第39話 筋肉はめげない
スルースルの入り口に向かう街道は相変わらず人通りが少ない。町の活気のなさが道にまであふれてきているようだ。
「ここから国境の川のデカイカーワまで歩くぞ」
「うぃーっす。あ、でも、今から出発したら、すぐお昼になっちゃうっすよ」
「物資課と土木課の見学は予定外だったからな」
「元々はどんな予定だったんすか?」
「今日は1日移動日で、朝から歩いて日が暮れるまでに到着だ」
1日歩けば近隣の町へ行ける地点にあるというのも、スルースルの町をスルーする要因になっているのだろう。
「ゆっくり食事してから出発するとどうなるっすか?」
「今日中に着きそうになかったら野営することになるな」
「野営はメンドイっす」
「早めに出発すれば、少し暗くなるが今日中に到着できる。宿にも泊まれるし、日程にも余裕ができるぞ」
「そっちがいいっすね」
「ただし、あまりもたもたして夜遅くなると、夜行性のモンスターが出てきて危険だ」
「それはそれでおもしろそうっすけど」
「私はおもしろくないから却下だ」
ゼタの居場所が把握しづらい暗がりで筋肉圧縮魔法の爆発が起こったら、確実に死ぬ。夜行性のモンスターより危険だ。死ななかったとしても、任務上、目立つ戦闘は避けなければならない。暗がりの爆発ほど目立つものはない。
飲食店に入ると時間がかかるので、弁当を食べてから出発することにした。先に食事を済ませておけば、道中の休憩時間も最小限にできる。
町の弁当屋『チャイロイグ亭』でそれぞれ弁当を買った。ゼタは『やわらか鶏むねステーキ弁当』。タンパク質重視で選んだようだ。
クグは『からあげコロッケ弁当』だ。30代になり、徐々にお腹の脂肪が落ちにくくなりはじめてきたが、今日は歩きでカロリー消費が多い。これくらいのカロリー摂取は問題ないはずだと自分に言い訳をした。
近くの公園の芝生に座り、クグはさっそくソースの入った小袋を開けようとする。しかし、開かない。
おかしいと思い、開け口が合っているのか小袋を確認すると、『こちらの側のどこからでも開けられるものなら開けてみろ』と書かれていた。
随分と挑戦的だ。2、3度チャレンジするが、小袋がコロッケの油のせいでヌルッヌルになっており、まったくもって開けられる気がしない。人類には開けることは不可能なのか。このままソースをかけずにコロッケを食せというのか。
クグは思った。公務員に対して何たる侮辱。そこらへんの商品開発者なんぞに負けていられない。公務員の意地をみせるときがきた。
指と小袋のヌルヌルをハンカチで丁寧に拭き取る。第一印象は身だしなみからということで、きれいに切り揃えられた爪で小袋の端をつまみ、渾身の力を込めた。
端が少し切れた感覚を指先に感じた。よしっ勝った。クグは勝利を確信した。あとはこの勢いのまま一気に切り開くのみ。ぬおりゃーっと心のなかで勢いをつけて力を込める。
勢いよく開くソースの小袋。しかし止まらない手。完全に開いた小袋を無視して手は勢いよく左右に開いていく。袋が弾け飛び、行き場を失ったソースがあたりに飛び散った。
「ソースが……。私のソースが……」
クグは絶望の淵に突き落とされ、言葉にならない。
「なにやってんすか?」
ゼタが白い目で見ている。
「いや、べつに……」
クグはゼタに背を向け、無言でソースのないコロッケを食した。泣いてなどいない。ちょっと目にゴミが入っただけだ。
弁当のソースはすべて蓋付きのスポイトみたいな容器に入れるべし。法律で規定しなければならない事案だ。クグは呪詛のようにぶつぶつ言いながら弁当を食べた。
早めの昼食を済ませ、早々に町を出発した。東へとひた進む。
「テポトで次の町へ行けたらラクなんすけどね」
「しかたがない。私も先代勇者の任務のときは行ったことのない町ばかりだったから、歩いてまわった。勇者も歩いているから問題ない」
「そういえば、前の勇者って魔王倒せなかったんすよね」
「まああれは異例のケースだ。寿命や戦死による世代交代ではないからな」
「理由は筋トレにならないからだったっけ?」
「違う。『不慮の事故』だ」
国王から「勇者フォールズは冒険中の不慮の事故により亡くなった」と公式発表がなされた。
クグの脳裏にとあるシーンがフラッシュバックした。
勇者フォールズが『ヌルド』と呼ばれる不毛の大地に立っている。『バイナリツリー』と呼ばれる二股の枯れた木以外、生物とよべるものは何もない。この大地は、生物が生きることはできないと恐れられている。
勇者フォールズの目の前には、直径50ミートルほどの穴がある。不毛の大地にぽっかりと空いた無限の底『ヴォイドホール』。落ちたら存在ごと消えるとウワサされ、恐れられている。太陽の光が降り注いでいるというのに、穴の中は漆黒の闇で、底どころか数ミートル先さえ見えない。
勇者フォールズはためらうことなく穴の中へと身を投げた。やり慣れた動作をするように、ごく自然に。クグが止めようと思う隙さえなかった。
いつまでたっても底に落ちた音は聞こえてこない。それだけではない、周りからも何も音がしない。クグはすべての音がなくなってしまったような気がした。
勇者フォールズは、落ちたのではなく、地獄の闇へと吸い込まれていったのだとクグは思った。そして、もう二度と戻ってくることはない。
「あれば不慮の事故だ」
「さっき聞いたっすよ」
ゼタに言われ、クグははっと我に返った。
「いや、ああ、そうだったな」
「で、前の係長とコンビを組んでたんすよね?」
「上司のパシュトだ。それはもうやりやすかった」
当時クグはまだ主任で、パシュトが係長だった。クグより8つか9つ年上なので、今は41歳くらい。支援が始まった当時は37歳くらいだった。
「パシュトさんってどんな人だったんすか」
実地の支援に出ていたので、ゼタとはほとんど顔を会わすことがなかったし、ゼタは異動してきたばかりだった。ゼタが来てからパシュトが辞めるまで1年ちょっとしかなかったから、よく知らないのは当たり前か。
「ただの器用貧乏な私と違い、パシュトはすべての能力が私より上だった。武力も魔力も学力も。私にひとつひとつ丁寧に仕事を教えてくれた」
もし冒険者になっていたら、その活動地域では知らない者はいないくらいの有名な冒険者になっていたかもしれない。ある意味、陰から勇者支援なんてもったいない人だとも言える。
「へぇー。やり手だったんすね。なんで辞めちゃったんすか」
「仕事の経験をいかして、貴族や政治家・高級官僚向けの御用聞きの事業を立ち上げる、と聞いたが」
「もともとそっちの仕事をやりたかったんすかね。それとも、支援中止になってやる気をなくしちゃったんすかね」
「勇者支援の任務は体力的にも大変だしな。もう40代になっていたし」
「でも、課長補佐に昇進すれば事務仕事になるっすよ」
「公務員として縛られるよりも、時間に自由がきく仕事に切り替えたかったのかもしれないな」
とはいえ子どもが2人いるはずなので、安定した収入ではなくなる。奥さんはよく許したなとクグは思った。自分なら、自ら公務員という安定職を手放す選択はしない。
ちなみに、クグがパシュトと組んでいたときのペーパーカンパニーは『フィクシオ』といい、業務はトイレブラシの販売だった。魔力を込めるとブラシ部が回転する仕組みだ。
お試し品として配ったが、水がとんでもなく飛び散ると大変不評だった。SNSに『トイレだけにクソ商品』という投稿をみつけたことがある。もちろん1個も売れなかった。任務に支障のないペーパーカンパニーという点では大成功だ。
あまり長い期間、同じ名前で営業して世間的に怪しまれてもいけないので、総合戦略係の係長が変わるたびに新たに会社を作り直している。
「あの頃はまだ雑用ばっかりで、仕事がオモシロくなかったっす。パシュトさんが辞めてくれたおかげで、俺が今の仕事をやれることになったんすね」
「いや、いずれパシュトは昇進することになっただろうから、私とゼタが組むのは決まっていたのかもしれないな」
「じゃあ、辞めてくれたとかいちいち思わなくていいんすね。よかったー」
「おかげで、何度、殺されそうになったか」
「なんか言ったっすか?」
都合の悪いことは、うまいこと聞き取れないようになっているのだろか。クグは、そんなゼタをある意味うらやましいと思った。
「ゼタは異動してきて3年目だが、どういった経緯で異動してくることになったんだ?」
これまでお互いのプライベートなことは聞いてこなかったが、ひたすら歩くだけなので気晴らしにもなるとクグは思い、聞いてみた。
「志願したんじゃなくって、もともとは国防省の軍隊にいたんすよ」
ゼタの戦闘力なら軍隊で充分やっていけそうだ。ゼタは当時を思い出すように、空を見上げた。
学校を卒業したゼタは、国防省の軍隊を志願し公務員試験を受けた。
魔力が認められ、期待の新人として第3後方支援部隊に配属されることが決まった。
学生時代までは魔法一辺倒だったが、軍に配属されてからは、体力作りで筋トレや走り込みを課せられるようになった。最初はつらかったが、徐々に変わっていく肉体を見てだんだん筋トレにはまりだした。気がつけば、魔法の鍛錬はそこそこにして、日々筋トレに明け暮れた。
訓練の模擬戦では、魔法だけではなかなか勝てない。先輩だけでなく、同期の人にさえも。軍隊は全国からツワモノが集まるところだった。学生時代はそれなりに強いと自負していたが、井の中の蛙だということを痛感した。
木の杖では戦えないと思い、モーニングスターや短刀、槍などいろいろな武器を試した。筋トレと武器の試行錯誤を繰り返すうち、メイスで肉弾戦を行いながら無詠唱で魔法を使う戦法を身に着けた。日々磨きをかけていくうちに、少しずつ模擬戦でも勝てるようになっていった。
部隊遠征の任務では、先輩たちに混ざって無難に後方支援をこなす日々が続いた。しかし、だんだん飽きてきた。せっかく鍛えた肉体と戦法がいかせない。もっと興奮できる任務はないものかと少しずつ不満が募っていった。
そんなこんなで入隊してから2年間、みっちり鍛錬を積んだ。
3年目。ゼタにターニングポイントが訪れる。
モンスターの討伐遠征の任務。地方の村で、下水が流れ込む河川の土手に大量発生したネズミのモンスター・ドブニデルズの群れを巣ごと叩くという内容だ。
前衛部隊の戦士20名、後方支援部隊の魔法使い10名の部隊編成。ただしいつもと違うのは、同期のみで構成され、各部隊のリーダーだけ先輩が務めるという編成だ。
現地へ赴くとすぐさま戦闘が始まった。しばらくすると、いつもどおりの援護だけじゃオモシロくない、とゼタは思い始めた。
味方に補助魔法をかけ、遠隔でたまに攻撃するだけ。しかも、指示があったときだけだ。淡々とこなすだけで緊張感が出ない。3分の2ほど倒したところで前衛に疲れが出始め、動きが鈍ってきた。
後衛リーダーは味方を鼓舞する。
「ここは後衛の支援の見せ所だ!」
ゼタはそれを聞いて思った。前衛がもたついていて後衛の支援の見せどころということは、最前線に行って攻撃してもいいという意味か。ついに、自主練で開発したとっておきの魔法を使うときがきた。
ゼタは「よっしゃー」と叫ぶと、メイスを振りかぶって1人前線に飛び出した。
最前線に出たゼタは周りの状況も確認せず、開発した筋肉圧縮魔法でオソインをいきなり炸裂させた。
猛烈な爆発と共にドブニデルズの群れが吹っ飛んだ。巣がある土手も削り飛んだ。さらに、味方の前衛も5、6人が巻き込まれ吹っ飛んだ。なかには重傷を負ったものもいた。味方は全員あっけにとられた。
後衛リーダーはハッと我に返り、ゼタにマヒ魔法ウゴケヘンをかけた。
ゼタは残った敵を追撃しようとしたが、ウゴケヘンによって体が動かない。
前衛のリーダーと副リーダーは、ゼタの両脇を抱え前線から引きずり下げた。残った数匹のモンスターは戦意をなくして逃げていった。味方も戦いどころではなく任務終了となった。ミッションは無事成功した。
遠征から戻ったゼタは、こんこんと上官から説教を受けた。しかし、ゼタは手応えと充実感で満ちており、説教は耳を通過しただけだった。
魔法の説明を求められたので、魔力を筋肉で極限まで圧縮して放つ魔法だから、マジックとマッスルを合わせてマジッスルと命名した、と説明した。しかし、なぜ爆発するのか理解されなかった。
そして20日間の謹慎をうけた。
謹慎中は暇なので近場のモンスターを倒しに行ったり、筋トレをしたりした。謹慎が解けると、誰とも模擬戦すらしてもらえず1人で訓練することになった。
任務ではたびたび命令を無視し、最前線で筋肉圧縮魔法を炸裂させた。味方を巻き込むことはなかったが――味方がゼタから逃げたからだ――、次第に任務から外される回数も増えていった。
1年間そんな状況が続き、異動が決まった。
クグは思った。そうかそうか、無事にミッションが成功したのか。って、まったく無事ではない。巻き込まれた人がかわいそうだ。疎外されていくゼタを少し気の毒に感じたが、自業自得としかいえない。
もうこの頃には、すでに筋トレと筋肉圧縮魔法の下地はできていたようだ。
謹慎中も謹慎明けもひたすら1人で訓練とは、真面目というか、めげないヤツというか、ただの猪突猛進というか。今と変わらない。
次に配属されたのは国家情報局作戦本部だった。軍では規律を重視するが、作戦本部なら遊撃的な任務もあるため、適任だと判断されたのが配属理由だ。
とある任務が下った。政府高官の警護だ。この高官は、裏組織とのつながりが国家情報局情報本部によってバレた。しかし、司法取引ですべてを話す代わりに減刑されることとなった。
裏組織から口封じのため命を狙われている、という状況だ。
戦士4名、魔法使い2名のチームが組まれた。人目を避けるため、夜間に護送馬車で拘置所へ移送することになった。
当日。護送馬車を囲むようなフォーメーションで街灯がともる大通りを進んでいると、道をふさぐように立つ20人くらいの武装した一団が前方に現れた。裏組織のヤツらかどうか確認する暇もなく襲いかかってきた。
応戦する作戦本部チーム。敵味方が入り乱れる。ゼタはメイスで応戦しつつ思った。
守れっていっても、こんなに人がいたら対応できないよなー。1人ずつ応戦してたらキリがないなー。とりあえず敵を全員ぶっ飛ばせば終わるんだよなー。
ゴチャゴチャしてて考えるのがメンドイから、さっさとやっちまおうと決めた。
決まってしまえば気分がノってきた。応戦しながらマックスまでネムインを筋肉で圧縮し、イッキに炸裂させた。
猛烈な爆発により襲ってきた敵は全員吹っ飛んで倒したが、馬車も大破し、仲間と政府高官も一緒に吹っ飛んで負傷した。
それを見ていた控え部隊がなんとか政府高官を救出し、ミッションは無事に成功した。
帰ったら上司に説教をくらった。しかし全員を一撃で倒せたという満足感から、ゼタの耳には入っていなかった。30日間の謹慎だ。ちなみに、政府高官は全治1か月以上の負傷だった。
謹慎中、暇だったのでモンスターを倒したり、筋トレしたりしていた。全然めげていなかった。わずか1年で異動となった。
クグは思った。そうかそうか、無事にミッションが成功したのか。って、誰一人として無事ではない。巻き込まれた高官も運が悪かった。裏組織とつながりのあったことがそもそもいけないことなので、自業自得ともいえる。しかし、護衛しているヤツによって殺されそうになるとは思ってもみなかっただろう。
そして勇者部企画課に配属となった。理由はよくわからない。配属先はどんな仕事をしているのか検討もつかなかった。
最初は雑用だった。まったくオモシロくないから、辞めて冒険者にでもなったほうがいいかな、と思っていた。しかし、冒険者ギルドとかに入るのも面倒だなー、とも思った。
雑用の仕事がなくて暇なときは、支給品の装備をスタッズやらワッペンでカスタマイズして時間を潰した。そして庁舎の屋上で筋トレをした。実戦には出られないが、筋トレをして給料がもらえるのはゼタにとってラッキーな職場だった。
そんなことをして1年がたった。
勇者フォールズの不慮の事故によって支援が中止となった。そしてパシュトが退職した。穴埋めとしてゼタがそのまま繰り上がり、クグと組むことになった。
新しい勇者ヘラクレスタロウ・モモガワが誕生し、支援が始まって1年、現在にいたる。
「任務用の名前もらったんすけど、どうやって決めてるんすかね?」
「この名は代々使いまわされているようだぞ。パシュトがモンドリー・ウッテンを使っていた。私のはスタボーン課長だ」
ちゃんと仕事をしないゼタを、クグはやる気のない新人だと思っていた。
そんなやる気の見せない後輩が相方になったので、初戦はちゃんと先輩の勇姿を見せなければいけないと張り切ったら、ゼタの筋肉圧縮魔法にモンスターもろとも巻き込まれそうになった。
クグはゼタの経歴を聞き、厄介者を押し付けられただけのような気がした。
「今は自由に戦わせてもらってるんで、感謝してるっすよ」
ゼタから思いがけない言葉を聞きクグは少し驚いた。面と向かって感謝していると言われると、悪い気はしない。いいところもあるようだ。
とはいえ、殺されそうになったことは両手で数えきれない。ある意味、不器用でバカ正直で憎めないヤツともいえる。かわいい後輩だと思い、しっかり面倒を見ていこうとクグは思った。
ゼタは無邪気な笑顔を見せている。
「さー、次はどんな技を開発するっすかねー」
前言撤回。やっぱりただの危険なヤツだ。これまでどおり脳筋行為で任務を逸脱しないようクグは気を引き締めた。




