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第74話 シブクイーン

 火のクリスタルがある火の神殿へ向かうため、シオサインまで来た。

 海浜公園を横切っていると、屋外ステージが何やら騒がしい。何かのイベントの会場設営をやっているようだ。


「フォークジャンボリーってのをやるらしいっすよ」

「よく知ってるな」

「情報収集は欠かさないっす」

 だったら、任務に関する情報収集もきちんとやってくれ、とクグは心の底から思った。


 音楽イベントの準備中の屋外ステージを尻目に、海浜公園を突き抜け東へ。サハギンの村を越えさらに東へ。

 マサツーネッツ湖が見えてきた。


 マサツーネッツとは、人間がまだ原始の時代、木と木をこすり合わせることで、摩擦熱により人工的に火を起こした起源とされる場所だ。

 マサツーネッツ湖の恵みと火を起こす技術により、マサツーネッツ文明が栄えた。

 現在のマサツーネッツ湖のほとりには、歴史資料館と火の神殿がある。


 神殿に入ると、先に火のクリスタルの列に並ぶ。クリスタルにカナリーの勾玉をかざす。

 勾玉の中で薄茶色と赤色が、ゆっくり渦を巻くように回っている。火の精霊の力も入ったようだ。


 土の神殿同様、神殿の巫女さんと打ち合わせをする。

 どうやらこちらにも、ウマに乗った魔族がすでに来ているらしい。

 神殿の周りを調べると、かわいいリボン柄のレジャーシートを敷いて座っている魔族がいた。今度は白色ではなく赤色のレザー上下を着ている。もちろん素肌にジャケットだ。ゴテゴテした装飾と背中のドクロの模様も同じだ。髪型は赤色のツンツンヘアーだ。

 すぐそばには炎のように赤いウマがいる。

 クグは今回も直接話を聞いてみることにした。


「すみません。何をされているのですか?」

「めっちゃアヤシイっすね」

「某は厄災の四騎士のひとりレッドライダーと申します。魔王様より勇者を倒す役を仰せつかり、クリスタルの事前調査を終え、休憩中です。ゆえに、決して怪しい者ではございません」


 この方も、律義なタイプの方のようだ。

「私は『週刊勇者タイムス』の記者をやっております。休憩中のところ申し訳ございませんが、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「ホワイトライダーさんとはお知り合いですか?」

「知り合いというか、同僚です。厄災の四騎士の名は人間界でも有名なのですか?」

「有名というか、土の神殿で見かけまして、お話をさせていただいただけなのですが」

「そうでしたか。そうそう、ホワイトライダーで思い出しましたが、ホワイトライダーから受け継いだ御朱印帳を持ってきたので、社務所で御朱印をもらいました。勇者が来たら御朱印どころではなくなってしまいますので」

 レッドライダーは、わざわざ御朱印が押された御朱印帳を見せてくれた。律義だ。


「それはご苦労さまです。でも、クリスタルが欲しいのなら、勇者がいない今のうちに奪ってしまわないのですか?」

「勇者が来てからです。こちらとしましては倒してから奪う、という流れを考えております」

 この人も律義だ。騎士道精神というものだろうか。


「ホワイトライダーさんが勇者を倒したら、どうされるのですか?」

「その時は計画を変更し、さっさと奪うまでです」

「もし勇者がホワイトライダーさんを倒した場合、かなり手ごわいことになりますが、倒せそうですか?」


 クグの質問を聞き、レッドライダーは立ちあがると右手を手前にかざした。右手の前に黒い円ができ、中から大きな剣が出てきた。普通の人では両手で持つのも大変そうな大きな剣を、レッドライダーは片手で軽々と持った。


「この大剣で切り裂いてやります。地獄の四天使の異名で魔族からも恐れられておりますゆえ、大いに自信ありです」

「すごい剣ですね。どんな技を使えるのですか?」


「無属性の衝撃波を発生させ、遠隔でも切りつけることができます。ハンシャルスで跳ね返すことは不可能です。さらに、某には弱点の属性はありません。ゆえに、某の勝利は決まったも同然です」


 純粋な力と力の勝負になりそうで、なかなか手ごわそうだ。手の内を簡単に明かしてしまって大丈夫なのだろうか。それだけの自信があるということだろう。


「勇者はきっと苦戦するでしょうね。ところで、なぜクリスタルを奪おうとしているのですか?」

「某から言えるのは、我らの魔界のため、としか言えません」


 さすがにここは口が堅い。奪うのだから魔界のために利用するのはわかるが、肝心のどう利用しようとしているのかがわからない。これでは何もわかっていないのと同じだ。

「記念に、シラベイザーでスキャンさせてもらってもいいですか?」

「どうぞ」

 レッドライダーはウマにまたがり大剣を構えてポーズした。クグはスマホでスキャンし終えると、礼を言ってその場を後にした。



 火の神殿の調査を終えたクグたちは、せっかく近くまで来たのでソチャノウォーター研究所へ寄ってみることにした。その後のイカ武具開発の様子を見に行くためだ。


 研究所へ行くと、敷地内では職員が右往左往して騒がしい。何かあったのだろうか。

 ソチャノウォーター博士の部屋へ行く。

 部屋は相変わらず足の踏み場もないくらい散らかっており、以前と同様に、山積みになった書類や本の間から、大きな机を前にした博士がちょこんと座っている。


「おお、いつぞやのゴリラハンターじゃないか」

 ソチャノウォーター博士はクグたちを見るなり言った。変な覚え方をされてしまったようだ。

「ゴリラハンターではありません。勇者審議会事務局の者です。前回、研究すると言っていたイカの件はどうなりましたか?」


「あれからサルーズにクラーケンのサンプル採集をさせたんだが、どうやらクラーケンなどどこにもいないみたいだな。でもこの前、珍しいカメを捕まえて戻ってきたぞ。サルーズが自分たちで建設中のカメキノコランドへ連れて行ったぞ」

 空飛ぶ円盤型テポト転送装置アダムスンの一件と、先日の勇者の一件だ。


「そ、そうでしたか。それで、イカ武具の開発の進み具合はどうなっているのですか?」

 余計なことを言って正体がバレてはいけないので、クグはスルーして話をすすめた。


「イカはもう研究していない」

 ソチャノウォーター博士はあっけらかんと言った。

「どうしてですか?」

「イカは飽きた。っていうか、失敗したイカを毎日毎日食べてたら、イカアレルギーになった。ついでにタコにもアレルギー反応が出るようになって、タコまで食べられなくなった」

「それはご愁傷さまです」

「残りの寿命が100年以上あるのに、イカとタコが食べられないなんて地獄だ。もうイカの研究なんてやらないし、公認勇者グッズの開発もやめだ」

 ソチャノウォーター博士の意志は固そうだ。


「そうでしたか。それは困りましたね」

「どうするっすか?」

「仕方がない。ただの公認グッズだから、なくても勇者の冒険には影響がない」

 作られたものではなく、伝説の武具を見つけるのが本来の任務だ。


「うちもちょっと困ってるんだ」

「サルーズの件ですか?」

「いや別件だ」

 ソチャノウォーター博士は説明を始めた。


 お肌の再生研究の一環で、ブロブという増殖・再生能力がとても高いアメーバ生命体を作り出した。

 増殖スピードを早める改良をしていたら、かなりの早さで再生・増殖するようになった。

 このアメーバ生命体ブロブを使って、さらなる実験を試みた。

 ほかのものと合わせることで、合わせたものが再生・増殖するかという実験だ。


「手始めに、手元にあった干し柿の『シブクイーン』を使ってみた」

「シブクイーンって、あの伝説のやつっすか?」

「そうだ」


 シブクイーン伝説とは――

 ある晴れた夏の休日、庭でシーフード・バーベキューをしていたカニ親子。塀の上からその様子を見ていたのは、隣に住むサルヒコだ。

「バーベキューといったら、キャベツたっぷりソース焼きそばだろ」

 サルヒコはシーフード・バーベキューが気に食わず、クレームをつけた。

 しかし、父カニヘイは

「海鮮塩焼きそば一択」

 母カニネは

「ソースなど邪道」

 子カニオは

「ソース焼きそば食うヤツはカス」

 と一家そろってソース焼きそばを全否定した。

 腹を立てたサルヒコは、嫌がらせをしてやろうと思った。カニ家の庭を見ると、おいしそうな実をつけた立派なイチジクの木を見つけた。

 全部食い尽くしてやろうと思ったサルヒコは、早速、塀から木に飛び移り、熟れたイチジクを食べ始めた。

 カニ親子は、食後のデザートに食べようと思っていたイチジクを食べられ激怒した。

 父カニヘイは

「うすらとんかち!」

 母カニネは

「みそっかす!」

 子カニオは

「すっとこどっこい!」

 などと言ってサルヒコをののしった。

 サルヒコはカニ親子から浴びせられた言葉に腹を立て、さらに嫌がらせをしようと思った。

 隣の柿の木に飛び移って柿を食べた。しかし、まだ収穫シーズンには早いシブクイーンという激渋の柿だった。

 サルヒコは、お外で遊ぼうと思った矢先に転んで膝を擦りむいちゃったくらいテンションがダダ下がりになった。

「渋柿食ってやんのー」

 カニ親子はサルヒコをバカにした。

 サルヒコは八つ当たりで、

「このおたんこなすが! うすのろ! シュウマイにしてやろうか!」

 などと言いながら、カニ親子に向けて青くて硬い渋柿をこれでもかというくらい投げつけた。

 渋柿を避けきれずクリティカルヒットしたカニ親子は、断末魔の叫びを上げながら絶命した。

 騒ぎを聞いた近所に住むクリバヤシさんの通報により、駐在所のウスヤマ巡査が駆けつけた。

 サルヒコはカニ親子殺しで逮捕され、無期懲役となった。

 ――という伝説のご近所トラブルに出てくる渋柿だ。干し柿にすると糖度は50度を超える。


「そのブロブとシブクイーンをどうしたんですか?」

「いちいち干し柿を作るのが面倒なので、干し柿にしたものとブロブをかけ合わせ、無限増殖する干し柿を作ろうと思ったんだ。1日に2、3個増えればおやつ代がうくからいいなと思って」


 動機はともかく、まずは人間以外のもので実験しているので、研究プロセスとしてはとくにおかしなところはない。

「それで、どうだったんすか?」


「試作品に『シブクイーナ』と名付け、どれくらい増殖するか観察したら、2、3個どころか、瞬く間にどんどん増えた」

「よかったじゃないですか」


「それが、失敗だったのだ。干し柿生命体となってしまったのだ。しかも再生速度が異常に早く、どんどん増えるので困ったことになった。切ったら分裂して増える。ハンマーで叩き潰し飛び散っても、元に戻る。火であぶってもすぐにヤケドがが直る。除草剤などの薬品も効かない。さらには、合体して大きくなる。食べるとおいしさのあまり悶絶して気を失うほどの、殺人級干し柿生命体『シブクイーナ』となったのだ」


「食べたんすか?」

「わたしは食べてない。食べようにも、動き回ってキモチワルイからな」

「なんで味がわかるんすか?」

「助手に『解雇するぞ』って脅したら、意を決して食べた」

「近年まれに見るパワハラっす」

「ちゃんとおいしいって言ってたから、パワハラじゃないもん」

 おいしい、おいしくない以前の問題だ。

「それで、そのシブクイーナはどうしたのですか?」


「研究所の外に逃げた」

「だから研究所の職員の方々が右往左往して騒がしかったのですね」

「そういうこと」

「干し柿が逃げただけなら、とくに問題なさそうっすけど」

「増殖を繰り返すうちに、人を襲う殺人干し柿となってしまったのだ。研究員が何人か病院送りになった。たぶん、人の多い町に向かったと思う」

「なんでそんな危険生物を逃げたままにしてるんですか。早く捕まえに行かないとダメでしょ。町中にあふれたら一大事じゃないですか」


「そうだな」

「冷静に言ってる場合じゃないでしょ」

「我ながらスゴイ生物を作ることができたと思って、自分で関心してた」

「感心してるヒマがあったら、動いてくださいよ」


「ちゃんと、これから捕まえにいかないといけないなーって思って、どーしよーかなーって考えてたところへ、おたくらがちょうど来たんだけど」

「っちゅーことは、自分たちで解決するか、冒険者に出す案件じゃないんすか?」

 ゼタの言うとおりだ。

「私たちの責任ではないので、相談されても、私たちがやることではないですね」

 お使いイベントは公務員の仕事ではない。


「前回、きちんとゴリラハンターをしてくれたから、またやってくれるかなーと思ったんだけど」

「なんで私たちがタダでやらないといけないんですか」


「そんなこと言われたって、こっちだって困ってんの! おたくらって勇者審議会事務局だっけ? なんかいい案ないの? 冒険者に知り合いとかいないし」

 ソチャノウォーター博士は逆ギレしながら言った。

「仕方ないですね。上司に報告してみます」


 スタボーン課長に報告して、課長か事務の誰かから冒険者ギルド連盟に連絡してもらい、そこから経由してナグッテナンボとウチマクリヌスに連絡がいけば、シオサインの支所から冒険者が派遣されるだろう。

 冒険者が派遣された費用は、後日、研究所に請求してもらえばいい。


 クグは、メッセージで『ソチャノウォーター研究所から、増殖する能力をもった危険な生命体が逃げ出し、町へ向かっているもよう。至急、近くの冒険者ギルドから、冒険者を派遣してもらえるよう要請を出してください』とスタボーン課長に連絡した。


「送りました。これで、シオサインから冒険者が派遣されると思います」

 自分たちの仕事はこれで終わりだ。管轄外の余計な仕事はしない。これぞ公務員クオリティ。今回は余計なおつかいイベントを回避でき、クグはホッとした。


 クグのスマホから着信音が鳴った。スタボーン課長からだ。冒険者の派遣を要請したという返事だろう。クグはメッセージを確認する。

『勇者がいまちょうど、シオサインの海浜公園キャンプ場に滞在している。情報課の職員をつかって情報を提供し、勇者に退治させる。君たち2人でモンスターが町まで行かないように時間をかせぎ、勇者の到着を待て。以上』


 そんなムチャな。普通こういうのは冒険者案件だろ。いつもは連絡しても全然動かないのに、なんでこんなときだけ対応が素早いんだよ。クグはスマホを握りしめて心の中でグチった。


「あのー。とても言いにくいのですが、冒険者案件にはなりませんでした」

「どういうことだ?」

「勇者案件になったので、私たちが町に入らないように食い止めて、勇者モモガワが町の外で倒せるようにしないといけないそうです」

「なんすかソレ。課長のクソっす」


「わたしはべつにどっちでも構わないけど」

「私たちが構うんです。ムダな仕事が増えただけです」

「ムダな仕事とはずいぶんな言い方だね。町の人たちが危機にさらされそうなのに」

「元はと言えば博士のせいでしょ。こうなったら博士も一緒に行きますよ」

「えーっヤダ」

「ヤダじゃなくて、現地で責任をもって対処方法を指示してください。お願いしますよ」

「しょうがないなー、もー」

 なんでこっちがお願いしてるんだ。逆だろ逆。クグは不条理を感じつつぐっとこらえた。


「準備するから待つんだぞ」

 ソチャノウォーター博士は机のひきだしをあさると、イチゴの形をしたポシェットを取り出した。

「そんなのいるんですか?」

「おでかけポシェット型の万能道具袋だぞ。フィールドワークは両手の塞がらないバッグが必須だ」



 研究所とシオサインの中間地点まで行くと、直径10センチくらいのシブクイーナが群れをなし、転がりながら町へ向かって移動している。しかし、渋柿がベースの生命体なだけあって、動きはそれほど俊敏でもなさそうなので、対処は簡単そうだ。


 クグとゼタは早速、作業に取りかかった。

 しかし、剣で切っても分裂するだけ。メイスでたたきつぶしても、元に戻るだけ。埒が明かない。

 小さくなった個体は、合体して元の大きさに戻ったり、さらに合体して大きくなったりする個体も出てきた。

 数を減らすことも、進軍を止めることもできない。

 できることは、飛びかかってきたヤツを手でつかんで投げ捨てるくらいだ。食べようにも、地面を転がって移動しているので汚いし、そもそも、動き回っているのが気持ち悪く食べようという気にならない。


 クグはゼタを残して一時退却する。

「博士! なんとかならないんですか? 何か弱点はないんですか?」

「そいうえば、まだ凶暴になる前、シブクイーナ殺し(やく)を試作してるときだ。スマホで歌の動画を流しながら作業をしていたら、ハムスター用のケージに入れて近くに置いていた個体が、急に回し車で遊ぶのをやめて苦しそうな動きをしたことがあったぞ。ということは、歌が効くのかもしれんな」

 有力な情報だ。しかし問題点がある。


「困ったな。こんなところにポータブルスピーカーなんて持ってきていないし」

「ポータブルスピーカーなら、道具袋に常備しているぞ」

「なんでフィールドワークにポータブルスピーカーがいるんですか」

「休憩中にみんなで音楽聞けるじゃん。休憩楽しんだっていいじゃん」

「そ、そうですけど。そんなことはいいんです。とにかく何か曲をかけてください。仮説が正しければ、シブクイーナの動きを封じることができるかもしれません」


「えーっと、それじゃあ、お気に入りのを爆音でかけてみるぞ。オヌシチューブにある童謡『ハトさんマーチ』、歌のおにいさん&おねえさんバージョンだ」

 ソチャノウォーター博士はスマホとポータブルスピーカーを持って構えた。曲が流れだした。


『ポロッポ、ポロッポ、ハトさんマーチ

 今日も飛ばずに歩くよハトさん

 首を前後に振りながら

 ポロッポ、ポロッポ、ハトさんマーチ

 マメをください、おねがいします

 でないとおまえを取り囲む』


 曲が終わり、静かになった。シブクイーナは依然として元気だ、まったく効果がない。戦場に『ハトさんマーチ』がむなしくこだましただけだった。


「なぜ効かない!?」

 クグは仮説が怪しいと思った。

「選曲が悪かったのかな?」

 ソチャノウォーター博士は首をかしげている。


 1人奮闘しているゼタが戻ってきた。

「もっとノリの良い曲じゃないと戦いにくいっす」

「そう言われても困る」

 クグはゼタの趣味など知らないし、目的が違う。

「ハウル・オブ・マッスルの『脳汁は筋肉汁』にしてくれっす」

 ゼタは再びシブクイーナの群れへと戻って行った。


「というわけで、リクエストの曲をお願いします」

「変な履歴がついて、変なオススメが表示されたらヤダな」

「そんなこと言っている場合ではないでしょ。早くしないと町に着いてしまいますよ」

「しぶしぶ再生するぞ、渋柿だけに」

「いいから早くしてください」

 ソチャノウォーター博士は、ゼタのリクエストどおり、ハウル・オブ・マッスルのオヌシチューブ公式チャンネルに公開されている『脳汁は筋肉汁』を、しぶしぶ再生した。


『勉強ヤル気がおきないときは

 筋トレやればいいじゃない

 成績なんて知るかクソ

 筋肉あればハッピーさ

 筋トレやれば脳汁あふれ

 脳汁出れば筋トレすすむ

 やればやるほどハイになる

 脳汁は、もはや筋肉汁だよね

 おいしいご褒美 筋・肉・汁!


 仕事で怒られ落ち込んだとき

 筋トレやってうさ晴らし

 出世なんかクソ食らえ

 筋肉だけは裏切らない

 筋トレやれば脳汁あふれ

 脳汁出れば筋トレすすむ

 やればやるほどハイになる

 脳汁は、もはや筋肉汁だよね

 おいしいご褒美 筋・肉・汁!


 脳汁出まくりドッパドパ

 ついでに肉汁ドッパドパ

 脳汁は筋肉よろこぶご褒美さ


 筋トレやれば脳汁あふれ

 脳汁出れば筋トレすすむ

 やればやるほどハイになる

 脳汁は、もはや筋肉汁だよね

 おいしいご褒美 筋・肉・汁!』


 ゼタはノリノリで戦ったが、シブクイーナの勢いはまったく衰えない。ゼタの体力を消耗しただけで、戦況は変わらない。


「全然苦しむ様子がないんですけど。本当に歌で苦しんだのですか?」

 やはり歌で弱るなどという説は疑わしいとクグは思った。ソチャノウォーター博士は腕を組んで考えている。

「以前、『バナナ・ナンバー1』という歌詞が書いてあるメモを見せたと思うが」

「そういえばそんなのがありましたね」

「あれに曲をつけてもらった」

「なにしてるんですか」

「いいから聞け。ブランドバナナを取り扱っているメーカーに、この曲を有償で提供するともちかけたら、快く採用された」

「よかったですね」

「話はこれで終わりではない。この曲がネット広告で使われ、反響がよかったらしい。いろんな人が『歌ってみた動画』をアップした」

「それで?」

「シブクイーナ殺し薬を試作してるときに流してたのは、勇者がアップしてた『バナナ・ナンバー1』の『歌ってみた動画』だ。そして、シブクイーナが苦しんだのだ」

「本当ですか?」

「試しにかけてみようか」

 ソチャノウォーター博士が『バナナ・ナンバー1』、勇者モモガワ歌ってみたバージョンをかけた。


『おいしさ満点バナナさん

 心刻まれ恋い焦がれ

 こんがりバナナチップスだ

 一気食いだよパックパク

 バナナラヴが止まらねえ

 

 栄養満点バナナさん

 とろけるような甘い思い

 100(パー)バナナジュースだね

 一気飲みだよゴックゴク

 バナナラヴが止まらねえ』


 微妙な歌唱力で、カラオケの採点でいうと60点とかのレベルだ。

 しかし、シブクイーナの進軍が弱まった。歌で弱るのは本当だった。

「何度聞いても、笑えるくらいオンチだな。オンチパワーかもしれんな」

 半笑いでソチャノウォーター博士が言った。

 いや、もしかしたら勇者パワーのおかげかもしれない。これまで勇者支援をしてきたクグは、経験からそう思った。


 ゼタが戻ってきた。

「疲れたっす。しかも、微妙な歌唱力の歌が聞こえてきてヤル気がうせたっす」

「ご苦労だったな。もういいぞ」

「なんかいい案でもあるんすか?」

「勇者モモガワの聖なる勇者パワーを込めた生歌ならもっと効くかもしれない。『歌が世界を救う作戦』だ!」

「どうするんだ?」

「どうするんすか?」

 2人が首をかしげてクグに聞いた。


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