第67話 聖剣エクスカリバー
「どうされたのですか?」
「ゴリラが突如現れて、村を荒らしていったんだ」
村長の横にいた人が言った。クグはワーリザードの外見からは年齢がよくわからないが、声から察するに青年だ。
村が騒がしかったのは、竜巻ではなくゴリラのせいのようだ。
「もしかして、あのゴリラっすかね」
「その可能性が高そうだ」
「何か知っているのですか?」
村長は身を乗り出すような勢いで聞いてきた。
「もし私たちが知っているゴリラなら、何かご協力できるかもしれません」
「ぜひお願いします。何しろこんなことははじめてなんで」
村長は相当困惑しているようだ。
「まず何点か確認をしたいのですが」
「詳しいことはドラジに聞いてください」
「青年団リーダーのドラジです。よろしく」
村長の横にいた青年が答えた。
「何頭で、どんな服装でしたか?」
「2頭で、オーバーオールを着ていました」
「何かを探しているようでしたか?」
「そう言われれば、ただ無作為に壊すというより、何かを探していたようにも思えます」
エグイサル・ブラザーズ、略してサルーズで間違いないようだ。
「状況はだいたいわかりました。ほぼ知っているゴリラに間違いないと思われます。村を荒らす気はないのですが、カメとキノコに異常なほどの執着心があるようなので、それを探していたのかもしれません」
「そうでしたか。ゴリラとは知り合いなんですか?」
「知り合いではないですが、とある研究所で飼育されておりまして、たまに逃げ出すようです。一度捕まえる依頼を受けたことがあります」
「そうだったんですか」
「私どもも状況がのみこめてきました」
話を聞いていた村長は、先ほどよりも少し落ち着いて言った。
「そのゴリラはどこに行きましたか?」
「ヤツら森の方へ逃げたんですけど。どうしますか村長」
「このままどこかへ行ってくれれば野放しにしておいてもいいが、ほかの町や村が被害にあうかもしれん」
「戻って来られても困る」
村長もドラジも腕を組んで黙ってしまった。
どうやらこの混乱を治めなければ、エクスカリバーの調査どころではないようだ。
「森を案内してもらえますか? 捕まえられるかもしれません」
「またゴリラのおつかいイベントやるんすか」
「しょうがないだろ。これが片付かないと調査できないだろ」
ドラジの案内で森へと向かう。
「この村にキノコはありますか?」
「森の中にキノコ畑があります」
「まずはそちらへ行ってみましょう」
キノコ畑はすでに荒らされた後だった。菌床が置かれた棚や原木が倒れて散らばっている。
捕獲の際に使えるかもしれないので、落ちているキノコをいくつか拾っておいた。
さらに森を捜索していくと小川に突き当たった。
小川に沿ってさらに奥へ進むと、小川の対岸にオーバーオールを着たゴリラがいた。サルーズで間違いない。バナナイエロー色の兄ゴリッチャと、グリーンバナナ色の弟ラリッチャだ。
離れた場所から様子をうかがう。
キノコを食べて満足したからなのか、小川にいるカメをいじめ終え満足したからなのか、大きなカメの甲羅に両側から頭を乗せてお昼寝中だ。
いや大きなカメではない、カッパのズンバビノ・ベンベロビッチだ。
ベンベロビッチがクグたちに気づき、サルーズが起きないよう抑え気味のボリュームで言った。
「助けてくださいでゲス」
「どうしてそんなことになっているのですか?」
クグも同じ声のボリュームで言った。
「ここで行水休憩をしていたら、突然、ゴリラに襲われた挙げ句、枕にされて動けないんでゲス」
「ちょっと待っててください。すぐに助けます」
「あの方は、たしか」
ドラジは何か思い出したようだ。
「お知り合いですか?」
「いえ。ゴリラが来る前に、スパリゾート・リューグーゼウの営業に来た方です」
「こんなところまで営業に来てるんすね」
仕事熱心な方だ。ゼタも見習ってほしいとクグは思った。
「村の老人会の慰安旅行にちょうどいいと思って、団体で仮予約しました」
「それはよかったですね」
「シリコダミン・デラックスというドリンク剤ももらったんですけど、飲んでも大丈夫でしょうか?」
「さあ。飲んだことがないので何とも。そんなことよりも、早く捕まえないと」
慰安旅行の話をしている場合ではない。
「ところで、どうやってゴリラを捕まえるんですか?」
ドラジが聞いてきた。
「それはもちろん……」
クグは今ごろになって重大なことに気がついた。
「どうしました?」
「檻がない。前回は、研究所の人からもらった檻があったんだけど」
「どうするんすか。魔法でぶっ飛ばすんすか?」
「それはまずい。とりあえず、ソチャノウォーター博士に連絡してみよう」
クグはスマホからメッセージで、ソチャノウォーター博士に連絡した。
『お久しぶりです。サルーズがオトナリナのワーリザードの村で暴れています』
すぐに返事がきた。
『おひさ。素材を集めさせに行かせたら、そんなところで油を売っていたとは』
『どうしたらいいですか?』
『連れて帰ってきて』
『ムリです。檻がありません』
『知らん。こっちは忙しい。つまらないことでいちいち連絡するな』
返事を待ったが連絡が途絶えた。相変わらず無責任だ。
「ダメでした。檻がないと捕まえられないし、檻に入れたとしても移動させられないし」
さすがに、ここから物資課のマチョスたちに運んでもらうわけにはいかない。
「寝ているので、抱きついてテポトで無理やりその研究所へ移動するというのはどうですか」
ドラジのアイデアはとてもいいが、問題がある。
「研究所は町ではないので、テポトで直接行けないんです。それに着いた先で逃げられたら元も子もないし」
「縄でぐるぐる巻きにして、近くの町から引きずるしかないっすよ。ついでに筋トレにもなるっす」
「そんな脳筋な方法などやってられるか」
「直接、研究所まで運ぶ方法はないのですか?」
どこでも自由に運ぶことができるものといえば、ちょうどいい道具があるのをクグは思い出した。
「のみの市で買った、空飛ぶ円盤形テポト転送装置がありました。あれで強制的に転送しよう」
寝ているのなら、前回とは違い落ち着いて対処できる。
「今すぐ助けますからね」
クグはベンベロビッチに聞こえるように言った。
「たのんますでゲス!」
ベンベロビッチがうれしそうに言った。
クグはアダムスンを取り出して準備にとりかかる。
「たいへんです。ゴリラが目覚めてしまいました」
ドラジが焦った様子で言った。見ると、サルーズが上半身を起こして伸びをしている。先ほどの会話のせいで目が覚めてしまったようだ。
「川岸まで行って、さっき拾ったキノコをちらつかせながら、1つずつ投げ与えて時間を稼いでください」
クグの指示を受けたゼタとドラジは川岸へと急ぐ。
クグはマプリを起動させた。『機器登録』『転送地点登録』『対象物登録』『転送開始』と表示されている。
クグは迷わず『転送地点登録』をタップした。
しかし、『機器が登録されていません』とアラートが出た。先に機器を登録しないと使えないみたいだ。
「まだですか?」
ドラジがせかすように言った。
「これからスマホに設定するところです」
「なんで先に設定しておかなかったのですか」
そんなことを言われても、こんな状況で使うことになるとは誰が想像できただろうか。
クグがチラッと様子を見ると、サルーズは寝転がったベンベロビッチを間にして、座ったままキノコをほおばっている。ベンベロビッチは逃げられる状態ではない。
クグは『機器登録』をタップする。『16桁のシリアルナンバーを入力し、機器を登録してください』と表示された。
クグはアダムスンをぐるぐるひっくり返してシリアルナンバーを探す。側面や底を見るがどこにも書いていない。
「もうキノコが半分なくなったっす」
せかされると余計に見つからない。クグは「落ち着け」と自分に言い聞かせ、上から順番に確認する。上部の2次元コードの下に小さく書かれた数字を見つけた。急いで16桁のシリアルナンバーを入力する。
次に『転送地点登録』をタップするとテクビゲが起動した。現在地から南西へ地図をスクロールさせ、急いでソチャノウォーター研究所を探す。もうそろそろだと思いスクロールを止めると、シオサインの町が表示されている。焦ってスクロールさせ過ぎた。スクロールを戻してから拡大し、ソチャノウォーター研究所の社屋の真上を登録した。
「もうキノコがありません」
諦めと焦りがまざったようなドラジの声が森に響く。
「どうするっすか?」
「仕方ありません。ウゴケヘン!」
ドラジがマヒ魔法を唱えた。
「ギエー! 体が動かないでゲス」
ベンベロビッチの声がせつなく森に響く。
次にクグは『対象物設定』をタップ。アダムスンの底にあるカメラからの映像に切り替わった。
スマホ画面左側の上下矢印で高さ、右側の十字キーアイコンで前後左右を操作するようだ。スマホを操作しアダムスンをサルーズの上に移動させる。
ベンベロビッチを中心にして、サルーズが大の字で横になっている姿が見えた。
スマホに表示された四角の白い枠内に収めないといけないようだ。2頭とも見切れている。2頭とも入る画角まで思いきり高度を上げた。
枠が赤色になり『対象物から離れすぎています』と表示された。
枠が白色になるまで高度を下げる。ラリッチャが枠からはみ出ている。横へ動かすと、今度はゴリッチャが枠からはみ出た。
「まだっすか?」
「位置調整が地味に難しいの!」
ゼタのせかす言葉に、クグは少しイラだった。
サルーズがゴソゴソと動きだした。魔法のかかりが浅かったようだ。
「ヤベーっすよ」
「ネムイン! ネムイン!」
ドラジが睡眠魔法を2連続で唱えた。全体にかけるより個別にかけたほうが、魔法の効果が高いと判断したようだ。
サルーズは向かい合ってベンベロビッチを挟むようにして眠った。
「はやく助けてくださいでゲス」
ベンベロビッチにはウゴケヘンがちゃんとかかっているようだ。戦闘には不慣れなので、魔法にかかりやすいのかもしれない。
これなら枠内に収めやすい。アダムスンを操作し何とかサルーズを枠内に収め、クグはシャッターボタンをタップ。そしてすかさず『転送開始』をタップした。
アダムスンの下から光が出て、サルーズが照らされる。
「転送開始します」
機械で作ったような女性の音声が出たあと、ピーーーッと甲高い音が鳴り響く。
サルーズがアダムスンに吸い込まれ、光の線を描いてアダムスンが飛んでいった。
無事、転送できたようだ。サルーズがいたところには何もない。
「しまった。ベンベロビッチさんも一緒に転送されてしまった」
「まあいいんじゃないっすか」
「そうだな。あの人ならなんとかなるだろう」
クグは冷静になって思った。ゴリラを運ぶためにアダムスンを使ってしまった。2万モスルをドブに捨てたようなものだ。もっと有益なことに使えれば少しは元が取れたのだが、仕方がない。これも任務のうちだ。
ゴリラ騒ぎも一段落し、エクスカリバーを調査させてもらえることになった。
正確には村にあるのではなく、村の近くの池にあるそうだ。
池には守り神としてまつっている石のリュウモンメノウがあり、聖域になっている。
ドラジの案内で池まで来た。
岸から2ミートルくらい離れた池の中に、直径1.5ミートルほどの島がある
島の中心にある高さ50センチほどの石は、緑色でタマゴのような形をしており、ウロコのような模様をしている。
その石の上に、金色に輝くものが刺さっている。どう見てもピコピコハンマーだ。
取っ手の方を上にして刺さっている様は、金色も相まって堂々とした風格を感じる。
「あれがエクスカリバーですか?」
「そうです。金色で、石に刺さっていて、側面に『X』の模様があるので聖剣エクスカリバーだと思います。みんなもエクスカリバーだと言ってます」
たしかにドラジの言うとおり、ピコピコハンマーの側面の中央に『X』のような模様が見えた。
ワーリザードは人間のピコピコハンマーを知らないのだろう、間違えるのも無理もない。
「いつからあるのですか?」
「そんなに昔ではありません。1年もたっていないです」
ドラジが言うには、ある夜、池に雷が落ちた。翌日、池を見にいくとエクスカリバーが石に刺さっていた。ということらしい。
「見た感じ、簡単に取れそうですけど」
「村の力自慢が全員チャレンジしたけどびくともしなかったです。長老もはじめて見たと言っていました」
「調査のため触って確かめてもいいですか」
「どうぞ」
クグは、まずはスマホで島全体を写真に撮る。
ドラジが、島に渡れるよう幅50センチほどの板を架けてくれた。村では、基本的に守り神の石がある島へは立ち入らない。手入れや掃除をするときにだけこの板を使って渡っているらしい。
クグは板を渡り金のピコピコハンマーの全体を撮る。最後に、取っ手を握り引き抜こうとしたが、びくともしない。押しても引いてもダメだ。
クグが戻ると、ゼタが入れ替わりで島へ行った。
クグは、ゼタが無駄な奮闘をしている間に大事なことを聞いておくことにした。
「仮にですが、勇者が抜いてしまっても大丈夫ですか?」
「もともとなかったものだから大丈夫です」
ドラジが言うには、最初のころは守り神の石にあるので聖なるものかと思ってみんな珍しがっていた。しかし、
「ほんとに聖剣エクスカリバーなのかわからない」
「冷静になって考えるとダサい」
「守り神の品位が落ちる」
「ジャマ」
という意見が多く、最近は誰も見向きもしないらしい。
「人間の勇者が持っていってくれるなら、それにこしたことはないです。勇者に貢献できれば、少しは美談になりそうですし」
「ご協力ありがとうございます。勇者が来る前に、いろいろ関係者が出入りするかもしれませんが、あらかじめご了承ください」
「僕から町長に伝えておきます」
ゼタが戻ってきた。
「いやー、ピクリとも動かなかったっす。石を破壊してやろうかと思ったっす」
「じょ、冗談ですからね」
クグは慌ててフォローした。冗談でやっても冗談にならない。守り神としてまつられている貴重な石を破壊したら、ワーリザードたちからボコボコにされたあと呪い殺される。
調査を終え、クグは村を後にしながら思った。何かおかしい気がする。
サハギンの村に続いて、ここでも村で聖域とされている場所に突如出現している。しかも、武器とはいえない代物だが、金色で、誰も引き抜くことができない。
勇者にしか手にできないものだから、という理由にしてしまえばそれでも十分な理由にはなるが、それだけではどこか納得できない。何か引っかかる。しかし、それが何かわからない。
オフィスへ戻ると、課長へ経緯を報告し、モロハノツルゲン社からサンプルでもらったエックスカリバンを手渡す。
こんなイベントでいいのだろうかと思いつつも、これでいいのだとクグは自分に言い聞かせた。




