第59話 勇者、チューリッツで垣間見た魔族の謀略
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夕刻、勇者モモガワ一行はチューリッツの町へ到着した。
初めて魔動改札式検問所を通るモモガワたちは、優しい冒険者に扮した情報課の職員から通り方を教わった。
モモガワが一番テンパっており、「え? これでいいの? 大丈夫なの?」などと言いながら無事通過した。
通過できたモモガワは、「別にビビってねーし。こんなのチョロいし」とイキがっていた。
町に入ると、中の上クラスの宿を取り1泊した。
翌日、辻の駅『中州プラザ・デカイカーワ』で観光をしていたところ、マッシュルームカットの魔族が1人、お買い物をしているところを目撃した。観光どころではないと尾行することになった。
魔族は何かを思い出したかのように道を曲がると、銀行に入って行った。モモガワたちは見失わないよう追いかけた。魔族は現金自動預け払い機の列に並んでいる。
フォーク並びの列には、たくさんの人が待っている。モモガワたちは待つことにした。10分くらい待ってようやく魔族の番がきた。
尾行を再開すると、雑居ビルの事務所に行き着いた。『株式会社魔王シュテン堂 チューリッツ出張所』とドアにプレートが貼ってあるので間違いない。銀行前で辛抱強く待ったかいがあった。
モモガワがドアを蹴破ろうとすると、トリゴエが言った。
「いくら魔族といえど、失礼があってはいけません」
モモガワはうるせーなと思いながらもドアをノックし、「失礼しまーす」と言いながら入室した。
マッシュルームカットの魔族の応対で応接に通され、お茶と豆大福を出してもらった。
魔族は席に着くと言った。
「いちおう、ここでリーダーをやらせてもらってます、シイタケイオと申します」
「オレ、勇者やってるモモガワ」
「俺様はイヌコマだ」
「サルミダだよ」
「トリゴエと申します」
モモガワたちも流れで名乗った。
「活躍のウワサはかねがね伺っております。ところで、どうやってこちらをお知りになったのですか?」
「尾行だけど」
モモガワは真顔で言った。
「銀行で並んでるの見てたよ」
サルミダは笑顔で言った。
「いやー、お恥ずかしい。現金自動預け払い機にたくさん人が並んじゃってて、まいりました」
「リーダーさん自らそんな業務もするのですか?」
トリゴエはリーダーといって威張る様子がないことに疑問をもった。
「役職なんてあってないようなものですよ。職員一丸となって業務にあたっております」
「それはすばらしい心がけですね」
トリゴエは素直に感心した。
「ところで、わざわざご足労いただきまして、ご用件は何ですか?」
「この事務所をぶっ潰しに」
モモガワは真顔で答えた。
「やっぱりそうですかー。見逃してもらうわけには」
「ムリな感じ」
「では早速、戦闘にいっちゃいましょうか」
「俺様はどこでも戦えるぜ。ここでもいいぞ」
イヌコマは今にも立ち上がりそうだ。
「さすがにここではちょっと。では、戦闘ができる場所まで行きましょう」
モモガワたちは魔族の誘導で歩いて15分、デカイカーワふれあい公園に着いた。
公園では子どもたちが楽しそうに遊んでいる。母親たちは、子どもそっちのけでおしゃべりに夢中だ。
広場へ行くと、5歳くらいの4人の子どもがボールを蹴って遊んでいる。
「はーい、しゅうごーう」
シイタケイオがボール遊びをしている子どもたちに声をかけると、集まってきた。
「今からおじさんたちが、ちょっと大事な用事で使いたいんだけどいいかな?」
シイタケイオは子どもたちに目線を合わせやさしく言った。
「えー。ボクたちが先に遊んでるのにー」
「そうだよねー。じゃあ、アメちゃんあげるから、ちょっとの間だけあっちの遊具のほうに行っててもらえるかな。終わったらおじさんたちすぐに帰るから」
「それならいいよー」
シイタケイオは子どもたちに棒付きキャンディを1個ずつあげた。子どもたちは遊具のほうに走っていった。
「よし、これで心置きなく戦闘ができる。勇者よ覚悟するがいい! ここがオマエの墓場だ!」
シイタケイオは急にスイッチが入った感じで言った。
「戦う場所ってここしかないの?」
モモガワは少し不満そうだ。
「ここは観光地だから、そんな都合のいい空き地などない! ちゃんと公園緑地課に使用申請も提出してあるんだ。つべこべ言わずに戦え! それとも負けるのが怖いのか? 我らを前に逃げるようでは、我らが魔王オニロク・シュテンベルグ様を倒すことなどしょせん無理なこと」
「言ってくれるじゃねーか。本気でやってやるぜ!」
モモガワの戦闘スイッチが入った。
5人の魔族が横一列に並んだ。
「トウフルフ!」
黒髪で刺さりそうなくらいの直角角刈りが言った。
「シラタキーニョ!」
背中の中ほどまである銀髪ストレートが言った。
「ナガネギギ!」
髪色がグリーンのハイトップフェードが言った。
「シュンギクラウス!」
金髪ロン毛ゆるパーマが言った。
「シイタケイオ!」
茶髪マッシュルームカットが言った。
「我らチーム・スッキャキ!」
5人がそれぞれポーズをしながら声をそろえて言った。練習の成果を出せたので、5人は気分が良かった。
モモガワは、なんか戦隊ものっぽくてカッコイイじゃねーかと思ってしまい、少し悔しかった。
「いったいこんなところで何をたくらんでいる。白状しろ!」
モモガワは気を取り直し言った。
「魔族のことですので、とてつもなく悪いことをして人間を陥れようとする魂胆に違いありません」
トリゴエは警戒しながら言った。
「……あの、どうしたらいいんですか?」
シイタケイオは返答に困りメンバーに聞いた。
「こういうときは、何か悪いたくらみを言わないといけないんだ」
トウフルフが言った。
「悪いたくらみですか? 打ち合わせでそんなこと言ってなかったじゃないですか」
シイタケイオは困惑している。
「言ってないけど、ちょっとくらい考えただろ」
シラタキーニョが言った。
「台本にないことなんか考えてないですよ」
「とにかく、オマエがリーダーなんだから、なんでもいいから悪そうなことを言っておけばいいんだ」
ナガネギギが言った。
「それっぽい感じで言うのを忘れるなよ」
シュンギクラウスが言った。
シイタケイオは少し考えてからドスの利いた声で言った。
「えーっと……人間のお子さまに、親御さんに無断でお菓子をお腹いっぱい買い与えてやる!」
「なんだと! 栄養と愛情たっぷりのご飯が食べられなくなっちゃうじゃないか。そうはさせないぞ!」
モモガワは正義感たっぷりに言った。
「こんな悪い魂胆だったとは。許せません」
トリゴエは憤りを隠せない。
そして戦闘が始まった。しかし、とくに盛り上がる場面もなく、普通にモモガワたちが勝ったので省略。
「チクショウこうなったら……先生! 先生ぇ!」
シイタケイオが叫んだ。
「フッフッフッ」
どこからともなく声が聞こえる。
「上です!」
トリゴエが指をさしながら叫んだ。皆がその方向を見た。
空中で腕を組んで仁王立ちしている魔族の男性がいる。そのままの姿勢で、ゆっくり地上に降りてきた。
サラサラ白髪ロングヘアーで中性的な美貌。誰がどうみてもイケメンだ。服の胸元が大胆に開いており、細マッチョの体のラインが強調されたデザインのセクシーな服装だ。
「ロキ先生っ、こいつらを殺っちゃっておくんなせえ!」
シイタケイオはこれまでとは違う口調だ。台本通りのサプライズ演出だ。
「よいでしょう。最強かつ、この世界で無二の美貌をもった僕が来たからには、勇者の好き勝手にはさせないのさっ」
口調も身ぶりもすべてがイケメンだ。いや、ただのイケメンではない、超イケメンの魔族だ。
ロキがサラサラロングヘアーを手でかきあげると、何かキラキラ光るものが辺りに舞った。物体ではない。真のイケメンだけが発することができる、イケメンという概念だ。
「この勝負、オレが受けて立とう」
モモガワは1歩前へ出ると鎧を外し、シャツの胸元をはだけた。ロキに敵対心をむき出しだ。
ロキはシャツのボタンを全部はずした。モモガワも負けじとシャツのボタンを全部はずす。
ロキはシャツを脱ぎ捨てた。モモガワも負けじとシャツを脱ぎ捨てた。お互いが半裸でにらみ合った。
ロキは腰の剣をゆらり抜くと、うっとりした目で剣を見る。
「僕のこの剣、レーヴァテインが人間の血を求めているのさっ。しかも勇者という極上の血をねっ!」
ロキは剣先をモモガワに向けた。
モモガワはシュバッと素早く剣を抜き構える。キマった。カッコイイと思って何度も練習していたやつだ。
両者は剣を構え、ジリジリとお互いの間合いに入りにらみ合う。両者は同時に剣を地面に突き立てると、同時に叫んだ。
「ジャンケンポン!」
モモガワはグーだ! ロキもグーだ!
戦場となっているデカイカーワふれあい公園に緊張がはしる。子どもたちは無邪気に遊具で遊んでいる。母親たちは、いい歳した男たちが半裸になって本気のジャンケンをしだしたのを見て、わが子が近寄らないよう警戒して見守っている。
モモガワとロキは続けて叫ぶ。
「ジャンケンポン!」
モモガワはグーだ! ロキはパーだ!
ロキは「すかさずあっちむいてホイッ」と言いながら右手の人差指を立て、腕ごと勢いよく左へ動かす。
モモガワは思わずロキが指さす方を見てしまった。
「グハァッ」
モモガワは精神に3分の1のダメージを受けた。
「どうした、そんなものか人間の勇者よ。先に3本取ったほうが勝ちなのさっ! 間髪入れず2回戦をはじめるのさっ」
「ジャンケンポン!」
モモガワはグーだ! ロキはパーだ!
ロキは「あっちむいてホイッ」と言いながら、人差指を立てた右手を腕ごと勢いよく上へ動かす。
モモガワは思わずロキが指さす上を見てしまった。
「グハァッ」
モモガワはさらに3分の1の精神ダメージを受けた。
ロキの右手を上げたポーズがキマっていて美しい。
「フッフッフッ。ジャンケンでも、あっちむいてホイでも、ポージングの美しさでも、僕にかなう者はいないのさっ。圧倒的な僕という存在の前にひれ伏すがいいのさっ」
「ピンチですっ。モモガワの残りの精神力は3分の1。あと1回負けたら精神力がゼロになってしまう」
トリゴエは動揺している。
「精神力がゼロになるとグロッキー状態になって、戦闘不能になっちゃうんだっけ。なんかヤバそうだね」
サルミダはなんとなく状況を理解した。
「どうした! なぜグーしか出さない!」
イヌコマはいらだちを隠せない。
モモガワは強く握りしめた右手を見つめながら、静かに語りだした。
「オレは……物心がついたときからジャンケンではグーしか出したことがないんだ。そう、『グーの鬼・モモちゃん』と呼ばれ、みんなから恐れられていた。給食で余ったプリン争奪戦のときもグーしか出さず、あっさり1回戦負けを喫してきた。オレにはそんなツライ過去が……」
トリゴエは思った。グーの鬼ってなんだよ。
イヌコマは思った。恐れられてねーじゃん。
サルミダは思った。プリンは勝った人のものだからしょうがないね。
「とにかく、今はそんなことを言っている場合ではないぞ!」
イヌコマは気合を入れるように言った。
「ここで負けたら、世界は魔族の思い通りになってしまうかもしれないんですよ!」
トリゴエは危機感をあおった。
「そうだー! グー以外もだせーっ。おバカー!」
サルミダはモモガワのことを純粋におバカだと思って言った。
「ついに……オレの禁断の封印を解くときがきてしまったのか……」
モモガワはポツリとつぶやいた。
「負け惜しみはそれくらいにして、とどめを刺してやるのさっ。僕のパーフェクト・ビューティフルフェイスの前で、なす術なく無残に散るがいいさっ」
「ジャンケンポン!」
モモガワはパーだ! ロキはグーだ!
「ナニッ!」
ロキは驚きのあまり声が出る。
モモガワは「くらえっ! あっちむいてホイッ」と言いながら右手の人差指を立て、腕ごと勢いよく右へ動かす。
ロキは思わずモモガワが指さす方を見てしまった。
「グハァッ」
ロキは3分の1の精神ダメージを受けた。
「僕のパーに対抗してチョキを出してくると思ったのに、パーだとっ。そんなバカなっ。クソがっ」
「だから言っただろう。禁断の封印を解くとな」
モモガワの周りには謎のオーラが漂っているように見える。
壁のように仁王立ちで構えているモモガワの姿に、ロキは少したじろいでいるのか、先ほどまでの高圧的な雰囲気が消えた。
「僕としたことが汚い言葉を使ってしまった。イケナイ、イケナイ。まだこちらが2勝で有利なのは変わりがないのさっ。次でとどめなのさっ」
「ジャンケンポン!」
モモガワはチョキだ! ロキはパーだ!
「すかさすあっちむいてホイッ」
モモガワは人差指を立てた右手を腕ごと勢いよく下へ動かす。
ロキは思わずモモガワが指さす下を見てしまった。
「グハァッ」
ロキはさらに3分の1の精神ダメージを受けた。
「裏をかきすぎたようだな」
モモガワの下を指すポージングもなかなかサマになっている。謎のオーラとともに不思議な魅力があふれだした。
「クソぅ。もはや何を出してくるのかわからないのさっ」
「これでお互い2勝2敗です」
トリゴエは冷静に状況を分析した。
「やればできるじゃないか」
イヌコマはもう半分勝ったような気分だ。
「次からはプリンが食べられるね」
サルミダは、もう学校の給食を食べられないことに気づいていない。
「当たり前だ。禁断の封印を解いてしまったのだからな」
モモガワは胸を張って言った。
ジャンケンの禁断の封印ってなんだよ。とっとと最初からやれよ、と仲間たちは思った。
「これでオレの2連勝だ。負けを認めるなら今のうちだぞ」
「たまたま連続で勝っただけなのさっ。そっちこそ負けを認めるなら今のうちなのさっ。これでオマエの最後なのさっ!」
「ジャンケンポン!」
半裸の男どもの生死をかけた叫び声が、デカイカーワふれあい公園に響き渡る!
モモガワはグーだ! ロキはチョキだ!
しかしロキのチョキの形がおかしい。人差し指と中指のチョキではなく、親指と人差し指のチョキだ。モモガワはすかさず言った。
「それって『田舎チョキ』じゃね?」
周りで見ていた皆もざわつきだした。モモガワの仲間だけでなく魔族たちも、
「田舎チョキじゃん、ダッセェ」
とヒソヒソ話している。
「えっ? さ、最高の美貌をもった僕とあろうものが、そ、そんな『田舎チョキ』なんてダサいものを出すわけがないのさっ」
「じゃあなんだよ、コレは」
「これはね、えーっと、グー・チョキ・パーがすべてはいった『無敵チョキ』というものなのさっ。だから僕が勝ちで、あっちむいてホイの権利は僕にあるのさっ」
「ゴタゴタうるせぁー!」
モモガワは「あっちむいてホイ!」と叫びながらグーを振り抜くと、ロキの顔面にグーパンチがクリティカルヒットした。
ロキはクチビルが「ε」のような形になって、「ブフッ」と言いながらふっ飛んだ。せっかくのイケメンが台無しだ。しかし、イケメン概念のキラキラはふっ飛びながらも出ている。見ている者にはスローモーションで再生され、それはそれは儚く美しい敗北シーンに見えた。
「ロ、ロキ先生が……負けた……」
チーム・スッキャキたちはオロオロと動揺しだした。
ロキは殴られた頬を手でおさえながらヨロヨロと立ち上がる。
「僕の顔を傷つけるとは……。勇者モモガワよ、今日はこのくらいで勘弁してやるのさ。次は覚えとくがいいさっ。サラバなのさっ!」
ロキは捨て台詞を吐き、シャツをイソイソと着ると、フラリと宙へ浮かびどこかへと飛び去っていった。と思ったらすぐに戻ってきた。誰にも目を合わせず恥ずかしそうに、ギリギリ聞こえるくらいの大きさでつぶやいた。
「ゴメン。剣、忘れた……」
微妙な空気が流れ、皆の冷たい視線をあびながら、ロキは公園の地面に突き立ててあるレーヴァテインを引き抜き鞘におさめると、そそくさと飛び去っていった。
モモガワは思った。忘れ物取りに戻るのめっちゃ恥ず。ダッサ。
見事、ロキに勝利した勇者モモガワ。
「はい。ということで、近年まれに見る手に汗握る大接戦でしたね。この戦いは『デカイカーワふれあい公園の死闘』として語り継がれるでしょう」
シイタケイオが言うと、チーム・スッキャキのメンバーは満足そうにうなずいている。
「用も済んだし、さっさと戻ろ」
「そうだなー」
「戻ろ、戻ろ」
チーム・スッキャキのメンバーは口々に言うと公園を出て行く。
魔族たちを先頭に、雑居ビルの事務所まで戻った。
「はい。こっから仕切り直しますね。ウボアー。我々の負けだ。こうなったら、こうだ!」
シイタケイオが言うと、チーム・スッキャキはパソコンを操作した。
「何をした!?」
モモガワは慌てて言った。
「我々が集めた人間界を脅かすデータを魔界へ送った。そしてパソコン内のデータはすべて完全消去されたのだ。フハハハ。一歩遅かったようだな勇者よ」
「チクショー。間に合わなかったか!」
モモガワは力いっぱい悔しがった。
「そして、そろそろ時間のようだ」
「まさか、時限爆破装置でこのビルごと爆破する気か!?」
イヌコマは焦りの色を隠せない。
「そうはさせないぞ!」
モモガワは気丈に言った。
「フッフッフッ」
不敵な笑みのチーム・スッキャキ。
ドアをノックする音がした。
「はーい、どうぞー」
シイタケイオが返事をすると、勢いよくドアが開いた。
「チワーッスッ。オフィス用品から家庭用品まで、どんなものでも引き取ります。ステマクリステーションでーす。出張回収にあがりましたー」
左胸に『ステマクリステーション』という文字がプリントされたTシャツを着た若い男性が6名、「チワーッス」と言いながら元気よく事務所に入ってきた。
「貸しビルだから爆破しちゃうと大家さんに怒られちゃうし、原状回復が退去のマナーだからね。勇者が来ることを見込んで、すでにフィス家具の買い取り業者を手配してあったのだ!」
シイタケイオは勝ち誇ったように言った。
「そんなバカなっ!」
モモガワは力いっぱい悔しがった。何が悔しいのかモモガワ自身もよくわからないが、とにかくノリだ。
ステマクリステーションのリーダーっぽい人がモモガワに声をかけてきた。
「こちらの会社さんと取り引きのある方ですか?」
「ま、まあそんなとこですけど」
「それでしたら、こちらをどうぞ。何かありましたらよろしくお願いしまーす」
そう言いながら手渡されたのは1枚のチラシだ。モモガワたちは1枚ずつチラシを受け取った。
チラシを渡し終えたステマクリステーションのリーダーが、
「じゃあ全部運び出しちゃいますねー」
と言うとスタッフが動き出し、オフィス家具の搬出作業が始まった。
モモガワたちは作業の邪魔にならないように部屋の隅へ移動し、受け取ったチラシに目を落とした。
『こんなものはございませんか?
オフィスの移転で出た不要な家具。
模様替えや遺品整理で出てきたもう使わないもの。
捨ててしまうなんてもったいない!
ゴミではなくて、大切な資源です。
オフィス用品から家庭用品まで、どんなものでも引き取ります。
信頼と真心で皆さまに愛されて50年。ステマクリ商事が提供する、みんなのエコショップ『ステマクリステーション』
捨てる前にまずは当社へご相談ください。全国どこでも出張回収いたします。
お問い合わせは、フリーツウワー、535353まで』
モモガワはひととおりチラシに目をとおすと、受け取ったチラシをその場で破り捨てるわけにもいかないので、とりあえず4つにたたんで道具袋に入れた。冒険が終わったら都会に引っ越したいし、この会社に頼むのもありかなと思った。
ステマクリステーションのスタッフのテキパキとした作業によって、事務机や書類棚、観葉植物、そしてパソコンもすべて運び出された。部屋には何もなくなった。
「作業終わりましたー。というわけで先日のお見積りどおり、人件費と車両費・燃料費、引き取り料金、諸経費がかかりまして、そこから買取金額を差し引かせていただきます。さらに端数も切り捨てさせていただきまして、しめて10万モスルとなります」
「いま現金で支払っちゃっていいですか?」
「もちろんよろこんで」
「じゃあ領収書もお願いします。宛名は前株で『魔王シュテン堂 チューリッツ出張所』で」
と言いながら、シイタケイオは銀行の封筒に入ったお金を懐から取り出し、支払った。
リーダーはお金を受け取ると、クリップボードの上で領収書を書き、収入印紙を舌でベロっとなめて領収書に貼り付け、割り印を押した。
オフィス家具で満載のトラックと、スタッフを載せた商用バンが走り去っていった。
「あとは大家さんと退去の立ち会いをして終了です。というわけで勇者さん、お疲れっしたー」
シイタケイオはさわやかに言った。
「お疲れっしたー」
チーム・スッキャキのメンバーも後に続いて言った。
「お、おう。お疲れさん」
モモガワはあっという間に何もなくなった事務所に戸惑いつつも、余裕ぶって言った。
魔族の野望を阻止できたのかよくわからないが、モモガワたちは雑居ビルをあとにした。
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