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第53話 獄卒

 町の中心まで戻ってきた。

 町に並ぶ飲食店の看板には、『当店自慢の海鮮焼きそば』『とれたて魚介のカルパッチョ』『人気! 海鮮のグリル』『名物! イカスミパスタ』などとさまざまな書体で客の気を引こうとしているが、クグは気持ち悪いコーラのせいで食欲をそそらない。


 町の東隣にある海浜公園へ足を延ばした。

 海浜公園にはイベント広場、レストハウス・カフェテラスがある。海岸沿いには、砂浜エリアとオートキャンプ・バーベキューエリアもある。

 他には、屋外ステージとその横に広がる平原エリア。高台には公園のシンボルの灯台がある広場になっており、公園だけでなく海を一望できる。


 イベント広場を横切っていく。イベント開催日ではないが、ちらほらとフードトラックや販促ブースが出ている。人はまばらだ。

 広場の一角にある、1台のフードトラックがクグの目についた。

 黄色にカラーリングされ、色とりどりのかわいいお花がたくさん描かれている。運転席側に置かれたのぼりの『カレーを食べれば元気100倍! 獄卒カレー』の文字が、海からのさわやかな風を受け揺らめいている。物騒な名前だが、カレー屋のようだ。

 フードトラックの後ろ側に立ててある黒板風スタンドボードはメニューになっており、『こだわりぬいたオリジナルカレー 限定50食 1000モスル』と上半分に大きく書かれ、下半分にはドリンクのメニューが書いてある。その横には『準備中』と書かれた看板が立っている。


「コーラのあとは、魚介よりガッツリとカレーがいいっすね」

 ゼタがカレー屋に向かって歩き出した。クグはカレーなら食べられそうだと食欲が少し戻った。


 どんな様子か店の近くまで行くと、2ミートルを超える大男の2人組が、フードトラックの中で狭そうに体をかがめて作業している。しかも人間ではない、魔族だ。

 ひとりは頭がウシで赤い、もうひとりはウマで青い。2人とも筋肉ムキムキで、おしゃれなデニム地のエプロンがパッツンパッツンだ。

 カレー屋を装って人間界の侵略をもくろんでいるのだろうか。


「ちわーっす。カレーくださーいっす」

 クグが警戒して様子をうかがおうと思ったときには、ゼタがもう声をかけてしまっていた。

「いらっしゃーい」

 赤ウシが答えた。

「いらっしゃーい」

 横で鍋をかき混ぜていた青ウマが、つられるように言った。


「おい。魔族がやってるカレー屋だぞ。少しは警戒しろ」

 しかも、まだ準備中だ。

「そういえばそうっすね。なんで人間界(こっち)でカレー屋なんかやってんすか?」

 ゼタは警戒心もなく、ズケズケと聞いた。


「いろいろと深いワケがあるのです」

 赤ウシが答えた。

「人間界を武力で侵略するための偵察っすか?」

「魔王様からは、そんなこと言われてないです」

「っていうか、カレーのことで頭がいっぱいで、そんなことやってるヒマはありません」

 赤ウシが答えた後、続いて青ウマが言った。

「どういうことですか?」

 クグが聞くと、赤ウシがゴズロベエ、青ウマがメズハチと名乗った。


「人間界へ遊びに来たとき、カレーという食べ物を初めて食べて感動したんです」

 ゴズロベエがフードトラックから降りてきて言った。

「魔王様にテイクアウトを献上したら、このカレーという食べ物を研究しろと言われたんです」

 メズハチは鍋をかき混ぜる手を止め、身を乗り出して言った。


「という訳で、研究のためにこのフードトラックで人間界を回っているんです」

 ゴズロベエはフードトラックにポンと手を添えて言った。

「ちょうど出来上がったところなんで、ぜひ食べていってください」

 メズハチはテイクアウト用の容器にカレーを入れ、カウンターに置いた。


「ここの地域では、肉ではなくシーフードを入れる風習があるんですね。さっそく取り入れてみました」

 ゴズロベエがカウンターに置かれたカレーを受け取り、クグたちに見えるよう差し出して言った。

「イカスミを入れてコクをプラスした、特製ブラックシーフードカレーですよ」

 メズハチは自信たっぷりに言った。


 タイミングが悪い。店から漂ってくる香りは食欲をそそるが、透明のフタから見える黒いルーと白いライスのコントラストがイカコーラを思いださせ、クグは食べる前から少し胃が重たくなった。


「あと、魔王様からカレーに合うお酒も考えろと言われてまして。のどごしさっぱり系のビールはいかがですか?」

 メズハチが笑顔で聞いてきた。

「まだ仕事中なのでやめときます」

「ケチっすね。少しくらい飲んでもバレないっすよ」

「ケチではない。オンとオフは分けるべし」

 任務中に私用で飲酒など懲戒ものだ。


「ソフトドリンクだったら、コーラとヨーグルト味のフレーバーウォーターがありますけど」

 メズハチは黒板風スタンドボードのメニューの方を指さして言った。それぞれ300モスルだ。ちなみにビールは400モスルだ。

「コーラはちょっと……フレーバーウォーターでお願いします」

「俺はコーラっす」

 あのコーラを飲んだあとだというのに、まだコーラを飲みたいと思うゼタをクグは理解できなかった。しかもイカスミ入りカレーに合わせて飲むことになるのだ。

「コーラ1に、フレーバーウォーター1ですねー」

 とメズハチは言うと、氷をたっぷり入れた透明のカップにドリンクを注ぎはじめた。


「ところで、いつからここでやっているんですか?」

「今日で3日目です。おかげさまで、2日もと売り切れました」

 ゴズロベエは満足げに言いながらフードトラック後方へ歩く。

「しばらくここで営業をするんですか?」

「それが、今日で最終日なんですよ。また違う町へ修業に出る予定です」

 ゴズロベエは『準備中』の看板を裏返しながら言った。『営業中』になった。


「SNSで『カレー道中膝栗毛~ゴズメズ珍道中』っていうのをやってるんで、次のお店の場所はこっちを見てください」

 メズハチが指差した先には、カウンターに置かれたカードスタンドがあり、SNSのIDが記載された紙のカードが入っている。

 クグは一枚もらっておくことにした。魔族の動向がわかる貴重な資料だ。右下に『株式会社魔王シュテン堂 企画開発部研究開発課特命係』と書いてある。

「さて、そろそろ始めますか」

 ゴズロベエが気を引き締めるように両手を打ち合わせた。


 クグは後ろが騒がしくなっていることに気がついて振り返ると、10人ほどの行列ができていた。地元の若い人たちだろう。

 あまり長話をすると、他のお客さんの迷惑になってしまう。カレーが怪しいモノかどうか調べておく必要があるので、1つずつ購入し店を後にした。



 イベント広場に設置されたテーブルつきベンチに座り、カレーを前にクグは大きくひとつため息をつく。食が進まない。カレーに異常がある訳ではない。何も問題がないばかりか、ふつうにおいしい。


「どうしたんすか?」

 ゼタは能天気に食べている。

「どうしたもこうしたもないよ。こんなのどうやって報告したらいいのか」

「カレーの感想を報告するんすか?」

「上司に食レポしてどうすんだよ。『クラーケンのグラディウス』ではなくて『イカコーラ』だったってことだ」


 伝説の武具どころの話ではない。一文字も合っていない。

「とんでもないレベルのデマだったっすね」

 情報を審議会へまわした人も問題だが、審議会も審議会でどういう会議をしたのだろうか。

「どう報告したらいいのか……」

「素直に、『イカコーラだった』でいいじゃないっすか」


 先代勇者の支援のときは、こんなひどいレベルのデマは一度もなかった。イカコーラなんかに貴重な任務の時間を割いている場合ではないというのに。そんなことなど知ってか知らでか、ゼタはいつも何も考えず気楽に言う。

 しかし、気楽にカレーを食べているゼタを見て、クグは今回ばかりはゼタの言うとおりだと思った。今回の情報は空振りで、さっさと次の任務に移ればいいだけだ。悩んでいるほうが時間の無駄だ。

「そうだな、深く悩んでも事実は変わらない。素直に報告するか」


 カレーを食べながら報告をまとめる。

 伝説の武具『クラーケンのグラディウス』ではなく、どこをどう間違えたのか、グビグビドリンコ社が開発し即時回収騒ぎとなった、危険極まりない『イカコーラ』だった。

 町の人もトラウマになるほど話をしたがらないレベルのマズさで、劇物に指定してもいいかもしれない。人が飲むものではない。飲むと状態異常『イカ』になる。症状は『味覚と嗅覚からくる精神的なダメージによって、力がはいらなくなり、やる気をなくさせる』。

 タコビッチ社長の名刺データも添付して送信した。

 報告が終わると肩の荷が下り、クグは食欲が戻ってきた。魔族が作ったカレーだということも忘れてたいらげた。



 食事を終えると、ブレイズンからメッセージが来た。

『課長命令。他に情報がないか、もう少し詳しく調べるように』

 スタボーン課長は堅物のうえに諦めが悪い。送った報告では納得がいかなかったようだ。

 とはいえ、あれだけ聞き込みをして他に何も情報が出てこなかったのだから、これ以上、やりようがない。


「追加調査をやれだとさ。やり忘れたこととか、情報になりそうな場所で他に思い当たる場所とかあるか?」

「えーっと、ひとつあるっす」

「任務に関係があることだぞ」

「もちろんっす」

「では行ってみるか」


 公園のイベント広場を横切る。

 化粧品会社がブースを構え、試供品の配布イベントをやっている。お肌のお悩み相談コーナーもある。

 日差しを浴びることが多い女性冒険者や、潮風でお肌に悩みのある女性たちが行列を作っている。

 女性スタッフが近寄ってきて、「よろしかったらどうぞー」と言いながらチラシを渡してきた。

 むげに断れないクグは、歩きながら受け取った。

 ゼタは「いらないっす」と言って通り過ぎた。 


 チラシと一緒に爽やかなブルーの小袋がついてきた、汗拭きシートの試供品だ。

 クグは歩きながらチラシに目をやる。『最強の殺菌力、激冷え、極サラ。顔も体もこれ1枚。極厚シートでプレミアムな拭きごこち。メンズ用汗拭きシート新発売!』。

 そのほかには、基礎化粧品や、日焼け止めクリームのことが載っている。『オトコの清潔感は日々のスキンケアから』『日焼けはシミのもと。30代からのUV対策』などなど。

 裏返すと女性向けの商品だ。『なれる! マイナス5歳肌』『あなたのお肌は若返る力をもっています』『衰えた肌の代謝を活性化させ、まるでお肌が再生したかのよう』などの文言が踊る。


 ソチャノウォーター研究所というところが手掛けている、『ヌリヌリオカメンコス』というコスメブランドで、オカメインコの横顔がトレードマークだ。

 町でも聞いた研究所だ。最近はメイク男子もいるらしい。おっさんになってきて、少しずつ肌の潤いが減ってきている気がする。クグは乾燥肌用のかゆみ止めクリームを塗ることはあっても、化粧には興味がもてない。


「筋トレついでに化粧でもどうだ?」

 クグはゼタにチラシを見せながら言った。

「プロテインしか興味ないっす」

 ゼタはチラリと見ることもせずに言った。


 公園内の、木のトンネルになっている小道の坂をあがっていく。海を望むカフェテラスが右手側に、左手側には円形のちょっとした広場がある場所に出た。

 広場には、立ち話をしている人や、ベンチに座っているローブをまとった旅人などがいる。

 特徴的な黒い服を着た人がクグの目についた。ブレッシング・スター教団のルナティコだ。普通の服を着た信者らしき2名と何やら準備している。

 見つからないようカフェの陰まで行き様子をうかがう。


「こんなところで何をしているんだ? ヤツがここにいるって知ってたのか?」

「知らないっすよ。偶然っす」

「偵察だけでもしておいたほうがいいか」

「アイツから直接、話を聞くのってメンドイっす」

「いや、偵察機を使って様子を探る」

 勇者関係者だとバレてはいないが、クグは自分たちがいない状態を一度、確認したいと思っていた。


 カフェの裏手に回るとテラス席の下に潜り込む。テラスの下側は木で囲まれているので、どこからも見られない。

 クグはネズミ型偵察機チュータを取り出す。

「俺のズンガリは使わないんすか?」

「ここは人が多いから、デカいハチが飛んでたら目立つだろ」


 クグはチュータを放った。茂みの中を慎重かつ素早く移動させる。木にのぼって枝を伝い、小道の反対側へ渡る。ルナティコたちのすぐ近くの枝に待機させた。木の下からは葉と枝の陰になり見つかることはない場所だ。

 ルナティコの演説する声が聞こえてきた。


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