第48話 プロフェッショナル
「エルフの里名物『神秘の泉』のことだ。ひとくち飲めば体力・魔力・状態異常が全回復する魔法の泉だぞ。ボス戦のあとにそのままというのも酷だろ」
「スゲーッす! 飲みまくりっす」
「欲張って飲んでも効果は同じだ。というわけで、今回も勇者たちに無料で利用させていただくことはできますでしょうか?」
「もちろん大丈夫ですわ。ご自由にお使いになって結構ですわ。あなた方もご自由に使っていただいても構いませんのよ」
「ご言葉に甘えて、この後、頂戴いたします」
クグたちも森を抜けてきて消耗しているので、ありがたい配慮だ。
「そうそう。古くなったあずまやを新しく小屋に建て替えて、最新の浄水型ウォーターサーバーを導入しましたの。池から直接すくって飲むのは面倒ですし、衛生的に不安があると皆から意見が出まして」
「便利になってなによりです」
「浄水フィルターを通すので安心安全。冷水も温水も出ますのよ。少しでしたらお持ち帰りしても結構ですわよ」
「ありがとうございます」
「浄水しちゃって回復効果は落ちないんすか?」
「落ちるどころか、むしろ純度がアップして効果バツグンよ」
「ヤベェじゃん。じゃあ、本体のメンテって面倒なんすか?」
「日常のお手入れは、機械オンチのセバちゃんでもできるレベルですわ」
「そんじゃあ、設置するのって結構お値段がかかったんじゃないすか? ぶっちゃけおいくら万モスルだったんすか?」
「なんと! 初期設置費用無料キャンペーン中だったから、出張料から取り付けまで全部無料よ。む・りょ・うっ!」
「無料キャンペーンキターー! 全部無料って恐ろしい会社っす」
「ありがたい会社よねー、こんなところまで無料で取り付けにきてくれたんですもの。あ、パンフレット見たい?」
「見るっす見るっす」
「セバちゃんっ」
ミツコ女王は片手を小さく上げて合図する。
老執事のセバちゃんがウォーターサーバー会社のパンフレットを手にやって来た。カラー両面刷りされたA3サイズの光沢紙で、長辺2つ折りにした立派なパンフレットだ。
クグは受け取ったパンフレットを開く。
『原因不明の体の不調はお水かも。きれいな水から健康づくりをお手伝い。
誠心誠意、真心を込めて、あなたのお宅へお水と幸せを運びます。
ウォーターサーバーのことなら、イイミズドットデルにおまかせあれ』
シンプルなゴシック体フォントだが目立つ場所にあり、さりげなくもしっかりと主張している。
その他には、フィルターの性能について、床置き型や卓上型などウォーターサーバーの種類、ステキデザイン賞受賞などが載っている。
「サーバーレンタル料金、お高そうっす」
「レンタル料金は月々3980モスルなのよ」
「意外にお安いっすね。じゃあオプションとか交換品がめっちゃ高いとかっすか?」
「そんなことないわ。6か月毎の交換用浄水フィルターの定期配送もレンタル料金にコミコミよ。さらに年1回の定期メンテナンスもコミコミで、担当のシャシャキさんが来てくれますの」
「コミコミかーっ。イイミズドットデル、なかなかやるっすねー」
「私からも1つ質問が。もしかして、毎回、迷いの森を抜けて来られるのですか?」
「ええそうよ。自力で突破してくるプロフェッショナルなお方よ」
作業着を着たウォーターサーバー会社のおっさんが、メンテナンス道具をリュックに背負って、モンスターを倒しながら迷いの森を抜け、爽やかに「ちわーっす。ウォーターサーバーのメンテに来ましたー」とか言いながら、エルフの里に入ってくるのをクグは想像した。
どう考えてもおかしい。自力で突破ってなんのプロだよ。特別料金取れよ、採算合わんだろ。
「今の勇者になるまでは迷路を攻略してたってことっすよね。フツーに死ねるっす」
「迷路だと、直線距離と比べて移動距離が3倍なんですのよ。2年前にウォーターサーバーを導入したのですけど、メンテナンスに来るのが大変かと思いまして、今の分岐方式に変更したのです」
勇者が変わったからではなく、イイミズドットデルのシャシャキさんのために変更したとは、クグは思ってもみなかった。というか、知りたくなかった。
「事前に分岐の正解ルートを教えてもらってれば、ラクショーっすね」
「変更して最初のときは、攻略法を教えるのを忘れていましたの。しらみつぶしに正解ルートを調べたって笑顔で言ってらしたわ」
プロはプロでも、ダンジョン攻略のプロだ。ある意味、ゼタに見習ってほしいとクグは心底思った。
さっきからいったいなんの話をしているのだろうか。どうもゼタがいると話が脱線する。クグは脱線ついでに、気になることについて情報収集をしておこうと思った。
「ひとつ伺ってもよろしいでしょうか。最近、世界中のあちこちに鉄塔が建ってきているのですが、女王様は何か心当たりはございませんでしょうか」
「鉄塔? さあSNS映えしか興味ないから、鉄塔なんて知らないわ。セバちゃんなら何か知ってるかしら。ちょっとー、セバちゃんっ」
ミツコ女王に呼ばれた老執事のセバちゃんに、クグはあらためて鉄塔について聞き直した。セバちゃんは顎に手を当て少し考える。
「鉄塔ですか。森の入り口にも鉄塔が建っているようですね」
「はい、それは私も確認しました、さすがに森の中にまでは建っていないようですが。いつごろできたかわかりますか?」
「たしか、先代の勇者が辞めて以降だったかと。今の勇者が決まった公開勇者審議会の後だったような。いや、前だったような」
セバちゃんは腕組みをして思い出そうとしてくれている。
「やはり、そのころですか。私が認識し始めた時期と同じですね。誰が何の目的で建てたのか知っていますか?」
「聞いたこともありません。国が何かの政策でやっているのではないのでしょうか」
「それが、国が主導なのかどうかがよくわからないんです。オトナリナ国だけでなく、ゲイムッスル国でも鉄塔が建っておりまして。どうやら国が独自にやっている政策ではなさそうなのです」
「そうですか。私どもエルフのほうには、どこからも鉄塔についての話はきておりませんので、私どもにはわかりません。お力になれず申し訳ありません」
「いえ、とんでもないです。貴重な情報ありがとうございます」
国をまたいだ共同の事業なら、エルフの女王にも話がいっていると思ったが検討が外れた。ということは、独自に同じことをしているのだろうか? それとも、共同事業だがエルフには知らせるほどのことではないということなのか?
目的がわからないからどうにも考えようがない。とはいえ、勇者のイベントとは関係ないので、そこまで気にしなくてもいいことではある。
エルフの女王との話を終え、屋敷をあとにした。
まずは、里の西にある空き家の下見へ行く。
民家が並んでいる区画から少し離れたところに、小さめの木造平屋がポツンと建っている。あまり手入れされていないようで、壁にツタが生い茂り、家の周りの雑草は膝あたりまで伸びている。
家の周りをぐるりと1周して外観をチェックする。屋根が落ちたり、壁が剥がれ落ちたりしているところはない。
窓には木の板が釘で打ち付けてあり、中の様子を見ることはできない。
「草ボーボーだし、家もボロいっすね」
「そうだな。しかし思ってたよりひどくないから、修繕すればまだ使えるな」
ドアノブに手をかけると、すんなりと開いた。カギはかかっていないようだ。
家の中へと入る。窓が板でふさがれているので、開けたドアからの日差しだけでは中の様子がよく見えない。クグはエーリーデーをかけた。
「なーんもないっすね」
ゼタの言うとおり、家具も流し台も何もない。天井には蜘蛛の巣が張っており、壁は薄汚れ、床はホコリを被っている。
奥に床のない場所がある。近づいてみると、地下室へと降りる階段があった。降りてみる。上の階と同じ広さで、同様に何もない。中にいてもホコリっぽいだけなので外へ出た。
「空き家というより、空き倉庫という感じだな」
「部屋のど真ん中にムーンブレイドが入った宝箱を置いとけばいいっすね」
「それではレア感がないだろ。こういうのはどうだ、動かせない木箱で通路を作り、押して動かせる樽を置く。パズルを解くように樽を動かして宝箱をゲットさせるんだ」
「勇者って樽を飛び越えたりしないんすか?」
「大丈夫だ。勇者は通路に動かせる樽があると、飛び越えたり壊したりせずに、パズルを解く習性がある」
「難儀な習性っすね」
「しかも樽は引いたり、転がしたりしない。ひたすら押すだけだ」
「半分アホなんすかね」
ゼタにアホ呼ばわりされているとは、勇者も思うまい。
「地下はどうするんすか?」
「地下への階段は板で閉じてしまおう」
「なかったことにするんすか?」
「いや。スイッチが押されたら開くようにするんだ」
「樽が邪魔なんで、物を投げてスイッチが押せれば開くってことっすね」
「そうではない。床にあるスイッチを踏んでいる間だけ開くようにするんだ」
「メンドイっすね」
「それでいいんだ。パズルを解いて樽をスイッチの上に持ってくれば、地下へ降りることができる」
「仲間の誰かがスイッチを踏んで、残りが進むとかはしないんすかね」
「その問題も大丈夫だ。勇者は仲間がいようがいまいが、自力でパズルを解く習性のほうが勝る」
「アホなんじゃなくて、パズルに取り憑かれてるんすね」
そう表現されると、勇者というのは悲しい性をもった人だ。
例外でパーティが分かれるときといえば、二手に分かれなければ仕掛けを解除できないダンジョンくらいだ。それ以外は、基本的にパーティが分かれて行動することはない。
「見事パズルを解き地下へ降りることができれば、ムーンブレイドを入手できる。これでレア感が出るだろ」
「樽は押すだけで引けないってことは、間違ったら二度と取れないっすね」
「その点も大丈夫だ。『パズル部屋構築装置』というものがある。これを使えば、部屋から出たら一瞬で最初の配置に戻る」
「なんかめっちゃ便利そうっす」
「課長から聞いただけで実物を見たことはないが、物資課にある装置らしい。初期設定で樽の配置と、部屋を出たら初期配置に戻るか現状維持か、クリアしたら元に戻らないなど各種設定さえすれば、あとは人感センサーで作動するらしい」
「それなら何度もチャレンジできるし、オモシロそうっすね」
「自分で言うのも何だが、いいアイデアだろ」
これはクグのオリジナルのアイデアではない。先代勇者の支援のときに、別の町でパシュトが使ったアイデアだ。たぶん、パシュトも課長とコンビを組んでいるときに覚えたのだろう。その前も同様に。こうやって支援テクニックやアイデアの継承がされている。
ゼタもこういったことから仕事を見習ってほしいものだ。シャシャキさんのようにプロフェッショナルとして。
シャシャキさんとゼタを交代できたら任務が楽になるかもしれない、とクグの頭を一瞬よぎった。
「でも俺なら、ジャマな樽はメイスでぶっ壊すんで、パズルの意味ないっすけどね」
「だろうな」
いっときの空想がかき消されるとともに、つくづくゼタが勇者でなくてよかったとクグは思った。ゼタみたいなヤツは、勇者なんかに選ばれることはないだろうが。
新設されたウォーターサーバーを確認するため、神秘の泉へ向かう。勇者の情報のために加え、迷いの森を抜けてきて自分たちも消耗しているので、回復したいのもある。
女王の屋敷の裏手には、のぼり坂に沿って田畑が広がり、その真ん中を貫くように階段がある。神秘の泉はのぼった先だ。
階段をのぼりきると、開けた場所に出た。
短く刈られた草の広場が広がっており、飛び石が奥へと続いている。奥には池があり、池のほとりには小屋がある。かつてあずまやがあったところだ。池や小屋の周りには色とりどりの花や木が植えられ、神秘的というよりメルヘンチックな感じだ。
小屋の中には、8人掛けの円形の机とイスが設置してある。机は木製が美しい。イスは丸太をそのままスツールしたもので、すべて少しずつ形が違う。
部屋の奥に、最新式のオシャレな床置き型ウォーターサーバーがあった。ステキデザイン賞受賞だけのことはあり、落ち着いた木目調デザインで主張しすぎず部屋に調和している。
タンクに水を補充するタイプではなく、泉直結型浄水ウォーターサーバーだ。給水口には冷水ボタンと温水ボタンがついている。
くつろげる簡易休憩所になっており、いつでも安心して泉の水が飲める。温水も出るので、お茶やコーヒーにして飲むこともできそうだ。
窓から外を見ると、エルフの里が見下ろせる。手前の北の斜面には、野菜や果実などの畑や小麦の棚田が広がり、傾き始めた日差しを受け輝いている。
里のエルフたちはこの段々畑を『神様の階段』と呼ぶらしいが、この景色を見てクグはその意味がわかった気がした。
のんびりした雰囲気とこの景色は、都会の人にとってはSNS映えスポットになりそうだ。
しかし、クグたちにはのんびりしている暇はない。




