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第55話 ソチャノウォーター研究所

 ルナティコたちが帰っていくのを見届けると、クグは偵察機を回収した。

 テラスの下から出ると、再び小道をのぼってゆく。


「ああいう醜いいさかいは、見てるだけで嫌な気分になるっすね。筋肉神が最高の神だって教えてあげたほうがいいっすかね」

「余計なことをするな。話がこじれる」


 ゼタについていくと、公園の高台にある灯台広場へ来た。

 白い灯台のある広場は、海が一望できる。あずまやには四角い机と、机を囲むように椅子が据え付けられている。

 広場の一角には健康遊具が設置してある。イベント広場と違ってほとんど人はいない。


「ここに何かあるのか?」

「ここでオーシャンビュー筋トレしてみたいなーって前から思ってたんすよ。リサーチ済みっす。というわけで、行ってくるっす」


 任務とはまったく関係ないことだった。

「ぶらさがりバーで懸垂!!」

 ゼタは装備をつけたまま健康遊具で筋トレをしだした。


 注意しようと思ったが、少しくらい息抜きでボーッと海を眺めるのもいいかとクグは思った。

 何だかいつもより疲れた気がする。例のコーラが自分のデスクに届くと思うと、庁舎に戻るのが憂うつだ。少しだけでいいので現実逃避したい。クグはあずまやの椅子に腰掛け、海を眺めた。

 こうして海を見ていると、伝説の武具がどこかにあることも、勇者が冒険をしていることも、どこか遠い世界の人ごとのように感じた。


「腹筋ベンチで腹筋!!」


 ゼタと組むようになってから、何かおかしいような気がする。任務はうまくいっていると言えるのだろうか。

 ここ最近を思い返すと爆発、目潰し、踏み台、子どもの盾、大蛇に追いかけられる、着地で足の負傷、打ち返された魔法の流れ弾、地獄ビーム、瓶で自分の頭を殴る。生きている方が不思議なくらいだ。

 課長が知ったら何と言うだろうか。こんなのは任務ではないと一蹴されるだろうか。それとも、ゼタを相棒に何とかやれていると言ってくれるだろうか。

 以前のコンビではクグが後輩だったので、覚えることも多くやりがいがあった。ゼタと組むことが決まった当初は、後輩にしっかり仕事を教えようと意気込みはあったが、最近は自分に自信がなくなってきた。どうしたら任務をうまくこなしていけるのだろうか。


 自分の進んできた道はこれでよかったのか。いや良い悪いではない。自分の人生は、他人が良し悪しを決めるものではなく、自分が納得できるかどうかだ。自分の人生を振り返ったときイエスと言えるかどうかなのだ。そのためには後悔のないよう、目の前のことを一生懸命に取り組むしかないのだ。たとえそれが、今は間違ったことだと気づかなかったとしても。


「ストレッチベンチでストレッチと思いきや、ブルガリアンスクワット!!」


 今の勇者の支援で結果を残せば、順当に昇進できるはずだ。オフィス内で情報を集約する立場の課長補佐になれるはずだ。

 ノンキャリアなので課長までしか昇進できないが、今はノンキャリアのスタボーン課長が居座っているので、当分その席は空かない。課長になれるのはいつのことになるのだろうか。

 ブレイズンも課長補佐のままということはないはずだ。キャリア組なので、もしかしたらスタボーン課長より昇進が早いかもしれない。クグのほうが1年早く入職したが、すでに抜かれた。

 デスクで偉ぶってふんぞり返りたい。

 上からの命令でこき使われる今の仕事は、傀儡(かいらい)なのではないのか。いやしかし、国の思惑どおりに冒険をさせられている勇者こそが、傀儡なのではないのか? きっとそうだ。自分はまだマシな方だ。そうに違いない。いや、そう思わなければやっていけない。


「足つぼ歩道ウォーキングッ!! 足つぼキクーッ!」

「ってウルサーッイ!」


 筋トレの掛け声と、視界の端にチラチラ動く脳筋野郎のせいで気が散って、めちゃくちゃ集中しないと物思いにふけることができない。

 ゼタは海を見て物思いにふけるということはないのだろうか。ないのだろう。クグは物思いにふけるのを諦めた。


「ふーっ。いい汗かいたー。オーシャンビュー筋トレ、サイコーっす!」

 ゼタはそう言うとクグの向かい側の椅子に座り、袖で額の汗を拭いた。

 クグはイベント広場でチラシと一緒にもらった汗拭きシートの試供品を思い出し、ゼタの前に置いた。

 ゼタは遠慮することなく「サンキュー」と言って無造作に袋を破り、シートを取り出した。

「1枚しか入ってないっすよ。ケチくさ」

 と言い捨ててから顔を拭いた。服の下から体も拭いた。そして、プーションをイッキに飲み干した。

「気分一新! 嫌なことも吹っ飛んだし、さー次の仕事も頑張るっす!」


 気分一新してもうひと仕事頑張れるのなら、一応、任務と関係があったわけだ。ゼタにやる気が出たなら、リクエストどおり何かひと仕事させてあげよう、とクグは思った。課長にも言われているので、このまま帰るわけにはいかない。何がいいか思案する。


 汚く破られた汗拭きシートの袋が、机の上に置かれている。ゴミは持ち帰らないとダメだろ、と思いながらクグは袋を手に取った。オカメインコのマークが目に入って手が止まった。ソチャノウォーター研究所がふと気になった。

 話では肌の再生・修復の研究をしているようだ。そして、イカには再生する能力があったはずだ。伝説のクラーケンなら再生能力も伝説級のはず。ダメもとでクラーケンについて何か知っていないか、確認だけでもしておくものありだ。

 町の北東の研究所なら、それほど遠くない所にある。


「よし。ソチャノウォーター研究所に行って追加調査だ」

「え? 今からっすか?」

「そうだ。オーシャンビュー筋トレでやる気が出たんだろ? つべこべ言わずに行くぞっ」

「あっちょっまっ。筋肉追い込んだばかりでまだちょっとプルプルしてるし、まだ足つぼの余韻が残ってて歩くのが変な感じなんすけどぉ」

 プルプルする筋肉でヨタヨタ歩きのゼタを尻目に、クグはもと来た道を戻りソチャノウォーター研究所に向かった。



 研究所での交渉は、勇者審議会事務局のエージェント事業部を名乗ることにする。

 勇者を名乗ることが許されるのは、ゲイムッスル王国の勇者審議会が勇者と認定した者のみだ。国が定めた名称独占である。

 勇者審議会事務局は、勇者とその仲間とエージェント契約を結ぶ。

 勇者個人が企業と契約するのではなく、事務局のエージェント事業部が一括窓口となって企業との各種契約をし、手数料を差し引いて勇者たちの口座へ振り込まれる。

 またエージェント事業部では、勇者が行くことになる各町へ行き、勇者まんじゅう、勇者クッキーなど勇者に関するグッズを公認で売ることができるように売り込む。

 ちなみに、エージェント契約するのは現役の勇者のみで、元勇者が個人でやることには関与しない。



 ソチャノウォーター研究所は、円柱の形をした真っ白な外観の5階建てだ。隣にある四角い建物は化粧品の工場だろう。敷地内には温室もあり、何かを栽培しているようだ。

 受付へ行くと、社長はいま休憩中だが直々に会ってくれることになった。


 社長室ではなく、仕事部屋へ案内された。

 幅3ミーター、奥行き5ミーターほどの小さな部屋。

 両側の壁一面は本で埋め尽くされ、床にも書類やら本が所狭しと積まれている。その隙間に埋まるようにオフィスデスクがあり、立派な革張りの椅子に女性が座っている。マリキューレ・ソチャノウォーター博士だ。

 白衣を着て化学技術で魔法のような現象を起こすことから、白い魔女と呼ばれているらしい。いろいろな生物の再生能力を研究し、永遠の美を追求している。

 歳は100歳に近いというウワサだが、童顔なのもあってか、ぱっと見20代くらいに見える。本当に魔女なのか、あるいは悪魔に魂でも売ったのだろうか。

 小柄なところを見ると、身長は150センチくらいだろう。大きなエグゼクティブチェアにちょこんと座っている。


 客の座る場所がない以前に、足の踏み場もない部屋だが、クグは何となくここを通っているのだろうと思われる場所を、本の山を倒さないよう慎重に通ってデスクの前まで行く。


「忙しいんで、ここで話を聞くけどいいか?」

 ソチャノウォーター博士は、引き出しから取り出した紙の名刺を差し出しながら言った。

「博士と直接お話ができるのであれば、どこでも光栄です」

 クグは笑顔で名刺を受け取り、名刺を表示させたスマホを見せた。

「で、用件は?」

 ソチャノウォーター博士はチラッとスマホを見ただけで、話を進めた。ムダな世間話は好まないのもあるのだろうが、部屋の散らかり具合から察するに、名刺の管理はできていなさそうだ。


「御社では、ヌリヌリオカメンコスというオリジナルコスメブランドを立ち上げられておられるのですね」

「ママにもうれしいプチプラコスメだよ。主力商品は基礎化粧品で、自分で言うのもなんだけど、スベスベ美肌で女子力アップとけっこう人気があるよ」

「街なかやネット広告でもよく拝見いたします」

「おかげさまで、研究費用の回収だけじゃなく利益も出てるよ」

「もともとは、どのような研究をなさっておられるのでしょうか」

「細胞の増殖、再生、代謝などの研究だね。その研究成果を注ぎ込んで商品化したのが、オリジナルコスメってわけ」

「それは素晴らしい研究ですね。われわれは勇者とエージェント契約をしておりまして、公式勇者グッズを販売をできるよう、各社さまと契約をさせていただいております」

「へえー。例えば?」

 ソチャノウォーター博士は、背もたれにもたれながら言った。


「食品だけでなく、文具、情報機器、武器や防具など多岐にわたります。しかし、化粧品で勇者グッズはまだありません」

「うちはブランドが浸透してるから、勇者グッズとして売る必要がないのよね」

「メンズコスメはどうですか?」

「メンズはヌリヌリオカメンコス・オムにして、ブランド力を使ってこれから売り出すところなんだよね」

「たしかに、そちらのほうがよさそうですね。勇者の影響を受けやすい客層といえば冒険者ですが、そういった方向けのラインナップはございますか?」

「デオドラントウォーターとか、汗拭きシートならあるけど。OEMメーカーが作ったのをうちのブランドで売ってるやつなのよ。主力商品じゃないから、勇者マークをつけても訴求力に欠けるのよね」

 ソチャノウォーター博士は、腕を組んで言った。

 クグの予想どおり、手応えはよくない。しかし、ここまではほんのジャブだ。世間話のようなもの。ここからが狙っていた本題だ。


「そうなりますと、やはり武具がいいですね。こちらの地区では伝説のモンスター・クラーケンが生息しており、魔力を帯びたその軟甲は剣のグラディウスにできるのではないか、というウワサ話を小耳にはさんだのですが」

「ハーフエルフとして100年近く生きてるけど、クラーケンを目撃したという話は聞いたことないね。そもそもイカは研究したことがないし」

 すでにサンプルを採取しているかもしれないと思ったが、クグの見当はあっさり外れた。100年近く生きていて、有力な情報をもっていないということは、クラーケンの情報源そのものの真偽が疑われる。


「モンスターの再生能力を利用した研究とかはなさっておられないのですか?」

「モンスターはないね。ヒト以外の生命体の再生能力をヒトに利用できないか研究していたんだけど、頓挫したのよ。ヒト幹細胞の研究で化粧品事業が拡大したからね」

「そうでございましたか」


 化粧品以外の研究をしていないのであれば、これ以上、聞くことはなさそうだ。

 わかったことといえば、ソチャノウォーター博士が20歳前後に見えるのは、悪魔に魂を売ったわけではないことだけだ。

 課長には、100年近く生きているハーフエルフの情報だと言えば、イカのグラディウスはデマだという証拠として納得してもらえるだろう。

 あとは適当に受け答えして、立ち去るだけだ。

 ソチャノウォーター博士が、何か思い出したかのように、身を前に乗り出して聞いてきた。


「化粧品以外にも、これまでの研究を応用した商品を作れないか会議をしていたところなんだけど。再生技術を利用して、防具の傷が修復されたり再生したりするものは売れそうかな?」

「そうですね、性能の面でウリになるだけでなく、手入れも楽になるので、売れ筋商品になる可能性はあります」

「なんか具体的なアイデアはある?」


 話を終えようと思っていたクグは、とくに思い浮かばない。ゼタが口を開いた。

「魔力を込めると伸び縮みするムチとか、トゲが生えたり引っ込んだりするメイスとかおもしろそうっす」

「盾の傷が修復されるのはもちろん、防御範囲が自在に伸縮するとかも便利そうですね」

 ゼタにつられてクグもアイデアが出た。


「魔力で操作する方法だったら、再生能力や増殖能力をフル活用してできるかもしれないな」

 ソチャノウォーター博士は顎に手を当て、いろいろと考えを巡らせている。

 魔力を込めることで特殊な機能を使える武具であれば、伝説の武具の代わりになるかもしれない。クグは予定を変更して話を進めることにした。


「試作品ができましたら、連絡をいただければ受け取りに上がります。勇者に使用感をレビューしてもらうこともできますよ」

 物資課に渡せば、宝箱に入れるなどして勇者に渡すことができる。勇者の動向は常に記録されているので、それがレビューになる。気に入れば使うだろうし、使われなければ使い勝手が悪いなど気に入らなかったということだ。

 できれば、魔界へ行くまでには仕上げてもらいたいところだが、間に合うかどうかが問題だ。


「それはいいとして。クラーケンが本当にいるならサンプル採集は必須なんだけど。いまサンプル採取担当が逃げ出して不在なんだよね。連れ戻してきてくれると助かるんだけど」

「スマホで連絡できないのですか?」

「スマホを持ってない。というかまだ高度な人間レベルの交渉ができない」

「意味がわかりかねますが」

「担当はゴリラの兄弟だぞ」

「頭脳と筋肉がゴリラ並みの脳筋マッチョ兄弟ですか?」

「いや正真正銘のピュアゴリラだぞ」

「ゴリラがサンプル採取をできるんですか?」

「研究で生み出した、知能を強化した特別なゴリラだぞ」


 ソチャノウォーター博士が差し出した写真には、肩を組んでピースをしている2頭のゴリラが写っている。

「エグイサル・ブラザーズっていうの」

「サルっていうかゴリラっすね」

 さっきからゴリラだと言っているのだから、ゴリラで当たり前だ。どちらもオーバーオールを着ている。


「バナナイエロー色の方が兄のゴリッチャで、弟のラリッチャがグリーンバナナ色よ。このサイズは特注だから色にもこだわったんだぞ」

 服の色のチョイスがバナナだ。

 体格がガッシリしている方が兄で、弟の方は兄に比べると少し細めだが背が高い。


「この2頭の特徴だけど、バナナを食べる素早さは普通のゴリラの3倍だぞ」

「それはエグいっす」

「でも胃が小さいから少食で、すぐお腹いっぱいになっちゃうぞ」

「それはエグい……んすか?」

「でも消化スピードが早いから、結局、普通のゴリラと同じだけ食べられるぞ」

「それはエグいっす」

「バナナ以外にもキノコが大好物だぞ」

「それはエグい……んすか?」

「世界中のキノコを食べ尽くすのが野望らしいぞ」

「それはエグいっす」

 何のやりとりを聞かされているのだろうか。


「それはそうと、なぜ脱走したのですか?」

「それがだ。なぜかカメに対する敵対心が強く、世界中のカメを皆殺しにするという書き置きを残して、どこかへと行方をくらませたのだ」

「それはエグいというより、ヤバいっす」

 ソチャノウォーター博士はデスクの書類をあさると、1枚のメモを差し出した。クグとゼタはメモをのぞき込む。


『タイトル:バナナ・ナンバー1

 おいしさ満点バナナさん

 心刻まれ恋い焦がれ

 こんがりバナナチップスだ

 一気食いだよパックパク

 バナナラヴが止まらねえ

 

 栄養満点バナナさん

 とろけるような甘い思い

 100(パー)バナナジュースだね

 一気飲みだよゴックゴク

 バナナラヴが止まらねえ』


 ミミズのはったような汚い字だが、ゴリラが書いたのであればかなりの知能だ。

 しかし、どこをどう解釈したら、世界中のカメを皆殺しにするという意味になるのかわからない。

「間違えた。それはエグイサル・ブラザーズがバナナをむさぼり食っているのを見ていたら思いついたバナナソングで、さっきメモったやつだ」

 字が汚いだけだった。そして、バナナ愛が尋常ではない。

「こっちだこっち」

 ソチャノウォーター博士は白衣のポケットから紙切れを取り出した。


『せかいぢゅう カメをとことん みなごろす はるかたびぢは けわしなるらむ

  ゴリツチヤ あんど ラリツチヤ』

 字の汚さはほぼ同じだ。

 もう何がどうエグいのかよくわからないが、とにかくエグイサル・ブラザーズだ。


「というわけで、脱走したエグイサル・ブラザーズを捕まえてきてほしいんだけど」

「ちなみに略すとサルーズっすか?」

「なんでそっちを略すんだよ。エグブラだろ」

「サルーズで合ってるぞ」

 もうなんでもいい。クグは頭を整理する。


「勇者が来るまで待てないですかね。これを勇者案件にして、勇者がサルーズを捕まえてきて、そのお礼に武具の開発をするという流れはどうでしょう」

「その肝心の勇者は、いつここにくるんだい?」

「早くて10日後くらいです。15日くらいかかることもあります」


「その分、開発が遅れるぞ。それに、そんなに待ってたらサルーズを見つけるのが困難になってしまうぞ。しかも、見つかるのが遅れれば遅れるほど、世界中のカメが皆殺しにされる危険性が高いぞ」

「なんでそんな危険生物を逃げたままにしてるんですか。早く探しに行かないとダメでしょ」

「これから探しにいかないといけないなーって思って、どーしよーかなーって考えてたところへ、おたくらがちょうど来たんだけど」

「っちゅーことは、自分たちで解決するか、冒険者に出す案件なんじゃないんすか?」

 ゼタの言うとおりだ。

「私たちの責任ではないので、私たちがやることではなさそうですが」

 お使いイベントは公務員の仕事ではない。


「まあ勇者と契約してまで開発しなくてもウチは損がないからねえ。このまま帰ってもらっても構わないけど。捕獲に成功したら、優先して開発してやらないこともないけど。さあどうする?」


 これはもう半分脅迫だ。とはいえ、くだらないドリンクのイベントしかない現状では、クグとしては喉から手が出るほど欲しいネタだ。勇者用の武具入手の見込みをつけられれば、勇者のイベントにできるかもしれない。

 それに課長命令もあるので、せっかくのチャンスをふいにして、手ぶらで帰るわけにもいかない。


「やらせていただきます」

「なんで俺たちがおつかいイベントやらないといけないんすか」

「ゴリラ相手だから筋トレになるぞ」

「ヨッシャー! いっちょやってやるっす」

 切り替わるのが早すぎだ。


「決まったようね。これを持っていってちょうだい。捕獲に必要なアイテムだよ」

 ソチャノウォーター博士が引き出しから取り出したのは、バナナ1房13本とリンゴ4個、手のひらサイズの檻だ。

「この小さい檻は何ですか?」

「探してるゴリラってこんなに小さいんすか?」

「そんな訳ないでしょ。これは魔法の檻だよ。檻の上についているボタンを押すと、ゴリラが2頭入る大きさになる。これで生け捕りにしてほしいんだけど。もちろん無傷でね」


「捕まえたらどうするんすか?」

「スマホに連絡をちょうだい。SNSのアカウントは名刺に書いてあるから」

「ひとつ気になったのですが、バナナの本数が奇数だとケンカしないですかね?」

「そんなこと知らないわよ。そっちでうまいことやってちょうだい」

「そ、そうですよね。使い切らずに捕獲すればいいだけですよね」

「じゃ、お願いね」


 研究所を出たクグは、ふと冷静になった。なぜ、こんなお使いイベントをしなければならないのか。今になって後悔した。勇者のためだ仕方がない、と自分に言い聞かせた。

 引き受けたたはいいが、どこをどう探したらいいのか、まるで見当もつかない。門にいた守衛さんに聞いてみる。


「ヤツらなら南の方角へ行った。たぶん。知らんけど」

「なぜ、追いかけて捕まえなかったんですか?」

「人間1人で捕まえられる相手じゃない」

「たしかに」

「それに、いつものことだし」


 いつものことなら、なぜ対策をしておかないのだろうか。

 クグは不満に思いながらも、とりあえず南へと向かった。


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