第54話 宣教
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全身を包む旅人風のローブをまとった2人組は、シオサイン海浜公園の木に囲まれた小道を進む。
「本当にここにいるんだろうな」
イラサが疑うように言った。
「SNSの情報では、ここで合っているはずだ」
パシュトは動じずに答えた。
「見つけ次第、とっ捕まえればいいんだな」
「短気はやめてくれ。今日は調査だけだ」
「まわりくどい」
「そう言うな。組織の目的、それにヤツとの関係がをつかむまでは、捕まえても意味がない。っと、そろそろフードもかぶっておいたほうがいいな」
2人は顔を見られないようフードを深々とかぶる。
カフェテラスと円形の広場があるところまで来た。
カフェテラスの方には、くつろいでおしゃべりしている人がちらほらいる。
広場の方には立ち話をしている人がいる。まだターゲットは来ていないようだ。ベンチに腰掛け、様子を見る。
少しすると、カソックを着たオールバックの男性が広場に来た。今日の調査ターゲット、ルナティコだ。信者とおぼしき2名を伴っている。男性信者は大きな荷物を肩にかけ、女性信者はバックパックを背負っている。ルナティコは手ぶらだ。
茂みを背に、信者の2人は荷物を広げ何やら準備をしだした。ルナティコは指示をするだけで手を動かそうとしない。
教壇のシンボルマークのタペストリーが簡易スタンドに吊るされた。広げられた折りたたみ式の机には真っ白なテーブルクロスが敷かれ、教壇のシンボルマークのある銀色のメダル・透明の袋に入ったクッキー・透明な液体の入った手のひらサイズのスプレーボトルなどが置かれた。
ルナティコは満足そうな顔をしてタペストリーと机の間に立つと、広場全体に聞こえるように話し始めた。
「この場におわします皆様。ご機嫌いかがでしょうか。今日という特別な日の午後、皆様にお会いでき光栄です。これもひとえに、神のおぼしめしのおかげです」
ひとつ息継ぎをすると続ける。
「悩み多き日々、心に積もる不安を抱え、眠れない夜を送られている方も多いのではないでしょうか。本日はそんな皆様に、幸福をもたらす神聖な品々をお持ちしました。よろしかったら手に取ってみてください」
興味本位なのか野次馬根性なのか、10人ほどがルナティコの前に集まった。中高年の男性、若い男女、立ち話をしていた中年女性などなど。近寄らず怪しそうに見ている人たちもいる。
パシュトとイラサは、集まった人たちの一番後ろについた。顔が見られないようフードは深くかぶったままだ。
ルナティコは集まった聴衆に向けて言った。
「私たちは皆、異なる背景や信念を持ちながらも、今この場所に集まっています。これは偶然ではなく神のお導きによるものなのです。神の愛は無限であり、私たちが共にこの瞬間を迎えることは神の計画のひとつなのです」
ルナティコは言葉に力強さを込めながら続ける。
「神の愛は人々の心を通して繋がり、共感を生み出す不思議な力があります。私たちはそれぞれ異なる道を歩み、異なる問題・悩みを抱えていますが、ここにいるすべての人々がひとつになる瞬間が、まさに今なのです」
ルナティコの自身に満ちあふれた言葉が広場に響く。
「神の愛は私たちに課せられた使命を通して示されます。私たちは互いに助け合い、愛し合い、共に歩むことで神の意志を実現していくのです。今日が新たな始まりの日となり、神の栄光を称え、感謝の心を持ちながら、共に前進していきましょう」
一番前の中心にいる中年女性たちが拍手をした。熱心過ぎるところをみると、サクラかもしれない。
若い人は熱心に話を聞いている。
教団は、SNSの裏アカウントで社会の不満を書いている人に、自己啓発・スピリチュアル・癒やしなどのセミナーやサークルといって気さくに話をもちかける。
アイデンティティーを探求したり、悩んだりしている人が、ヤバそうだったらすぐやめればいいや、と軽い気持ちで返事をする。
教団は返事が来た人に、SNSで悩みを聞いたり、オンラインサロンなどをすることで信頼関係を築いていく。
そして、教会やこういった宣教活動の場で、興味をもった人たちや、信じて抜けられなくなった人たちと会うのが手口のようだ。
ルナティコは机に置かれたメダルを1つ手に取る。
「このメダルを胸に、心穏やかに神に祈ると、神を近くに感じられます。神とのつながりを感じられます。私たちの中に神のカケラがあると感じることができます。私たちは皆、平等に神の愛を受けているのです」
ルナティコは聴衆に優しく語りかける。
「我が教団ブレッシング・スターに入信された方には、教団のメダルをもれなく無料で差し上げます。この聖なるメダルを身につけていれば、常に神の加護を得られ、邪気を払い幸福を呼び込むことができます。また当教団では、入信を強引にすすめることはいたしません。入信されずご購入していただくこともできます。1つ2000モスルになります」
メダルを置くと、スプレーボトルを手に取る。
「グッズのみを購入いただくことも可能です。どれも教会内の敷地で育てたハーブを使用したものです。聖なるハーブウォーターは、部屋に一吹きすれば邪気を払うことができます」
スプレーボトルを置き、クッキーを手に取る。
「聖なるクッキーやハーブティーは、体の内から浄化され、温かな幸せを感じることができるでしょう」
中年女性たちは口々に「わたし、入るわ」「わたしも」などと言ってメダルを手に取った。
若い人たちは雰囲気に飲まれるようにして、メダルやクッキーを手に取り、真剣な顔をしている。入信しようか、それともとりあえずグッズだけ買おうか迷っているのだろう。
「ただのメダルやクッキーなどではありません。どれも聖遺物に触れた聖なるものです。いきなり入信するのが不安な方は、まずはこちらを購入して、神の愛を感じてみられてはどうでしょうか」
ルナティコのセールストークが続く。
「これらは私腹を肥やす利益となるのではなく、浄財として教団の運営に充てられます。ホームレスの方々のための炊き出しなどにも使われますので、社会貢献にもなります」
腕を組んで聞いていた50代くらいの男性が、顔をしかめながら言った。
「なんかうさんくさいな。わざわざあんたらの教団に入って、何かメリットはあるのか?」
中年女性たちは手が止まり後ずさった。顔からは困惑がうかがえる。若い人たちも凍りついたように止まっている。
「我が教団に入信すると、罪の告解ができます」
ルナティコは動揺せず、堂々と言った。
「何を懺悔しろというんだ」
「どんなに強い人でも、偉い人でも、人はみな過ちを犯します。その過ちを神に告解するのです」
「なんで、わざわざ自分の罪の告白をするなんて面倒なことをしなければいけないんだ」
「告解は罪の告白だけではなく改悛を促します」
「その神とやらが目の前に現れて懺悔を聞くのか?」
「いいえ。神に代わって司祭がお聞きします。それを神に届け、神からのお許しをお伝えするのです」
「そんな訳のわからん司祭とやらに懺悔して許しをもらったって、何の意味もないだろ。ふさけるにもほどがある」
「そうだ。何が神の代わりだ。そいつに何の権限があって罪を許すんだ」
つられて別の男性が言った。
「反省や改心は他人から促されてするものではない。自分で気がついたときに初めてできるものだ」
白髪の男性も強い口調で言った。
しかし、ルナティコはひるまない。
「我が教団に入っていただき神に祈ることで、神の愛を受けることができるのです」
「その偉い神様ってのは、祈ったら何でも願いを叶えてくれるってのか?」
「祈りとは我々の声を神に届けることではありません。神からの声に耳を澄ませ受け止めることなのです」
「で、あんたは何が聞こえたんだ」
「この社会は、学校や職場でさえ嫉妬や欺瞞であふれています。誰しもが偽り・騙し・陥れ・搾取し、人よりも一歩前へ、一段上に行こうとばかりしています。未来に希望をもてない人も多いのではないでしょうか。わたくしもそんなひとりでした。しかし、そんな世界でも救いはあります。闇に差す一筋の光があります。それは、神の愛です」
「愛で腹が膨れるのか?」
「人は自ら選んで生まれ、生きているのではありません。神によって生まれ、生かされているのです。そして、人は神が示した道を踏み外す。道を踏み外すたびに人は苦悩し絶望する。しかし、神は人を見放すことも、滅ぼすこともせず、救いの道を示してくださる」
「何もしないで見ているだけが救いだとは、笑わせる」
「信仰は大きな疑いを通して得られるものなのです。神などいないと疑い、すべて科学で説明できると信じても、どうしても科学で説明できないことがあります。この世は神がもたらす真理でなければ説明できない物事で満ちている、ということを痛感することになるのです」
「それで、きれいさっぱり悩みがなくなるってのか?」
「悩みが消えることはありません。弱い人間は正しく挫折し、できそこないの人間は正しく落ちぶれていくべきなのです」
「なんてヒドイことを言いやがるんだ」
「本当に人間を愛するということは、そうやって正しく落ちこぼれた人たちに同情し、救済することなのです」
「人間を人間として見てない。それは自己満足の道具だ。自分たちの利益のために利用しているだけだ」
「まったく逆です。わたくしたちがいくら手を差し伸べても、落ちぶれて悪に手を染めた人を救うことはできません。自分が落ちぶれたこと、そして罪を認めることで初めて、神の愛と救済の手に気がつけるのです」
「だいたいおまえの言う神とは何なんだ? そんなに偉いヤツなのか?」
「唯一神が地上にあらわしたひとつの姿が、先代の勇者フォールズなのです。神がフォールズを地上に遣わし、神の子であるフォールズが地上で奇跡を起こし、そして神の元へ戻っていったのです」
パシュトは周囲に変化を感じ、フードの奥からチラッと周りを見た。いつの間にか、さらに人が集まっている。グッズが置かれた机の前には、もう誰もいない。集まった聴衆が口々に言い出した。
「以前、旅の商人から聞いたぞ。隣の国で、先代勇者を神と崇める新しい宗教があるとか」
「死んだ先代勇者が復活して、真の平和をもたらすとかどうとか、ウワサのあれか」
「いくら先代勇者の人柄がよかったからといって、今いる神々を蹴散らして唯一神になるなんて、荒唐無稽にもほどがある」
「しかも人間が神になるなんて、話が飛びすぎてる」
「そんな宗教を信じているヤツらがいるのか?」
「頭がおかしいのか?」
「むしろ、神々の冒涜だ!」
「国王を馬鹿にしているのか!」
集まった人たちがざわつき始めた。
「滅相もありません。私たちはすべての人を平等に愛しているのです。国王にも一般の人にも同じ愛をもっております」
「それが国王を馬鹿にしていることになるんだ」
「それだけじゃねえ。神々への冒瀆だ! ならず者! 反逆者!」
「そうだ、最高神ゼウスが許さない!」
「愛の女神アフロディーテが嘆き悲しむわ」
「戦いの神アレスも黙ってないぞ!」
反論されてもルナティコは物おじすることなく、聴衆の目を見つめる。
「科学が神々の領域とされてきたものを奪いました。飾りものの神はもう必要ないのです。では、神はいないのか。いいえ、神はおられます。勇者フォールズという神の子によるその御業を、わたくしたちは目撃し、体験したではありませんか。勇者フォールズが亡くなったのは、わたくしたちの罪をあがない救うためだった。そう、贖罪だったのです。そして、影も形もなくなったということは、神という証拠なのです」
「ふざけるな。勇者フォールズはまだ生きてんだよ。遺体もなければ死んだ場所も公表されてないのがその証だ。いつか戻ってきて勇者の活動を再開するために、何か重要な準備をしているだけだ。そして最後には、魔王を倒して真の平和をもたらしてくれるんだ。訳のわからん神になってたまるか」
「勇者フォールズは友愛による平和を説いたのです。隣人である魔族も愛すべきなのです。武力で制圧するなんて狂気です」
「勇者は武力で平和をもたらすんだ。脅威をもたらす魔族は倒すべき。魔族を愛するなんて狂気でしかない」
「そのとおりだ。ましてや、人間に魔族の血が入るなんて汚らわしい。呪われた子だ」
「呪われた血は絶つべき。父も母も子も処刑だ」
「死刑あるのみ」
聴衆は「そうだ、そうだ」と口々に言いあっている。
ルナティコは依然としてひるまず、堂々とした態度で言った。
「真実を受け入れ、皆が博愛の精神をもてば、真の平和が訪れます。それによって、真の自由を得ることができるのです。つまり、真の自由を得たければ、真の平和を得る必要があるのです。そのためには、皆が博愛の精神をもたなければなりません。それは、真実を受け入れることから始まるのです。真実とは『神は1つである』ということです」
「勇者フォールズがわざわざ一人一人に、愛と真実を語りかけてくれるなんて、頭がお花畑だな」
「神は我々の耳に聞こえる音で声を届けるわけではありません。神、つまり勇者フォールズの起こした御業から、声なき神の声を聞くのです」
「勇者フォールズが冒険中にやったことが、神の御業だと? だったら、そのメダルやクッキーは、聖遺物ってのが奇跡を起こして作ったのか? 聖遺物ってのも怪しいがな」
「わたくしが路上での生活を余儀なくされていたころ、たまたま通りがかった勇者フォールズが、せめてもとわたくしにパンとローブをくださいました。そのローブが聖遺物です。神の力が宿っているのです。触れた物に力を授けるてくれるのです」
「なんだ、コイツはただの物乞いじゃねーか。立派な服を着てたって、やってることは変わらねえな」
「わたくしのことを何と言おうが構いません。しかし現に、貧困にあえいでいる人たちがいるのです。それに引き換え、汚職や政治腐敗で貴族や政治家が失脚して何が変わりましたか? 何も変わらない。首がすげ変わっただけです。誰も反省も改心もしていない」
「テロかでも起こす気か? それとも政治家や貴族を操ってクーデターか?」
「テロ? クーデター? そんな残虐行為などもってのほかです」
「では何が目的なんだ」
「それは神にしかわかりません。我々は神にただ祈るのみです」
「祈ったって勇者が目の前に現れるわけがない」
「まだ、気づきませんか。勇者の超越的御業によって救われるのは、選ばれた者のみです。神の絶対的恩恵で救われるのは、我がブレッシング・スター教の信者のみなのです」
「バカバカしい選民思想だ。こんなペテンに付き合ってられるか」
男性は言うと、イライラした様子で去って行った。他の聴衆も散り散りになった。パシュトとイラサも目立たぬよう場を離れた。
「こんな不謹慎なヤツら、勇者モモガワにでも成敗してもらえばいいんだ」
誰かが去り際に言った。
「私たちは脅迫や暴力には屈しません。なぜなら、神が私たちを見守り、導いてくださるからです」
ルナティコは散り散りになっていく聴衆に向けて言った。しかし、誰も足を止めない。それでもルナティコは続ける。
「世界が滅びていくのをただ傍観する者にはなりたくないはずです。偉大な、そして、唯一無二の神の愛を共に分かち合いましょう。そして来たるべき審判の日、楽園へと救済され、共に新たな歴史を刻みましょう」
残ったのは、最初に拍手をした4人の中年女性たちと、2人の若い女性のみであった。
ルナティコは2人の若い女性に歩み寄る。
「あなたがたのアイデンティティーを壊そうとする人は、我が教団にはひとりもいません。なぜなら、あなたがたは大切な存在だからです。共に神の愛を分かち合いましょう」
ルナティコはそう言うと、続けて入信の方法を説明した。若者たちは説明を聞き終えると帰っていった。どうやら、必要書類さえ提出すれば、オンラインでリモート入信式を受けられるようだ。
若者たちを見送ったルナティコは、中年女性を含めた信者たちに何かを言った。信者たちは片付けを始めた。
パシュトとイラサはその様子を確認すると、広場を出た。
イラサは虫の居所が悪そうに言った。
「こういう醜いいさかいは、見てるだけで嫌気が差す。何度、全員まとめて魔法でぶっ飛ばしてやろうかと――」
「そう短気になるな。それぞれが信じたいものを勝手に信じればいい。他人がとやかく言うことではない」
「アレを信じてるヤツらもどうかしている」
「真に迫る演説は、荒唐無稽であればあるほど、真実のように思ってしまうものだ。当たり前のことをふつうに言われても、何とも思わないだろ」
パシュトは淡々と言った。
「そう言われればそうだが……。それはそうと、この調査だけじゃ収穫はほぼゼロだったな」
「そうでもない。秘書長自らが宣教活動に出てきたから、こっちの国へ進出する足がかりにしようと意気込んでいたと思ったが。意外にあっさりと引き上げたな」
ゲイムッスルの国は勇者を認定する機関があるので、国民も勇者を身近に感じている人が多い。信者になる人も多そうかと思いきや、逆だった。
オトナリナの人たちよりも勇者への思い入れが強い分、安易に勇者が神だというのは抵抗が強いのだろう。
「で、次はどうする?」
「急速に信者が増えそうにないことはわかった。やはり、内部を探る必要があるな」
「秘書長なんて放っておいて、いっそのこと本部を襲撃して、教皇ってヤツをとっ捕まえるってのはどうだ」
「襲撃なんてしたら証拠が消される。そればかりか、警戒が強まれば調査が難しくなるだろ」
「だからって、潜入のためでも信者になるなんてヘドが出る」
「信者に接触して内情を聞き出すのが、手っ取り早いが……」
「信者も警戒心が強そうだな」
「まずは、SNSをやっている信者をリストアップするところからだな」
「そっちから接触するのが手堅いか」
「いったん戻って情報を整理しよう」
2人は公園を後にした。
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