第65話 エクスカリバー
ダンケは刃物で有名な町だ。その代表的な企業がモロハノツルゲン社だ。オリジナル商品だけではなく、歴代勇者が使っていた剣のレプリカモデルも製造販売している。その他、スポンサー契約をしている冒険者モデルの武器も手掛けている。
キャッチコピーは、『刃物といったらモロハノツルゲン。モロハノツルゲンといったら刃物。我が社と刃物は切っても切れない関係です。刃物だけに』だ。
モロハノツルゲン社へ向かいながら、軽く聞き込みをする。
武器だけでなく、調理器具や事務用品など刃物に関するものであれば広く手がけているようだ。
肝心のエクスカリバーの情報は集まらなかったが、フリマサイトでモロハノツルゲン社のエクスカリバーを見かけたことがある人はいた。病院に来ていた人の証言と同じだ。
とにかく会社関係者から聞くのが手っ取り早そうだ。
モロハノツルゲン社は業界の大手企業なだけあり、大きな社屋だ。
クグは消費者庁の名刺を表示させたスマホを受付の女性に見せ、エクスカリバーについて話を伺いたいと言うと、しばらく待つよう言われた。
ロビーで待っていると、奥から1人の男性がやってきた。50代半ばくらいで中肉中背だ。
男性はクグたちの前まで来ると、流れるようにスマホの名刺を差し出した。
「わたくしはモロハノツルゲン常務のクーゲルシュライバーと申します」
さすが大きな会社の常務。自己紹介も名刺の出し方も完璧だ。
こちらも負けてはいられない。クグも負けじと丁寧な名刺交換で応戦した。ゼタの名刺交換はぎこちないが、及第点とした。まだ負けてはいない、戦況はイーブンだ。
「お忙しいところ、申し訳ありません。少しお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、構いません。なんなりとご質問ください」
「えー、まずですね、御社ではどのような製品を作っておられるのでしょうか」
クグはまず軽いジャブで牽制する。
「弊社では冒険者向けの武器だけではなく、ご家庭向けに包丁、ハサミやカッターナイフ、カミソリ・爪切りなどなど、多彩なラインナップでたくさんのお客さまにご愛顧いただいております。刃物といったらモロハノツルゲン。モロハノツルゲンといったら刃物。弊社と刃物は切っても切れない関係です。刃物だけに」
今のところ魔族が関与しているような不審な点は見当たらない。そして、自らエクスカリバーの話を持ち出すようなことはしない。
クグは想定済みだ。回りくどく追及しても隙を見せそうにないので、余計な会話を飛ばして本題へ入る作戦にした。
「それはスバラシイですね。ところで、私たちはエクスカリバーについて調査しているのですが」
「受付から聞きました。エクスカリバーについてお調べになっていらっしゃるのでしたら、よい物があります。よろしかったら見ていかれますか?」
深く聞く前に、相手から白状してきた。それなら話がはやい。相手の話に乗るのも手だ。
「ぜひ、お願いします」
「それではこちらです」
クーゲルシュライバー常務はそう言うと、ロビー横の部屋へと案内してくれた。
併設してある展示室のようだ。いくつもの立派な武器が展示されている。
「この展示室では、弊社えりすぐりの商品を展示しております。伝説の武器や、歴代の勇者モデルのレプリカ。その他にも、スポンサー契約している冒険者モデルの実物も展示してあります。自由に手に取ったり、記念撮影したりしていただいて構いません」
「スゲーッ、かっちょいい武器だらけの部屋っす」
ゼタは話も聞かず子どものように目をキラキラさせて、せわしなくあちこち武器を見ている。
説明を受けながら、石の台座に刺さった立派な剣の前まで来た。
「こちらが伝説の剣エクスカリバーのレプリカです」
「スゲーッ、エクスカリバーっす。剣が石に突き刺さってるっす」
「このように石の台座から引き抜くこともできます」
クーゲルシュライバー常務は、剣を石の台座からスポッと引き抜いた。
「スゲーッ、エクスカリバーが抜けたーっ。聖剣に選ばれし勇者っす」
「いえ。わたくしは勇者ではありません。常務です」
「スゲーッ、常務って勇者レベルなんすね」
レプリカって言ってるだろ。クグは話が脱線すると面倒なので、ゼタを放っておくことにした。クーゲルシュライバー常務もゼタを無視して話を続ける。
「過去の資料をもとに、細部まで精巧に再現しました。切れ味も弊社でトップクラスです。数あるレプリカの中でも最上位クラスの一品です」
説明を終え剣を台座に戻したクーゲルシュライバー常務はとても得意気だ。何か勘違いしているようだ。それとも、これでお茶を濁そうという魂胆か。クグは容赦なく本題に入る。
「このレプリカはとてもスバラシイのですが、これのことではなくてですね」
「ほう、どれのことでしょうか?」
しらばっくれていられるのは今のうちだ。クグは攻撃を開始した。
「エクスカリバーのニセモノが出回っているという情報が入りましてですね」
「ニセモノですか」
「しかも、ひとつだけではなく複数出回っており、ケガを負うなどの被害者が出ておりまして、病院で治療を受けている方もいらっしゃるのです。実際に被害に遭われた方にも、きちんとお話を伺ってまいりまして、間違いなくエクスカリバーだと口をそろえて証言なさっております」
「それは厄介な出来事ですね」
クーゲルシュライバー常務はどこか他人事のような返事だ。この期に及んで、まだとぼけてやり過ごせると思っているのだろうか。決定打を放つしかない。
「そのエクスカリバーというのはですね、御社の商品のエクスカリバーという証言を得ているのですよ。粗悪なニセモノの剣を、伝説のエクスカリバーといって売っているのではないのですか?」
「滅相もない。弊社では展示用のエクスカリバー以外は、製造も販売もしたことはありません」
「しらばっくれてもダメですよ。実際に出回っていて、被害者も出ているのはどう説明するのですか?」
「そう言われましても……」
これで観念して白状するだろう。
クグはゼタからダメ押しの追求をしてもらおうと、ゼタのほうを見た。
ゼタはエクスカリバーのレプリカが刺さっていた石の台座を両腕で抱え、「チェストォ!」と言いながらスクワットをしている。剣は床に放置されている。
有名な剣よりも、石の台座の方が筋肉的には魅力があるということか。脳筋は戦力にならないので、引き続き放っておく。
クグはクーゲルシュライバー常務の様子をうかがう。ブツブツ言いながらあれこれ考えを巡らせている。
「エクスカリバー……。ニセモノ……。もしかして、アレのことでしょうかね」
クーゲルシュライバー常務は左手を顎にあて、ひとりつぶやいた。
ごまかしきれないと判断したのか、ついに観念したようだ。
「やはり、心当たりがおありのようですね」
クグは勝利を確信した。
しかし、クーゲルシュライバー常務は表情が一変し、目つきが鋭くなった。
「本当に、アレについてお調べになるおつもりですか?」
ずいぶんと強気だ。
「もちろんです。そのために来ました」
クグも一歩も引かない。
「双方にとってあまりいいことはないと思いますが」
「私たちも上司から調べるよう言われてきておりますので」
脅しなんて卑劣な手は通用しない。とはいえ、クグは失礼がないよう丁寧に答えた。相手の気分を害して話が終わってしまったら、これまでの調査が台無しだ。
「それではついて来てください」
クーゲルシュライバー常務の案内で展示室を後にする。ゼタが後ろから慌ててついてくる。エクスカリバー台座スクワットしていたのを放置したままだった。
「どこ行くんすか?」
「さあな。とりあえずニセモノのエクスカリバーに関することには、間違いないはずだ」
社屋の外に出て細い道へと入っていく。人けがなく薄暗い道だ。
実は裏社会とつながりがあり、会社に雇われた殺し屋が口封じのために不意をついて襲ってくるかもしれない。もしくは魔族が襲ってくる可能性もある。周囲に気を配るのを怠らず、あとをついていく。
細い路地を抜けると赤レンガの倉庫街へ出た。
クーゲルシュライバー常務はそのひとつの扉の前まで来ると、おもむろに扉を開けた。
中へ入るよう促されたクグたちは慎重に戸をくぐる。中は真っ暗だ。すると、後ろでガシャンと音をたてて倉庫の扉が閉まった。
はめられた! 罠だったか! クグは焦る。 裏社会の人か、それとも人間に化けた魔族か。
クグは剣を抜き構える。と同時に倉庫の明かりがついた。
そこに見えたのは大量の木箱だ。倉庫いっぱいに積まれている。
クーゲルシュライバー常務は積まれている木箱に歩み寄ると、木箱の蓋を開き、中から何かを取り出した。
デジャブだろうか、この展開。クグは見覚えのある光景のような気がした。
クーゲルシュライバー常務が取り出したのはパッケージに入ったカミソリだ。
「おっしゃられたエクスカリバーは剣ではありません。弊社の日用品部門が開発したカミソリです」
「カミソリ?」
「弊社が自信を持って開発した渾身の力作。安全カミソリならぬ、エックス刈刃の安全とは言い難いカミソリ、その名もエックスカリバンです」
「エックス……カリバン?」
「刃がXの形に配置されており、どちらかの向きの刃に合わせて剃ると、もう一方の刃で肌を切るという構造になっております。両方の刃の向きを無視してまっすぐに剃ると、両方の刃で肌を切ります」
「き、危険すぎる」
クグは機能性が理解できなかった。
「刃の切れ味は弊社の最高レベルです。肌がズタズタになりますが、剛毛が恐ろしいまでに剃れるそのさまは、まさに伝説のエクスカリバーのようだとハリガネ級の剛毛ヤーから大絶賛。しかし、ケガをしたところは毛が濃くなってしまったり、まだら模様に毛が生えてこなくなったりしてしまい、実用性の低さから売れ行きは低迷。販売中止となりました」
「ハリガネ級の剛毛ヤー。想像を絶するっす」
ゼタは驚愕の声を上げた。
「ということは、いま出回っているのは――」
「販売中止を聞き事前に大量購入をした転売ヤーの方が、フリマサイトで転売されているのでしょう」
「自分を傷つける呪いのかかった粗悪なニセモノなどではなく、無駄にムダ毛処理に意識高い系の方が、聞きかじりのウワサで転売品を買って使用し負傷。回復魔法が使えないため、病院に駆け込んでいるということですか?」
「商品を販売中止にする前ですが、購入した方が何名か病院へ行かれたというのを弊社でも把握しておりますので、きっと同様の流れでしょう」
探していたのは、エクスカリバーでもなければ、剣でさえもなかった。販売中止という伝説をつくったエックスカリバンというカミソリだった。クソデマだ。
「く、くだらない……」
クグは力が抜けて落としそうになった剣を鞘にしまう。戦闘などしていないのにどっと疲れが出た。
「カスタマーセンターにはいまだに、皮膚まで剃れるのは剃れすぎだとか、夫婦げんかのときに妻が両手に持って振り回して一大事になるところだった、など貴重なご意見をちょうだいいたしております」
夫婦げんかは自分たちのせいだろ。とはいえ、半狂乱になった女性が剃れすぎるカミソリを両手装備で振り回している様子を想像し、クグは背筋がゾッとした。
「一方で、再販はないのかという問い合わせもあります。料理関係の方からは魚のウロコが皮ごと一気に取れるから便利。ファッション関係の方からは、服や防具のダメージ加工にちょうどいい。冒険者の方からは、サブウェポンになる。皮膚の硬い獣人系の方からは、人間用のカミソリではカミソリが毛負けするレベルの剛毛なのでこれがないと困る。など、ありがたいご意見がよせられております」
「カミソリが毛負けするって意味がわからんすけど、想像を絶する剛毛ヤー感っす」
さっきから剛毛ヤーに関するコメントはいらん。クグは剛毛ヤーという聞き慣れない言葉に少しいら立ちを覚えた。
「サブウェポンになるレベルの危険な商品なら、製造物責任法に抵触するのでは?」
「パッケージには、『製品の仕様により、皮膚まで剃れる、皮膚を切ることがあります。力を込めず、やさしくなでるようにご使用ください』、という注意書きをしっかりわかりやすく明記してあります」
クーゲルシュライバー常務は、パッケージ裏に書かれた注意書きの部分を見せてくれた。たしかに大きく赤い字で書いてある。
「そのようですね」
「包丁では指が切れます。使いようによっては人が死にます。また、剣では足を切り落としたり、使いようによっては人が死にます。これらは製品の欠陥ではなく、使用者の過失です。それと同様に、カミソリも使用法を間違えば肌を切ります。ですので、カミソリの仕様であり、製造物責任法の問題はクリアしております。販売中止したのは、あくまでも弊社の判断で自主規制をしただけです。転売ヤーさんが誤った情報で転売し、購入者が間違った使用をするからいけないのです。弊社はなにもやましいことはしておりません」
クグはぐうの音も出ない。カミソリよりも危険な剣や斧が当たり前のように売られている世界だ。カミソリ程度で負うケガなど、製造物責任法上では大した問題ではない。
想定外の呪いで使用者が被害をこうむるとか、爆発しないとうたっていたものが爆発し、隣近所もろとも吹き飛ばしたとかでない限りは。
「フリマサイトの転売ではクーリングオフの対象にもなりませんしね」
「再販を希望する声もたくさんいただいておりますし、このように在庫も大量にかかえております。弊社としましても皆さまのご希望に添えないかと、日々会議を重ねております。しかし、さまざまな意見が出ておりますが、決定打になるような案がなかなか出てきておりません」
「剛毛ヤー専用のカミソリしかないっすね」
「カミソリとしては無理だろ」
クグは在庫の山を見ながら言った。
「カミソリとしては無理ですよね……。いや、逆です。カミソリでなければいいんです!」
「どうされました?」
「いいことを思いつきました。消費者庁の管轄外の商品、つまり武器であればいいのですよね」
「日用品ではなく、武器やサブウェポンに区分を切り替えて売るということですか?」
「そうです。消費者庁さんとしては、日用品のカミソリと間違って使用しないようにしないといけないのですよね」
「そうなりますが」
「パッケージに修正シールを貼るだけで対応できます」
それなら勇者が冒険中に使う新商品のサブウェポンにもできる。
「わかりました。とりあえずサンプルをいただきまして、区分の切り替えと、パッケージの表示の変更で大丈夫か上司と相談して回答いたします」
クグはクーゲルシュライバー常務から1ダース入りの箱を受け取った。
「これならコストも最小限、期間も最短で済みます」
ニセモノの販売を中止させるのではなく、販売中止商品を販売再開させる手伝いになってしまった。
「ところで、こんなに在庫をかかえて経営は大丈夫なのですか?」
「信頼と実績で、皆さまに愛される商品ばかりですよ。ちょっとこちらへ来てください」
倉庫を出ると、超絶早歩きのクーゲルシュライバー常務を追いかけ社屋の展示室へ戻ってきた。
クーゲルシュライバー常務は、展示品を前に説明を始めた。
「イチオシはやっぱり、切れ味のみを追求した『マイスター・ゾーリンゲル・シリーズ』です。家庭用品では、まな板まで切れる包丁、カッティングマットまで切れるカッターナイフがあります」
黒を基調にしたシックな看板。展示品の説明には、『伝説の刀鍛冶ゾーリンゲルさんの魂を受け継ぐ、マイスター・ゾーリンゲル・シリーズ』とある。
「スゲーッ。カッティングマットがスッパリ切れたっす」
ゼタが展示品の前にあるお試しコーナーで、実演販売のようにカッターナイフでカッティングマットを切断した。何を見させられているのだろうか。
切れ味のみを追求しすぎて、利便性を損なっているような気がしたが、クグは指摘できない。
「次は、4面チーズグレーター『グレートグレーター・オメガ』。その削れ具合は、戦闘で敵に使うと魂まで削り取るとウワサされます」
「もはやキッチン用品の域を超えているっす」
なぜキッチン用品を戦闘に使用しようと思ったのか、というそもそもの疑問をクグは聞けない。
「もちろん武器にもマイスター・ゾーリンゲル・シリーズがあります。剣の『スッパリッパー』、槍の『グッサリサッサル』、斧の『ブッタギルズ』です。こちらは1本1本職人が手作業で仕上げており、どんな盾でも突き破ることができます」
スッパリと切れそうな剣、グッサリと刺さりそうな槍、そして、ぶった切れそうな斧だ。とはいえ、本当にどんな盾でも突き破ることができるのかは疑問だ。あくまでも売り文句だろう。
「スゲーッ。どんなものでもぶっつぶせるメイスってないんすか?」
「刃物ではないのでちょっと……」
ゼタのどうでもいい質問に対して真面目に答えてくれなくてもいいのに、とクグは申し訳ない気持ちになった。
「そして弊社のウリのひとつ、スポンサー契約した職人さんや冒険者さん用に開発した、特注モデルもありますよ。こちらは木こりのバッサイ・モリバヤシさんモデルの斧です。一見すると普通の斧の形状ですが、刃の部分はノコギリ状に小さな刃をつなげたものになっており、魔力を込めるとチェーンソーのように回転し木をぶった切ることができる、というチェーンアックスです」
「スゲーッ。どんなものでもぶっつぶせるメイスってないんすか?」
「刃物ではないのでちょっと……」
2回も聞くな。同じ質問に対して真面目に答えなくてもいいのに、とクグは申し訳ない気持ちになった。
「そろそろお時間の方が……この後もいろいろと用事がありまして」
これ以上、商品の宣伝を聞かされても困る。時間の無駄だ。クグは丁重に話を切り上げた。
「それではエックスカリバンの件、よろしくお願いいたします」
帰り際、クーゲルシュライバー常務から念を押されながらモロハノツルゲン社を後にした。
町の中心まで戻ってきた。
モロハノツルゲン社での調査を終えたが、このままでは戻れない。グラディウスのときと同じで、本物の情報を探さないとスタボーン課長は納得しない。
本物の情報がないか聞き込みをしてまわる。モロハノツルゲンのカミソリについては出てくるが、剣について知っている人はいなかった。
範囲を広げて、のみの市をやっている広場へ向かった。




