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第68.5話 おまけ:シャシャキのとある1日

 勇者が来る数日前。

 イイミズドットデル社のシャシャキは、メルシの町から森へと入って行く。エルフの里に設置したウォーターサーバーの定期メンテの仕事だ。


 いつもどおり、メンテ道具の入ったバックパック型道具袋を背に森を進む。

 モンスター対策もバッチリだ。事前に準備したアイテムを使用し、切り抜ける作戦だ。これも道具袋に入っている。


 早速、クリクイが現れた。

 シャシャキはバックパックから殻付きのクルミを取り出し、クリクイにそっと手渡した。殻を割るのに時間がかかるので、その隙に逃げる戦法だ。

 たまに、夢中で殻をかじりうれしそうに中身をムッシャーと食べているさまに見とれてしまい、もう1個くれとせがまれ、追加で1個あげるはめになってしまうことがある。


 ヒヨコッコには、食品保存容器に入れた、米ぬか・古米・麦ふすまなどをブレンドしたオリジナルのエサをまく。ヒヨコッコはエサを一生懸命ついばむ。その隙に逃げる戦法だ。

 たまに、ついばむ姿に見とれている間にエサを食べきってしまい、もっとくれとせがまれ、追加でエサをまかないといけなくなることがある。


 キノコーズ(キノコモンスターの群れ)には、たけのこの形をしたチョコレートスナック菓子を1箱あげる。キノコーズは異常なまでの敵対心を見せてむさぼり食う。その隙に逃げる戦法だ。

 たまに、一心不乱にむさぼり食っている様子に見とれている間に1箱食べきってしまい、ギブミーチョコレートとせがまれ、追加で1箱あげるはめになってしまうことがある。


 これらのアイテムは、もちろん必要経費だ。

 モンスターたちから、エサをくれるおじさんとして覚えられてしまっているかもしれない、とシャシャキは思ったが、むやみに倒すより自分らしいと思い直した。



 池の近くまで行くとモヤの中から部長が出てきた。遠くからでもわかるバーコードハゲがシャシャキの心をイラつかせた。

 せっかくモンスターとふれあってほっこりした気持ちが台無しだ。

 こんな所に出てくるのは幻覚しかないと思い、

「テメーが業務の進行を妨げとんのじゃ! クソバーコードハゲ!」

 と言いながらドロップキックを浴びせて池に突き落とした。

 池が光り、池の中から女性が出てきて、

「あなたが突き落としたのは、社長ですか? 部長ですか? 課長ですか?」

 と聞かれた。シャシャキは正直に部長だと答えた。

「正直なあなたには、有給休暇を1日増やして差し上げましょう」

 と女性は言って消えていった。

 過密スケジュールかつ業務の属人化により有休が取りづらいので、シャシャキはまったくうれしくなかった。

 それもこれもすべて部長のせいということにして気持ちを落ち着けた。



 いつもの門の前まで来ると、これまでに見たことのない巨木が立ちふさがっている。

「汝の力を示せ」

 と巨木が言ってきて、何がなんだかわからないうちに戦闘が始まってしまった。

 シャシャキは一瞬で巨木の根っこに捕まった。なんだかすごい勢いで体力を奪われているような気がする。ギリギリと体を締め付けてきて、どうあがいても逃げられない。

 シャシャキは思った。なんか、いつもと違ってすんごくハードなんですけど。この森の仕様って変わった? 植物のモンスターが好むものって何かわからないんだけど。こういうことも予測して、観葉植物用の活力剤でも買っておかないとダメだったのかな。


 不安定な冒険者から、安定したサラリーマンに転職してはや10年。四捨五入したらもう40になる。生涯現場主義を掲げて頑張ってきた。

 メンテナンスの出張先で、ここまで本格的な戦闘は初めてだ。

 仕事をまっとうできず、ここで命尽き果てるかもしれない。

 いや、いつ死んでもいいよう、がむしゃらに頑張ってきた。それが今日なのかもしれない。

 シャシャキは静かに目を閉じた。


 駆け出しの冒険者だったころ、先輩冒険者からバカだの役立たずだのと言われたことが走馬灯のように頭をよぎった。

 やはり自分はサラリーマンとしてもバカで役立たずだったのだろうか。


 40代前半の万年係長の先輩職員から言われたことを思い出した。

「管理職になるなんてムダ。コスパが悪い。この年で人間的な成長なんてムリ。頑張ったところで、おっさんになったら伸びるのは鼻毛だけ」

 わかった風なもの言いで、頑張ろうとしないおっさんを前に、「違う」と心の中で反論したのを昨日のことのように思い出した。

 管理職になりたくないから現場主義なわけじゃない。お客さんから生の声をいただけることにやりがいを感じているからだ。


 そして、人生はコスパじゃない。コスパが悪くても、やりたいことをまっすぐにやる。それが自分の人生だ。

 こんなところで力尽きている場合ではない。

 シャシャキは閉じていた目を開いた。


「うぉぉぉ!」

 と叫びながら、残った体力を振り絞り腕を引き抜くと、体に巻きつく根っこをつかみ、かみついた。巻きつく力が弱まり、そしてほどけた。


 観葉植物用の活力剤も持っていなければ、武器も持っていない。できることはただひとつ。そう、若かりし頃、通信教育のカラテで習得した必殺技『殺人カラテチョップ』をついにここで披露するときがきた。

 シャシャキは呼吸を整え構える。片足立ちで両手を広げて上に。『鶴の構え』だ。通信教育だから合っているのかわからない。勝手なイメージの見よう見まねだ。


「ヨサクさん! ストップです!」

 聞き覚えのある声が聞こえた。声の方をみると、老執事のセバスチャンだ。


「その方は勇者ではありません。ウォーターサーバーのメンテに来られた業者の方です。勇者と業者を間違えてはいけません」

 セバスチャンの声を聞いた巨木のモンスターは、

「そうなの? ゴメン。勇者を見たことがなかったから間違えた。そろそろ来るって聞いたから、ちょっと張り切っちゃった」


 ヨサクと呼ばれる巨木のモンスターはシャシャキに丁寧な謝罪をした。どうやら戦わなくても済んだようだ。

 シャシャキは力が抜け尻もちをついた。ワキ汗がビショビショなのに気がついた。


 里に入ったシャシャキは、再度セバスチャンから行き違いで戦闘になってしまったことに対して丁寧な謝罪を受けた。

 とりあえず神秘の泉の水をたらふく飲まされた。全回復したが、お腹がタプタプで気持ち悪く、メンテ作業に時間がかかってしまった。


 メンテ作業を終えたシャシャキは完了のサインをもらいに屋敷へ行くと、近々、人間の来客があるので料理の試食をしてほしいとセバスチャンから頼まれた。

 人間の好みの味付けがわからないから、助言をしてほしいということだ。


 お客さんから食事を振る舞ってもらうことは会社で禁止されているが、頼まれごとで助言のために試食をするだけなら問題ないとシャシャキは判断した。


 食堂で座って待っていると、お通しで『姿焼きづくし』が出てきた。

 トカゲの姿焼き、タランチュラの照り焼き、4種の昆虫の幼虫・成虫素揚げ食べ比べセットだ。

 滋養強壮、お肌にも良いという説明をセバスチャンから受けた。しかし、どこからどう見てもグロテスクだ。

 食欲がうせたが、意を決して食べてみたら意外に食べられた。見た目に抵抗はあったが、残すのは失礼なのですべて食べきった。そして、お客さんの手前、マズいとは言えない。

「お、おいしいです」

 シャシャキは引きつった笑顔で声を絞り出した。

 このコメントにより、勇者にこの料理が振る舞われることになろうとは、シャシャキには知る由もない。


 次に出てきたのはキノコ料理のフルコースだ。こちらは普通においしかった。


 近年まれに見るハードな仕事だったが、とても充実した気分でシャシャキは帰途についた。

 仕事の誇りを再確認でき、モチベーションも高まった。初心に返ってまた明日から仕事をがんばろうと思うきっかけとなった1日だった。


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