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第46話 迷いの森

 辺り一面が霧に覆われ、視界が真っ白になった。

 霧が晴れると、行き止まりではなくなっている。

 先ほどとは別の場所に転送されたのか、それとも森の形が変わったのか。変わっていないのは、頭上までしっかり木に囲まれているということだけだ。


 辺りを見回すと、木々に囲まれた20ミートル四方の空間で、その中央に立っている。前方と後方、そして左右の四方向に分かれ道がある。分かれ道の先はどの方向も薄暗くてよく見えない。

 そして立っているすぐ目の前には、先ほどの場所にあったものと同じような台が1つある。先ほどとは書かれている内容が違う。

 左上に『1』。上側中央に『上』、下側中央に『下』、右側に『右』、左側に『左』と書かれており、中心に『ギブアップ』と書かれた赤い押しボタンがある。


「さっきと場所が変わってるようだな」

「どうなってるんすか? まあいいや、とりあえず進んでみるっす」

 ゼタは台でいうところの『上』の方向へ進みだした。

「むやみに進むな。まだ説明が……」


 クグは急いでゼタを追いかける。進んだ先には、さきほどと同じ台がある。左上に『2』と書かれ、あとは同じだ。分かれ道も先ほどと同じ四方向にある。

「『2』になってるっす。そんじゃあ、とりあえず『右』へ行ってみるっす」

 ズンズン進むゼタをクグは追いかける。また台がある。今度は『1』と書かれている。


「あれ? さっきは『2』だったけど『1』になってるっす。もう1回、上って方に行ってみるっす」

 再び『上』へ進む。

「『2』っすね。今度は『左』へ行ってみるっす」

 進んだ先には、やはり台が見えてきた。


「今度も『1』っす。うーん。じゃあ、『右』へ行ってみるっす。さっき『左』から来たんで、『右』に行ったら『2』に戻るはずっす」

 ゼタはそう言うと、クグをおいて走っていってしまった。

 やる気を出してくれるのはいいが、まだこの森の説明をしていない。クグはゼタが走っていった方を見て、戻ってこないか待つ。


「ダメみたいっす!」

 突如、背後から大きな声で話かけらたクグは、びっくりして声を上げそうになった。後ろにいたのはゼタだ。

「後ろから急に声をかけるんじゃない。心臓が止まるかと思った」

 場所が場所なだけに、モンスターだったらと思いクグはゾッとした。ゼタは悪びれる様子もない。


「どうなってるんすか? この森」

「やはり普通には進ませてくれないようだな」

「どういうことっすか?」

「この森はエルフの森だ。この森を抜けたら、エルフの隠れ里になる」

「先に言ってくださいっすよ」

「説明する前にズンズン進んだのはゼタだろ」

「そうだっけ?」

 都合の悪いことは忘れるのが早い。ゼタの良いところでもあり、悪いところでもある。クグは今のところ悪い方しか思い浮かばない。


「エルフの魔力によって迷いの森になっている。どうやら、正解のルートで進まないと先へ行けないようになっていて、間違ったルートだと最初の場所に戻されてしまうようだ」

「どうしてそんな面倒なことをしてるんすかね」

「迷い込んだ人が、エルフの里へ簡単に入ってこられないようになっているんだ」

「事前にお願いして、一時解除してくれたりとかできないんすか?」

「それができたらいいのだが。簡単に森の仕掛けをオンオフできないようで、エルフも行き来する際は攻略して通っている、と以前の任務のときにパシュトから聞いた」

「めっちゃメンドクサ。じゃあ、ここらへん一帯を筋肉圧縮魔法(マジッスル)でぶっ飛ばしていいっすか?」

「やめてくれ。強制退場させられて二度と入れなくなる。それに爆発で私が死ぬ」

「じゃあこの『ギブ』ってボタン押したらどうなるんすかね?」

「おそらく『スタート』ボタンを押した場所まで戻ることになるだろう。『お帰りはこちら』って意味だな」

「前回来たことがあるんだったら、もう道順がわかってるんすよね。そのとおりに進めばいいんすね」

「いや、それが全然違う仕掛けになっている。前回は迷路になっていたので、パシュトが使っていたドローンで空撮して攻略できたんだ」

 ドローンとはハチ型偵察機のことで、一般的にはドローンと呼ばれている。


「それじゃあ、今回も同じようにドローンで空から見たらいいんすね」

 ゼタにしてはいい点をついている。しかしだ、

「魔力で進んだり戻されたりしてしまっているということは、空から見ても正解ルートはわからないだろうな。それに空撮を阻止してるかのように、隙間なく木の枝が茂っているだろ」

「じゃあどうしたらいいんすか」


 ゼタにも偵察機の使い方を覚えてもらういい機会だ。ここなら操作ミスをしてピンチになるような場面でもないし、誤って操作ミスをしても一般の人に迷惑がかからない。


「支給されたドローンを持ってるだろ。せっかくだから使ってみるぞ」

 クグが事前に発注して持たせたものだ。

「意味がないんじゃないんすか」

「ダメもとでやってみる価値はある。それに今後使っていくのに練習も必要だろ」

「ほいっす」


 ゼタは道具袋からドローンを取り出した。

 ハチの形をしており、大きさはスクイークとほぼ同じ手のひらサイズ。スクイーク同様どこか愛嬌がある顔をしている。これも他の偵察機と同様に魔力で操作する。もちろん、カメラやマイクも搭載されており、スマホで確認することができる。

 スクイークとの違いは、操作中は常に飛んでいる点だ。魔法使いのゼタなら操作を覚えるのも簡単だろう。


「名前をつけると愛着がわいて、上達も早くなるぞ」

「なんて名前にしよっかなー。ポチ。ゴンザブロー。ボブキチ。スズキサァン」

「もうちょっと、かわいらしい名前はないのか」

「えーっと、そんじゃあ。ズンガリにするっす」

「1ミリもかわいげがないな」

 ゴンザブローのほうがましだった。クグはそう思いながらズンガリと名付けられた偵察機を見た。


「名前も決まったことだし、早速実践といこう。スマホとペアリングはしてあるな」

「設定は完了してるっす。はじめてなんで緊張するっす」


 ゼタはスマホにズンガリからのカメラ映像がちゃんと写ってることを確認すると、

「飛べー! ズンガリー!」

 と言ってズンガリから手を放した。ズンガリはピクリとも動かず、ボトッと地面に落ちた。


「……」

「……」

「おい。魔力で操作するんだぞ。魔力込めたか?」

「忘れてたっす。ズンガリ死んでるのかと思ったっす」

 脳筋すぎて魔法使いであることを疑うレベルの基本的なミスだ


「死んでるのではなくて、魔力という命を込めないと動かないからな」

「なんか、うまいこと言ってるっぽいっすね」

「『っぽい』は余計だ」

 クグは気を取り直して操作の説明にはいる。


「最初はゆっくり魔力を込めて、自分の目線の高さでホバリングさせるんだ」

「ゆーくりっすね。こーんな感じっすかね」

 ゼタはズンガリに集中する。地面に落ちているズンガリがジタバタ動き出し、羽ばたいて目線の高さまで浮き上がった。きちんと位置をキープしホバリングできている。地面から直接離陸させるとは、扱いが雑だ。


「初めてにしては上出来だぞ。次は高さを変えながら、自分の周りをグルグル回るように動かしてみろ」

「グルグルーって感じっすね」

 ズンガリはゼタの周りを右回りで回りだした。そして少しずつ上下運動も加わり、指定した動きになった。ゼタは調子をつかんだようで、ズンガリを見なくても操作できている。


「よし。この流れで本番だ。森を俯瞰できるように高さを上げるんだ。木の枝に引っかからないよう、気をつけるんだぞ」

「よーし、張り切っちゃうっすよ」

 ゼタの周りをグルグル回っていたズンガリが、ゼタの正面でピタっと止まったかと思うと、猛スピードで急上昇した。


「おいっ。スピードが速すぎるぞっ」

 クグの注意もむなしく、ズンガリは加速をしながら鬱蒼とした枝葉を突き抜けたかと思うと、ゴツンッと見えない天井にぶつかったような衝撃を受けた。そしてフラフラと落ち、枝にひっかかった。


「俺のズンガリがぁぁぁ。羽が枝に引っかかって、どっちの方向にも動かないっすよぉぉぉ」

 ズンガリは小枝に絡まってジタバタしている。

「焦るな。ブーメランとか投げナイフを枝に当てて、ズンガリを救出するんだ」

「そ、そうか。それならえーっと。あっ、いいものがあったっす」

 ゼタは道具袋からなにやら取り出した。とても長い。


「これっすよこれ。高枝切りバサミっす。半年くらい前に通販動画を見ていきおいで買っちゃったんすけど、商品が届いてから、アパート住まいだから切る枝がないって気がついたんすよ。いままで一度も使い道がなったから、もう捨てようかなー、でもまだ1回も使ってないのに捨てるのもったいないなーって思ってたところなんすよ」

「普通は買う前に気づくだろ」

「これのスゴイところは、魔力で長さを調整できて、使用者の魔力次第でどこまでも伸びるんすよ」

「そんなに伸ばしてどうするんだ。オーバースペックにもほどがあるだろ」

「キャッチ機能がついてるから、切った枝を落とさず処理もできるんすよ」

「それは普通に便利だな」


 高枝切りバサミの評価をしてる場合ではない。

 ゼタが高枝切りバサミを構えると、ハサミの胴の部分がスルスルと伸びていく。先端のハサミの部分が、ズンガリが絡まった枝まで届いた。キャッチ機能で落とさないように枝が切り取られ、ハサミの胴がスルスルと縮む。無事、ズンガリを救出できた。


「ズンガリお帰りー。ズンガリも筋トレできれば、枝をへし折りながら進むことができるんすけどなー」

 そんな偵察機があったら怖い。ゼタはズンガリを左肩に乗せてご満悦の表情だ。無事救出を果たし、めでたしめでたし。

 いや、これで終わりでは意味がない。先に進まなければいけない。


「やはり空撮はダメだったか。魔力か何か見えない力による天井があり、空撮が阻止されているみたいだな」

「どうするっすか? ズンガリがダメだったから、他の方法を考えないといけないっす」

「地道に歩くしかないか」

「えーっ、正解ルートをしらみつぶしに歩くのマジウザいっすよ。この先どれだけ分かれ道があるかもわからないし、何時間かかるかもわからないっすよ」

「だからといって、じっとしていても攻略できないしな」


 困った事態だ。他の手段といっても、自分だけで歩いて調べるか、別行動で手分けして調べるくらいしか、クグは方法が思いつかない。

 しかし、正解ルートに強力なモンスターが待ち受けていた場合、単独行動では任務続行が困難になってしまう。


「ズンガリが自動で正解ルートを案内してくれるとかってないんすかね」

「そんな都合のいいものなんて……その手があったか! 全然違う場所へ辿り着いてしまうのではなく、最初の地点に戻ってしまう。これは逆に好都合だ。この条件をうまく利用すればいい」

「なにをどう利用するんすか?」

「偵察機に大事な機能があるのを忘れていた。自動探索モードというのがあるんだ」

「自動探索っすか? なんかめっちゃ便利そうっすね」

「手動で自由自在に動かすのではなく、設定した内容にしたがって探索させるモードだ」

「そんな便利な機能があったんすね。いちいち手動で全部の道順を探索してたら、歩いて探索するのと変わらないっすもんね」

「探索内容を設定すれば、あとは自動で探索してくれて、結果はスマホに送られてくる。私のチュータでもできるが、今回は練習も兼ねてズンガリを使おう」

「やったー。俺のズンガリが大活躍できるっす。さっきの失敗を挽回っす。で、どうやるんすか?」

 ゼタはいつもよりやる気を見せている。偵察したり情報を集めたりするという、企画課ならではの任務にやる気を見せているのはいい傾向だ。クグも教えがいがある。


「スマホマプリを使うんだ」

「偵察機マプリの『スカウたん』を起動してっと」

「まずは自動探索モードを選択する」

「ほいっ、選んだっす」

「細かい設定をせずにフルオートでの道順探索もできるが、解析しながらなので時間がかかる。仕掛けがある程度わかっているなら、探査方法などを詳しく設定すると、探索時間を短縮できるし精度も上がるぞ」

「じゃあズンガリが大活躍するには、細かく設定したほうがいいっすね」


「まずは探索タイプからだ。オート・迷路・分岐・落とし穴・移動床など、探索したい内容を指定する。ちなみに複数洗濯することもできるぞ」

「今回は『分岐』っすね。『分岐数』ってのが表示されたっす。分岐数は『4』でいいっすね」

「4でもいいがこの先、分岐の数が増える可能性も考えられる。『4以上』がいいかな」

「『範囲』の固定・以上・以下のところを『以上』っすね」


「あと探索オプションで、『隠し通路』『隠し部屋』『隠しスイッチ』もつけておくか」

「えーっと、『次へ』を押してっと。オプション指定がでてきたっす。ここで『隠し通路』『隠し部屋』『隠しスイッチ』を選んで、設定完了っと」


「できたみたいだな。あとはズンガリに魔力を込めて、スマホの『探索開始』を押すだけだ」

「これでズンガリが自動で探索してくれるんすね。俺のズンガリって超スゲェ」

「すべての偵察機に標準装備されてる機能だから」

「そんじゃあズンガリ、イケーッ! ポチッとっす」


 ズンガリはゼタの肩から飛び立ち探索へと向かった。あとはうまいこと探索してくれるのを願いつつ待つだけだ。ズンガリの邪魔にならないよう、中心から離れて待つことにする。


「前回と同じ迷路ではないから一時はどうなることかと思った。といっても、まだ探索が完了したわけではないが」

「前回は、勇者にはどんなふうに攻略法を教えたんすか。迷路の俯瞰画像を渡したら、答えをそのまま教えることになってゼンゼン冒険にならないっすけど」

「たしか、分かれ道の正解ルートに目印の花を植える、という方法だった」

「へー。すんなり攻略できたっすか?」

「ある意味すんなりだが、ある意味すんなりではなかったな」

「どういうことっすか?」

「不正解ルートもしらみつぶしに調べるという、勇者の特殊な習性が遺憾なく発揮されたんだ。正解ルートの目印の花を逆に活用し、すべての道を踏破したようだ。宝箱の取りこぼしも1個もなしだったらしい」

「勇者の執念、ハンパねぇっす」

 言われてみればそうだ。勇者の冒険魂は凄まじい。ゼタも見習って公務員魂をみせてほしいものだ。クグはしみじみと思った。


「それにしても、勇者が変わるごとに仕掛けを変えるとは、エルフも手が込んでいるな」

「こんな面倒なことをしてまで、この森を抜けてどうするんすか?」

「エルフの女王様に、勇者が来ることを直接伝えないといけないんだ」

「やっぱり事前にちゃんと教えるんすね」

「そりゃそうだ。でないと、勇者が来るのを予知していて『来るのを待っていましたよ』って、ドヤ顔できないだろ」

「エルフもドヤ顔したいんすね」

「そりゃあそうだろ。神秘的なイメージを売りにしているみたいだから、事前に勇者の到来を予知するのは大事なドヤ顔ポイントなようだぞ。それに、教えとけば『そろそろそんな時期なのね』って話になって、準備しておきやすいだろ」

「エルフも勇者を迎えるには準備が必要なんすね」

「そういうことだ」

 攻略情報だけでなく、こういったことも大事な仕事のひとつだ。


 ズンガリが正解ルートを見つけるのを待っているあいだ、クグはこれまでの調査結果をミナタスカルのメモにまとめていく。

 ゼタはサーキットトレーニングをしだした。筋トレをしたあと、ランニングで分かれ道の右へ行って左から出てくる。筋トレ、ランニングで右へ行って左から出てくる、をひたすら繰り返す。

 しらみつぶしに歩いて正解ルートを見つけるのは面倒なくせに、筋トレで動くのは面倒ではないようだ。

 不正解ルートで戻されたズンガリとぶつからないよう、気をつけてほしいものだ。



 ズンガリを放ってから30分ほど待つと、ゼタのスマホのアラームが鳴った。筋トレを終えプーションを飲みながら休憩中のゼタは、スマホを取り出し確認する。

「ズンガリからの連絡っす」

「道順が解析できたようだな。送られてきた正解ルートを見ながら進むぞ」

「ズンガリは戻ってこないんすね」

「ズンガリは出口で待ってるから行くぞ」

「待っててねー、ズンガリ」

 ズンガリから送られてきたルートをもとに森を進む。


「まずは、上、上っす」

「まっすぐ2回直進ということだな」

 台にある上の方角、つまり前方へと2つ進む。進んだ先の台の数字は『3』だ。


「次は、下、下っす」

 正面から台を見て下と書いてある方向は、先ほど来た道だ。

「普通なら戻ることになるんだが」

「俺のズンガリを信じないんすか?」

 この森を攻略する手がかりはこれしかない。そして、この森はエルフの魔力でできた迷いの森だ。

「ズンガリを信じて進んでみよう」

 本来なら戻ることになる下へ進む。すると台の数字は『4』ときて、次は『5』になった。


「どうやら合っているようだな」

「さすが俺のズンガリっす。次は左、右、左、右っすよ」

 正面から台を見て左へ。台の番号が『6』になっていることを確認すると、右へ。同様に台の番号が進んでいっていることを確認しながら、左、右へと進んだ。


 そして台のない広場に出た。正面はツタに覆われた壁だ。

「あれ? 行き止まりっすよ」

「ズンガリもいないな」

「間違えたんすかね」

「そんなはずはないと思うんだが。間違えたら『1』に戻るはずだし。道順の案内はこれで終わりか?」

 ゼタはスマホを確認する。


「続きがあったっす」

「なんて書いてあるんだ?」

「最後は『B、A』っす。『B、A』ってナンすか?」

 クグも意味がわからない。


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