第51話 グラディウス
庁舎の屋上へ来たクグ。城の裏手にあるので城下町は見えないが、どこまでも続く大陸が見渡せる。気分転換にはもってこいだ。
しかし、目的はそれではない。屋上を見渡すと、背もたれのないベンチに座る見慣れた背中を見つけた。ゼタだ。他には誰も居ない。当たり前だ。皆、仕事中である。
クグは景色をふさぐようにゼタの前に立った。
「こんなところでサボってたのか」
「サボってたんじゃなくて、筋トレっす」
「それをサボるというんだ」
「なんか用っすか?」
「用も何も、仕事の話だ。次の任務について資料を読むとか何もしてないだろ」
「してないっすよ」
「自慢気に言うな」
「これまでと同じで、次の町に行けばいいんじゃないっすか?」
「次から勇者の冒険は、新たな目的が加わることになる」
「なんか変わるんすか?」
「覚えてないのか? エルフの里で伝説の武具について聞いてただろ」
「そういえば、そんなこと言ってたっすね」
あっけらかんと言うゼタ。クグはため息をひとつついてゼタの横に座る。眼の前に広がる昼下がりの景色はのどかだ。
「いい天気だな」
「見晴らしがいいし誰にもジャマされないんで、絶好の筋トレ場所っすよ」
自分もここで1日中ボーッとしていたいとクグは思った。
勇者モモガワはスルースルのイベントを攻略しているころだろうか。イベント攻略が済めば、冒険の疲れを癒やすため、最低1泊はするだろう。そして、情報課の職員がいなくなった町を歩いていれば、サインや握手やスマホの写真撮影に応じることになり、1日はつぶれる。
しかし、観光するものもないので、あまり長居することなく早々に次の町へと向かうことになるだろう。サボっている場合ではない。
「エルフの里からゲイムッスル王のもとへ戻った勇者は、王から伝説の武具が世界のどこかにあると伝えられる」
「もう場所はわかってるんすか?」
「これから私たちが調べるんだ。これまで以上に情報収集が重要になってくる」
「どこにあるのかもわからないのに、調べようがないっすよ」
「大丈夫だ。各地の情勢を調べる国家情報局の情報本部からも、伝説の武具の情報がはいることもある」
「だったら俺たちがやることないっすよね」
「その情報をもとに私たちが真偽を調べ、勇者のイベントとして設定するんだ。これまでとやることは変わらないだろ」
「今までの勇者が使ってたやつって、国が保管してるんじゃないんすか? 使い回せばいいじゃないっすか」
冒険が終わったあとの勇者の道具袋は、物資課が中身を整理する。伝説の武具は、専用の棚に置かれる。
「持ち主がいなくなった伝説の武器は、ある物は忽然と消え、ある物は光の粒となってどこかへ飛んでいく。つまり、厳密には保管されてはいない」
「どうせ同じ場所に戻るんすよね。そこに行けばいいんじゃないっすか」
「私も最初はそう思ったが、そうはいかない。同じ場所には戻らない。しかも、新しい持ち主が現れるまで具現しないと言われている。つまり、入手できる武具は毎回同じ武具にならない。勇者の代ごとに違う伝説の武具が誕生する」
「マジかー」
ゼタは空を見上げて言った。
「焦らなくても大丈夫だ。先代勇者フォールズのときも、実際に入手する段階になったのは冒険が終盤にはいったころだった。勇者がエルフの里がら戻ってすぐに、伝説の武具探しが始まらなくてもいい」
「ちなみに、先代勇者は全部見つけたんすか?」
「いや。世界をひととおり回り、仲間も3人揃い、これから探し始めるという段階だった。企画課としては調査済みだったがな」
「手に入れてないなら、まだありそうっすけど」
「勇者の代ごとに違うと言っただろ。先代勇者は亡くなったんだ。たぶんそこにはもうない」
本来なら先代勇者が魔王を倒し平和な時代が訪れるはずだった。その後、新たな魔王が誕生し、新たな勇者が誕生し冒険できるようになるまでおよそ10年、またはそれ以上かかることもある。その時間の経過とともに、伝説の武具の情報が冒険者や近隣の町でウワサ話として徐々に広まる。
今回は代替わりしてそれほど時間がたっていない。新しい伝説の武具がウワサ話になるのには時間が短いので、情報が出づらいかもしれない。
「いっそのこと、伝説の武具を作っちゃって置いておくとかできないんすかね」
「そんな簡単に作れたら伝説にならないだろ。現に勇者がいて冒険をしているということは、どこかにあるはずだ」
クグはどこかに眠る伝説の武具に思いをはせた。
オフィスに戻ったクグとゼタは、スタボーン課長に呼ばれそのままデスク前へ行く。
「勇者の冒険に新たな目的が加わることは知っているな」
椅子の背もたれにもたれたままスタボーン課長は言った。
「伝説の武具のことっすよね」
「うむ。そうだが、それだけではない」
「まだ何かあるんすか?」
「四大精霊の神殿と、その加護についても伝えられるんだ」
クグはゼタに説明した。
「まだ教えていなかったのか?」
「申し訳ございません。これから資料を見せながら教えようかと思っておりました」
「しかたがない。私から説明しよう」
スタボーン課長はパソコンモニターをどかすと、引き出しから書類を取り出し、クグたちに見えるように広げた。ペーパーレス化に抵抗する数少ない勢力だ。そして説明を始めた。
「伝説の武具の入手に加え、四大精霊の神殿で加護を受けなければならない」
「神殿まで行って、くださーいって言ったらもらえるんすか?」
「子どもがお菓子をもらいに行くのではない」
ゼタの発言に対しても、スタボーン課長は常に真面目だ。
「結晶石のドンナモンドを手に入れることで加護を受けられるんだ」
クグは慌ててフォローをした。
「ドンナモンドってどんなもんなんすか?」
「特定の属性の魔力が、長い年月をかけて凝縮されることによってできる、神秘の石のことだ。勇者がドンナモンドを持っていると、神殿にまつってあるクリスタルを通して、その精霊の加護を受けることができる」
スタボーン課長はページをめくりながら説明を続ける。
「火のドンナモンドを持って火の神殿に行けば、火の精霊の加護を受けることができる。水のドンナモンドなら、水の神殿という感じだな」
「勇者なのに無条件で加護を受けられないって、ケチっすね」
「残念ながら、勇者といえども無条件では無理だ。ドンナモンドが力の証明になるというわけだな」
「じゃあ、俺も手に入れたら加護が受けられるんすか?」
「いや。勇者とその仲間だけだ。そして火の神殿、水の神殿、風の神殿、土の神殿がある。つまりドンナモンドも火、水、風、土の4つあることになる」
「どうやって見つけるんすか? タンクトップを着た精霊さんが筋肉を自慢しながら、こっちですよーって教えてくれるんすか?」
「精霊さんはタンクトップで筋肉を自慢しない。そして精霊さんは教えてくれない」
スタボーン課長は絵に描いたような堅物クソ真面目だ。
「貸与されているスマホにドンナモンド・レーダーがインストールしてあるから大丈夫だ」
クグは慌てて補足した。
勇者部がマプリ開発会社に発注したもので、地図マプリ『テクビゲ』の機能を拡張するものだ。ドンナモンドから発せられる魔力を感知して地図上に表示してくれ、どの属性のドンナモンドかも色でわかる。近くで感知したらスマホのアラームで通知してくれる。
在りかと種類がどんなものか一目でわかるので便利だ。
「ふーん。そんなのが入ってるなんて知らなかったっす」
ゼタは貸与のスマホに『マッスル・ハムちゃん』を入れている。一般的な会社なら、貸与のスマホに個人的な趣味のマプリを入れていたら懲戒ものだ。
しかし、クグたちは特殊な任務のため、普通の冒険者感を出さないといけないときもある。特殊な使い方しかしていないと怪しまれてしまう可能性があるため、むしろウソの趣味でもいいので個人的用途のマプリを入れることが推奨されている。
とはいえゼタの場合は、業務用途より『マッスル・ハムちゃん』をやっている時間のほうが多い。
「精霊の加護は勇者にとって冒険を助ける実用的なものになるだろう。世界のどこかにあるドンナモンドを見つけるのも我々の重要な任務というわけだ」
「そこまでして加護を受けるって、なんかご利益があるんすか? 靴下に穴が開かなくなるとか、頭がハゲなくなるとかっすか?」
「そうそう、左右を逆にしたらまだ履けると言って妻は新しい靴下を買ってくれないし、少ない小遣いで育毛剤代はバカにならないし、そんなご利益なら私が受けたいぐらいだ。しかし、そういう意味の実用的ではない」
クソ真面目課長のノリツッコミなのだろうか、それとも、ただのグチなのだろうか。
「その属性の攻撃力や防御力などのステータス上昇か、特別な技を覚えるか、どちらかみたいだ。先代勇者のときはステータス上昇だった」
クグは慌てて説明した。
「というわけで、これまでより気をつけて探索するように。ダンジョンなどはとくに注意を怠らないように。以上だ」
「わかりました」
「うぃーっす」
無事にスタボーン課長から解放された。何とか課長の機嫌が悪くならないようにでき、クグはほっと胸をなで下ろしながら自分のデスクへ戻った。
「ってか、ムリじゃないっすか?」
デスクに戻ったゼタは開口一番グチった。
「何がだ?」
「伝説の武具の情報が増えただけでも大変じゃないっすか」
「そうだな」
「それに加えてドンナモンドの情報も集めないといけなじゃないっすか」
「そうだが。それが何か?」
「そんなに一気に仕事が増えたら、手が回らないっすよ」
クグも初めての任務のとき、スタボーン課長とパシュトに言われ無理だと思った。
「一度に全部見つからないから大丈夫だ。仮に一度に複数見つかっても、こちらがイベント案として処理した順が、勇者がクリアしていく順番になる。何も問題はない」
「そんな簡単に動いてくれるっすかね」
「同じ危険を冒すなら、何もないところより、何かがあるとわかっているところへ行くのが人間の常だ」
イベント設定がないところへ行っても何もやることがないから、ただ観光をするだけになる。
1日かけて事務処理も終わり、勇者のスルースル攻略の動画報告書も見終えた。クグは少し物思いにふける。
冒険とは直接関係のない弁当のシーンと、ヒョウタンボクのシーン、さらにはリヤカーを引く勇者も初めて見る姿だが、既視感をぬぐえなかった。
そして、勇者たちにウェーイなノリでからまれるカナリーを少しふびんに思った。
スライムパークの案は想定外だったが、勇者モモガワらしい良い案だった。
なぜ肝心なところは想定したしたとおりに動かないのに、どうでもいいところで同じ行動をとるのだろうか。クグはモヤモヤとしたものを感じたが、深く考えないことにした。勇者として問題解決はできているのだから。
明くる日。
クグとゼタは、メルシから次の町へ向かう準備をすすめる。すると、ブレイズンが10インチタブレットを片手にやって来た。ペーパーレス化を急進させたい勢力だ。
「国王様から伝説の武具の情報が入りました」
ブレイズンは前置きもなくいきなり本題に入った。
「国王が自分で伝説の武具の情報を探し歩いてるんすか?」
「そんな訳ないでしょ。国家情報局情報本部からの情報です。ゼタリオ君はそんなことも知らないのですか」
ブレイズンはすぐヒステリック気味になる。
「情報本部が調べたものは、ウワサ話のレベルから真実まで虚実混ざっているんだ。その情報がまずは王へ報告される。勇者審議会で内容を精査し、通過したものだけがうちの課にまわってくるんだ」
クグはヒステリックな声を聞き流して説明した。
「つまり、この情報が本当かどうか調べ、本当の情報であれば今までどおりダンジョンやボス、入手条件など、勇者が攻略するために必要な情報を集めるのが君たちの仕事です」
「ということは、メルシから先へ進むイベントは後回しか」
想定よりも早い発見に、クグは頭の中で今後の予定を書き換えながら、自分に確認するように言った。
「もちろんです。こちらが優先に決まっています」
伝えられた内容は、『クラーケンのグラディウス』というもの。
イカの軟甲はその形からグラディウスと言われている。形が似ているだけなので、普通のイカの軟甲ではもちろん剣のグラディウスになどならない。
しかし、クラーケン級のモンスターともなれば、硬度・弾性に加え特殊な属性効果もあるかもしれない。武器にすることができれば、伝説級のグラディウスになるのではないか。大きさも立派なロングソードくらいのものができるだろう。
「ちょっと嘘くさい感じもするっすね」
「それは私も少し思った」
「曲がりなりにも勇者審議会で精査したのですよ。変ないちゃもんをつけないでください。君たちは言われたとおりにやればいいんです」
ブレイズンは眼鏡の位置を直しながら上から目線で言うと、自分のデスクへと戻って行った。
情報源の町はシオサインだ。準備を整えると、予定を変更しテポトで直行した。
シオサインの町はシュトジャネから南へ行ったところにある、海岸沿いの町だ。勇者モモガワの冒険の最初のころに来たことがある。
町の様子は以前と変わりない。いたって普通の海辺の漁師町だ。町の近くに建つ鉄塔は、最初に来たときは建設中だったのか? それとももう建っていたのか? 当時はまだ鉄塔を意識してなかったので思い出せない。そんなことより、伝説の武具だ。
「やっぱ怪しいっすよ。デマなんじゃないっすか」
「デマならデマだとわかればいいんだ」
「もうデマでしたってことで、テキトーに終わらしちゃうってのはどーっすか」
「そうもいかない。万が一本当だったら、勇者の重要な装備を見落とすことになる。デマだろうが本当だろうがやるだけやるぞ。まずは、クラーケンの情報収集からだ」
まずは、ベテランの漁師さんに聞いてまわった。
「グラディウスどころか、クラーケンの情報も出てこないぞ」
「そうっすね」
「やる気あるのか?」
「そうっすね」
「やる気ないだろ」
「そうっすね」
ゼタは相変わらず情報収集の仕事にやる気を見せず、壊れたボイスレコーダーのようだ。デマで終わらせようとしているのがあからさまだ。
「漁師さんが言うことはだいたい同じだな。『ダイオウイカという大きいイカなら、数年に一度、網にかかって町中のニュースになるけど、クラーケンなんてバケモンは知らん』という内容の答えばかりだ」
「実際、聞き込みしたらこんなもんすよ。都合良く攻略情報なんか誰も教えてくれないっすよ」
どこかで聞いたことあるセリフだ。
「文句を言うんだったら、自分で聞き込みをしろ」
「えーっ。じゃあ、あそこでいいや」
ゼタは楽器店に入って行った。クグもあとに続いて入る。
「イカな感じの伝説の武器って知らないっすか?」
ゼタは20代くらいのエプロンをつけたアルバイト店員らしき男性へ唐突に聞いた。
「イカ伝説? よくわかんないんで、店長呼んできますね」
男性店員が店の奥へ行くと、店の奥から40代くらいの男性が出てきた。店長だろう。同じエプロンをつけている。店長の手には一対のマラカスが握られている。
「イカ伝説といえばこれ! 当店の超オススメレア商品!」
店長はマラカスの説明をしだした。
百年前の伝説のマラカス職人テルゾウ・シュルメイカルが作った逸品。今はこの1つしか現存していない、もはや伝説のマラカスとなっている。その名も『イカカス』。
当時、魅力的・しゃれている・イケてるという意味で使われた流行語『イカす』。イカすマラカス、略してイカカスだ。
同時代を生き、魔性の歌声といわれた伝説の女性歌手、ウタコ・ルンバンバがこのマラカスを愛用したと伝わる。
当時『そのマラカスの音色と歌声を聴いた者は、必ず魅了され踊りだす』とウワサされた。
ひととおり説明を聞いた後、お礼を言って店を出た。
「まったく関係なかったっす」
「イカ伝説違いだったな」
聞き込みを続ける。たまたま近くを通った買い物カゴを持ったおばさんに声をかけた。
「クラーケンという伝説級のイカ型モンスターを知らないでしょうか」
「さあ、知らないわ」
「イカの軟甲は形からグラディウスと言うんですけど、伝説級のモンスターなら軟甲も伝説級のはずなんです。グラディウスに聞き覚えはないですか?」
「魚介類は知り合いの漁師さんがさばいてくれるから、自分でさばかないのよ。よくわかんないわ。でも、ナンコウじゃないのなら思い当たるのはあるけど」
「どんな些細なことでもいいので教えてください」
「ナンコウじゃなくて、なんだっけ、アレ。そう、コウラじゃなかったかしら?」
「コウラですか?」
「これ以上はよく知らないわ。そういうのは若い人に聞いてみたらどう?」
買い物中なのか、おばさんは忙しそうに去って行った。
軟甲ではなく甲羅。この情報が本当だとすると、イカの種類が違うようだ。
「イカには、ヤリイカなどの軟甲をもったタイプと、コウイカなどの甲をもったタイプがいる。グラディウスだから軟甲をもったタイプだと思っていたが、クラーケンは甲をもったコウイカタイプということになる」
「ということは、どういうことっすか?」
「形状や硬さが違うのでグラディウスではなくなってしまうな。剣というより盾になるぞ」
「伝説級なら盾でもいいんじゃないっすか」
「そう言ってしまえばそうだが……。両方の線で調べていこう」
「なんか、ちょっとおもしろくなってきたっす」
ゼタが聞き込みにやりがいを感じるなんて、めったにないことだ。仕事の姿勢としては良い方向にいっている。
しかし、情報としては複雑になってきている。甲羅だとなぜ若い人のほうが詳しいのだろうか。伝説になるようなものなので年配の人のほうが詳しいと思ったが、そうではないようだ。
近くを通った男性2人組の若者に、ゼタが声をかける。
「伝説級のイカの甲羅って知らないっすか?」
「とんでもない代物だった。たしかにアレはある意味、伝説だったな」
「アレには二度と関わりたくない。思い出したくない伝説だ」
2人は笑いながら言うと、去っていった。
何のことを言っているのだろうか。すでに見たことがあるような言い方だ。
「やっぱり嘘くさい感じもしてきたっすね」
「しかし、ちゃんと伝説感はあるんだよな。もう少し調べてみるか」
続いて、若い男女2人組に聞いてみた。
「イカ伝説って知らないっすか?」
「イカって環歯とか足とかが再生するって聞いたことあるな」
「よくわかんないけど、お肌の再生ならあそこのお店。ヌリヌリオカメンコスっていうコスメブランドのアンテナショップなんだけど。その会社の社長さんは白い魔女と呼ばれてて、結構なお年らしいんだけど、とっても美肌なんだって」
「たしかあの会社って、化学実験をしてるって聞いたことがあるな。ソチャノウォーター研究所って名前だったっけ。この町から北東へ行ったところにあるよ」
「化粧品の研究でもしてるのかしらね?」
「ヤバい生命体を作ってるとか、ウワサで聞いたことある」
「えーヤダー。変な研究でできた化粧品だったらどうしよー。愛用してるのにー」
2人はそんなことを言って去っていった。
「化粧品は関係なさそうっすね」
「そうだな。しかし、再生能力という点でいえば、クラーケンも驚異的な再生能力があるかもしれない。これがもし盾や鎧になれば、自己修復機能がある伝説級の防具になるぞ。クラーケンの足なら強力なムチにもなりそうだな」
「武器だか鎧だかわからなくなってきたっす」
さらに聞き込みを続ける。冒険者風の男性だ。
「おれはハマったぜ。超短期間で自主回収なんて惜しい商品だったぜ」
「商品ですか?」
「再販されたら、箱買いしてもいいぜ」
そう言うと忙しそうに去っていった。
伝説級の物が過去に売られていたというのだろか。しかも自主回収されている。
箱買いとは、同じものをいくつも買うということなのか。それとも、武具一式セットという意味だろうか。
「なんか、どんどん意味がわからなくなってきたっす」
「深みにはまり込んだ感じだな」
「こうなったら破れかぶれっす」
ゼタが手当り次第、いろんな人に聞きだした。武具とか関係なさそうな、町を歩くビジネスマンにも声をかける。
ゼタに声をかけられた男性が、いぶかしむように立ち止まった。
ブリーフケースを持ち三つ揃えのスーツを着ている。痩せ型でキツネ目。年齢は40代後半くらいから50歳前半あたりだろうか。
「イカのコウラについて知りたいと本気で思っているのですか?」
抑揚のない声で男性は言った。
「そうっすっけど」
「それは冷やかしですか? それとも、本気で言ってらっしゃるのでしょうか?」
「本気っすよ」
「イカのコウラについてこれ以上関わると、後戻りできないですよ。後悔しても知らないですよ。むしろ後悔させない自信はありますが」
何かやましいことでもあるのだろうか。後戻りもなにも、伝説のモンスターのクラーケンを探しているのだから、危険があることなどクグは想定済みだ。
見かけの装備はショボいが、これでも勇者のイベントをつくる任務を担っている。脅しなんて卑劣な手は通用しない。
「後悔とか言われましても、私たちも調べるよう上司に言われてきておりますので」
クグは男性に怪しさを感じたが、一応失礼がないよう丁寧に答えた。
「どうやら覚悟はできているようですね。ならばついて来なさい」
男性はそう言うと踵を返し歩きだした。ゼタは男性の怪しい雰囲気を感じとったのか、興味津々でホイホイとついて行く。
スーツの男性がクラーケンについて知っているなんて怪しいが、このままでは進展がないので、ついて行ってみることにした。
この人の出身地の訛りだろうか、甲羅のイントネーションが違うことに、クグは少し違和感を抱いた。




