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第52話 イカの甲羅

 男性について行くと、港の倉庫街へ来た。ガッシリした大きなレンガ造りの倉庫が並んでいる。

 一番奥の倉庫の前まで来ると、男性はおもむろに扉を開けた。

 中へ入るよう促された。慎重に入り口を進むと中は真っ暗だ。すると、後ろでガシャンと音をたてて倉庫の扉が閉まった。

 はめられた! 罠だったか! クグは焦る。裏社会の人か、それとも人間に化けた魔族か。


 クグは剣を抜き構えた。と同時に倉庫の明かりがついた。

 そこに見えたのは大量の木箱だ。倉庫いっぱいに積まれている。


 男性は積まれている木箱に歩み寄ると、木箱の蓋を開き、中から何かを取り出した。

 1本の瓶だ。飲み物の瓶に見える。しかし、中身は飲み物に見えない。瓶に入っている液体はドス黒く淀み、気味の悪い白く丸い物が沈んでいるのが見え隠れしている。

 男性は恍惚の表情で話しだした。


「この美しい黒と白のコントラスト。まるで、漆黒の舞台で美しくワルツを舞っているようだ。まさに芸術と言っても過言ではない」

「そ、それはいいたい何だ」

 世界を混乱に陥れる化学兵器か。それとも、魔族が作った劇薬か。


「この妖艶の黒は、イカスミにガムシロップを混ぜ、水で薄めて炭酸ガスを充填しただけの無添加ピュアな液体」

「ピュアな液体?」

「神秘の白は、新鮮なナマのイカの吸盤を特殊製法でブツブツなツブツブにした物体」

「ブツブツな物体?」

「そう。無添加ピュア炭酸液の中に、この神秘のブツブツをぶち込んだ、贅沢な逸品」

「……つまり?」

「我が社が社運を賭けて発売した渾身の力作、爽やかイカドリンク。その名もイカコーラ!」

「は?」

 クグは言っている意味が理解できなかった。

「社運を賭けたってことは、そうとう厳しい商品企画会議を重ねに重ねたんすか?」

 ゼタは真面目な顔で質問した。

「そんなことは一切しない! フィーリングだ!」

「フィ、フィーリング!」

 ゼタは驚愕の声を上げた。


「イカのブツブツ入り新食感というキャッチーフレーズのもと、この地方限定で発売。しかし消費者からは、『開けた瞬間から異常に生臭い』『のどごしがキモい』『ゲップが強烈にイカ臭い』『イカ臭さが3日間取れない。呪われたかと思った』など大不評。5日で自主回収となり、今や伝説のイカコーラとして語り継がれている。ということです」


 探していたのは、グラディウスでもなければ甲羅でもない。自主回収という不名誉な伝説をつくったイカコーラという飲み物だった。

 そして無理がある。『伝説のイカコーラ』から、伝説のイカがひとり歩きしクラーケンとなり、コーラが甲羅になり軟甲のグラディウスになった。伝言ゲームにもほどがある。クソデマだ。

「く、くだらない……」

 クグは力が抜けて落としそうになった剣を鞘にしまう。戦闘などしていないのにどっと疲れが出た。


「おっと申し遅れました、わたくしはグビグビドリンコ代表取締役社長のショス・タコビッチと申します」

 スマホで名刺を差し出されたクグは、慌ててスマホを取り出し、マチョカリプスの名刺をアプリで交換した。

 名刺を見ると、『代表取締役社長ショス・タコビッチ』の文字が金色に光っている。本社はこの町だ。


「社長さんでございましたか」

「先代の社長が父でして、経営から退き会長になったんです。わたくしが社長となったからには、会社の雰囲気も一新。これまでにない新風を業界に巻き起こすため、新しい商品をバンバン出していこうと社運をかけた第1弾の商品が、このイカコーラです」

 社長の息子が会社をダメにするパターンのやつだ。


「うーんゲロマズーイ! 死人が出るくらいマズイっす、コレ」

 ゼタが空になったイカコーラの瓶をにこやかに持っている。

「人様のものを勝手に飲むんじゃない」

「いっぱいあるし、せっかくなんで。ゲェフッ。ゲップもイカクセーッ」

「社長を目の前にして感想がゲロマズイとは、言うねー。でも正直な人、キライじゃないですよ」

「大事な商品をこき下ろされて『言うねー』とか言っている場合ではないでしょ」

「まあまあ、あなたも飲んでみてください」


 タコビッチ社長にふたを開けたイカコーラの瓶を差し出され、クグは思わず受け取ってしまった。

 クグは手に持っただけで悟った。危険な代物であることを。ゼタもタコビッチ社長も、クグをじっと見つめて飲むのを待っている。飲まないという選択肢を奪われた。

 なぜ受け取ってしまったのだろうか。後悔してももう遅い。こうなったら飲むしかない。公務員魂をみせてやる。クグは左手を腰に当て、瓶に口を当て、瓶の中身を一気に喉へ流し込んだ。

「ぶっはぁぁっっ」


 胃に強烈なボディーブローを食らったような衝撃が走る。史上最悪にマズイ! 飲んでるあいだ終始ナマグサイ! イカ臭さを助長する微妙な甘さが逆にイラつく! 炭酸の爽やかさを打ち消すブツブツなツブツブの喉越しがサイテーだ! 飲み終わったあとのイカ臭い自分の息で気がおかしくなりそうだ。

 そして、今までになったことがない状態異常に陥ったような感じだ。この状態異常に名前をつけるなら『イカ』だ。症状は『味覚と嗅覚からくる精神的なダメージによって、やる気をなくさせる』だ。全身から力が抜けグニャングニャンになって、地面に横たわりたいくらいだ。ついでに下痢しそうだ。

 力が抜けたクグの手から瓶が滑り落ち、床を転がる音が倉庫内にむなしく響く。


 クグは膝に手をつき、肩で息をし、打ちひしがれた。自己免疫力で回復できないヤバさだ。こっそりスコヤカンをかけた。心なしか体が軽くなった。下痢もギリで回避できそうだ。

 こんな危険なブツは世の中に存在していてはいけない。闇に葬り去らなければ。今すぐゼタの筋肉圧縮魔法(マジッスル)で、すべての在庫を消し去らなければならないレベルだ。

 それにしても、ゼタはこんなものを飲んでも平気でいられるとは、どんな胃腸をしているのだろうか。


「これをお求めになって、わざわざ弊社までいらっしゃったのですよね? 記念に木箱1箱分を無料で送りつけときますね。たしかマチョカリプス社でよろしかったですよね。在庫がダブついて処分に困っていたところだったんですよ。追加発注の際には送料は弊社が負担いたしますので、いつでもお待ちしております」


 いまだ打ちひしがれているクグを無視し、タコビッチ社長はイカコーラを送りつけると勝手に決めてしまった。いらないと言っても、無理やり送りつけられるだけだ。へたに断るとさらに増える危険性がある。

 ここ最近まれにみる大ダメージを負い、これ以上無駄な体力を消耗したくないクグは、ここはおとしく1箱だけ送りつけてもらうことにした。

 これが自分のデスクに転送され届くことを考えただけで、今から気が重い。帰ったら課長だけでなく周りのみんなに何と言われるだろうか。


「わーい。やったーっす」

 ゼタよ、こんなものを送ってもらって何がうれしいんだ。クグはタコビッチ社長とゼタを呪いたい気分になった。

「ところでお味はどうでした? わたくしはイケる口なんですが」

「マズい以前の問題で、死ぬかと思いました」

 クグはオブラートに包んで言おうと思ったが、思わず正直に言ってしまった。というか、オブラートに包みようがなかった。

「そうきたかー」

 タコビッチ社長は遠くを見つめるように言った。でもどこか楽しそうだ。


「社員の方々の感想は、どうだったのですか?」

「大不評ですよ」

 クグは思った。平然と言うな。

「そんな大不評なもの、よく社運を賭けて強行発売しましたね」

「社長権限なら何でもできる! 飲料業界に革命が起きると思ったんですけどねー」

 革命ではなくテロだ。イカれているのだろうか、この会社は。

「こんな即時回収商品を大量に出してしまって、会社は潰れないんですか?」


 クグは思わず疑問が口に出てしまった。タコビッチ社長は気分を害するどころか、

「ちゃんと売れ筋商品を出してますよ」

 と言うと、むしろ待ってましたとばかりにブリーフケースからパンフレットを取り出し、自社製品の説明をし始めた。


「まず最初の商品は。柑橘系炭酸水の『スッパソーダ』。甘さ控えめでお風呂上がりにいいと、女子に大人気ですよ」

「柑橘系の酸味に、ほどよい甘さと炭酸がマッチしておいしそーっす」

 ゼタは動画ショッピングのようなノリでリアクションしている。何を見させられているのだろうか、とクグは思った。


「お次の商品は。とりあえず全部のビタミン入れちゃって、さらに乳酸菌を1兆個配合しちゃったエナジードリンク『ビタニュー・ブースト』。ミックスフルーツのフレーバーに、カカオでコクをプラス。オリゴ糖のやさしい甘さ。炭酸ガスの充填量は通常の3倍だ!」

 いろいろ詰め込みすぎて、何味かわからなくなっている。ウマイのかマズイのか想像もつかない。


「ビタニュー・ブーストなら、たまに飲んでるっすよ。筋トレの後にプロテインをこれで流し込むと、フルチャージした気分になるっす。ノドを刺すようなストロングな炭酸がたまらないっすよ」

 ゼタや土木課の人が飲んでいたのをクグは思い出した。思ったより売れ筋商品のようだ。こんな商品が売れて、この世界は大丈夫なのだろうか。

 タコビッチ社長は、ゼタが飲んでいると聞いて満足気だ。さらにたたみかける。


「しかもこの商品、乳酸菌とビタミンがとれるだけじゃないんです。他の効果もあるんです」

「魔力がアップするとか、力がアップするとかですか?」

「全然違います。なんと、この空き瓶で頭を殴ると、睡眠状態を解除することができるんです!」

「スゲーッ。この瓶でもできるんすね!」

「……」

 どんな瓶でも解除できるんだよ。クグは思い出さないようにしていたことを思い出してしまった。森の中での出来事は、ゼタ以外の誰にも見られていないはずだ。あのときのことは瓶に封印して、海の底に沈めたいとクグは心の底から思った。


「さらに、街なかの自販機では、『あったか~い』と『つめた~い』の中間の温度『あっためた~い』を開発しました。飲んだ人の感想は『ぬる~い』です」

 クグは思った。売る前からわかるだろ。


「飲んだことあるっす。ぬる~い炭酸チョーマズイっす。二度と買わないっす」

「事前マーケティングどおり、みなさんそうおっしゃられます。飲料業界に革命が起きると思ったんですけどねー」

 クグは思った。事前マーケティングでわかっているなら、なぜ出した。革命の意味をわかっているのだろうか。

 タコビッチ社長はまだ続ける。


「最後に紹介する商品は。一斗缶に飲み物を入れた一斗缶シリーズ。『おしるこダイナゴン』と『コーンポタージュ・ザ・ゴールド』と『あまざけ・もちの姫』。一斗缶の蓋に、ちょうど具が引っかかるくらいの大きさのプルトップがついておりまして、ちゃんと飲めるようになっております。だけどみんなプルトップ無視してふた全開っ。町内会やお祭りなど、イベントの振る舞い用に大好評。老若男女みんなに親しまれる飲料メーカーです」


 クグは思った。親しまれるも何も、一斗缶のふたにプルトップをつけて、飲み物を入れるセンスがどうかしている。

 しかもプルトップの飲み口に大量の具が引っかかったら、尋常ではないくらいストレスがたまるだろう。みんながふたを全開にするのは当たり前だ。


「こないだうちの町内会の草刈りのあとに、おしるこダイナゴンの振る舞いあったっすよ。ひと汗かいたあとのおしるこダイナゴンはウマかったっす」

 クグは思った。ゼタはちゃんと町内会の行事に参加して、若いのに偉い。ひと汗かいたあとのおしるこはおいしいだろう。ってそういうことではない。


 タコビッチ社長は振る舞いに使われているのを聞いて、さらに満足気だ。腕組みして満面の笑みで何度もうなずいている。

「自販機で『あっためた~い』温度の一斗缶シリーズもお買い求めいただけます」

 クグは思った。温め直すだけだ。ふつうにいらない。それにしても、発想が豊かというよりは迷走している。社員は何も言わないのだろうか。言えないのだろうか。いや、言っても聞かないのだろう。


「わざわざイカコーラを求めて来てくださったし、弊社の商品をご愛飲いただいているということで、イカコーラを送りつけるついでに、ビタニューブーストとおしるこダイナゴンを1箱ずつ無料でお送りしちゃいます!」

「わーい。やったーっす」


 ゼタは右手の拳を突き上げ、勝利のポーズのように喜んでいる。

 クグは思った。「やったー」ではない。余計な物が増えただけだし、課長に怒られそうだし、ブレイズンにも嫌みを言われそうだ。さらに気が重くなった。


「その代わりと言ってはなんですが、御社にてお飲み物がご入り用の際は、今後ともグビグビドリンコをよろしくお願いいたします。あと、イカコーラ追加発注の件もよろしくお願いいたします」


 タコビッチ社長はペコリとお辞儀をした。ゼタはすっかり買収されたようだ。クグはひきつった笑顔で「ははは」と言うのが精一杯だった。

 そんなこんなで、クグはイカコーラの発注の件はうやむやにして、グビグビドリンコの倉庫をあとにした。


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