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第60話 タスクフォース

 クグは課長のデスクへ向かう足取りが重い。

 伝説の武具について調査したことをまとめようにも、イカコーラや、岩に刺さったハリセンをどうまとめたらいいのかわからない。まったく仕事がはかどらない。

 課長に呼ばれたくないと思っているときに限って呼ばれるものだ。


 スタボーン課長のデスクの前には、すでに事務員のキャサリンがいる。一緒に呼ばれたのだろう。

 クグとゼタも揃うと、スタボーン課長は話を始めた。

「君たちも、勢力を拡大してきている新興宗教団体を知っているとは思うが」

「はい、先代勇者フォールズを神としてあがめる、ブレッシング・スターとかいう教団ですね」

 先日の調査でも布教活動を偵察機で記録したので、記憶に新しい。


「先代勇者の名を利用するだけでなく、唯一神にするなど神々への冒涜行為だ。たかが勇者に選ばれただけの人間が神になるなんてバカバカしい。勇者部の一員として、君たちもそう思わんかね」

「そのとおりだとは思いますが、それがどうしたというのでしょうか?」

「そこでだ、うちの課でも対応をしていくことになった」

「急っすね」

「以前から動向は注視しており、準備を進めていたのだが、本日付けで正式に決まった」

 イカコーラの件で詰め寄られると思っていたクグは、少し緊張が解けた。


「偵察部や実働部の仕事ではないのですか?」

「あっちの部署には勇者関連にまわせる人手がいない。それに、勇者関連の仕事を専門でやっているのはこっちだ。よその部署に勇者関連で手柄を立てられてたまるか。勇者部の名が泣く。教団に関係することなら、どんな些細なことでもいいから、情報を集めるんだ」

「調査の目的は何ですか?」

 目的がわからなければ、やみくもに調べてもらちがあかない。


「おかしいと思わないかね。ここ最近の支援情報の集まりにくさを。伝説の武具のニセ情報を流したのは、この教団の仕業という可能性も考えられる」

「なぜそんなことを。教団のメリットは?」


「先代勇者を神とあがめるということは、現勇者の存在が邪魔とも考えられる。つまり、現勇者の冒険を妨害をしようとしているのではないかと思われる」

 教団の上層部や一部の狂信的な信者がやっている疑いがあるということか。


「確証はあるのですか?」

「まだ臆測で確証はない。そこで、支援情報を集めるかたわら調べてほしい」

「もし、彼らが犯人だったとしてどうするんですか?」

「表向きは宗教団体だ。こちらから武力で一方的に解決する気はない。基本は話し合いだ。しかし、相手が交渉に乗らないなら、しかるべき対処を検討する。うちの課だけでなく、勇者部全体で奴らを追い込む策を考える」

 スタボーン課長をはじめ、上層部の考えていることはわかった。しかし、クグには納得いかない点がある。


「ただでさえ任務が大変なのに、これ以上仕事を増やされても、私たちでは手が回りません」

「現勇者の支援に支障があるのは私も困る。そう言うと思って対策を考えてある」

「スタボーン課長が直々に動くんですか?」

「もちろん動かん」

「ではどうするのですか」

「君たち2人とは別の方面からも調査をする。事務を担当しているキャサリン・ホイール。彼女が自ら手を挙げてくれた」


 キャサリンは黙ってうなずいた。黒縁メガネをかけ地味で無口だ。クグは外回りなので、仕事の会話しかしたことがない。


「新しくカルト情報係を設け、キャサリンに係長として活動してもらう。単独で動いてもらうので、君たち2人は今までどおり支援の任務を続けてくれ」


 地味だが大丈夫なのだろうか。いや、逆に目立たないので適任なのかもしれない、とクグは思い直した。


「それならなんとかなりそうです」

「だからといって、教団の情報収集をやらなくていいわけではない。定期的に情報の共有をするように。タスクフォースというやつだな」


「具体的には、いつから活動したらいいですか?」

 キャサリンは淡々と聞いた。気負っている様子はない。

「準備ができ次第で結構だ。そうそう、忘れていた。貸与のスマホに身分証や必要なアプリが入っているので、確認しておくように」

 スタボーン課長は、机に置いてあったスマホをキャサリンに手渡した。


「わかりました。今日は所用ができたので早退します」

 スマホを受け取ったキャサリンは、軽く礼をしてそそくさと自分のデスクへ戻って行った。後ろでひとつに束ねた髪が、小さく揺れながら遠ざかっていく。


「彼女が活動に際して使う名前は『ネテテ・アシツタノ』だ。君たちも覚えておくように」

 課長の用事はこれで終了した。


 イカコーラの件で厳しく追及されなかったのはよかったが、クグは釈然としない。

「なんかうまいこと丸め込まれただけのような気がするっす」

 ゼタは席に戻るなり言った。

 ゼタの言うとおり、体よくタスクフォースと言われただけ、雑用を増やされただけだとクグも思った。

「とにかく、今までどおり支援情報を集め、先日のように、調べられるときに追加で調べていくしかないな」




 そのころ、勇者モモガワたちは。『デカイカーワふれあい公園の死闘』の翌日。


 モモガワたちはこの日1日、観光三昧することにした。まずは、デカイカーワの滝を見に行く。


 島から出ているクルーズ船に乗り、滝のすぐ近くにある船着き場へ到着した。広場には展望台がある。

 展望台へ登ると、平野に突如出現した雄大な滝を一望でき、一同は感動した。


 展望台広場からシャトルバスに乗って下流へ。ボートで滝つぼまで行けるクルージングツアーに参加した。

 終始ハイテンションで「ウェーイ」などと言いながら、スマホで写真や動画を撮りまくり、滝を満喫した。


 町へ戻ってきたら、デカイカーワふれあい公園まで足を延ばしてみた。公園にはちょっとした人だかりができている。


 モモガワたちが戦っている様子をスマホで撮影していた人がいたようで、撮影者個人のSNSにアップされたショート動画は、かなりの勢いでバズったようだ。そして、動画はあちこちに拡散された。

 公園では、その動画を見た子どもたちが、『あっちむいてホイ』をして遊んでいる。

 さらには、タイミングよくこの町に滞在していた冒険者や観光客の、ちょとした観光スポットにもなっていた。

 冒険者や観光客による、公園で『あっちむいてホイ』をしている風の写真や、グーパンチがさく裂している風の写真が、SNSにいくつもアップされた。


 モモガワたちが公園に行くと、たくさんの人からサインをねだられた。

 昨日は、怪しい人だと思ってわが子が近寄らないよう警戒していた母親たちからもサインをねだられた。「うちの子がサインを欲しいって言ってるんです」とか「ほらタカシちゃん、勇者さんからサインをもらいなさい」など、むしろ子どもを利用し率先してサインをもらおうとしてきた。現金なものだ。


 メインストリートへ行くとカジノを見つけた。入ると、受付の身分証チェックでモモガワだけが年齢制限で入場拒否された。21歳以上でないと入れないのを知らなかったようだ。

 イヌコマは22歳。サルミダは21歳。トリゴエは23歳。モモガワはまだ20歳で、1歳足りなかった。


 モモガワは、勇者特権で入れないのかと受付の女性にゴネてみたが、聞き入れられなかった。

 もっとゴリ押しすればいけるんじゃないかと思い「勇者なんだから、ちょとくらいいいじゃんか」とか「勇者が入場拒否されたって知れ渡ったら、炎上するよ」などと言って粘っていたら、いかつい顔でゴツい体の黒服の人が何人も出てきたので、ボコられる前にさっさと退場した。


 仲間はモモガワだけ置いてカジノに入るわけにはいかなかったので、今回は諦めた。


 ふてくされていたモモガワは、カジノの横に併設されているゲームセンターを見つけた。記念にプリントシール機で写真を撮ることにした。

 トリゴエが「こういうのには詳しい」と言い張るので、モモガワたちは任せることにした。

 トリゴエは盛り加工には目もくれず、『世界平和』と書いた。モモガワたちが「なにしてんの?」と思っている間にシャッターが切られた。棒立ちで真顔の4人に世界平和と書かれた微妙な写真が出来上がった。

 モモガワ、イヌコマ、サルミダは純粋にいらないと思った。トリゴエだけが出来栄えに満足していた。


 その後、町を散策し、お土産を買うため辻の駅へ行った。

 お店の人に歓迎され、40代の女性駅長に案内を受けながら、名産品の試食をさせてもらっていたら、人だかりができた。


 急きょインストアイベントをすることになった。勇者グッズを購入した方には、もれなくサインがもらえるというものだ。

 すぐに長蛇の列となった。情報課の職員もサクラで行列に並んだ。


 最初は気分良くサインをしていたモモガワ。しかし、即席のイベントで行列を管理する人がおらず、50%オフの先代勇者のハンカチや、勇者とは関係ないデカイカーワまんじゅうなどを持って並ぶ人もいた。

 モモガワは「違うんだけどな」と思いながらも、指摘できずにサインを書いた。


 モモガワはデカイカーワ名産品セットを、駅長からお土産にもらった。『デカイカーワ天然水』も入っているので、情報課の職員の仕事であった『天然水を購入させ瓶を入手させる』が達成できたことを、モモガワたちは知る由もない。


 この日はそんなこんなで日が暮れたので、もう1泊することにした。予算の都合上、今回は少しグレードを落とし、中の下クラスの宿を取った。

 翌朝、次の目的地へと旅立った。

 息抜きも兼ねてもう1泊したかったが、宿泊価格や物価が観光地価格で少し高めだったので、計3泊の滞在となった。





 キャサリンがカルト情報係として外回りの仕事をするようになり、これまでやってくれていた仕事を自分たちでやらなくてはならなくなったクグとゼタ。

 事務仕事に2日かかってしまった。


 その間にあったことといえば、

「『獄卒カレー』の領収書は経費に認められません」

 とブレイズンが言いに来た。クグもここは引き下がれない。


「ちょっと待ってくださいよ。書類に不備はなかったはずです」

「書類の問題ではなく。使用目的が、通常の昼食の域を出ていません」

「魔族の動向を知るための、重要な調査の一環ですよ」

 クグにも調査をしたという事実と、任務へのプライドがある。


「聞き取りとお店の実態調査だけして、買わなければいいんです」

「買わなければどんなものか調査できないですよ」

「買った人のものを見せてもらえばいいんです。魔族相手に金銭を渡しただけでなく、対価としてカレーという物品を授受している以上、個人的な遊興飲食費と間違われる恐れがあります」

「泳がせるためには必要最低限の経費であり、不正な流用ではないので、調査活動費でも雑費でもできるはずです」

「魔族相手に調査活動費は適用できません」

「そんなこと言っていたら、調査も何もできないですよ」

 クグは皮肉っぽくあきれたように言った。現場を知らないブレイズンなどにとやかく言われたくない。


「僕たちの給与や経費は国民の血税です。経費になるならない以前に、貴重な税金が魔族に流れたと反省すべきです。こんなことに僕の手を煩わせないでいただきたい」

 ブレイズンは言うだけ言ってデスクへと戻って行った。


 納得いかないクグは、トイレから戻ってきたゼタに、カレーが経費にならなかったことをグチった。

「まじっすか。おいしかったからまあいいや」

 ゼタに軽く言われると、たしかにまあいいかとクグも納得した。

 思い出したらまた食べたくなってきた。ブレイズンに何と言われようと、どこかで獄卒カレーを見つけたら、自腹でもいいので絶対に食べようとクグは思った。



 メルシの町から次の町へ向かう日。

 クラーケンのグラディウスについてイベントの方針が決定したので、クグは先に書類を確認する。

 とりあえず勇者たちは、イカコーラを入手するイベントをこなすことになったようだ。

 まず、情報課の職員から「イカコーラという特殊な状態異常を起こすアイテムがある」という情報を提供する。そして、グビグビドリンコで社長と交渉して手に入れる、という内容だ。


 イカコーラをモンスターに使用すると、戦意を失うステータス異常『イカ』にできるアイテムとして利用するらしい。

 どうやってモンスターに使用するのだろうか。そこらへんに撒き散らすだけで逃げそうだ。普通に差し出しても飲むわけがないので、モンスターを羽交い締めにして、むりやり飲ませるのだろうか。残酷だ。イカ好きなモンスターだったら逆効果だ。

 味覚が合えば回復アイテムとしての利用も視野にいれる、という案がブレイズンから出ていたみたいだが、却下されたようだ。


 勇者が戦闘アイテムとして使用しているのが広まれば、一般にも戦闘アイテムとして売ることができ、在庫がさばけるだけでなく、生産が再開されるようになるかもしれない。用途はもはやドリンクではないが。


 イカコーラの後は、サハギンの村でグラディウスという名のハリセンを手に入れるイベントが待っている。

 サハギンの特殊メイクを施した情報課の職員も配置するようだ。

 ハリセンの性能が判明していないので、武器として価値はなく、ただのレアアイテムになる可能性もある。


 次に、勇者のチューリッツ攻略の動画報告書を確認する。

 ロキが出てくるサプライズの演出は良かったし、ロキの敗北シーンはスローモーションに編集されており、見入ってしまった。

 しかし、なぜ『あっちむいてホイ』で戦うことになったのか。普通に戦えよ、とクグは心の中でつっこまずにはいられなかった。


 ゼタはジャンケンの勝敗ごとに一喜一憂しながら動画を見ていた。

 とりあえず、勇者審議会公式チャンネル『ガンバレ勇者さん』にアップされる動画は、バズりそうだ。

 モモガワのイベント攻略満足度と、動画の再生回数を任務の評価基準とするのであれば、良い仕事をした部類に入るとクグは思った。


 準備を整え、クグとゼタはひとまずメルシへと向かった。





 メルシの森の中にローブをまとった2人の影がある。

「信者の内部情報によると、幹部の1人が来るらしいが」

 ブレッシング・スター教団メルシ支部の教会の裏手と事務所の裏口が見える。パシュトは様子をうかがいながら言った。

「教皇か、それとも」

 イラサは独り言のようにつぶやいた。


「まだ動きはないな」

「そろそろ偵察機でも忍ばせておいたほうがいいんじゃないか」

 イラサは道具袋からクモ型偵察機のゴッサマーを取り出した。イラサの愛機だ。


「そうだな。機動力が劣るから、早めに潜入させておいたほうがいいな」

「機動力だけのスクイークよりはるかに有能だろ」


 特徴はなんと言ってもクモの糸を使ったアクションができることだ。高いところに糸を飛ばしてひっつければ、一気に上までのぼれるし、糸にぶら下がっておりることもできる。


「見た目は少しグロテスクだがな」

 黒いボディに赤い足。スクイークやドローンと同じ手のひらサイズだが、家の中でこのサイズのクモを見たら、心臓が止まる人もいるだろう。

「かわいいと言ってほしいものだ」

 イラサはいとおしそうにひとなでしてから偵察機を放った。


「表の様子を見てくる。動きがあったらスマホでメッセージをくれ」

「まかせろ」

「いきなり乱入して魔法乱射とかしないでくれよ」

「時と場合による」

「もしヤツだったら、見くびると痛い目にあうぞ」

「冗談だ。それくらいわきまえている。ただ、もしアイツが来たら、半殺しにして捕らえてしまったほうが早いんじゃないのか?」

「取り逃がしたら次はない。尻尾をつかむまでは派手に動けない」

「今回は、確証を得られればいいんだろ」

「そして、目的もだ」


 パシュトはローブのフードを深くかぶり、通りが見える方へ向かった。




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