第75話 歌が世界を救う作戦
クグは作戦を説明をした。
シオサインの町には海浜公園があり、屋外ステージがある。明日フォークジャンボリーが開催されるらしく、会場設営をやっていた。
なんとかしてそこにおびき寄せ、勇者が生歌を披露し、勇者パワーで一網打尽にする。
「――という計画です」
「ふーん。じゃ、準備よろしく」
ソチャノウォーター博士はひとごとのように言った。
クグは誰のためにやってるんだよという想いを飲み込み、これは勇者のイベントのためだと思い直し、スマホの通話でスタボーン課長に連絡する。
フォークジャンボリーのイベント会社に、ステージと音響設備を一時的に貸してもらえないか交渉をしてもらうこと。そして、音響装置を操作できる人員を企画課から派遣してもらう要請をした。
「変な生命体はわかったが、勇者が歌うことに意味があるのか?」
スタボーン課長からの鋭い指摘がかえってきた。
「勇者モモガワによる勇者パワーの歌であれば、増殖が止まって倒せるかもしれないんです」
ゴリラのときといい、この研究所と関わるとおかしな要請ばかりしていることにクグは気がついた。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
要件を伝え終わった。あとは、どうやってシブクイーナを会場までおびき寄せるかだ。
するとどこからか、「ウィンドプレッシャー!」と技名を叫ぶ声がした。
そして「フンッ」というかけ声とともに、斧から巻き起こった風で、進行方向から押し戻されるようにシブクイーナが飛んだ。
イヌジンの戦士イヌコマだ。
次に「大風車!」と技名を叫ぶ声がした。
そして「おりゃー」というかけ声とともに、九節鞭から出現した風が周りをぐるぐるまわり、飛んで散り散りになったシブクイーナが1か所に集まった。
サルジンの武道家サルミダだ。
さらに、「ウインドストーム!」と魔法を唱える声がした。
シブクイーナが竜巻に巻き上げられる。グルグル回りながら合体し、大きな1体になって地面に落ちた。
トリジンの魔法使いトリゴエだ。
そして一番後ろから人間の戦士、いや勇者モモガワだ。
「ってか、歩くの遅くないっすか。満を持して登場するのはいいけど、ちょっと遅くて満を持すぎるのもダサいっす」
モモガワはだらだら歩いており、まだ到着しそうにない。
「おい、そこの冒険者。分裂するモンスターが暴れまわってるって聞いたんだが、一体全体どういうことなんだこの事態は」
イヌコマが興奮気味に聞いてきた。
シブクイーナは柿のくせに目が回って動けないでいるが、モモガワの到着を待っている余裕はない。クグは先に仲間の3人に事情を話すことにし、手短にシブクイーナの特性を説明した。
「――そして、その危険な生命体が近くの研究所から逃げだしまして、町へと向かっているみたいなんです。止めようとしているのですが、このありさまです」
「無限に増殖するのでは埒が明かないですね。どうやったら倒せるのか、何か手がかりはありませんか?」
トリゴエは冷静に聞いてきた。
「海浜公園の屋外ステージにおびき寄せて、勇者に歌ってもらって倒してほしいんです」
「歌って倒す?」
仲間たちは声をそろえて言った。
「そうです勇者の力を使った歌でなら倒すことができるかもしれないんです。こちらの博士による実験結果から、確かだと思われます」
「勇者の歌聞いたことあるけど、めっちゃビミョーだけど大丈夫なの?」
サルミダが聞いてきた。
「勇者の聖なる力が込められていれば、美声とかオンチとかは関係ないはずです」
遅れてモモガワが到着し、仲間から説明を聞いた。
「ヨッシャー! ついにこの日がきたぜ!」
モモガワは急にやる気満々になった。
「あとは、どうやってステージまでシブクイーナをおびき寄せるかです」
クグにとってはこれが一番の問題だ。
「わかった。君たち一般冒険者は下がってろ」
イヌコマは斧を構えた。
「あとは私たちに任せてください」
トリゴエは杖を構えた。
「じゃあ一番素早いボクがおとりになって誘導するね」
サルミダはシブクイーナの方へ駆け出した。
「巨大な1体にしたほうがいいでしょう」
「オレたち2人で残ったヤツらを1体にまとめるぜ」
トリゴエとイヌコマもあとに続いて駆け出した。
「先にステージへ行ってるぜ。あとは頼んだぜ!」
モモガワは海浜公園へと走って行った。
サルミダは大きなシブクイーナの前に行き、お尻ペンペンをして挑発しおびき寄せる。
イヌコマとトリゴエは、周りに散らばっている小さいヤツらを、サルミダがおびき寄せているヤツのほうへ飛ばし合体させていく。
クグたちは、仲間たちが戦っているのを後方で見守りながら後をついていく。
フォークジャンボリー会場にシブクイーナを誘導できたころには、日が傾き始めていた。
5ミートルを超える高さの立派な干し柿のシブクイーナが夕日に照らされ、ステージ前の客席エリアに鎮座している。
PAブースには企画課の職員が陣取っているのが伺える。無事、借りる交渉はできたみたいだ。
会場を見回すと、照明とカメラにも企画課の職員が配置についている。皆、公開勇者審議会で同じ担当をしたベテラン職員たちだ。
スマホにメッセージの着信がきた。PAブースにいる音響担当からだ。準備完了の連絡だ。
照明担当からも準備ができたと連絡がきた。
カメラクルーも、ステージ左右と中央のすぐ下、ステージ奥、観客席中央、ドローンカメラの6台体制だ。こちらも準備ができているようだ。
クグはステージ上のモモガワを確認した。
ステージ中央にいるモモガワは、いつの間にかステージ衣装に着替えている。全身ピンクラメのスーツ。素肌にジャケットだ。
手には剣と盾……ではない。左手にはマイク。小指が立っている。そして右手にはあの伝説のマラカス、イカカスだ! ちゃっかり購入していた。こちらも小指が立っている。
なんということだ。恐ろしいモンスターを前にマイクとマラカスの両手装備で準備万端だ。
クグはステージ上のモモガワに向かって叫んだ。
「勇者ぁーっ歌えぇーーーー!」
シブクイーナと対峙しているモモガワは、背後や頭上からの色とりどりの照明に照らされ、浮かび上がるように輝いている。
「とうとう最後の曲になっちまったぜ。オレのバラードでオマエラ全員キュン死させてやるぜ! 曲はそう、みんなお待ちかね『だけどラヴ』」
アコースティックギターの音が会場に鳴り響く。アコースティック・バージョンのようだ。
モモガワは無観客のなか、いやシブクイーナという恐ろしい観客を前に、ステージを縦横無尽に動いてステージパフォーマンスをしながら歌った。
『君と出会ったその日から
恋が花咲くマイハニー
毎日スキップ日和だよ
段差で顔面クラッシュさ
鼻血の勢いエンドレス
血まみれオイラに引く君さ
告っちゃいなと風が言う
だけどベイビー ラヴハニー
弱気なオイラをカモメが笑う
海に叫んだバカヤロー
くるおしいほど会いたくて
寂しい心が止まらねえ
永遠に照らせよ月明かり
君の名前をつぶやきながら
枕を濡らして眠る今夜
アイスクリームさ恋なんて
オイラがスープで君が麺
お似合いだよねチャーシューが
煮玉子つけてもいいのかい?
替え玉ひとつおかわりだ
妄想膨らむおやつどき
君とキッスがしたいのさ
だけどベイビー ラヴハニー
奥歯に詰まったお菓子のカスを
ベロでレロレロほじったさ
腹ペコだけど会いたいよ
虚しい心が止まらねえ
永遠に照らせよ月明かり
君の名前をつぶやきながら
枕を濡らして眠る今夜』
超黒歴史レベルのイタいラブソングだ。そして、カラオケ採点60点レベルの歌唱力。
無駄にシャカシャカ鳴る乾いたデンカスの音がうるさく、ダサさをさらに助長している。
しかし、モモガワが歌い出したとたんシブクイーナは苦しみだした。そして歌い終わる頃には普通のサイズまで小さく縮み、さらに苦しんでいるように見える。
曲が終わったのに、余韻に浸るモモガワはまだ「ウォウウォウ、イェイイェイ」と適当に歌っている。
シブクイーナはダメ押しのウォウウォウ、イェイイェイを聞いて、ついに完全に干からびて動かなくなった。
歌のクオリティはともかく、大成功だ。モモガワはポーズを決めて悦に浸っている。
「ところであの歌は?」
クグは仲間に聞いた。
「どうやらオリジナルソングのようです」
トリゴエが答えた。
「いつでも歌手デビューできるようにって、ヒマなときにスマホで作詞作曲してるみたいだぜ」
イヌコマが補足した。先ほどの曲はDTMマプリで作られたもののようだ。
「キモい歌だったね」
サルミダは感想が率直だ。
こっちが必死になってイベントを作っているのに、そんなことをやっているヒマがあるのか、とクグはつっこみたかったが、正体がバレてはいけないのでぐっとこらえた。
勇者がステージを降りこちらへ来た。
「どうだったかーい。オレのとろけるようなラヴ・バラードは」
「歌いながら勇者の聖なる力を使ったのですか?」
「そんなものは使ってなどいないのさっ。オレのピュアなラヴとソングのパワーでモンスターは争いをストップなのさっ」
クグはモモガワの言葉づかいに対し、純粋にイラッとした。早く帰ってもらうことにした。
「とりあえず、ありがとうございました」
「どうってことないさっ。またオレの歌が必要になったらいつでも呼んでくれっ」
モモガワたちは会場を後にした。
「勇者の祈りを使わずに倒せたというのはどういうことなんでしょうか?」
「仮説だが。どうやら、オンチとピュアなキモさに絶えられず死んだように見えたぞ」
ソチャノウォーター博士は、腕を組んで冷静に分析した。
切っても潰しても燃やしても死なないのに、ピュアなキモ歌で死ぬとはどういう生態をしているのか。厄介なものを生み出してくれたものだ。クグはもうこりごりだった。
勇者モモガワの追加イベントになったことが、クグにとってせめてものなぐさめだ。
ソチャノウォーター博士は、イチゴポシェットから透明の液体が入った瓶を取り出し、シブクイーナを拾い上げて中に入れた。
「ちょっと、なにしてるんですか」
生き返らせようとしてしているのなら、阻止しなければならない。
「これはホルムアルデヒド水溶液だぞ」
「それに入れるとどうなるんすか?」
「ホルマリン漬けだぞ。生物標本にするんだ。せっかくの研究成果だから、とっておかないともったいないだろ」
これだけの惨事になっておきながら、まったく反省の様子がない。
勇者たちのおかげで無事に済んだが、もし勇者案件にならず町を襲うような大惨事になっていたら、ソチャノウォーター博士は捕まって有罪判決を受けていたかもしれない。つくづく強運だ。
ちなみに後日、勇者審議会公式チャンネル『ガンバレ勇者さん』にアップされた勇者モモガワ・リサイタルの動画は、いろんな意味でバズり、かなりの再生回数となったようだ。




