第61話 余計なお世話
クグとゼタはメルシの町まで来た。次のイベント設定のため、ダンケの町を目指す。
「このまま出発してもいいが、メルシの町で軽く情報収集するぞ」
「なんか用事があるんすか?」
「勇者たちはもうこの町に着いているころだ。イベントの進み具合の確認だけでもしておいたほうがいいだろ」
メルシの町へ入ると、前回来たときには見かけなかった人がチラホラいる。情報課の人たちだろう。
「ウフフ。ようこそ、ここはメルシの町よ」
「うわっビックリした」
クグは不意に横から話しかけられ腰を抜かしそうになった。
「うわー、町の紹介されたっす。めっちゃ丁寧でわかりやすいっす」
相変わらずゼタはビックリすることなく、楽しそうだ。
元気っ娘役のこの人は、明らかに情報課の人だとわかった。クグは勇者について聞いてみることにした。
「あのー、企画課の者ですけど、ちょっとお話――」
「あーっ。どっかで見覚えあると思ったら、以前うちの課に来た、リアクションの薄い人と、リアクションのいい人だあっ」
リアクションの薄いヤツで悪かったな。薄いんじゃなくて、普通の人はこんなものだ。ゼタのリアクションが良すぎるだけだ。クグは心のなかで言い訳をした。
「その節はお邪魔いたしました。ところで、勇者はもうこの町に来ていますか?」
「もう来ちゃってるわよ。なんか午前中は、町の人がやってる林業とか農業とか養蜂とかの仕事場を見学するとか言いながら、町を出ていってたわ」
勇者一行はもう到着しただけでなく、情報収集を始めているようだ。
杖をついたヨボヨボのお爺さんが、フラフラと近づいてくる。そばまで来ると話をはじめた。
「むかしむかし、あるところに、おじいとおばあがおりました。おじいは言いました。『森で行き詰まったら、上上下下左右左右BAじゃ!』おしまい」
この人は迷いの森の攻略ヒントを教える役のようだ。それにしても話が雑だ。
「あ、ありがとうございます」
邪険に扱ったら失礼と思い、クグは一応お礼だけでも言っておいた。
「じーちゃん、俺たちそれ知ってるっすよ」
クグがせっかく気をつかったのに、ゼタは良くも悪くも正直だ。
「この人たち、以前うちの課に来たことある企画課の人たちよ」
「おお、いつぞやの。リアクションの薄い人と、リアクションのいい人か」
「そうそう、リアクションの薄い人と、リアクションのいい人よ」
クグは思った。リアクション薄い薄いウルサイ。これが普通だ。
「国支給の安もんの装備に似とるなー、お役所の人っぽいなーと思ったんじゃが、やっぱりそうじゃったか」
「そう思ったんなら、なんで話しかけてきたんすか?」
「ヒマじゃからじゃ」
わかっているなら暇つぶしの話し相手にするんじゃない。お互い仕事中だろ。とクグは思いつつも、ついでにこの人からも勇者について聞いておくことにした。
「勇者たちの進捗状況ってわかりますか?」
「そうじゃのう。午前は町とか森の下見じゃないかの。順調にいったら、午後から森の攻略にはいるんじゃないかのう」
まだエルフの迷いの森の攻略にははいってないようだ。こちらも早々ににダンケまで移動してしまいたいところだ。おじいさん役の人はまだ何か言いたそうにしている。
「まだ何かありましたか?」
「勇者なんじゃがの、わしの話をゼンゼン聞こうとせんのじゃ。わしが一生懸命『上上下下』と言っとんのに、頭のおかしいジジイ扱いじゃ。まったく近ごろの若いヤツらはなっとらん」
おじいさん役の人は、たしか同年代ぐらいだったはずだが。役が抜けないタイプなのだろう。
「貴重な情報ありがとうございました」
「あざーっす」
「達者で仕事をがんばりんさいよ」
「じゃあねー。リアクションの練習もガンバってねー」
余計なお世話だ。クグは愛想笑いをしながら去った。このリアクションも薄いと思われているのだろうと思った。
「それにしても、迷いの森の攻略情報はゴリ押しな教え方で、『わらべ唄』とか『いい感じの昔話』みたいなのではなかったな」
丸投げにした自分にも問題の一因があるのでは、とクグは少し責任を感じた。
「トイレの壁の落書きだろうが、じーさんのボヤキだろうが、伝わればなんでもいいんじゃないすか」
ゼタにそう言われ、クグは少し気が楽になった。頭を次の任務に切り替えた。
クグはふと視線を感じ辺りを見回した。見知らぬ女性が近づいてくる。
格好は、コルセットリグ、カーキ色の帆布地のシャツ、ニーパッド、指ぬきのタクティカルグローブ、インディゴ染めの細身のズボン、ミドルカットのブーツ。
女性はさっそうと歩いていたが、クグの手前で石につまずき倒れてきた。クグはとっさに避けた。女性は無防備なまま顔面から地面に突っ込んだ。
「ちょっと、なんで避けるんですか! フツー、女性が倒れそうになったら、紳士的に助けるでしょ」
女性は起き上がりながら言った。
「昨今はヘタに女性に触れるとセクハラだの何だのとウルサイので、公衆の面前であろうがどこであろうが、絶対に誤解をされるようなことはしません」
クグはそう心に決めている。
「いかにもモテない男性が言いそう」
「余計なお世話です」
モテるために公務員をやっている訳ではない。
「そんなことはいいや。報告です」
女性は気を取り直して言った。
「どちら様ですか?」
女性は一瞬ポカンとした。クグを知っているようだが、クグは誰だか覚えがない。
「わたしです。ネテテ・アシツタノです」
「えーと」
クグは思い出せそうで思い出せない。
「なんで思い出せないんですか! カルト情報係のキャサリンですっ」
「ああ、新しく係長になったキャサリンか。誰かと思った」
コンタクトレンズにしたのだろうか、メガネをかけていない。それに、後ろに束ねていた長い髪はボブヘアーになっており、クグはてっきり知らない人かと思っていた。
「仕事をやりやすいように、髪型変えてコンタクトにしただけですよ。どこ見てるんですか?」
「どこって。全体的に何となく。ゼタは気づいたか?」
「腹筋バキバキじゃないから興味ないっす」
キャサリンは「これだから男って」と言わんばかりのあてつけのため息をついた。
「女性がイメチェンしたら、お世辞でもいいからカワイイとか言っておくものですよ。だからモテないんですよ」
「余計なお世話だ」
同じ部署で働いているだけなので、髪型だの格好だのそんなのいちいち知るかとクグは思ったが、へたに女性の容姿に言及すると話がややこしくなる。さっさと本題にはいる。
「で、何の用だ?」
「何の用って……聞き込みで得た情報の報告です。ちゃんとしてくださいよ、まったくもう。よくこんなんで今まで仕事が務まってきましたね」
「余計なお世話だ」
次から次に情報がやってきて、頭の切り替えが大変だ。
近くのカフェで話を聞くことになった。
オープンテラスの席につく。キャサリンの前にはシュークリームセットが置かれている。
クグは朝から甘い物は胃がもたれそうなのでコーヒーだけだ。ゼタはプロテインスムージー・ライム味だ。
クグがコーヒーをひとくちつけて気持ちを落ち着けている間に、キャサリンはシュークリームをペロリとたいらげ、満足げな表情を浮かべた。胃が底なしの穴とつながっているのだろうか。
「朝から胃がもたれるとかないのか?」
「シュークリームはほとんど空気なので、食べてないのと同じです」
キャサリンは平然と言った。
「そういうものなのか?」
「そういうものなのです」
キャサリンは満足そうな表情で報告にはいった。
「教団ブレッシング・スターの信者と司教から話を聞いてきました」
「秘書長のルナティコはいなかったのか?」
「わたしが行ったときはいなかったですけど。秘書長なんかより、司教から直接話しを聞けたのだからいいじゃないですか」
他にも支部があるみたいだから、常にここにいるわけではないようだ。
「この支部では司教のユピテヌスが担当しており、熱心な布教活動をしているようです」
オトナリナ国の各町の支部に1人ずつ司教がいる。ダンケの町にサトゥルヌス、グラチの町にメルクリヌス、スパシバの町にマルヌス、グレフマハグの町にウェヌス。そして首都サンクには教皇ポラスタス。
支部があるといっても、すべての住人から理解が得られているわけではなく、近隣住民とは軋轢がある。
新興の宗教団体なのでなかなか理解を得られず、迫害を受けることがたまにある。まずは理解を広めるのを目標にし、その上で信者を増やしていこうとしている。
どの町も町外れにあるこぢんまりとした建物なので、いずれは町の中心部に大きな大聖堂を建てたいようだ。
ゲイムスルン国の各地で布教活動を少しずつやっているようだが、いまのところ町の人たちからの反応はあまりよくない様子。
とくに「バイナリアの神々を冒涜している」とか「神々のもとで繁栄を支えてきた国王を冒涜することにつながる」などと非難されることが多い。
一方、教団側も「真理から目をそらす異教徒だ」と反論するので、布教活動というよりは信仰による分断が起き始めている。
また、信者から聞いたところによると、一部の先代勇者フォールズの熱狂的なファンの間でも意見が分かれているようだ。
先代勇者が神になったことを受け入れる人たちは熱狂的な信者になる。しかし、まだ死んでいないと反論する人たちとの間で、ちょっとしたいさかいが起きることもある。意見の主張をし合うだけの平行線で討論にもならない。
町の人からの情報によると、礼拝をやっているとき以外にも信者が集まっているのを見た。中で何をしているのかはわからない。
そして、教会の資金源が不明。
武器か何かを作って資金にしているのではないかとウワサされている。革製品や木工ではなさそう。改宗を公言した政治家や貴族からの献金だけでなく、マフィアとの関わりもウワサされている。まだ事実関係は未確認。
教団が言うには、銀粘土で教団のメダルを作っている。そのほかには、事務所の裏の敷地内でハーブを育てている。ハーブウォーター、ハーブティー、ハーブ入りのクッキーを作っている。
できた物は本部へ送り、聖遺物のローブに触れさせて、聖なる力を付与する。
それらを売ったり、寄付をもらったりして運営しているらしい。
教会の裏手の別棟は事務所になっており、いろんなことをやっている。
1階の会議室では、勉強会などをおこなう。お茶を飲んだり、雑談をしたり、メダル作成などの作業も行う。2階は事務室。関係者以外は入れないので、どうなっているかわからない。
現状では、信者になると周りの人からおかしい人だと思われてしまうデメリットのほうが大きいと思われるが、入信するメリットがあるのかを司教に聞いた。
全知全能の神に祈ることで、神からすべての恵みと寵愛を受けることができる。
神は人々に直接何かを与えることはない。人が神に愛を誓うとき、神がそれにこたえてくれる。神に守られていると感じ、満たされた気持ちで生活をおくることができる。
そして、他者へ慈悲の心をもって接することができる。皆が慈悲の心をもって生きることができるようになれば、世界は必ず平和になる。
この平和こそが、神からの恵みと寵愛である。
クグは何度聞いても、実際に先代勇者を支援していた立場として、彼が唯一神になるというのは話が飛びすぎていると思うし、信じようという気にはならない。
勇者が起こした奇跡だと言われても、自分たちが設定したイベントだ。
妄想が先走り、普通の人間を神として崇めてしまうその想像力に、少し怖いものを感じた。
こういった人間が狂信的になったら、いずれ世界の秩序を壊すことになるのだろうか。
宗教は完璧なものではない。なぜなら、宗教は神がつくったものではなく、人間がつくったものだからだ。このカルト教団もその典型例だ。
人間がつくったものに完璧なものなどありはしないし、人間が運用する以上、完璧に運用できることなどありえない。
人間が人間の魂を救えるなんてただの思い上がりだ。悩める人に他人ができることといえば、その人に黙ってそっと寄り添うくらいだ。
それぞれが抱える悩みや矛盾を自分自身で整理し、折り合いをつけていくしかない。
クグは常日頃からそう思っている。
「これで全部だな」
「追加情報があります。勇者審議会の審議員さんたちからも、有力な情報がないか聞いてきました」
「それでどうだった?」
「各ギルドからは、とくに変わったことなどの報告はないそうです」
そこら中のギルドで異変が感じられるほどのことがあれば、自分たちのふだんの聞き込みでもわかるだろう。クグは情報がなくて残念だとは思わない。想定内だ。
「ちなみに、クマさんが家飲みで愛飲しているビールは、ヤッスザケ酒造の『バガバ』だそうです」
「で?」
「ガバガバ飲めてお財布にも優しいそうです」
「そんな情報はいらん。次」
クグの冷たい言い方を気にする様子もなく、キャサリンは報告を続ける。
「キラりんの愛飲しているワインは、アスクレピオス・ワイナリーの『メドゥーサの血』だそうです」
「で?」
「血を飲んでるのかと思うくらい濃厚なフルボディにヤミツキだそうです。ワインではなく本物の血だというウワサもあります」
「だから、どうでもいい情報をクソ真面目に報告しなくていいと言ってるだろ。情報の取捨選択ができないのか」
クグは無意味な情報を平然と言うキャサリンに軽いいら立ちを覚えた。
「どの情報が重要かは、受け取った側が決めるものではないでしょうか。もし、わたしが伝えなかった情報を、なぜ教えなかったんだと後になってから言われても責任は取れませんが」
「……たしかにそうだけど……」
クグは言い返す言葉がなかった。
「それでは引き続き報告します。勇者学協会のマナブン会長からの情報です」
クグは黙ってうなずいた。あの人なら勇者関係でいろいろ研究をしているだろうから、良い情報がありそうだ。
「今、取り組んでいる新しいグッズ案は、マイボトルを第1候補に考えているそうです。しかも保温・保冷効果のある真空2層構造のステンレスボトルを採用。カラーバリエーションは勇者モモガワのイメージカラーのピンク。仲間それぞれのイメージカラーのホワイト・イエロー・ブラックの4色展開だそうです」
「……そ、そうか」
やっぱりいらない情報だった。クグはグッとこらえた。
「ところで、1人で大丈夫か?」
「何がですか?」
「モンスターとか、あぶないヤカラとか」
もうすぐ三十路とはいえ、女性ひとりの活動だ。
「それなら心配に及びません。雷系の魔法が使えます。強力なモンスターは倒せるかどうかわかりませんが、雑魚モンスターや人が相手なら、護身や逃亡には十分な威力があると自負しています」
「問題なければいい」
とくに心配する必要はなさそうだ。何か問題があればスタボーン課長に相談するだろう。
「それでは、わたしは仕事がありますので失礼します」
キャサリンは次の情報を求め、店を後にした。
「結局、言いくるめられて、いらない情報をすべて聞かされてしまった」
クグはキャサリンには言い合いで勝てる気がしなかった。
「いちいち気にしすぎじゃないっすか」
「余計なお世話だ。この仕事をするには、気にしすぎるくらいがちょうどいいんだ」
「いらない情報だったら、テキトーに聞き流しときゃいいんすよ」
「その手があったか。でも、聞いてからでないと、ムダかどうかわからないぞ」
「基本、全部聞き流しとけばいいんじゃないっすか。俺なんて筋トレ以外の情報は聞き流してるっすよ」
「だろうな。っていうか知ってる」
こんなんで本当に大丈夫なのだろうか。クグは自分の仕事が増えただけのような気がして、先が思いやられた。
いつまでも油を売っている場合ではない。勇者モモガワはこの町ですでに動き出している。
ダンケへ行くため店を出ると、町外れの方から爆発音のような音が聞こえた。少ししてからもう1回、同じくらいの大きさの爆発音がした。
クグは音のした方を振り返った。黒い煙があがっている。ブレッシング・スターの教会がある方だ。
「教会で何かあったのか?」
「なんか儀式でもしてるんすかね?」
風が焦げたにおいを運んできた。
「それにしては様子が変じゃないか? とりあえず行ってみよう」
教会へ向かって走っていると、ローブを着た旅人風の人が、クグたちを追い越して教会のほうへ走って行った。
教会が見えてきた。窓ガラスは割れ、ドアが吹き飛んでいる。教会だけでなく事務所からも煙が上がっている。
「水の魔法で消せそうか?」
クグは走りながらゼタに聞いた。クグは消火できるほどの高度なレベルの魔法は使えない。
「水で消すよりも筋肉圧縮魔法で全部吹き飛ばしたほうが、燃えるものがなくなって手っ取り早いっすけど」
「消火になってない。被害が拡大するだろ!」
教会のすぐ近くにはローブをまとった人が立っている。会ったことがある人だ。たしか、ライズと名乗った魔族だ。先ほど追い越していったローブの人は彼だったようだ。




