第71話 サンクの町
荒野の中心にある町サンク。オトナリナ国の首都だ。
オアシスの潤沢な資源を活用し、荒野を開拓してできた。今なお荒野は開拓され、町は広がり続けている。
この国では魔道具の開発が進んでいる。ゲイムスルン国の首都シュトジャネも栄えてはいるが、こちらのほうが魔道具開発企業の数が多い。
企業誘致が盛んで、優遇税制もある。郊外には自社製品を製造できる工場も建つ。そして、工場近くには新たに住宅地もでき、働いている人や住んでいる人たちむけに店が出店する。
これが、荒野が開拓され、町が広がり続けている理由だ。
ビルが密集しているので町の中に鉄塔はないが、ところどころビルの屋上に鉄塔の先端についているものと同じものが設置してある。
町の中心には、通称マテン・スパイアと呼ばれる大型複合商業施設がある。
高さ1000ミートルのハイパービルディングで、低層階は各種商業施設が入っているエリアだ。食品スーパーやファッション、美容、飲食店、サウナ、娯楽施設、医療施設、役所窓口や図書館など。中層階はオフィスエリア。高層階は高級住居エリア、ホテル、スカイラウンジ、展望レストランなどがある。建物内だけで生活できる空中都市だ。
マテン・スパイアを中心にして、規則正しく格子状に町並みが形成され、高層ビルが建ち並ぶ。
クグは来るたびに思う。これが機械文明の発達した都市の姿なのか。現実と幻想が織り成す世界に迷い込んだ気がして、魔法で作られた町だと言われたら信じてしまいそうだ。
町並みはとてもきらびやかだが、反面、どこか影がある。光が強ければ影も濃くなる。ふとしたことがきっかけで、一夜にして脆く崩れ落ちてしまいそうな危うさも感じる。
華やかでウキウキもするが、心から落ち着くことはできず、つねに緊張と不安が心の奥底をグルグルと巡り、どこか虚しさも感じる。
喧騒の中にあるのは独特な活気、いや、ある種異様な雰囲気を感じる、不思議な光景の町だ。
町の中心地から離れた場所にある宿をとった。中心地の宿より値段が安いのもあるが、中心地から離れると町の明かりが少なくなり、落ち着いて休憩できるからだ。
中心地では、夜遅くなってもギラギラと明かりがともり、老若男女たくさんの人が行き来する。まさに眠らない町だ。
翌日、オトナリナ国王に会うため、町の中心から少し外れたオアシスのほとりにある宮殿へと向かう。事前に勇者部企画課の事務担当から謁見の要請を出してもらってある。
オトナリナは連邦王国だ。
王室の人たちは立法権、行政権、司法権に関する権力は有していないが、公務で外交などを行う。
公務の内容は、国賓をもてなすための宮中晩餐会の主催、儀式への出席、各国への公式訪問、国会を通過した法案の承認、軍関連の式典への出席など、多岐に渡る。
そのほかには、慈善団体のパトロン、王室へ来た手紙の返信なども、欠かすことのできない立派な公務だ。
謁見の間の玉座に座るのはアーサー・オキレンテ王。
アーサー王はゴリマッチョだ。謁見の間で客人に会うときは、筋肉を見せびらかすために上半身は必ず裸だ。「すべての武器をダンベルに。みんなマッチョで世界平和」がモットーだ。
クグは風邪をひかないのかなと思った。
アーサー王の横に座るのは、ニドネー・オキレンテ王妃だ。すぐ近くに控えているのがダッテー・オキレンテ王子。2人はマッチョではなく普通だ。
アーサー王から、遠いところから来たねぎらいの言葉を受ける。クグは礼を言うと、勇者モモガワの着到が近いことを告げた。
「もう、そのような時期か。先代勇者フォールズのときは、そなたたちもいろいろと大変であったな」
「ありがたきお言葉、誠に恐縮でございます」
「突然、『勇者フォールズを見かけたら、すぐにゲイムッスル国王へ連絡を』という連絡がきたから、何があったのかと思ったぞ」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「勇者フォールズが、ゲイムッスル王へ直々に『勇者を辞める』と言い残し、失踪したとは。前代未聞だ」
「おっしゃるとおりでございます。エルフの女王やトーイットコの王にも同様に伺いましたが、行方はわかりませんでした」
「行方もわからないまま、不慮の事故で亡くなったと公式発表があった。そして、新勇者誕生か。その後の勇者フォールズについては、あえて触れる必要もないな」
関係各国に対して勇者を見なかったか問い合わせたが、どこからも目撃情報は得られなかった。だからといって、失踪したと公式発表し、指名手配犯のように国民総出で探すわけにはいかない。
失踪から3か月後、「勇者フォールズ・ブライトは、冒険中の不慮の事故により亡くなった」とゲイムッスル国王から公式の発表が出された。
いったん不慮の事故で処理して、もし戻ってきたら「奇跡の復活を遂げた」と大々的に広報することで、謎の休止期間をごまかせるのではないか、という考えからだった。
しかし戻ってくることはなく、失踪から6か月後、代わりにモモガワが名乗り出てきた。
勇者は同じ時期に1人しか現れない。亡くなったと考えるのが妥当だ。失踪したことはそのまま伏せられた。
「それはそうと、今回の勇者のパーティは人間1人に獣人3人という変わった編成だと聞いたが」
「はい。仲間と協力し合いながら着実にイベントをクリアし、力をつけてきております」
「種族を越えた絆はすばらしい。そうだ、いい話をしてやろう」
王から直接ありがたい話を聞けるなんてめったにない機会なので、クグはこの仕事をやっていてよかったと思った。
アーサー王は、玉座の後ろから1本の矢を取り出して言った。
「1本の矢だと」
アーサー王は矢の両端を持つと、軽々と折った。
「簡単に折れる」
次にアーサー王は、玉座の後ろから矢の束を取り出して言った。
「しかし、10本の矢だと……」
アーサー王は束ねた10本の矢の両端を持つと「ぬおりゃー!」と気合をいれた。10本の矢は見事に折れた。
「このように、折れる。つまり……」
「つまり?」
「マッチョになれ!」
クグは思った。だから何だ。
「すげーっす! やっぱ筋肉は裏切らないっす!」
ニドネー王妃は、笑顔を崩さないが目は笑っていない。ダッテー王子は、少し困った顔をしている。どうやらアーサー王は、事あるごとにこの話をしているのだろう。
絆の話はどこにいったのか。クグは作り笑いで応じるしかなかった。
「ところで、勇者用のイベントはすでに決まっておるのか?」
「いえ、これから調査をいたします」
「であれば、ひとつ私の案を聞いてはくれんか」
「はい。どのようなものでしょうか」
アーサー王は胸筋をピクピクさせながら言った。
「『星の石』という、五芒星の形をした石が南の洞窟にあってだな」
「見た目は普通の石と同じ色ですが、表面を削ると中から光を放つんですよ」
アーサー王に続いてニドネー王妃が言った。
「我が国の安寧と繁栄のためには、星の石がなければならないのだ。私の父ゼッテー・オキレンテの時代が安寧無事に保たれたのも、この星の石のおかげと言っても過言ではない」
「年に1度、地元の青年団の人たちが洞窟へ取りに行くのですが、今年はモンスターがいて取ってくることができなかったのです」
アーサー王に続いてダッテー王子が言った。
伝統的な儀式か何かに使うのだろう、とクグは察した。
「冒険者に依頼は出されたのですか?」
「それがだな、普通の冒険者では歯がたたない強力なモンスターのようなのだ」
「どのようなモンスターなのですか?」
「報告によると、ベヒーモスという巨大なウシのモンスターが棲みついているようなのだ」
アーサー王は腕を組み神妙な面持ちで言った。
「これまで、そんなモンスターが棲みつくなんてなかったのに」
ニドネー王妃が困ったように、手を頬に添えて言った。
「世界に何か異変でも起きているのでしょうか」
ダッテー王子も心配そうに言った。
「マッチョな王様が直々に行ったら倒せそうな気がするんすけど」
「私は争いを好まないのだ。『すべての武器をダンベルに。みんなマッチョで世界平和』がモットーだ。筋肉は見せびらかし合うためにあるのだよ」
「勉強になるっす」
モットー以前に、王が直々に行くことなどあってはならない。
「事情はわかりました」
「これは勇者にしか任せられないのではないか、と皆で話していたところなのだ」
アーサー王の言葉に、ニドネー王妃もうなずいた。
「50から60センチくらいのものを1つでいいので、取ってきてもらえればありがたいです」
ダッテー王子が続けて言った。
王からの依頼とあれば断ることなどできない。むしろ名誉なことだ。それに、クグたちにとっては、何も手がかりのないところから情報収集する手間も省けた。
「これから調査をいたしまして、勇者モモガワのイベントにできるよう尽力いたします」
「それでは頼んだぞ」
謁見が終了わり、宮殿を後にした。
町の中心へ戻りながら、クグはスマホでメッセージをチェックする。『サンクにいる』とキャサリンにメッセージで連絡しておいたら、待ち合わせ場所の返事がきていた。
マテン・スパイアへ行き、スマホに表示させた館内マップをたよりに10階のカフェへ向かう。
ランチの時間帯なので、店内はすでに一杯だ。店員に満席だと入店を断られたが、「ネテテ・アシツタノで予約している」と伝えると、4人掛けの席に案内された。
窓際の席にキャサリンがすでに座っている。
クグは「待たせたな」と声をかけてから座ると、10階からの街の景色を見た。小さく見えるたくさんの人が、ビルの間をアリのようにせわしなく動いている。
「オススメのランチを注文してありますけど、よかったですか?」
「おいしかったらなんでもいいっす」
「私もだ」
クグもとくにこだわりはない。
キャサリンは店員を呼んで料理を持ってきてくれるよう言うと、早速、報告を始めた。
「この町にはブレッシング・スター教団の本部があります」
本部の場所は町外れで、まだ開発はそれほど進んでいない地区。スタートアップ企業や中小企業がぽつぽつとある程度だ。
ほかの支部より大きな施設で、100人ほどが入れる教会と、3階建ての事務所がある。
教団ができた当初はあばら家にいたらしいが、1年くらい前に越してきた。
「勇者モモガワが冒険を始めたころにはすでに移転して、活動が本格化していたということだな。勇者フォールズが不慮の事故で亡くなったと公式発表があったころには、すでに教団を立ち上げていたことになる」
「そう考えると、かなりの急成長ということになりますね」
裏にはかなり強力なパトロンがいるのかもしれない。
ちなみに、サンクを本部にした理由は、サンクが先進的な町だからというだけではない。サンクを中心に各町が五芒星の位置にあるからという理由だ。
本部を中心に各支部を五芒星の位置に配置することで、より神聖な力を得られると考えたからのようだ。
教皇ポラスタは本部で礼拝を行っている。
直接話は聞けなかったが、説教のときに「支部襲撃という凄惨な事件が起きたが、本部を閉ざすわけにはいかない。神が与えた試練だ」と言っていた。
神の試練などではない、人間の武力による破壊行為だ、とクグは思ったが、信じる者には神の試練のほうが受け止めやすいのだろう。
「信者になっている人の傾向ですが」
地方から都会に出てきて頼れる人がいない。1人で子育てをしている。貧困家庭。どこにも属する場所や居場所のない人たちが多い。
教団がそんな人たちのための拠り所となっている。
井戸端会議や人生相談ができる互助会のようなところとして利用している人が多い。共同体に属することで居場所を見つけ、安心感を得ているようだ。
「SNSにはない生きた触れ合いがある。人の温かみを感じられる。教団の人たちは心から信じられる。という意見が多かったです」
信者たちは、先代勇者フォールズを神として信じている人ばかりではないようだ。象徴としての神よりも、現実に温かく迎え入れてくれる人を信じている人も多い。
そういう人たちにとっては、先代勇者フォールズだろうが、勇者モモガワだろうが、神など誰でも構わないのだろう。
そして、教団はそれを容認している。自由主義や競争主義に対する新たな価値観を掲げている。
「慈悲の心でどんな人も差別なく受け入れる。これが隣人を愛するということ。慈悲という言葉に抵抗があるなら、あえて現代風に言うと共同体主義だそうです」
人間でも獣人でも種族を問わない。魔族までも受け入れるという思想だ。クグはルナティコが言っていたことを思い出した。
「いろんな人が出入りしているということは、『神』を表向きの口実に出入りしている人もいる可能性がある。つまり、教団に何らかの恨みを持っている人がいてもわからない、ということだな」
「メルシの襲撃事件もあったので、ほかの支部や本部でも何らかの事件が起こるかもしれませんね」
今後も注意が必要だ。
「一方で、熱狂的な信者もいます」
正しい教えを正しく理解し、正しく実行することが、唯一の正義である。これが彼らの行動原理だ。古い考えから脱却できない異教徒を排斥しようと、攻撃的な行動に出る信者もいる。
オトナリナ国では、古来から続く神々の信者と教団信者との間で、対立・分断が各地で起きはじめている。
とくに教団本部のあるここサンクは首都で人口が多いこともあり、その傾向が大きい。
教団の考えを理解できない一般の人たちが、おかしな宗教だと教団を非難する。なかには邪教だといって差別する人もいる。
そんな扱いを受けても熱心に信じ続ける教団信者の強硬な姿勢が、さらに対立を深めることになり、脅迫状や嫌がらせにつながるのだろう。
信者の間では、国教にするようSNSで呼びかけたり、改宗した政治家に働きかける活動も出てきている。
こういった活動は目につくこともあってか、世間的な評判があまり良くないようで、SNSは炎上しやすいようだ。
「信者ではない一般の人は、教団のことをどんなふうに言っているんだ?」
「ゴシップ系のウワサが多いですね」
教皇については素性がわからないこともあって、孤児だったとか、元マフィアだとか。教皇は先代勇者フォールズから唯一、直接洗礼を受けたとか。
支部が襲撃されたことについては、マフィアの抗争だとか、教皇が自分の派閥と対立関係にある人を消すために、裏の仕事専門のなんでも屋を雇ってやらせたとか。
「内部抗争の線も捨てきれないですが、支部がなくなってしまったら、トップに立ててもうまみがないと思ったんですけど」
キャサリンは首をかしげて言った。ふつうはそう考え、教団を嫌う外部の人の仕業だと思うだろう。
「逆に、外部の人の犯行と見せかけ、窮地を救ったという演出ができれば一躍ヒーロだ。内部抗争の可能性も否定できないな」
「そこまでやりますかね」
「手段を選ばない人であれば、マッチポンプは最良の選択になる」
とはいえ、どれも根拠に乏しく、あくまでもウワサ・臆測の域を出ない。
「あと、運営に関するウワサもあります」
改宗した貴族・政治家が、パトロンのようなかたちで資金提供をしているらしい。
そして、改宗した貴族・政治家は、マフィアとのつながりがあるというウワサも。
「ということは、貴族・政治家がマフィアとのやり取りで得た金が、教団に流れている可能性は捨てきれないな」
資金洗浄か。それとも汚い商売の罪滅ぼしか。
カネがからんだ内輪もめで支部を襲撃した、ということもありそうだ。
「勇者がマフィアを壊滅させるイベントって、やる予定はないんですか?」
「いまのところ、その予定はない」
「悪いヤツらを倒せて、教団の動きもあぶり出せて、勇者のイベントにもなるから、一石三鳥だと思うんだけど」
キャサリンの言うとおりかもしれないが、そもそも勇者がどんな存在なのか、はき違えている。
「勇者を個人的な任務の遂行に利用してはいけない。勇者の役割は困った人を助けることだ。マフィアがいることでとくに誰かが困っているわけでもない。腐敗した関係で安定してしまっている」
「そう言われたらそうだけど」
「マフィアがビジネスとして社会に組み込まれてしまっている以上、1つのマフィアを勇者の武力でつぶしたところで、また新たな組織が出てくるだけだ」
「勢力図が変わるだけっすね」
「つまり、一時的な武力で何とかできる問題ではない。社会が変わろうとしなければ、何も変わることはない。武力に頼っていたら、それこそマフィアと変わらないだろ」
勇者には社会を変える力があるのか、それとも、一般の人たちが社会を変えようとしない限り社会は変わらないのか。
ランチを食べ終えたキャサリンの前に、シフォンケーキが運ばれてきた。自分の分だけ注文したようだ。
カットされたシフォンケーキの上に、ラズベリー、ブルーベリー、ストロベリーの3種のベリーが乗り、たっぷりのホイップクリームが添えられている。いわゆるSNS映えするやつだ。
「ここはシフォンケーキも手作りなんですよ。ネットのクチコミでリサーチ済みです」
「だからこの店を選んだのか」
「そういうことです」
「それはそうと、ランチを食べたのにまだ食べられるのか?」
「シフォンケーキはほとんど空気だから食べてないのと同じです」
「そういうものなのか?」
「そういうものなのです」
キャサリンはそう言うと、シフォンケーキをペロリとたいらげた。クグには胃が底なしの穴とつながっているとしか思えなかった。
「ここはわたしが支払います」
食後のデザートを食べ終えたキャサリンは満足げな表情で言った。
「ラッキーっす」
「気をつかっておごってくれなくてもいいんだぞ」
「いえ、これはれっきとしたランチミーティングなので、まとめて領収書をもらったほうが手っ取り早いだけです」
ランチミーティングなら会議費にできる。ちゃっかり食後のデザートも経費にするとは、キャサリンらしい。
キャサリンは慌ただしく席を立った。
「まだ食べ終えたばかりだぞ。何かあるのか?」
「やらなきゃいけないことがあるんで」
キャサリンは言うと、さっさと会計を済ませて店を出て行った。
クグとゼタも店を出る。
次は、アーサー王の依頼の件の調査だ。




