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第64話 原理は不明

 ゼタの黒い魔法の玉が大人4、5人を軽く飲み込めるほどの大きさになった。

 ゲンブルはゼタの魔法に気づいたのか、クグへの攻撃を止め、ゼタの方を確認するように首を後ろに伸ばした。

 ゼタの巨大な魔法の玉を見たゲンブルは、頭と尻尾と足を甲羅の中に引っ込め防御の体勢をとった。クグも危険なので急いでその場から離れた。

 この大きさの魔法なら、ゲンブルごと凍らせることができるかもしれない。


 ゼタがメイスを振り下ろすと、魔法が勢いよく発射された。

 そのまま魔法の玉はゲンブルに当た……らない。手前にそれてそのまま川の中に入っていった。川も凍らない。

 どうなっているのか、とクグが思った瞬間、ゲンブルの下から轟音をたてて激しく水が吹き上がった。川底から爆発でも起こったような勢いだ。吹き上がった川の水が雨のように降ってくる。


 ゲンブルの下には川に穴が空いたような水のない場所ができ、川底が見える。ゲンブルが防御の体勢のまま川底へと落ちていく。そして、川底へ落ちたゲンブルの上に渦を巻きながら大量の川の水が流れ込んでいく。


 とにかく、今のうちに川を渡ってしまったほうがよさそうだ。

 ゲンブルが防御の体勢のまま、川の渦に巻き込まれてグルグル回っているのを尻目に、クグは急いで向こう岸へと渡った。

 川を渡りきり後ろを振り返ると、渦を巻く川の中心でグルグル回る大岩のような甲羅の上に、水しぶきでできた虹がかかっている。この光景はいったい何なのか。当初の作戦とはまったく違う。

 ゼタも無事に川を渡りきり、クグの横へ来た。


「おい。ゲンブルごと川を凍らせる作戦だったはずだが。どうなってるんだ?」

「え? 凍らすんだっけ? 夢中だったからオソインと間違えたっす」

「どんな間違いかただよ。っていうかオソインが爆発するってどんな原理だ。意味がわからん」

「オソインって動きが遅くなるじゃないっすか。だから時空魔法だと思うんすよ」

「それがどうした?」

「筋肉で極限まで圧縮することによって、時空が歪みに耐え切れなくなって爆発したんじゃないっすか?」

「どんな理屈だよ」

「そういう仕様なんじゃないっすか」

「そんなわけ……」

 何度も同じやり取りをした記憶がある。このやり取りは不毛だ。

 それに、原理は不明だがクグはそんなわけあるような気がしてきた。もう何が何だか魔法の概念がよくわからなくなってきた。


「細かいことはともかく、川も渡れたことだし、結果オーライってことでいいっすよね」

「そう言われるとそうだが」

 とにかく、ゲンブルは防御の体勢のままいまだに回っているし、目が回っているだろうからもう襲ってこないと思われる。しかし、絶対襲ってこないとも言い切れないので、今のうちにさっさと出発したほうがよさそうだ。


 その後は何事もなく進む。しばらく進むと街道につきあたった。無事ショートカットできたが、時間的にショートカットになったのかどうかは疑問だ。土のドンナモンドの情報を得られたので、クグは結果オーライということにした。

 あとは道なりに進むのみ。休憩もとらず町を目指す。


 しばらく行くとダンケの町が見えてきた。

 ゲンブルとの戦闘があったにもかかわらず、夕方には無事到着することができた。

 ブンブンレンタロー・ダンケ店の前でマクーターを降りると、クグはどっと疲れを感じた。さすがにロングドライブは疲れる。戦闘時のターボで魔力もかなり消耗した。ゲンブルに対しての恐怖が今ごろになってわいてきた。

 マクーターのおかげで助かったのか、マクーターのせいであんなことになったのか。疲れのせいで深く考える余裕がない。


 スマホのアラームが鳴った。スタボーン課長からのメッセージだ。

『至急、戻れ』

 何かあったのだろうか。ダンケでのイベント作りはいったんお預けだ。



 急いでオフィスに戻り課長のデスクへ向かう。

「ただいま戻りました」

「忙しいところご苦労」

「勇者に何か問題でもあったのでしょうか?」

「勇者に問題はない。伝説の武具の情報が入った」

「次は大丈夫なんすか?」

「大丈夫かどうかは、これからの調査でわかる。どちらにせよ、真偽を確かめるのが我々の仕事だ」

 我々と言っても、現場に行くのは自分たち2人だし、実際に調べているのは自分だけだ。とクグはグチを言いそうになるが、ぐっとこらえた。


「で、どのような内容なのでしょうか」

「エクスカリバーについての情報だ」

「キターーー! エクスカリバーっすよ」

「ゼタも知っていたか」

「知らないっす。ノリでテキトーに言ってみだだけっす」

 ややこしいヤツだ。ついでに説明しておいたほうがよさそうだ。


「石に刺さった伝説の剣で、選ばれし勇者のみにしか引き抜くことができないんだ。聖なる者がこの剣を振れば、あらゆるものを一刀両断できる、といわれている。結構有名だと思うんだが」

「へー。勇者しか石から引き抜けないんだったら、勇者じゃない人は石ごと引っこ抜いたらダメなんすかね。ハンマーみたいに振り回したら、逆に強そうっすよ」


 クグは、ゼタが石ごと引き抜いたエクスカリバーを笑顔で振り回し、モンスターを倒す光景を想像した。斬るのではなく石で殴り殺す。狂気だ。ゼタならやりかねない。


「石ごとは抜けないようになっている。過去の勇者がエクスカリバーを入手したときのことを調べたのだが、どんな怪力でも引き抜くことができず、石を削り取ろうとした不届き者は原因不明の病気や事故に遭うなどしたそうだ。引き抜いた勇者は、なんの抵抗もなくスルリと引き抜けたそうだ」


 スタボーン課長がゼタの脳筋な発言に対し真面目に答えてくれた。クグはつっこむ手間が軽減してありがたい。心の中で課長に感謝した。

 本題に戻ろう。


「エクスカリバーの情報ということは、剣のある場所が見つかったのですか?」

「いや、そうではない。エクスカリバーの被害にあった人が、ショチカンチの町の病院へ治療に来ている、という情報が入った」

「エクスカリバーの被害とはどういうことですか?」


 剣を引き抜こうとしてケガをしたとか、石を削り取ろうとした人が事故にでも遭ったのであれば、剣の場所がわかっていることになる。

 エクスカリバーを引き抜いた人がいて、人を襲っているのも考えられない。選ばれた者しか引き抜けないので、誰かが引き抜くこと自体ありえないからだ。


「それがだな、現時点で詳しいことは何もわかっていない。通り魔に襲われたという被害届も出ていなければ、エクスカリバーらしき物を持った不審者を見たという報告さえ出ていないのだよ」

「でもエクスカリバーでケガをした人が、病院に来ているのですよね」

 いったいどういうことだろうか。


「事件の報告がない以上、軍の保安部隊もだせない。まずは被害現場の特定が必要だ。ニセモノが複数出回っているなら消費者庁も絡んでくるが、伝説の武具に関することなので、いったんうちの課で受けることになったのだ」


 ということは、今回も本物かニセモノか、両方の線で調べないといけないということだ。いまのところニセモノで通り魔の可能性が高い。


「仮に通り魔だとして、本物のエクスカリバーであれば誰かが引き抜いたことになります。勇者以外の人物が引き抜いたとなると、その人物も勇者と同等の聖なる力があることになり、さらに悪用していることになってしまいます」

「もしそんな人物がいたら、勇者にしか倒せんだろう」

 スタボーン課長は神妙な顔つきで言った。この場合、厄介な勇者案件になりそうだ。


「ニセモノで通り魔だったら、犯人をぶっ飛ばしちゃっていいんすか?」

「魔族が関わっているなど、勇者案件にできるものならだめだ」

「やっぱそうっすよね」

「当たり前だろ」

 相変わらずゼタは、勇者のイベント作りのための任務という認識が二の次だ。


「勇者案件にできない場合は、冒険者案件か警察地方の管轄になるので、調査終了して構わん。急を要するような危険人物だったら取り押さえてもいいが、過剰防衛で大ごとにしないように。取り逃がすのは構わん。管轄の任務ではないからな」

「わかりました」

 さっさと管轄外で処理してしまいたいとクグは思った。


「通り魔でなかった場合は、ニセモノが出回っていて、なんらかの被害者がいることになる。ニセモノの出どころをおさえてくれ。状況によっては消費者庁に連絡をすることになる」

「わかりました」

「通り魔だったらいいなー。全力でぶっ飛ばせるっす」

 ゲンブルに対して放たれたレベルのものがさく裂したら、どこにいても巻き添えで死ぬ。クグは背筋が寒くなった。過剰防衛にもほどがある。


「ゼタ君、くれぐれも死者をださないように。クグ君、頼むよ」

「は、はい」

 課長、私に頼まれましても、巻き添えで死にたくないので無理です。とクグは言いたかったが言えなかった。

 一般人の安全確保だけでなく、犯人の安全確保も必要になるかもしれない。


「今日はもう遅いので、明日の朝一番にショチカンチへ向かってくれ」

「はい、わかりました」

「それから、ショチカンチでは消費者庁の職員を名乗って活動してくれ。軍関係者や地方警察を名乗って、へたに犯人に感づかれて逃げられても困るからな」



 シュトジャネの西にあるショチカンチの町。ここは大型医療施設『まごころ総合医療センター』のある町だ。

 もともとは町の小さな神殿で、ソッコーデ・ナオルゼ司祭がケガで困った人々を片手間に治療していた。

 治りが良いとウワサになるとともに、治療の比重が徐々に大きくなり、治療専門の診療所を設けるようになった。

 それがどんどん拡大し、大型医療施設ができたということだ。いまや神殿の面影はどこにもない。


 診療科目は内科、外科、呪い科、状態異常科、戦闘不能科、精神科など。

 最近では生活習慣病内科、通称メタボ科もできたそうで、医師による食事や運動の保健指導を受けられるそうだ。


 魔法を使える冒険者などは、ある程度のケガや状態異常は治せる。

 しかし、ひどいケガの場合、自力の初級魔法で治すと傷あとが残ったり、骨が曲がった状態で接骨してしまうなどの不具合が出ることもある。そんなことにならないよう、最初から専門の人に治してもらったほうが安心だ。

 高度な呪いで装備が外れないなど、駆け込みの診療もあるらしい。


 もちろん、魔法が使えない一般の人も治療にやってくる。地元の神殿でも治るが、やはり専門の大きな医療施設のほうが、なんとなく治りが良さそうな気がするのは人間のさがだ。

 ちなみに院長のナオルゼ一族は、神殿から病院に鞍替えしたことで巨万の富を得たらしい。反面、病院内の派閥争いなどの黒いウワサもある。人間の欲望や心の闇は病院でも治せないようだ。


 町のメインストリートには宿屋・飲食店・薬局などが並んでいる。他の町のような冒険者や商人向けの感じではなく、治療の付き添いで来たパーティや家族がメインターゲットなのだろう。お見舞い用の花かごやフルーツのかご盛りを取り扱うギフトショップもちらほらある。


 メインストリートを抜けた高台には、白い外壁の大きな建物が2棟そびえ建っている。まごころ総合医療センターの本館と新館だ。周りには手入れされた緑地が広がっている。


「デッカイ建物っすねー。どこに行ったらいいんすか?」

「とりあえず、総合受付へ行こう」


 本館の中央入り口から入っていくと、院内にはたくさんの人がいる。

 総合受付には行列ができており、カウンターでは事務服を着た2名の女性がテキパキと業務をこなしている。


 列に並び順番がくると、課長に言われたとおりクグは消費者庁の職員を名乗った。

 事務方から話がいっているようで、新館の受付へ行くようにと案内された。


 本館と新館をつなぐ通路は、建物の間にある池をまたぐように通路が延びている。

 通路の壁には大きなガラスがはめられ、キラキラと光が差し込んでいる。

 床にはところどころに30センチ四方の強化ガラスがはめられ、池を覗きこむことができる。


 新館は健診センターやリハビリルーム、日帰り手術用の設備、増設された病床などがある。

 新館へ入ると、大きな窓で開放的な空間が広がっている。あまり人はおらずガランとしており、よりいっそう開放感を感じる。

 建物の裏手は広い中庭となっており、入院患者の方々が散歩をしたり、ベンチで読書をしたりしているのが窓から見える。


 受付へと行くと、同様に消費者庁職員として名乗る。

「はい、お話は伺っております。このあと日帰り手術をうける患者さんがいらっしゃいますので、お話ししていただくことは可能です」

「そうですか。それはありがとうございます」


「患者さんには、消費者庁の方がみえると事前に確認をとってありますが、容体によってはお話をされない方もいらっしゃると思われますけど」

「それは重々承知しております」

「外科の日帰り手術の患者さんが待機しておられる部屋は、1階奥へズイッと行ったところにあります」

 ズイッと行ったところとはどこだろうか? 行けばなんとかなるだろうとクグは思って詳しく聞くのをやめた。


「はい、わかりました。あと、ひとつ伺いたいのですが。エクスカリバーの被害に遭われた方というのは、結構いらっしゃるのですか?」

「そうですね。ここ最近ですと1日に2、3名。多いときで5、6名はいらっしゃる日もありますよ」


 そんなにいるとはクグは思ってもいなかった。通り魔だとしたら、かなり危険なヤツがうろついている状態が野放しにされていることになる。早くなんとかしなければいけない。

「ありがとうございます」


 案内された方角の奥へズイッと向かう。ゼタもズイッとついてくる。さすがにゼタも病院内ではおとなしい。それとも、いつもどおり聞き込みのやる気がないだけか。


 ドアの上の壁に『日帰りの間(外科)』と書かれた案内板が貼ってある。ノックをして入る。ゆったりとした1人がけのソファが並んでいる部屋だ。部屋の隅には簡易のベッドも設置してある。

 マガジンラックには、『週刊勇者タイムス』『マダム画報』『月刊スライムスキー増刊号』などの雑誌が置いてある。


 室内には体に包帯を巻いた人が2人いる。スマホをいじっている女性と、雑誌を読んでいる男性だ。

 2人ともエクスカリバーの被害に遭われた方で間違いなさそうだ。もう1人、包帯をしていない男性もいるが、エクスカリバーと関係があるのかわからない。

 早速、消費者庁職員を装いエクスカリバーについて話を聞く。まずは手前の女性からだ。


「消費者庁の者ですが、おケガについてお話を少し伺ってもよろしいでしょうか?」

「ええ、いいわよ」

 テモティと名乗る髪の毛サラサラの20代前半くらいの女性。腕とスネが包帯でグルグル巻きになっている。


「このおケガは、エクスカリバーの被害に遭われたということで、よろしかったですか?」

「そうよ。エクスカリバーのせいでズタズタになっちゃったのよ。知り合いに初級回復魔法が使える人もいるけど、傷跡が残ったらイヤだからこの病院へ来たの。よく切れる、いえ、切れすぎる魔性のヤツだわ」


 通り魔だとしたら、非力な女性を襲う卑劣なヤツだ。よく殺されずに逃げて来られたものだ。それとも犯人は、殺さずに切り刻むだけを目的としたヤツなのだろうか。

 さらには、魔性というのはその人のもともとの性格なのか、武器の呪いなのか、魔族に操られているからか。

 部屋のドアからノック音がしてドアが開くと、看護師の女性が立っている。

「テモティさーん。治療の準備ができました」

「はーい」


 テモティさんは、サラサラヘアーをなびかせて処置室へと向かって行った。あまり詳しく聞けなかった。

 次は『月刊マタギ』を読んでいる奥の男性だ。


「消費者庁の者ですが、おケガについてお話を少し伺ってもよろしいでしょうか?」

「おう、なんでも聞いてくれ」

 ブッパナスと名乗るガタイのいい男性。30代半ばくらいだろうか。タンクトップにハーフパンツ、サンダルと格好はラフだが、頭・アゴ・胸・腕・スネと全身包帯でグルグル巻きだ。


「このおケガは、エクスカリバーの被害に遭われたということで、よろしかったですか?」

「おうよ。腕やスネだけでよせばいいのに、頭がスキンヘッドだからついでにって感じで、頭もアゴもズタズタだ。さらに胸もズタズタになっちまった。回復魔法かけてもらえばいいだけだと思って地元のクリニックに行ったら、全身がズタズタでビックリされて、応急処置だけしてここの病院に行けっていわれたんだ。しかしアレは恐ろしいヤツだ」


「どうしてまた、こんなことに」

「そりゃーやっぱり、恐ろしく切れるヤツだからな。興味本位ってやつよ」


 通り魔は興味本位で全身ズタズタにするヤツのようだ。ヒドイ話だ。恐ろしいまでにキレやすい性格だということは、犯人はかなり凶暴なヤツだと思われる。


「問題のブツは、オトナリナのダンケという町にある会社が製造していたらしいんだが――」

「製造……ですか?」

「おうよ。今はもう製造していないらしく入手困難なんで、ネットのフリマで手に入れたって寸法よ」

 伝説の剣は量産して販売することなどできない。ニセモノが出回っているということか。


「ご自身で手に入れて、ご自身で傷を負ったということでしょうか?」

「そりゃーそうだろ。他人にこんなこと任せられないだろ」

「では、エクスカリバーを持った通り魔に襲われた訳ではないと」

「そんなおっかないヤツに襲われでもしたら、包帯で済むレベルじゃなくて、全身の皮膚をまるっと剥がされてるかもしれんな」


 ということは、皆、ニセモノのエクスカリバーを手に入れ、自分で自分を傷つけた。つまり、犯人は自分自身だということになる。被害届が出ていない理由としてつじつまが合う。自傷行為をする呪いでもかかっているのだろうか。


 部屋のドアからノック音がした。ドアが開くと、

「ブッパナスさーん。治療の準備ができました」

 女性看護師の声が部屋に響く。

「はーい。待ってましたー」

 ブッパナスさんは月刊マタギをソファに置いたまま、軽やかなステップで処置室へと向かって行った。


 最後に、スマホを見ている男性。包帯はしていない。

「スミマセン、消費者庁の者ですが」

 男性はナッツォと名乗った。20代後半くらいだろうか。よく見ると鼻が全体的にふくらみ、鼻の穴から何かがひょっこりはみ出しているのが見える。


「お鼻、どうされたのですか?」

「アイドルばかり追いかけてたら、彼女から別れ際に、炒りたてピーナッツを鼻の穴にぎっしりと詰められまして」

「それは災難でしたね」

「寝てる間ですよ。しかも、追っかけしているアイドルの歌詞と同じことしてくるなんて最悪ですよ。かなりギッシリと詰められて自力では取れないんで、病院で取ってもらおうかと」

 クグはどこかで聞き覚えがあるような気がしたが、今はそれどころではない。


「ご愁傷さまです。耳鼻科ではなくて外科なのですね」

「僕も最初は耳鼻科に行ったんですけど、外科で処置するからと言われてこっちに来たんです」

「取り出したピーナッツは、あとで食べるんすか?」

「全然、食べません」

「失礼なことを聞くんじゃない。ちなみにですがエクスカリバーって知ってますか?」

「さあ。なんのことだか」

「ナッツォさーん。治療の準備ができました」

 今度は男性看護師の呼ぶ声がした。

「ふぁ、ふぁーい」

 急に大きな声で返事をしたため鼻声になったようだ。

 まったく関係ない人だった。ピーナッツを鼻に詰めるとはナニを考えているのか。しかも炒りたてをだ。恐ろしい女性だ。


 病院を出て緑地公園を歩きながら考える。

「どういうことなんだ?」

「自分で自分をいたぶるフェチの人たちっすかね」

「そんな人たちが連日病院に駆け込むほどいるというのは、おかしすぎるだろ」

「じゃあ、やっぱ呪いっすかね」

「その線が濃厚だ。原理は不明だが、粗悪なつくりできちんと魔力付与ができず、呪いになってしまった。もしくは、魔族がわざと呪いを付与し、社会を混乱させようとしているのか」

「エクスカリバーだと思って買っちゃった人が、呪われて自分で自分を傷つけたってことっすね。やっぱりニセモノだったっすね」

 辻斬りでなかったのは、事件としては不幸中の幸いだ。しかし、被害者がいるという事実は変わらない。


「魔族が関わっていれば勇者案件だが、そうでない場合は行政処分ものだ。とはいえ、製造終了とも言っていたな」

「だったら、もう調べなくていいっすよね」

「そういう訳にはいかない。ニセモノの出どころをおさえろって課長に言われただろ。ダンケにある会社が作っていたという情報だったが」

 ついでに、フリマサイトに出回っているものも出品規制をかける必要もある。これは消費者庁とフリマサイト側の問題なので管轄外だが。


「じゃあ、ちょっとネットで調べてみるっす」

 ゼタはスマホで調べ始めた。ゼタにしてはやけに積極的だ。武器に興味があるのだろうか。

 クグは、管轄外だがフリマサイトでもついでに調べようとしたら、ゼタはもう調べ終えたみたいだ。


「ダンケで武器って調べたら、モロハノツルゲンっていう有名な武器メーカーがあるみたいっすよ」

「会社がわかったら、もうほとんど解決したも同然だな」

「じゃ、そういうことで、調査終了して帰ってもいいっすね」

 ゼタはやる気があったのではなく、通り魔を倒す内容ではなくなったので、早く終わらせて帰りたいだけだった。


「その程度の情報では帰らないぞ。最後まで事実関係を調べるのが任務だ。とにかく行ってみよう。それに、本物のエクスカリバーの情報もないか調べないといけないしな」

「昨日急いで戻ったのに、結局、ダンケに行くんじゃないっすか」

「仕方ないだろ。うまいこといけば、ダンケではエクスカリバーを手に入れるというイベントが設定できるかもしれない。何も情報がないところからイベントを探すよりはるかに楽だろ」


 町を出ると、さっさとテポトでダンケへと飛んだ。


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