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第47話 エルフの里

「ズンガリが記録した映像を確認してみよう」

 ゼタのスマホに送られてきている、録画されたズンガリ目線の映像を確認する。


 画面いっぱいに映ったツタが下から上へ、上から下へと動いている。ツタのすぐそばを飛んで何かを調べているようだ。

 ツタの隙間から黒色で四角いものが映った。インターホンのようだが、スピーカー部の下側に押しボタンが2つ横に並んで見える。黒い物体のすぐ近くまで寄ると、ズンガリの腹の先が左、右とボタンを押した。

 ツタの景色が横に移動すると壁がなくなっており、向こう側からの光がカメラに差し込み、画面が真っ白になったところで映像が終了した。自動探索モードが終了したようだ。


「壁にインターホンがあるみたいだ。探すぞ」

「全面ツタで覆われてるのに、どこをどう探すんすか? メンドイんで筋肉圧縮魔法(マジッスル)で、ツタを吹っ飛ばすってのはどうっすか?」

「却下。インターホンごと吹っ飛んで、出入り禁止になる。おとなしく普通に探してくれ」

 クグはツタに覆われた壁の中央を調べ始めた。

 ゼタは左端のほうで面倒臭そうに壁を調べ始めた。いや、探しているふりをしている。


「みつかるまで帰れないからな」

「オッシャー。オレに任せろっす」

 ゼタは本気で探し始めた。やたらめったらあっちこっち探している。


 クグも本腰を入れて探す。インターホンなので、腰から目線の高さくらいの範囲だけ調べればいいだろう。左側はゼタに任せ、中央から右へ調べていく。

 右端近くまできた。胸の高さのところに黒く四角いものがツタから見え隠れしている。


「あったぞ」

 当てずっぽうにアチコチ探しているゼタに聞こえるようクグが言うと、ゼタが駆け寄ってきた。

 ツタをかき分けインターホンがよく見えるようにする。集合住宅タイプのたくさんボタンがあるタイプではなく、一軒家タイプのオーソドックスなインターホンだ。

 少し違うのは、普通ならボタンが1つだが、右側に『A』、左側に『B』と書かれた2つの丸いボタンがある。


「これが『B、A』になるってことっすね」

「そういうことのようだ」


 クグはズンガリと同じように『B、A』の順で押すと、「ピンポーン」とインターホンが鳴り、「どーぞー」と女性の声で軽い調子の応答が聞こえた。

 行き止まりのツタに覆われた壁が中央から左右にスライドして開いた。その先には、鎧を着た門番の女性エルフがゼタのズンガリを両手で持って立っている。

 これで正解ルートはわかった。探索オプションで『隠しスイッチ』をつけておいてよかった。


 クグは門番さんに、ゲイムッスル国から来た勇者部の職員だと告げる。

 ゼタはズンガリを返してもらい、貴重品でも扱うかのように道具袋にしまった。

 クグは続けて勇者の件で女王のもとまで会いに来たことを伝えると、女王のいる屋敷まで案内してもらえることになった。


 門をくぐると森が急に開けた。すり鉢状にくぼんだ地形の里が一望できる。傾斜に沿って段々になった庭園が広がっている。

 階段を降りていくと段になった壁には扉と窓があり家になっている。家の前が庭になっており、花や木が植わっている。

 また階段を降りていくと、庭の下は上の段と同様に、壁に扉と窓があり家になっている。家と庭が段々に並ぶ居住区がなだらかにくだっている。


 下りきった場所は平らな土地が広がっており、木造の家屋が並んでいる。

 北の端には南向きに建つひときわ大きな屋敷がある。エルフの女王がいる屋敷だ。レンガ造りの城ではなく、木造3階建ての建物で横に長い左右対称の造りだ。威厳を感じさせつつも、景観と調和した趣も感じられる。


 屋敷へ入る前にクグは立ち止まる。

「女王様と会う前に確認だが、交渉に関する資料は事前に読んだよな?」

「なんすか、それ?」

 ゼタは期待を裏切らない。クグの思ったとおり「読むのを忘れた」ではなく、資料の存在さえ知らなかった。

 今回の交渉もクグがメインで進めることになりそうだ。




 クグとゼタが迷いの森を攻略している頃。

 エルフの女王ミツコ・ラフォーレは、部屋着のえんじ色のジャージを着てリビングの3人がけソファに寝転がり、スマホをいじってゴロゴロしていた。

 おやつに食べているクッキーのカスが、ボロボロとソファや床にこぼれている。足先に引っかかるクロッグサンダルがプラプラ揺れ、落ちそうで落ちないバランスを保っている。


 代々女系でこの里を治めてきた、由緒正しきラフォーレ家のお嬢様である。

 年齢は人間でいうと、未婚化や晩婚化がさけばれる昨今、『そろそろ結婚を』と周りからせっつかれるお年ごろである。

 そしてやはりエルフの女王。そこらへんのオバちゃんパーマをかけた人間の庶民とは違い、エルフならではの美貌とスレンダーな体型を保っている。


 部屋のドアをノックする音が聞こえた。ミツコ女王は入るよう言うと、執事のセバスチャン(愛称セバちゃん)が入ってきた。

 セバちゃんは、代々女王に仕える家系のベテラン執事である。歳はとっているが、まだまだ現役で業務をこなしている。グレーヘアーで黒縁メガネのいぶし銀だ。


「女王様、報告です。人間がエルフの森に入って来ました」

「イノシシとかタヌキじゃなくて、人間?」

「はい。森の防犯カメラにバッチリ映っております」

「近くの町の子どもなら、どうせすぐ帰るでしょ」

 ミツコ女王はゴロゴロしながら答えた。


「いえそれが、近くの町の子どもではないようです。2人パーティで1人は剣を使う戦士。もう1人は戦士だか魔法使いだかよくわかないヤツです」

「よくわからないヤツってナニ?」

「メイスで暴れまわっていたかと思うと、メイスから魔法を繰り出すという理解不能な戦法をしております。クリクイから特大アーチもかっ飛ばしました。さらに戦士のほうも、空きビンで自分の頭を殴り睡眠状態を解除するという荒技の使い手です」

「そんなわけのわからないパーティで森を攻略できてるの?」

 ミツコ女王はクッキーをかじりながら言った。


「はい。きちんと正攻法で攻略して進んで来ております」

「ちぐはぐもいいとこで意味がわかんないわ。ウソがヘタすぎよ。ヒマつぶしにわたしをダマそうとしてもムダよ」

「このようなウソをつくほど、私は暇ではございません。私も長年この仕事をやってまいりましたが、この者たちについて理解が追いついておりません」

「じゃあ、戦法むちゃくちゃ正攻法って、ナニが目的なのかしら? 冒険者? それともこの森を侵略しようという不届き者?」

 ミツコ女王は言い終えると、半分まで食べたクッキーを、ひとくちで全部頬張った。


「ひとつ思い当たる点があるのですが、この2人はゲイムッスル国の勇者部の者と思しき貧相な装備をしておりますので、勇者関係の国の使いの者ではないかと思われます」

「そういえば、前の勇者辞めちゃったんだったわね。ん? ということは、絶対ここまでたどり着くじゃん。ヤバイッ。先に言ってよセバちゃん!」

 ミツコ女王は飛び起き、口のまわりについたクッキーのカスを払った。


「ダッシュで身支度よ!」

 ミツコ女王は女性のメイドに手伝ってもらいながら化粧をし、服を着替え、髪を整え、ダッシュで謁見の間に行きスタンバった。

 ちょうど「人間が里の入り口の門まで来た」とセバちゃんから報告が入った。ギリセーフッ。




 クグたちは屋敷の中へ案内され、待たされることなく謁見の間へと通された。

 謁見の間に入ると、中央奥の玉座に女王が鎮座している。部屋の両サイドには、一人ずつ男性エルフの兵士が姿勢良く立っている。

 女王は凛としたたたずまいで品格が漂っている。やはり女王たる者、いつなんどき来客があってもいいように、ふだんから身を律した生活をしているのだろう。

 クグはゲイムッスル国の勇者部の者だと告げ、ひざまずいて礼をした。ゼタもクグにならってひざまずく。


「心ばかりのものですが」

 クグはボッカテッキの町で購入した、贈答用箱入りの『羊のチーズと豚肉の腸詰めセット』を道具袋から出し、女王へ差し出した。

「あらヤダ。毎回申し訳ないわねー」

「こちらこそ、毎回勇者のためにお骨折りいただきまして、ありがとうございます」

「この包装紙からすると、中身は例のアレですわね」

「はい。いつもと同じ例のアレです」

「ありがたく頂戴いたしますわ。セバちゃんっ」


 ミツコ女王は片手を小さく上げて執事を呼んだ。素早く音もなく進む老執事はクグからお土産を受け取り、無駄のない身のこなしで部屋をあとにした。

 執事を見送ったミツコ女王は、早速本題に入った。


「今回も、勇者の件でこちらまで?」

「はい、そのとおりです。予定どおり冒険が進めば、20日以内には勇者が来る予定になります」

「もうそんな時期なのですね。先代勇者が急に辞めてしまって、非常に残念です。とても良い方でしたわ」

「ええ。皆さんそうおっしゃいます」

「とくに辞めそうな気配はありませんでしたし、むしろ森を全制覇するほどのやる気がありましたのに。ただ、心が繊細すぎましたね。人間関係のドロドロやら、魔王との戦いに挑むのには、メンタルが耐えられなかったのでしょう」

「そのようです」

 クグは先代勇者フォールズの心の内などわからない。しかし、だからといって女王の言うことをわざわざ否定する気もない。


「辞めてしまわれた方のことを言っていても、始まりませんわね。今回の勇者はどうですか?」

「勇者の力に目覚めたのは、学校を卒業し冒険者になって1年目ということで、あまり冒険の経験はありませんでした」

「それで大丈夫なのですか?」

「仲間は全員獣人でして。超人的な能力をもった仲間が勇者の助けになっているようです。仲間と協力し合いながら着実にイベントをクリアし、力をつけてきているようです。もう1年ほど冒険をしております」

「1年かけて実力を磨いてきたわけですね」

「はい。もともと学校時代は、武力の成績が常に上位であったこともありまして、成長は目を見張るものがあるようです。学力はあまり振るわなかったようで、少しチャラいですが」

「あら、チャラいのですか」

「イケメンで、学校時代はかなりモテたようです」

「あらヤダ。イケメンなの? 早く会ってみたいわ」

「女王様はイケメン好きなんすか?」

「若くてイケメンっていいわよね。わたくしももうオバサンだから、見てるだけで癒やされちゃう」


 ゼタが小声で聞いてきた。

「女王様の歳っていくつなんすか?」

「えーっとたしか」

 クグが小声で答えようとしたら急に悪寒がした。ミツコ女王が鋭い目つきでこちらを見ている。

「知らないほうがいいこともある」

 クグは答えを濁して回避した。危うく殺されるところだった。ゼタもミツコ女王の凍てつく視線を感じとったのか、それ以上は聞いてこない。話を戻そう。


「勇者到来の際につきましては、今回も森のボスっぽいお方を用意していただきたいのですが。場所はインターホンのある広場あたりがよいのではないかと」

「前回はどなたにお願いしたのでしたっけ?」

「霧の魔人キリタニさんです。迷路の出口に立ちふさがっていただきました。できれば違う方がよいのですが」

「それでしたら、トレントという樹木の精霊の知り合いで、ヨサクさんという方がおります」

「樹木ということは、弱点は火ですか?」

「そうね火が弱点ね。あと斧が嫌いだと言ってましたわ。斧で木を切る音を聞いただけで、鳥肌が立つらしいですわよ」

「樹木なのに鳥肌ってすげーっす」

 クグはゼタを無視して話を進める。


「ということは、斧だとクリティカルヒットが出やすいのでしょうか」

「そういうことになりそうですわね。ですが、土と風の属性は無効ですし、水属性では回復しますわ。あと根っこで敵を捕まえて、体力を奪って回復もしますわよ」

「それはスバラシイ能力ですね。ボスにふさわしいです。攻撃力はどうですか?」

「木の実やツタでの物理攻撃でしょ。それから風と土の魔法も使えますわ」

「多彩ですね。弱点をついて着実に体力を削っていく正攻法でないと、倒すのは大変そうですね」

「伝説級の巨木ですから、簡単に倒されるようなお方ではありませんことよ」

「それは頼もしいです。ヨサクさんのデータは後日、担当が打ち合わせでお伺いしたときに調べさせていただく、ということでお願いいたします」

「では、セバちゃんのほうから話を通しておきますわ。勇者の行く手をふさぐことができるなんて、めったにできない体験ですので、きっと張り切って引き受けてくださいますわ」

 ミツコ女王は楽しそうに言った。


「今回も殺されるまで戦わなくても結構です。ある程度強さを確認しましたら、戦闘を終了していただいて勇者の通過を認める、という流れでお願いします」

「それって『汝たちの力、しかと試させてもらった。合格だ。通ってよい』みたいな感じで、自分から襲いかかっておいて、上から目線で偉そうに言うやつっすね」

「自分たちの力が他人から認められたら、誰だってうれしいだろ。こういう演出もたまには必要なんだ」

「勇者が弱かったら倒してしまっても構わないのですわよね? ヨサクさんはわたくしより長生きですが、まだまだ現役バリバリですわよ」

「それはもちろんです。思いっきりたたきのめしてもらって大丈夫です。なんといっても勇者ですから」

「それは楽しみですわ、オホホホ」

 ミツコ女王は見かけによらず好戦的なようだ。


「あと、勇者との会話の内容についてですが」

「勇者にはいつもどおり、『魔王を倒すには世界中に散らばる伝説の武具が必要になる』ことを伝えればいいのですわよね」

「そうです。それでお願いいたします」

「キターッ、伝説の武具! 一気に全部の場所を教えるんすか?」

「いや。ここでは具体的な情報は教えない。それ以前に現時点では私たちも何も情報はないしな。勇者へは具体的な情報が入り次第、王から直々に伝えられるか、情報課からそれとなく伝えることになる。これから勇者の冒険は、世界中を駆け巡る冒険になるぞ」

「へー。そりゃご苦労さまっす。まてよ。ということは、俺たちも世界中を駆け巡らないといけないってことじゃないっすかぁ。うわーメンドーイ」

「面倒くさくない。仕事だ。それに世界中を巡るのもそう悪いものではないぞ。しかも、強いモンスターが出たら筋トレにもなるぞ」

「筋トレになるなら頑張るっす!」

 筋トレ以外に頑張ることはないのか。また話がそれた。クグは話を戻す。


「里の中での勇者の行動について確認ですが」

「そうそう。それについてちょっと気になることがあるのよ」

「どのようなことでしょうか?」

「見てのとおり、この里ではあまり人間と接触しない生活をしているでしょ。人間に馴れていない子も多いのです。いきなりチャラい勇者が来るのは、ちょっと刺激が強いんじゃないかしら」

「それにつきましては、情報課のほうから人員補充をいたします。人馴れしていないお方、特にチャラいのが苦手なお方は、勇者到着日はドアには必ずカギをかけて、外出されないようお気をつけください」

「それなら助かるわ。カギをかけるのは必須ね。勇者って勝手に家に侵入して、タンスとかツボとかあさりますものね」

 代々勇者は、エルフの里でも住居侵入と金品物色を欠かさないようだ。困った習性だ。


「勇者が侵入と物色をしてもよい空き屋がありましたら、物資課のほうで勇者用のアイテムを配置いたします」

「空き家はたしか、里の西に一軒あったはずだけど。でも長いこと手入れしてないからボロボロですわよ」

「その点でしたら大丈夫です。土木課のほうで修繕いたします」

「あらいいの? じゃあお願いしちゃうわ。それならついでに、ムーンブレイドもそこに置いてもらおうかしら」

「ムーンブレイドってなんすか?」

 本当にゼタは資料を見ていなかった。教えてもすぐに忘れると思い、クグも教えていなかった。


「ムーンブレイドは代々エルフに伝わる剣だ。勇者がエルフの里で入手するのが慣例になっている」

「刀身に古代エルフ文字が刻まれた三日月刀ですのよ。三日月のように湾曲していることから、ムーンブレイドって呼ばれているの」

「なにか特別な力があるんすか?」

「魔力を消耗してクリティカルヒットをだすことができる逸品ですわよ」

「スゲー! メイスバージョンがあったらメッチャ欲しい!」


 たしかにメイスバージョンがあり、ゼタが装備すればクリティカルヒットを出しまくりだろう。

 クグは想像しそうになり、すぐにかき消した。戦士なのか魔法使いなのか、相変わらず思考は脳筋魔法使いだ。いや、戦士と魔法使いの二刀流と言えばいいのか。聞こえが良くなった。ほぼ爆発専門だが。


「残念ながらメイスバージョンはないわね」

 真面目に答えなくてもいいのに、とクグは思った。

「そうっすか……」

 素直に落ち込まなくてもいいのに、とクグは思った。

 仮にあったとしても、勇者ではないのでもらうことなどできない。


「毎回慣例で勇者が入手するってことは、何本もストックがあるんすか?」

「1本しかないわよ。毎回、勇者の冒険が終わると返してもらってるの」

「勇者の冒険が終わったら毎回、道具袋が返還されるのは知ってるだろ」

「公開審議会の賞品にもなってたっすね。先代勇者って途中で辞めちゃったんすよね。どうしたんすか?」

「先代勇者が王に辞めると告げたときに、道具袋も返還されたんだ。その後、新勇者誕生に伴い、物資課が道具袋の中身を整理して、エルフにムーンブレイドを返還したんだ」

「使い回してるんすね」

「提供してくださる方を前に、失礼な言い方をするんじゃない。代々受け継いでると言ってくれ」

 勇者部としても道具袋は『使い回し』ではなく『受け継いでいる』だ。また話がズレてきた。


「えー、話を戻しますと。修繕した空き家のほうに、いくつかアイテムの入った宝箱を設置いたします。そのうちの1つに、ムーンブレイドを入れておくよう手配しておきます。物資課の担当が伺いましたら、渡していただけるよう準備だけしておいてください」

「なにからなにまで。なんだか申し訳ないわねぇ」

「いえ。こちらも仕事ですので、お気になさらなくても大丈夫です」

「これで話は終わりっすね」

「いや、もうひとつ。勇者の冒険に欠かすことのできないことをお願いしなければならない。エルフの里といったらアレだ」

「アレってナンすか?」

 資料を1行も読んでいないゼタは平然と聞いた。


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