第40話 チューリッツ
日が傾き少しずつ夜のとばりが下りてきた。
草原を貫く街道の先に、川沿いに立つ木々が薄闇の中からぼんやりと見えてきた。
「あの川がデカイカーワだ。国境になる」
「デカイカーワって、たしか滝があるとこっすよね」
「そうだ」
平野を流れる大きな川だ。川幅は3キロミートル。平野に突如現れる滝は落差50ミートル。広い川幅と豊富な水量による雄大な滝は、デカイカーワの滝として観光名所にもなっている。
オヤンマ山の雪解け水も流れ込み、北から南へ流れ大陸を東西に分かつ。
「川の向こうに、町の明かりも見えるっすね」
「正確には、広い川の真ん中に島があり、島全体が町になっている。チューリッツの町だ。国境検問所がある」
滝の6キロミートル上流にある島は幅1.5キロ、長さ3キロ。川の両岸から島に橋がかかっており、中立国としてゲイムッスル国とオトナリナ国をむすぶ。
チューリッツを経由する以外、国境を越える橋はない。
馬車が余裕ですれ違えるほどの幅の大きな橋が、川の中央の島に向かってかかっている。
迫りくる夜によって黒く染まり始めた大きな川が、島の上に灯る町の明かりを反射しながらゆったりと流れている。
橋のそばにも鉄塔が建っている。ここに来るまでにもいくつか鉄塔を通過した。
クグがパシュトとここへ来たときは、鉄塔が建ちそうな気配などまったくなかった。どうやら全国的な事業で建てられているようだ。
橋を渡り終えると、島の入り口に2階建てレンガ造りの建物が立ちふさがる。国境検問所だ。
中へ入ると正面に検問ゲートがある。といっても、他の町の入り口の門とはまったく違う。
魔動改札機と呼ばれるフラップ式ドアのついたゲートが、入国用2台と出国用2台の計4台並んでいる。ここは最新式の魔動改札式検問所だ。
この時間帯はもう町から出て来る人はいない。これから入国する冒険者が数名いるだけで閑散としている。
検問を通るには、検問ゲートの横にある納税コーナーで通行税を支払い、通行チケットを発行してもらわなければならない。
納税コーナーの壁に『通行チケットうりば』と書かれた看板があり、その下の壁際に自動券売機が4台並んでいる。
券売機中央のモニターには、上側に『おとな(16歳から)1800モスル』、下側に『こども(15歳まで)1000モスル』と区分が表示されている。
スマホの身分証マプリには任務用のヌルムギチャ・マズッソが登録してある。
身分証アプリを起動して、本人認証ボタンをタップする。券売機のモニター下のセンサーにスマホをかざし、テンキーで4桁のピンコードを入力する。
券売機のモニターに表示された対象区分の『おとな(16歳から)1800モスル』が光った。認証完了だ。
スマホで決済を済ませると、スマホにチケットが届く。現金決済も可能だ。ちなみに『紙で発行ボタン』を押すと、テンキー横の受取口から紙の通行チケットが発券される。
クグは『領収書ボタン』を慌てずに押す。本心では、決済が完了する前から領収書ボタンを連打したい。テンキー横の受取口から領収書が出てきた。
あとは、魔動改札機のセンサーにスマホをかざすとフラップ式ドアが開き通過できる。紙で発行した人は、改札にあるチケット挿入口へ通行チケットを入れるとフラップが開く。
これで入国手続きは終了だ。
国境検問所の建物の横に、馬や荷馬車に乗ったまま支払いと通過ができるライドスルー窓口もある。こちらは馬や荷馬車の通行税が別途かかる。
この税金は、橋や魔動改札機のメンテナンス、川の環境保全などの費用にあてられる。観光に来る人も、通過するだけの人も同じ料金だ。
この国に入国する人に対して課税されるものであるため、チューリッツを通らずテポトで国境を越える人には通行税が課されることはない。
先に宿をとるため町の外れの方へ向かう。観光地なので宿の平均的な価格は少し高めだ。町の中心の一等地は特に高い。必要以上に高い金額は経費として認められない。
住宅街の一画にベッド・アンド・ブレックファストという小規模宿泊施設を見つけた。オレンジ色の木造2階建て。民家を改装した宿泊施設で手頃な料金、そして家庭的な雰囲気だ。
借りたのは2階の一室。細長い部屋は落ち着いた白色に塗られ、壁の両脇にベッドが置いてある。風呂トイレは1階にあり共用だ。
装備を外し一息つく。この町ではイベントをつくる必要はない。
チューリッツは国籍・人種を問わない国であり、観光都市である。金銭でのもめごとや、酒を飲んだ勢いでのケンカはあるが、深刻な争いごとはほぼない。これといったイベントをさがすのは難しいので、先代勇者のときもイベントをつくらなかった。
ゼタがチューリッツへ来るのは今回が初めてだ。クグもパシュトと任務で寄ったときが初めてだったので、軽く観光してまわった。
各地の町を知っておくのはこの仕事をする上で大事なことだ。イベントをつくる予定はないが、翌日は軽く観光がてら見てまわることにした。もちろん、イベントになるようなことがあれば、それに越したことはない。
食事のため宿を出てメインストリートへとむかう。
大通りは色とりどりの明かりがともり、たくさんの人でにぎわっている。家族連れに商人、羽目を外しすぎて千鳥足の冒険者。老若男女、皆、楽しそうだ。
大きな店構えで真っ赤な外壁のガストロパブに入る。
広い店内は吹き抜けになっており、中央にはカウンター席、その周りにテーブル席が並んでいる。左右と奥の3方には2階のテーブル席があり、吹き抜けから1階を見下ろせる。
店内の席は8割ほど埋まり、あちこちで話に花が咲いている。
カウンター近くの空いていたテーブル席でビールを飲みながら食事をしていると、背後のカウンター席から勇者の話をしているのが聞こえてきた。
「やっぱ勇者って強ぇし」
「何をやっても爽やかイケメンは絵になるよねぇ」
「チャラいくせに、ウザがりながらもやり遂げるのマジカッケェし」
冒険者の男女だろうか。酒が入れば勇者の話で盛り上がるのは当然だ。
動画サイト『オヌシチューブ』の勇者審議会公式チャンネル『ガンバレ勇者さん』にアップされた最新動画についてだろう。企画課偵察係が撮影した素材を元に、内閣府の広報室が編集・アップロードしたものだ。
クグは耳をそばだてる。町の人たちの会話から、景気、勇者に望むことや人気度、モンスターのこと、魔族の動向など情勢をうかがい知ることができる。
「なあ、オマエたちもそう思うだろ」
クグは後ろから背中を軽く叩かれた。振り向くと若い男性がほろ酔い上機嫌で立っている。会話をしていた男性だ。
「な、何ですか?」
クグは聞いてないふりをした。
「ナニって、『ガンバレ勇者さん』チャンネル登録してるだろ」
「いえ。登録してないです」
偵察係が編集した動画報告書を倍速再生でチェックしたので、内容はほぼ同じだ。
しかし、『ガンバレ勇者さん』にアップされているものは、エンタメ的にムダなシーンを省き、わかりやすくテロップや効果音・BGMを入れた特別編集版みたいなものなので、知っていると言って内容に食い違いがあったら怪しまれてしまう。それに、実際にチャンネル登録していない。
「マジかよ。そっちのオマエはしてるだろ」
「ゼンゼン見てないっす」
ゼタはチャンネル登録どころか、動画報告書もチェックしていない。
「冒険者のはしくれなら見ろよー。勇者が冒険してるとこなんて、これでしか見れないんだぞ」
こういったパブなどは、冒険者同士の情報交換の場としてもよく使われる。クグはビギナー冒険者を装い話を聞くことにした。
「スミマセン。まだフリーになったばかりで、ちょっとそういうのにうとくて」
「しょーがねーヤツだな。オレが教えてやるぜ」
男性は面倒くさそうなそぶりだが、顔はうれしそうだ。
「いま、勇者はどんな感じなんですか?」
「ヤットコッサの町の困りごとを解決した動画がアップされてるぜ」
「勇者のSNSだと、ボッカテッキに向かってるみたいよ」
女性も会話に加わってきた。
「そのうちこの町にも来るっすよ」
「何でわかるんだ?」
ゼタがクグのプランを即行で台無しにした。
「いや、あの、順路的にヤットコッサからボッカテッキときたら、次はスルースル、チューリッツっていう感じかなーみたいな。あくまでも予想ですけど」
クグは慌ててフォローした。
「そう言われると、確かにその線が強いな」
「先代勇者のときもだいたい同じ順路だったんじゃないっすか?」
クグのせっかくのフォローをゼタはまったく気にしていないようだ。
「そういえばそんな気もするな。いちいち覚えてないけど」
「先代勇者で思い出したんだけど。自慢じゃないけどあたし、先代勇者のサイン持ってるんだよ」
「めっちゃ自慢っすね」
ゼタは初対面の人にも正直だ。
「いつの間にサインもらってんの? オレ知らないんだけど」
「3年くらい前だったかな。あんたがトイレに行ってるとき偶然見かけたから、思い切って声をかけてサインと握手してもらっちゃった」
「言えよ」
「あんたあんとき、お腹の調子が悪いていってめっちゃ機嫌悪くて、勝手に帰っちゃったじゃんか」
「覚えてねーし」
「っていうか、あんたいっつも勝手に決めるじゃん。こないだだって、あたしに相談もなしに勝手に依頼を決めちゃうし、それから――」
「人前でよせよ。それはともかく、サイン持ってるなら見せろよ」
「ムリ。額に入れてあたしの部屋に飾ってあるもん」
「ちぇっまあいいや。とにかく、この町に来るルートのどこかにいれば勇者に会えるってことだな」
「前回は急だったからハンカチに書いてもらったけど、今回は勇者Tシャツ準備しておこっと」
「オレは勇者モデルのダガーを買ってサインしてもらおうかな。本当はロングソードがいいけど、しがない冒険者には高けえし。オマエたちはどうするんだ?」
「とくにいらないっす」
正直すぎる。もう少しオブラートに包むことを教えなければならないとクグは思った。
「私もそんなにいらないかな」
クグはオブラートに包もうとしたが、それほどできていなかった。酒のせいで頭が回らないという言い訳を自分にした。
「なんだよそれ」
男性はあまりおもしろくないようだ。自分の好きなことを語っているのに、相手が興味を示さないときほど興ざめするものはない。
「勇者に興味がない人もいるからしょうがないじゃん」
女性は慰めるように言うと、男性に飲みかけのビールグラスを渡した。男性はグラスを受け取り、残りを一気に飲み干した。
「ところで、先代勇者ってどんな感じだったんすか?」
「ひとことで言うと、すっごくいい人って感じ」
「オレも会ってみたかったなー。ハラが痛くなってなかったら会えたのに」
「強いだけじゃなくて、一見クールでとっつきにくいと思いきや、優しいジェントルマン。あんたも先代勇者くらい優しくて強かったらなぁ」
「うるせー。優しい勇者様じゃなくて悪かったな」
男性はむくれる。
「ヤいてんの?」
女性はそんな男性を見て微笑んでいる。本心で言っているわけではないようだ。
「俺も先代勇者と話したことあるぜ」横から30代くらいの男性が会話に入ってきた。「ちょっとしか話したことないけど、とても真面目で町の人たち一人ひとりに思いやりがあって、優しい人だったぜ」
さらに数人が入ってきた。
「先代勇者は世界中をくまなくまわってたみたいだが、不慮の事故で亡くなっちゃったんだよな。残念だったな」
「国の公式の発表によると、だけどな。本当だと思うか?」
「仮に国の発表がウソだったらよ、万が一どこかで生きてることになるな」
「だとしても、勇者の力はとっくになくなってるだろ。勇者は1人って決まってんだ」
会話の輪が広がっていく。店にいる人たちが次々と先代勇者のウワサ話をしだした。
先代勇者は良かったと口を揃えて言う人たち。
「とても強く、とても良い人柄だった」
「100年に1人の聖人君子だった」
などなど。反対に、その優しさが勇者として向いていなかったのでは、と残念がる人もいる。
「心があまりにも純粋すぎた」
「ナイーブすぎて冒険に耐えられなかった」
などなど。なかには、
「魔王におじけづいて逃げた」
と言う人もいる。ほかには、
「精神に不調をきたし、人里離れた場所へこもってしまった」
「不幸な事故にあってやむなく引退したに違いない」
「事故じゃない。自ら命を絶ったんだ」
などと言う人も。店内はウワサ話でもちきりだ。
食事を終えたクグとゼタはこっそり店を出た。
夜が深くなってきたが、町はまだまだ眠りそうにない。
翌朝、いつもより少し遅めに起き、店が開き始める頃合いで町の散策に出かけた。
メインストリートは昨夜の様子と雰囲気が違い、少し落ち着いている。騒いでいる冒険者がいないからだろう。とはいえ、少しずつ人が増えてきて徐々ににぎわってきている。




