの?」
ホワイトは冷静に言った。
「あたしの当番じゃないし」
「わたくしでもありませんわ」
ミルクとホワイトは白々しく言って、ビターの方を見た。
「なんであたいのせいになんねん。2人で準備するて言うたやんか」
醜い責任のなすりつけ合いだ。
セイリュウヌはそんな3人を前足で思いっきりはたいた。ペシッという音とともに、3人ははるか空の彼方へ飛んでいきキラーンと光った。今度こそお星さまになったのだろう。あの3人は何をしに来たのだろうか。チョコレイツが乗っていたボートは粉々に飛び散った。
クグとゼタはブロークンハーツ号を全力でこいで逃げる。しかし、標的が自分たちだけになり、このままでは体力がもたない。
「ここは私が食い止める。こぐのは任せたぞ。筋トレだと思え!」
「うっす!」
クグは電飾がピカピカと光るブロークンハーツ号の屋根に立ち、セイリュウヌと対峙する。
ゼタを見習うのは気に入らないが、どんな魔法でも全力でかければいつも以上の効果を発揮させたり、普段はかからないような相手にもかけることができる……はずだ。
クグは魔法に集中する。こんなに魔法に集中したのは、学生時代に初めて魔法の試験を受けたとき以来だろうか。全身全霊でネムインを発動させた。
セイリュウヌの頭の周りをネムインがグルグルとまわる。このままいけば魔法がかかりそうだ。と思った矢先。
「あ、渾身のネムインがはじかれた!」
「なにしてんすかっ!」
「もうちょっと筋トレ頑張れ!」
クグは次こそはと全身の筋肉に力を込め、体の中心で魔力が集まっていくのをイメージした。そして、とにかくフルパワーでオソインを発動させた。
「かかった!」
セイリュウヌの追いかけてくるスピードが鈍った。クグは筋肉で圧縮するってこんな感じなのかなと思いながらブロークンハーツ号の座席に戻り、ペダルを全力でこぐ。ついでに自分たちにもハヤインをかけた。
「次はオレの番っすね!」
「おいっ。このまま逃げるんじゃないのか!」
ゼタがブロークンハーツ号の屋根にあがりセイリュウヌと対峙する。
「こぐスピード落としたらダメっすよ!」
「おのれーっ! ぬおーっ!」
クグはデスゾーで買ったマホビタン・ダブルを道具袋から取り出し、一気に飲み干した。
そして自分にハヤインを重ねがけし、こぐスピードを落とさないよう気合をいれた。
いい歳こいて、ハヤイン重ねがけブロークンハーツ号全力こぎすることになるとは、クグは思ってもみなかった。しかも、セイリュウヌに追いかけられている。
すると、背後で何か轟々と音がするのにクグは気づいた。チラッと振り返ると、セイリュウヌは必殺技の大津波を発生させたようだ。
追いかけるスピードが鈍ったので、クグたちを大津波で飲み込もうという魂胆のようだ。
大津波は岸壁の幅いっぱいで避けることはできない。クグひとりのこぐスピードではすぐ波に飲み込まれてしまう。
いや、ゼタと2人でこいでも、人がこぐ程度のスピードでは波の進むスピードを超えることなどできず、あっという間に飲み込まれてしまうだろう。
その直後、ブロークンハーツ号の屋根に立つゼタが、巨大な筋肉圧縮魔法を発射した。
魔法の玉はセイリュウヌでもなく、大津波でもなく、海面に向かって一直線だ。そして、海面に触れた瞬間、魔法の玉が爆発し水の谷ができた。
セイリュウヌの大津波とゼタの水の谷が激しくぶつかる。すると大津波と水の谷の両方が消えた。お互いの波が打ち消しあったのだ。
打ち消しあった後のちょうどいい感じの余波が、ブロークンハーツ号を後押しし速度があがる。
ナイスだ、でかしたゼタ。クグは心のなかで勝利を確信した。
クグは座席に戻ってきたゼタにマホビタン・ダブルを手渡す。ゼタは一気に飲み干し、自分にハヤインをかけた。
ハヤイン重ねがけの2人でブロークンハーツ号を全力でこぎ、さらにスピードアップだ!
クグは思わず叫ぶ。
「ぬおーっ、ファイトー!」
「イッパーツっす!」
ゼタも応じるように叫んだ。
ブロークンハーツ号が水しぶきをあげながら、いまだかつてないトップスピードに乗る。グングンとセイリュウヌとの距離が広がっていく。
岸壁の切れ目が見えてきた。キリタッタクリフの出口だ。ゼタはさらに岸壁の両側からファイヤーウォールを出現させた。
もうセイリュウヌは追いかけてこない。
火を嫌ったのもあるかもしれないが、必殺技の大津波を消され、さらに余波の波に押されスピードのあがったクグたちを見て、岸壁の幅いっぱいに広がるファイヤーウォールを消してまで追いかけるものでもないと諦めたのだろう。
無事にキリタッタクリフを抜けることができた。
「それにしても、逆位相の波を起こすとは、よく思いついたな」
波の性質は、波の山と山が重なり合う同位相になると強めあう干渉が起こってしまうが、波の山と谷が重なる逆位相になると打ち消しあう干渉が起こる。
つまり、セイリュウヌが大津波で起こした波に対して、筋肉圧縮魔法で逆位相の波を起こすことで、波を消したということだ。
「逆位相ってなんすか?」
「わかっててやったんじゃないのか?」
「とにかく、水がなくなるくらいドデカイのをぶっ放せば、追ってこれなくなるかと思っただけっすけど」
物理的な計算ではなく、脳筋の発想だった。
「そ、そうだったのか……。まあ、とりあえず、結果オーライでなによりだ」
緊張の糸が切れたクグは、ブロークンハーツ号のハンドルに頭をもたれかけた。
とにかく疲れた。もう足がガクガクだ。このまま宿に行ってもう今日は仕事をしたくない、と心底思った。
カタカタと音をたてて足元に転がる2本のマホビタン・ダブルの瓶が目に入った。
セイリュウヌから逃げるのに無我夢中だったので、空き瓶をどこにやったかなんて気にもしていなかった。ゴミはポイ捨てせずにちゃんと持ち帰る。環境意識の高い公務員なら当たり前だ。
町の水路まで戻ってきた。町は夕日で赤く染まっている。ボート乗り場が見えてきた。
まだ遠くにいるのに、おじさんが手を振って出迎えてくれた。
「遠くからよく気がついたな」
「電飾ピカピカだからじゃないっすか」
しまった。スイッチを切るのを忘れていた。町なかの水路を電飾ピカピカさせ男2人で乗っていたかと思うと、クグは恥ずかしさがこみ上げてきた。急いでライトと電飾のスイッチを切った。
庁舎へ戻ったクグは、取り急ぎ課長へ報告をする。ドコフクカーゼン号の船室で見つけた紙切れについてだ。休んでいる場合ではない。ゼタはさっさと自分のデスクへ行ってしまった。
クグは紙切れを課長に手渡して言った。
「これはドコフクカーゼン号の船室にあったものです。先代勇者フォールズか、その仲間の誰かが残したものだと思われます」
スタボーン課長は神妙な面持ちで手にした紙きれを見ている。クグは続ける。
「『自ら命を絶つべき』という言葉から、先代勇者フォールズが書いたのものである可能性が高いです」
「うむ。たしかに」
「そこで、元仲間に会ってこの紙切れの内容について確認をしたいのですが」
「確認してどうしようと考えているのだ?」
「先代勇者フォールズは勇者支援で与えていない情報を得て、何かをしようとしていた可能性があります。これは勇者支援の根幹を揺るがす由々しき問題だと思います」
「そうだとしたら、たしかに問題だ」
「何をしようとしていたのか。一緒に冒険をしていた元仲間なら何か知っているかもしれません。そして、それが頓挫したか何かの理由で冒険を続けられない状態になった。つまり――」
「先代勇者フォールズが国王の前に突如現れ、勇者を辞めるとを宣言し、失踪したことと関係があるかもしれない、ということか」
「そういうことです」
「しかし、勇者審議会で亡くなったと結論づけられ、現に新しく勇者モモガワが現れた。勇者は常に1人だ。遺体は発見されていないが、亡くなった可能性が高い。今さら調べてどうするのだ?」
「今後の勇者支援で同じようなことが起こるのを防ぐためにも、先代勇者フォールズが冒険の途中で失踪した理由を突き止める必要があるのではないかと、この紙切れを見て思ったのです。それに加え、ブレッシング・スター教団との関わりも、何かつかめるかもしれません」
スタボーン課長は腕組みをしている。
「うーむ。元仲間と会うのは国王はじめ勇者審議会が許可しないと、できるともできないとも、私の口からは言えん。上層部と相談してみる」
「ありがとうございます。あと、もうひとつ気になる点がありまして。その紙切れにあるのは、『超大型魔動機』というものではないかと思われます。調査してもよろしいでしょうか」
「勇者モモガワの支援に支障が出ない程度なら構わん。我々の任務はあくまでも、現在の勇者支援が最優先だということを忘れないように。キャサリンにも時間があったら調べてもらうよう伝えておく」
課長の許可を得たクグは、ようやくひと区切りついて自分の席に座り脱力した。
疲れてもう何も考えられないので、残務処理や今後のことは明日以降へ持ち越すことにした。




