第62話 マクーター
「何があったんですか?」
クグは先に着いていたライズに聞いた。
「わかりません。状況から察するに、何者かに襲撃されたのかもしれません」
「その可能性が高そうですね」
「いったい誰が、こんなひどいことを」
ライズは燃え盛る教会を見ながら言った。
「まだ入信したばかりですよね。こんなことになってしまって、なんと声をかけていいのか」
「いえ。まだです」
「何がですか?」
「まだ入信していません。この教団が本当に信用できるのか、本当に魔族でも差別なく受け入れてくれるのか調査している最中だったんですが」
この町にいて、この惨事に駆けつけたということは、すでに入信しているものだとクグは思っていた。
「とにかく、誰か人が来るのを待って、みんなで消火活動をしましょう」
「それよりも、中に人がいるかもしれません。消火は他の人に任せて、私たちで救出しないと」
ライズの言うとおり、他の人が来るのを手をこまねいて待っている場合ではない。
「仕方ない。よし。行くぞ」
「え? なんで? 関係ないし、めっちゃ危険っすけど」
「つべこべ言わずに行くぞ。非常事態でしかできない特別な筋トレだと思え!」
「よっしゃー! 気合入れて行くっす!」
クグにとっては、新しい任務と関係がある。それ以前に、生存者がいるかもしれないのであれば、人として助けに行くべきだ。
消火活動は、後から駆けつけて来る冒険者か、魔法を使える情報課の人か、地元の消防団に任せればいい。
クグたちは各自、防火服を着たように火の耐性を得られる魔法『ボウカルス』をかけ、ドアのなくなった入り口から教会の中へと入った。
壁も天井も火に覆われている。耐性魔法をかけていても、熱がジリジリと伝わってくる。
少し進むと、モンクストラップの靴をはいた片足が床に転がっている。爆発でちぎれて飛んだのだろう。司祭か教団関係者だろうか。靴の形から右足だ。しかし、クグは右足か左足かなど確認する余裕などない。
さらに進むと、法衣と思われるものを着ている遺体が1体、うつぶせで床に倒れている。片側の腕と足がない。法衣に血のような赤いものがついている。ひしゃげたロザリオも床に転がっている。
教壇は爆発のせいか跡形もない状態で燃えている。教会の奥の壁にシンボルマークはなく、代わりに『神を否定せよ 真理はそこにある』と赤い文字で書かれている。おそらく血で書かれたのだろう。
「手分けして生存者を探すぞ」
クグはゼタとライズに声をかけ、並んだイスの間をのぞき込んでいく。
イスの間にうずくまっている子どもを見つけ助けた。
「大丈夫か?」
声をかけると、子どもが顔をあげた。少年だ。見た目に大きなケガをしているようには見えない。
抱きかかえて表へと向かおうとすると、
「お母さんがあっちに」
少年が指さした方向は教会の裏手だ。
クグは走って奥へ向かい、開け放たれた裏手のドアから出た。
2階建ての事務所は激しく燃えている。建物の2階部分が爆発したのだろうか、半分以上が形をとどめていない。今から入ってどうこうできる状況ではない。
逃げ切れた信者と子どもが外に何人か立っており、燃えゆく建物をただぼうぜんと見ている。
クグが少年を下ろすと、少年は逃げ切れた人たちの方へ走って行き、1人の女性に抱きついた。どうやら母親は無事だったようだ。母親も少年を抱きしめている。
ゼタが教会から1人で出てきた。どうやら、ほかに助かった人はいなかったようだ。
「ライズは?」
「中にはもう誰もいなかったっすよ」
この場に魔族がいたら真っ先に犯人だと疑われる可能性があるので、いない方が身のためだと思ったのだろうか。
その後、地元の消防団や冒険者たちによって火は消し止められた。
爆発は襲撃されたことで起きた可能性が高いが、教団内部のいざこざの可能性もある。何か思い当たることはないか、クグは信者に聞いてまわった。
男性の証言。
「上層部の方々のことはよくわかりません。でも、私たちに愛と平和を説き、布教に一生懸命な方々なので、自分たちの利害で殺し合うようなことはしないはずです」
「誰かから恨みを買うとかは?」
「私たちは、近所の人たちから信仰の理解を得られていません。嫌がらせを受けることもあります。ローブを羽織って顔が見えないようにして教会に来ています」
助けた少年からも話を聞けた。
裏庭で友だちとかくれんぼをして遊んでいた。教会の中なら見つからないと思ってイスのところに隠れてたら、誰か入って来た。友だちだと思ってそのまま隠れてたら、司教さまの声が聞こえた。誰かに向かって何かを言っている感じだった。そしたら、魔法か何かが爆発した。
ということらしい。
司教と話していた人は、顔見知りなのか、それともまったく知らない人が侵入してきたのかがわからない。
「何にせよ、この新興宗教団体をこころよく思わない人の犯行の可能性が高そうだ」
先代勇者フォールズは生きていると信じている狂信的な人による犯行も考えられる。
もし教団関係者同士の争い事なら、こんなに目立つようなことは避けるだろう。
しかし、権力やお金が絡むと人は何をするかわからない。教団内部の人が冒険者か誰かを雇って、外部の犯行と思わせるためにやった可能性もある。
「誰が犯人だとしても、幸先悪いっすね」
教団を調べろと言われた矢先、いきなりこんな襲撃事件が起きるとは、クグは思ってもみなかった。任務に支障をきたすどころではない。
しかし、ボヤいても仕方がない。今は本来の任務に専念するよりほかはない。
メッセージでスタボーン課長とキャサリンに、教団支部が襲われたという一報を入れておいた。詳しい調査は彼女に任せる。
「こっちはこっちで先に進むぞ」
急いで町の中心へ戻った。
「今から歩くって考えただけで気がめいるっす」
「いや。ここからは小さな村や町は飛ばしていくから、乗り物に乗って一気にダンケまで行くぞ」
「ラッキー。急にやる気が出てきたっす。で、ナニに乗るんすか?」
「あれだ」
クグの指す先には、レンタルマクーター屋の『ブンブンレンタロー』がある。
「アレなら、早く着けるっすね」
勇者は早ければ迷いの森の攻略をはじめてしまっているかもしれない。
一方、クグたちは教団爆破事件で時間をくってしまった。スピーディーな任務遂行には、こういった乗り物の活用も必要だ。
ブンブンレンタロー・メルシ店へ向かう。
店の前にいる酒の瓶を片手に片松葉づえをついた男性が、ふらふらと近づいてきた。30代後半くらいだろうか、ひげも手入れされておらず伸び放題で、服もよれよれだ。
「あんたら、マクーターでダンケへ行くんか?」
「そうですけど」
「酒クセーっすね」
「飲まねーとやってらんねーんだよ」
「何か用ですか?」
急いでいるので、クグは単刀直入に聞いた。
「ちょっと聞いてくれよ。カメのせいで……カメのせいで借金が。ダンケに行くなら、でっけえカメだけには気をつけろよぉ。じゃないと、俺みたいになるぜ」
「ど、どうも。よくわかりませんが、忠告ありがとうございます」
「いいってことよ」
男性はふらふらとどこかへ歩いていった。
「なんだったんすかね?」
「さあ?」
「気になったんすけど、勇者ってマクーターに乗って、どっか行っちゃうってことないっすか?」
「その点は大丈夫だ。店の入り口の横にガタイのいい2人組がいるだろ。あれは情報課の人だ。勇者たちが店に入ろうとすると、入り口を塞いで入店を妨害するのがお仕事だ」
「不審者かと思ってたっす。フェイントを駆使してかわされたら、どうするんすか?」
「フェイントにも対応できるその道のプロだから心配ない。それに、万が一お店に入ってしまったとしても、店長さんに『勇者一行にはまだ貸さないでくれ』と袖の下を渡してあるはずだ」
全車両メンテナンス中とか適当なことを言って断ってもらえるはずだ。
「袖の下! 聞いてはいけないことを聞いてしまった気がするっす」
「この仕事やっているのに、袖の下で驚いてどうする。それに勇者の耳には、エルフに代々伝わる剣があるという情報が入っているはずだ。イベント無視して次の町に進むより、エルフの里に行くのは確定事項だろ。さらに、伝説の武具のためにいったんシュトジャネへ戻るようエルフの女王から伝えれば、余計なところへは行かずシュトジャネへとんぼ返りするだろ」
「肝心の伝説の武具は、いまのところ1個もないんすけど」
「……」
それはおまえの頑張りにもかかっているんだが。ひとごとのように言うゼタに、クグは軽いいら立ちを覚えた。
店の前にいる情報課の職員に「お疲れさまです」と言いながら入店する。
店内には、『ネット予約キャンペーン実施中』、『マンスリーパックで乗り放題』、『法人向けプラン取り扱い中、詳しくは店頭スタッフまで』などポスターが貼られている。
クグは思った。うちの部署で法人契約してくれないかな。経費申請の面倒も減るし、気軽にレンタルできる。
この店では、1日以内なら何時間乗っても1台4000モスルと、良心的な価格設定だ。
受付カウンターへ行くと、制服を着た女性店員が笑顔で応対してくれた。
「2台のレンタルということですが、タイヤとホバー、どちらのタイプにしますか?」
「断然ホバーっすよ」
「ちょっと待った。値段は違うのですか?」
ホバータイプは空中浮遊ユニットが車体下部に入っており、拳1個から3個分ほど地面から宙に浮いて移動する。ホバーの方が高そうだ。
「どちらも同じ値段になります。舗装されていない道が多いので、タイヤはパンクリスクが大きくてメンテナンスコストがかかるんです。ですので、最終的なコストはホバータイプと変わらないんですよ」
「ホバータイプでお願いします」
悪路でもパンクすることもなく安定して走り続けることができるのは、任務遂行には必須条件だ。値段が変わらないなら、ホバー以外に選択肢はない。
「ターボ付きになさいますか?」
「もちろんっす」
「だからちょっと待て。ターボが付いてると何かメリットがあるのですか?」
「一般の方には意味のない機能なのですが、冒険者さんなどにオススメしてるタイプです。操縦者の方が魔力を込めますと、動力に付加される仕組みとなっております。これによって出力にターボがかかりまして、通常より移動速度が上がります」
「絶対いるっしょ」
「うーん、どうしようか」
「目的地に早く着くだけでなく、モンスターさんから素早く安全に逃げる確率も上がりますので、オススメですよ」
「逃げるんだったらいらないっす」
「それは魅力的な機能だな。でも、お値段はどうなのですか?」
「お値段はターボなしと変わらず、据え置きです」
「太っ腹っす」
「ターボ付きでも、使えない人はターボなしと変わらないですし、魔力が小さい人は少ししかターボがかからないんですよ」
「せっかくターボ付きでも走行性能に差がないなら、料金は同じにしないと不公平感があるな」
「最近のタイプはほとんどターボ付きになっておりまして、古いターボなしタイプと順次、入れ替え中なんですよ」
「大は小を兼ねるということか。ではターボ付きをお願いします」
「ありがとうございます」
女性店員はパソコンにデータを入力していく。
「返却については、どうなっているのですか?」
「いちいちここまで返しに来るのメンドイっすね」
「こちらの営業所に返却しなくても、別の町の営業所に乗り捨てできます。さらに、キャンペーン中で返却場所が隣の町までなら追加料金は不要です」
「ということはダンケなら追加料金無しではないですか。なんというお財布に優しいサービスなんだ」
女性店員は笑顔でうなずくと、さらに説明を続ける。
「オプションの保険はどうされますか? 対人、対物、傷害、車両に加え、対モンスター補償もついて2000モスルとなります」
「対モンスター補償ってなんすか?」
「急に飛び出してきたモンスターさんにぶつかるなどして、モンスターさんから治療代などを請求された場合に使えます。また、モンスターさんから一方的に襲われるなどして車両を破壊された際の補償もされます」
説明用の紙には、スケルトンとぶつかり、足の骨が折れたスケルトンから治療代と慰謝料を請求されているイラストが付いており、とてもわかりやすい。
「対モンスター補償の件で、とあるお客様を思い出したのですが」
「何かあったんですか?」
「ダンケへ行く際に近道をしようとして、途中の川をホバータイプのマクーターで渡ろうとしたところ、モンスターに襲われた冒険者さんががいらっしゃいました」
「それでどうなったのですか?」
「すぐ逃げてきたようですけど、マクーターは半壊しておりまして、廃車となりました。その方はオプションの補償をつけていらっしゃらなかったので、車両1台全額自己負担になったんです。足をケガして仕事ができないばかりか、借金を背負って自暴自棄になり、お酒を飲んだくれていらっしゃるようです」
「自業自得っす。襲われる前にとっとと倒せばいいんで、入らなくて大丈夫っすよ」
「バカを言え、これは絶対に入っておかなければならない。万が一、自分の魔法の爆風でマクーターが損傷したらどうする。1台をまるまる自腹で償おとしたら、安月給が吹き飛ぶぞ」
「おとなしくオプションつけとくっす」
「しかも、オプション代金なら必要経費に入れられるから自己負担なしだ」
手続きを終え、軽く食事を済ませ準備万端、メルシを出発した。
ハンドルの中心にスマホをセットし、テクビゲの地図を頼りに北へと進む。
しかし、クグは出発したときから気になっていることがある。
クグは支給のヘルメットを被り、こんなときのために用意しておいたビンテージデザインのゴーグルをつけている。安全第一、安全運転、それが公務員の鑑だ。
それに引き換えゼタはノーヘルだ。良い子はマネしたらダメなやつだ。
まだ一般的な乗り物ではないので法整備が進んでおらず、ヘルメットの着用は努力義務だ。しかし公務員たる者、一般市民の規範となるよう交通安全に努めるべきだ。
クグはゼタに注意をしたいという思いをこらえ、風を切りながら北へのびる街道を行く。
マクーターはスロットルグリップをひねるだけの簡単操作。足を広げずに座れるので、ローブやスカートを着ている人でも乗りやすい。
右のグリップを手前にひねると前に進む。奥にひねると逆に進む力が働きブレーキとなる。バックにもなる。
浮遊する高さも変えられ、左のグリップを手前にひねると上へ、奥にひねると下へ。こちらはふだんの運転で使うことはない。
しばらく行くと、街道は右へゆるいカーブをえがき、ずっと先へ続いている。橋がある方へ続いている道だ。
しかし、道を無視してまっすぐ進む。
橋まで遠回りするよりも、この先の川をホバーで渡った方がショートカットになり町へ早く着ける。
モンスターが出るという情報もあったが、自分たちが渡る場所・タイミングで、ピンポイントにモンスターと出くわすなんてそうそうない。仮に遭遇したとしても、ターボ付きのマクーターならすぐに逃げられる。
効率のよいコースを選ぶのも、この仕事をするうえでは重要なことだ。
街道を外れ草原を進んでいると、左斜め前方からオカダンゴムシのモンスター『ダンゴムン』の集団が近づいてきた。
球状になりゴムボールのように転がりながらこちらへ向かってきている。
このまま進めば、モンスターの集団とぶつかってマクーターが大破してしまう。
一時停止して応戦しなければならない。しかし、ダンゴムンをマクーターから離れた場所へうまいこと誘導しないと、ゼタの筋肉圧縮魔法でマクーターが破壊される。
全速力で逃げるのもアリかもしれない。
クグはどうしようかと思っていると、クグの右横を走っていたゼタが前に出た。
ゼタは左手にメイスを持ち、右手で片手運転だ。立ち乗り状態でメイスを上に掲げた。
メイスの先端に小さく黒く丸いものができたかと思うと、徐々に大きくなってきた。そしてあっという間に、大人の頭2つ分くらいの大きさの魔法弾ができあがった。
振り下ろされたメイスから魔法弾が勢いよく発射され、ダンゴムンの集団の真ん中に落ちた。その瞬間、激しい爆発が起こりダンゴムンを飲み込んだ。
クグはマクーターのスピードを上げ、爆発で起きた砂埃の中を突き抜けた。
「あっぶねーっ」
クグは思わず叫んだ。何が危ないのかといったら、モンスターよりゼタの魔法だ。
いつの間にか圧縮した魔法弾を自在に発射できるようになっていたとは、恐ろしいヤツだ。
ということは、これからはゼタの近くだけでなく、どこにいても筋肉圧縮魔法に巻き込まれるということだ。ヤバイ。これまで以上に気をつけないと、命がいくつあっても足りない。
さらに危ないのは、ゼタのさっきの運転だ。ノーヘル、片手運転、立ち乗り、魔法ながら運転と、公務員にあるまじき危険運転のオンパレードだ。
誰も見ていなかったからよかったが、お子様が見ていたら保護者の方からクレームがくる案件であり、ネットにさらされたら炎上する案件だ。
しばらく進むと行く手にタユタフ川が見えてきた。
川幅600ミーターほどの川で、流れは穏やかだ。この程度の川であれば、ホバータイプのマクーターで難なく渡ることができる。
クグはテクビゲに見慣れない表示があることに気づいた。川の中に茶色の丸がある。ドンナモンド・レーダーによる表示で、茶色は土のドンナモンドだ。
川の近くの木陰にマクーターを止め、よく確認する。間違いない。
「川の中に土のドンナモンドがある。調べないといけないな」
クグはゼタにスマホを見せながら言った。
「そんなのどうやって探すんすか」
「とりあえず、休憩しながら考えよう」
「もぐるなんてメンドイっすよ」
「川の中とは限らない。もしかしたら川の下にダンジョンがあり、どこかに入り口があるのかもしれない」
クグが川岸でバーナンダーを食べながら、スマホと川を交互に見てどうしたものかと試案していると、見覚えのある3人の人影が川岸を歩いて近づいてきた。




