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第49話 神秘の泉のほとりにて

 クグが振り返ると、ゼタがデカイカーワ天然水の空き瓶にウォーターサーバーの水を入れて飲んでいる。

「プハーッ。ちょうどいい冷たさでウマイッっす。デカイカーワ天然水は高いくせにただの水だからゼンゼン回復しないけど、こっちの水は無料で全回復してサイコーっす」

 軽くデカイカーワ天然水をディスっている。


 クグも飲むことにした。しかし、ここにはコップもなにも置いていない。デカイカーワ天然水の空き瓶は、森を抜ける際に使用してしまった。手で受けて飲んだら、せっかくのウォーターサーバーの意味がない。

 何かないかと道具袋をまさぐると、プーションの空き瓶があるのを思い出した。スルースルの町で、おじいさんにあげて返されたものだ。1本だけ実家の道具屋に送り返すのも面倒だったので、洗って入れっぱなしにしたままだった。


 クグも泉の水を飲んだ。ほどよい冷たさと回復効果で気分爽快リフレッシュ。

 ゼタの言うとおり、デカイカーワ天然水どころかプーションと違い、体力だけではなく魔力も状態異常も回復し、しかも無料。超お得な水だ。

 プーションなんかより、これを売ったほうが儲かりそうだ。そんなことをしたらエルフの方に怒られるし、そもそもペーパーカンパニーで売上が出ると面倒なので、クグは売る気など毛頭ない。


 せっかくの良い場所なので、ここで報告書を作成することにした。

 まずは迷いの森の正解ルートだ。

「偵察機でわかるんだったら、勇者たちも同じように調べて進めるんじゃないっすか?」

 ゼタにしては鋭い質問だ。

「英才教育を受けた先代勇者に比べると、今の勇者はチャラいというか、ちょっと脳筋っぽいというか。力技で進む傾向が強いから偵察機は使いこなせそうにないな」

「そう言われるとそうっすよね」

 ゼタは簡単に納得した。脳筋のゼタから偵察機が使えない脳筋だと思われているとは、勇者たちも知る由もない。


「それ以前に、偵察機を使わせるよりも情報として提供した方が、限られた情報を駆使して攻略することになり、より冒険してる感が出るだろ」

「それはあるっすね。じゃあ、どうやって教えるんすか。そのまま教えるのが手っ取り早いっすけど」


「いくつか候補がある。間違ったら戻されるという情報だけ与え、自力で解かせるパターン。迷路のときのように、花など目印になるものをさり気なく置いておくパターン。それから、近くの町でなんらかの言い伝えというかたちで教える。という感じだな」

「正解のルートに矢印の看板立てておくってのはどうっすか?」

「却下。メルシの町で、代々わらべ歌的な感じで伝わっていることにして、情報課のお年寄り役の人にでも語ってもらうといいだろう。細かい内容は、事務担当か情報課のほうで考えるだろ」

 台の番号で正解ルートかどうかわかるので、別途に目印を用意する必要はない。


「最後のインターホン見つけるのメンドイっすよね。インターホンのところだけツタをむしっておけばいいっすね」

「それだとあからさますぎるな。任意の間隔で光らせられる石が魔道具にあるので、それを使えばいいだろう。物資課にインターホンのある場所に設置してもらって、5秒間隔くらいで光らせれば見つけやすいだろ」

「気づくっすかね」

「4人もいれば誰か気づくだろ」

 これくらいは気づいてもらわないと困る。


 ボスについて。データはまだないが、トレントのヨサクさんだということはわかっている。

「火属性でタコ殴りにしないと、倒すの難しそうっすね」

「武道家には九節鞭の技で火炎車というのがあるみたいだ。魔法使いには火の魔法がある。戦士は斧を装備してアラブルンで狂戦士化すればいい。なんとかなりそうだな」

「勇者は?」

「勇者は……回復要員でいいんじゃないか。あとは味方の素早さとか攻撃力とかをアップさせる役まわりだな」

「勇者のクセに地味っすね。アイテムの火薬玉を大量に投げつけるってのはどうっすか?」

「回復に余裕があるならその手もあるな。森の中に配置する宝箱では、火薬玉を入れられる数が限られる。情報課の人に行商人の屋台でもやってもらい、火薬玉を取り扱ってもらうのが無難だろう」


 次は情報課用の人員だ。

 メルシの町では、エルフの森について言う役。エルフが魔王攻略の情報を持っているらしいと言う役。その他、エルフに関する情報を言う役。

 慣例であまり変わらない人員だ。

 今回は、迷いの森の攻略情報をそれとなく教える役を追加だ。

 エルフの里も毎回の慣例で、人馴れしていないエルフを補うため、いつもどおりの人員を配置してもらえれば大丈夫だろう。

「情報課にエルフっているんすか?」

「特殊メイクでエルフっぽく見せると聞いたことがある」

「そこまでして情報課の人を配置するんすね」

「女王も言ってただろ。あまり人馴れしていないエルフが勇者に何回も同じことを聞かれたり、勝手にタンスとかツボとかあさられたりしたら、たぶんブチ切れるぞ」

「たしかにそうっすね。俺も勇者が勝手に家に上がり込んできてからまれた挙げ句、タンスをあさられたら、問答無用でメイスでぶん殴る自信があるっす」

「だろ? どんな些細なことでも、常に万全を期す。これが勇者部の仕事だ」


 次は神秘の水がウォーターサーバー式になった件。

 チューリッツの町でデカイカーワ天然水を買えば、空き瓶に回復の水を入れて、お持ち帰りが可能になる。無料だ。でもあんまり大量にお持ち帰りすると、白い目で見られる可能性もある。

「まだチューリッツの人員が間に合うなら、空き瓶に関する情報の人員を追加で補充してもらうといいかもな」

「デカイカーワ天然水を買い占めて、空き瓶を勇者に押し売りするんすか?」

「全然違う。辻の駅にいる旅の商人か冒険者の役で、『空き瓶があると他にもいろいろと入れられるぞ』みたいな感じで伝えることになるだろうな」


 その他、ダンジョンデータや出現ザコモンスターの一覧を添付する。全部の情報が入力されていることを確認し、送信完了した。

 帰るため出入り口の門へ向かう。


「それにしても、迷いの森の攻略って普通のダンジョンと違って面倒だったっすね。でも次からエルフの里にはテポトで行き来できるっすね」

「いや無理だぞ」

「なんでっすか?」

「迷いの森はテポトで越えられない仕様だ。来られるのはメルシの町までだ。そこから先は毎回自力突破だ。帰るのも同じ。もちろんこれから歩いて森を出る」

「マジっすか。だるっ」

「正解ルートがわかっているとはいえ、シャシャキさんは別料金を取らずに自力突破する、恐ろしいくらいプロフェッショナルなお方だ。少しは見習え」

「よーし、シャシャキさんを見習って、筋トレとゴゴゴフの育成を頑張るっす」

「頑張るのはそっちではない」


 里から出たクグたちは、木の台の『ギブアップ』ボタンをさっさと押してスタート地点まで戻る。残りの道は戦うのが面倒なので、モンスターをガン無視して駆け抜けた。

 森を出ると日がだいぶ傾いてきていた。そのままテポトでオフィスまで戻った。



「ただいま戻りましたー」

 と言いながらクグがオフィスに入ると、課内のみんなが「お帰りなさーい」と声をかけてくれた。スタボーン課長のデスクへ行き、戻ったことを報告する。


「エルフの里の調査、修了しました」

「うむ。ご苦労。エルフの里の様子はどうだった」

「迷いの森の仕掛けが変わっている以外は、ほぼ変わりありませんでした」

「神秘の泉がウォーターサーバーになってて、めっちゃ休憩しやすい場所になってたっす」

「どやらそのようだな。いま報告書に軽く目を通したばかりだ」

「森の仕掛けのヒントの伝え方や、空き屋の修繕など、事前準備が少し大変だと思われます」

「勇者がチューリッツでしばらく遊んでくれれば、余裕なんじゃないすか」

「ゼタ君、勇者の冒険が遅れることを期待していては、この仕事は務まらないぞ」

「はいーっす」

 スタボーン課長はゼタの軽い返事など気にせず続ける。


「我々勇者部は、勇者の冒険の進捗が早かろうが遅かろうが、常に最善を尽くすのみだ。国家公務員法・第3章第7節『服務』にあるとおり――」

「課長、いまよろしいでしょうか」

 クグの横から事務職員のキャサリンが課長に書類を差し出した。

「いま、ちょっと取り込み中なんだが」

「勇者の冒険の進捗を見据え、常に最善を尽くすべきですよね!」

 キャサリンはスタボーン課長の顔に押しつけそうな勢いで、書類を差し出した。

「は、はい。そうです」

 キャサリンの押しの強さに負けたスタボーン課長は、書類を受け取った。キャサリンはスタボーン課長に書類の説明を始めた。

 ゼタのせいでスタボーン課長の長ったらしい話を聞かされるハメになりそうだったが、回避できてクグは胸をなで下ろした。



「クグツィル君、ゼタリオ君。ちょっと話が」

 クグがデスクで仕事をしていると、横からねちっこい声が聞こえた。見ると、ブレイズンがすぐ近くに立っている。

「何か用ですか?」

「君たちがチューリッツで中途半端な仕事をしたから、ボクにしわ寄せがきたじゃありませんか」

「どういったことでしょうか?」

 クグは面倒だと思ったが、態度に出ないよう聞き返した。


「どうもこうもないですよ。魔族と打ち合わせなんて前代未聞。なんで課長補佐のボクがそんなことをしなければいけないのか」

「そうですか」

「それだけじゃありません。エルフの里のボスとの打ち合わせも、ボクがやるはめになりそうなんですよ」

「そうですか」

「子どもが好きだから教育省を志望したのに。教育省がダメでも、国土省とか商務省などに入れると思っていたのに。なんでこんな訳のわからない部署でこんな仕事をしなければいけないのか」


 志望した省庁などクグの知ったことではない。みんな忙しい。課長補佐なのだから、それくらいの仕事はやって当たり前だ。

 クグの方が、なぜブレイズンの相手などという面倒なことをしなければならないのかと思った。こんなことで時間を無駄にしたくない。適当にあしらって早く仕事に専念したい。


「有能な課長補佐だからこそ、任された仕事だと思いますが」

「え?」

「課長補佐がいないとこの仕事はまわらないですよ。課長補佐がいてこその企画課ですよ」

「やっぱりそう思う? ボクみたいな優秀な人材がいないといけないですよね。これからもしっかり仕事を頼むよクグツィル君」


 ブレイズンは機嫌よく自分の席へと戻って行った。歯が浮くようなお世辞を言ってすむのであれば、クグにとってはチョロいものだ。

 しかし、副作用として胸のあたりが気持ち悪くなった。せっかく神秘の泉で気分爽快リフレッシュできたのが台無しだ。

 クグは、今日の夕ご飯は脂っこいものを控えることにした。胃もたれを翌日に繰り越すと、仕事のパフォーマンスが落ちる。おっさんになってくると、体の内側から体調管理に気をつけなければならない。神秘の泉の水を胃薬代わりに飲みたいと思った。


 明日から地味な事務仕事だ。イイミズドットデルのシャシャキさんも、ふだんの事務仕事があっての出張メンテだ。この点を突いて、ゼタにもゴリゴリ事務仕事をこなしてもらう作戦をクグは計画した。

 ゼタはそんなことも知らず、のんきにスマホを見ている。どうせ、マッスル・ハムちゃんの100連ガチャでもやっているのだろう。


「勇者モモガワのダサ動画がSNSにアップされてるっすよ」

 ゲームをせず仕事をしているとは、ゼタにしては関心だとクグは思った。勇者のSNSで冒険の動向をチェックするのも大事な仕事のひとつだ。

 クグも見てみる。ヘビのきぐるみを着た勇者が、顔面から転んでもがいている。こんなにきれいにビターンと転ぶ人も珍しい。

 勇者よ、お前たちはいったい何をしているのだ。全然思ったとおりの冒険をしていない。クグは自分の仕事に少し疑問を抱いた。


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