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第38話 土木課

 谷あいのヤンマ街道に着いた。岩肌がむき出しの谷間に整備された道が続いている。

 ふだん街道では見かけない人たちがいる。安全ヘルメットにニッカポッカスタイルの作業着で、何やら作業している。土木課の人たちだ。

 国家情報局勇者部土木課。主な仕事は大道具みたいなもの、ということはわかっているが、それ以上のことはクグもよく知らない。


 こちらの課も男性だけでなく、女性の職員もいる。男女雇用機会均等法と男女平等参画が定着し、さまざまな仕事で女性が活躍するようになった。

 腕組みをして全体の様子を見守っている男性がいる。現場監督だろう。


「あのー。勇者部企画課の者ですが」

「ナンジャイワレ。ワシになんか用かゴルァ」

 なぜ怒られているのだろうか。まだ何もしてないんですけど。クグは理不尽に感じつつも平静を装い話をすすめる。


「勇者部土木課の方でよろしかったですよね」

「そうじゃい」

「これからここでお仕事ですか?」

「ダンジョンとこの道が近いから、あらかじめ道を塞ぐのか、勇者がこっちに向かうのがわかってから道を塞ぐのか、どっちにするか決める必要があるんじゃい。そのためには綿密な計算が必要じゃから、地形の計測をしとる最中じゃい」


 報告書に『勇者がイベントを無視する可能性あり。対策が必要』と書いた件の仕事のようだ。

「なにをどう計算するのですか?」

「3次元レーザースキャナーで谷の構造と規模を計測。勇者の移動速度、勇者のチャラさによるイベントシカト度数を加味して、ワシらの総合破壊力と比較するんじゃい」

「なんかよくわかんねーけど、すごそうな計算っす」

「そういうことじゃい」


 計測作業をしている人たち以外にも、休憩所になっているテントの下で、バーナンダーを片手に栄養炭酸飲料のビタニュー・ブーストを飲んでいる人たちがいる。


「あそこの方たちにもお話をうかがってよろしいですか?」

「ナメてたらシバくぞ。あいつらはヤル気満々で計測結果が出るのを待っとるから、ピリピリしとんじゃい」

 まったり休憩中に見えるが、ピリピリしていると言うのであればそうなのだろう。クグは返す言葉がみつからない。


「休憩を邪魔しない部下思いの上司じゃろがい」

「そ、そうですね」

「ちゃんと質問しないとシバくぞ。ワシが丁寧に答えてやるから、覚悟して聞けやゴルァ」

 シバかれないように気をつけようとクグは心に誓った。

 もしかしたら、現場監督自身がヒマなのかもしれないと思ったが、口が裂けてもそんなことは言えない。


「土木課さんでは主にどのような仕事をされているんですか?」

「イベントで必要な屋台、舞台装置などの大道具の作成・設置・撤収をするんじゃい」

「設置したら、撤収まで仕事がないんなら休み放題っすね」

「そんな甘っちょろくないんじゃい。イベントの演出で舞台装置を動かしたりスモークを焚いたりとか、魔法で雪や雨を降らせるとかもやるんじゃい」

 基本は大道具が仕事のようだ。


「この現場は見たところ、大道具のような規模ではないようですが」

「大がかりなものだと川を氾濫させるとか、橋を壊すとか、崖崩れなどで道を物理的に通れなくするんじゃい。それから、ダンジョンに隠し通路をつくったり、岩や樹木や家屋を設置したりもするんじゃい」

「大道具の仕事だけではなくて、建築土木の仕事もあるんですね」

 この現場は、その建築土木関係の仕事のようだ。

 ということは、次のイベントのコダッカルでは、土木課の方たちに横道を作る作業をしてもらうことになる。


「村がモンスターに襲われるイベントで破壊具合が物足りないときは、追加で破壊したりもするんじゃい。もちろん、イベント後は壊した物の復旧は欠かさないんじゃい」

「イベントに合わせたスクラップアンドビルドのプロフェッショナルなんですね」

 設備課ではなく土木課という部署名なのは、もともとこういった仕事がメインだからであり、土木に付随して大道具の仕事もやるようになったのだろう。


「あとは、勇者たちの家が長期不在で汚れたり、壁や屋根が傷んだりしたら、こっそりお掃除や修繕もするんじゃい。勇者が専用で乗る馬車や船なども、勇者の不在時にこっそり整備するんじゃい」

「そんなに忙しいと、掃除にまで手がまわらなさそうですけど」

「お掃除に関しては、清掃業者に外注することもあるんじゃい」

 かなり多岐にわたるようだ。聞いただけでもかなりハードな仕事だということがわかった。


「組み立てるだけでなく破壊もするし、天候にも左右されるし、体力的に厳しそうですが、実際のところどうなんですか?」

「仕事が厳しいだぁ? やさしくサポートするから覚悟して仕事しろやゴルァ」

「そ、そうですよね。仕事が厳しいって言ってたら駄目ですよね」

「そういうことじゃい」

「では、勇者のためとはいえ、民家や橋を壊すのには良心が痛まないですか?」

「ワシらは壊してもちゃんと直すんじゃい。心優しいじゃろがゴルァ」

 口調のクセは強いが、仕事に一生懸命ということか。

 業務に関してはこれくらいでいいだろう。


「ちなみにですが、公開勇者審議会では何を担当されたのですか?」

「会場設営などの大道具全般じゃい。舞台裏でスタンバって、勇者候補者の登場の際にカーテンを開け、得点板を動かし、紙吹雪を振らせてと大忙しじゃい」

「それは大変でしたね」


「屋台は何を出したんすか?」

「おでんに決まっとるじゃろがゴルァ。自分たちの好みで決めたんじゃい」

 なぜ、お客さん目線ではなく自分たちの好みで決めるのか、とクグは言いたかったが、怖くて言えない。

「渋いチョイスっすね」

「どこがじゃゴルァ。老若男女に大盛況だったんじゃい。あと、ちびっこプレイランドもやったんじゃい」

 大盛況だったのなら文句は言えない。屋台エリアの隣に子どもの遊び場エリアがあったのをクグは思い出した。


「子どもが遊ぶエリアにあった、空気でふくらませる巨大な遊具を全部ですか?」

「当たり前じゃい。ふわふわエアドーム・ファンシードラゴンバージョンとか、アスレチックみたいに登ったりスライダーから滑ったりできるやつじゃい。お子さまに大盛況だったんじゃい」


「接客は情報課の人たちですか?」

「楽しいイベントなのに、情報課のヤツらにやらせたらもったいないじゃろがゴルァ。責任持って笑顔でやさしく接客したんじゃい。もちろん、みんなこの格好じゃい」

 ヘルメットにニッカポッカ姿の人たちが笑顔で接客している状況をクグは想像できない。


 地形を計測していた人たちが戻ってきた。

 現場監督は「お疲れさん」と職員に声をかけると、工事現場用タフネスタブレットを手にした担当者と話しはじめた。

 現場監督が休憩用テントの方を向いた。方針が決まったようだ。

「計算が出たぞー! 勇者が動く前に崖崩れイベント決定じゃー!」


 現場監督のかけ声とともに、土木課の職員たちがシャベルやツルハシを持って準備をしだした。中には一輪タイプの手押し車を押している人もいる。

 クグは気合の入った現場監督に聞く。

「もしかして、シャベルやツルハシでこれから崖崩れを起こすんですか?」

 言いにくいことだが、そんなものでこの道を塞ぐ規模の崖崩れを起こそうと思ったら、勇者のほうが先に着いてしまいそうだ。


「シャベルやツルハシで崖崩れは起こさないんじゃい」

「ではなぜ持っていてるのですか?」

「あれはただの装備で、分類は両手武器じゃい。魔法の発動の補助になってるんじゃい。ちなみに手押し車は通称ネコ車ちゅうて、あれも両手武器の分類なんじゃい。知らんのかワレ」

「勉強になります」


 杖ではないものを魔法の発動の補助に使う人を、クグはどこかで見たことがある。ゼタの方をチラリと見た。

「へー。そんな使い方もあるんすね」

 ゼタよ、珍しそうに見るな。気づけ、お前と同じだ。クグは少しモヤッとしたが、話がそれると面倒なのでぐっとこらえた。


「全員の魔法で一気に崖崩れを起こすんじゃい。使う魔法は、雨と風と岩の魔法じゃい。雨と風で地盤を緩めてから巨大な岩をぶつければ、自然な感じの崖崩れが起こせるって寸法なんじゃい」

「では、崖崩れを戻すのも魔法ですか?」

「そんな便利な魔法はねえ! シャベルとツルハシ使って、人力でチマチマ復旧させるしかねえんじゃい」

 そっちの作業は普通に使うようだ。


「あとは1年前に魔動ドーザー・魔動ショベル・魔動ダンプっちゅう三種の神器が導入されたから、作業効率アップじゃい。さらに今回は魔動ロードローラーで整地もするんじゃい」

「最新の魔動機械じゃん。うらやましいっす。しかも業務用っすよ」

「そっちの課は魔動機械の導入はないんかいワレ」

「まったくないっす」

「うちの上司は、国にそんな予算はないって言ってましたけど」

 クグは首を縦に振らないスタボーン課長の四角い顔がありありと思い浮かんだ。


「そうか? 軍を管轄してる国防省じゃ、軍用ドーザーを特注で作ったとか聞いたことがあるんじゃい」

「マジっすかーっ」

「予算がないんじゃなくて、おたくの上司、融通がきかねーだけのクソカタブツなんじゃねーのワレ」

「やっぱりっすかーっ」


 ゼタはオーバーなリアクションで頭を抱え、空を見上げている。

 そんなものがなくても十分仕事ができているので、移動用の乗り物はそれほど必要ないとクグは思っている。しかし指摘されて初めて、もしかしたらカタブツ課長に毒されているのではないかと思った。


「っちゅうわけで、そろそろ作業に取り掛かかるんじゃい。仕事の邪魔なんじゃい」

「見学させてもらってもよろしいでしょうか」

「邪魔したらシバくぞ。覚悟して見ろやゴルァ」

 シバかれないようにおとなしく見学しようとクグは心に誓った。クグたちは邪魔にならないよう、全体が見える位置まで下がった。


 現場監督は前に踏みだすと、工具などを入れる腰袋タイプの道具袋から拡声器を取り出し、皆に声をかける。

「崖崩れイベントじゃー。いくぞーっ、クソどもがー!」

「ッシャーッ」

「いくぜーっ」

「オンドリャー」

「ソイヤッ」

 現場監督の掛け声に応える職員たち。


 おのおの持ち場につき、シャベルやツルハシを構え、それぞれの役割の魔法を発動し始めた。シャベル班が雨魔法で、ツルハシ班が風魔法だ。

 谷の岩肌に激しい雨と風が打ちつけ、地盤が少しずつゆるくなっていく。ゆるくなった場所にネコ車班の岩魔法が発動した。

 岩が当たり、ヒビが入る。さらに雨風が染み込み、地盤がゆるくなっていく。

 そして全体の地盤がが充分にゆるくなったところで、巨大な岩が岩壁へと衝突した。衝撃で崖崩れが起こり、街道は土砂で埋まって通れなくなった。


 30分かかったかどうかの見事なまでの連携だ。訳がわからないが、起こっていることはスゴイ。

 土木課の職員たちは、お互いの仕事ぶりをたたえ合っている。皆、一見怖そうだったが、キビキビ動いており真面目で働き者だ。

 クグが現場監督に見学のお礼を言うと、これからが忙しいようで、現場監督は挨拶もそこそこに仕事へ戻って行った。


 見事な崖崩れを見てクグはふと気づいた。自分たちも通れないことに。しかし、すぐに気づき直した。スルースルにはテポトで行けることを。一瞬やらかしたかと思った。危ないところだった。


 ヤンマ街道を後にしながらクグは振り返る。

 土木課の仕事を見せてもらったが、体育会系というよりオラついていた。1人だけお祭り系が混ざっていたような気がしたが、気のせいだろうか。でも、そっち系のお方はお祭りが大好きそうだから、同じということでいいのかもしれない。

 連携の取れた魔法を使うさまは、一糸乱れぬ祭りの踊りに見えなくもないので、そういうことでいいだろう。

 この課に配属されなくてよかったとクグは思った。毎日パシリにさせられる自分が容易に想像できた。


「仕事に取り組む姿勢を見習ってほしいものだな」

 クグはゼタに聞こえるか聞こえないかの大きさでつぶやいた。

「ッシャーッ。次の町に行くぜーっゴルァ」

「ノリは真似しなくていいんだけど」

 影響を受けやすいヤツだ。土木課の仕事に圧倒されたのはいいが、やる気を出す方向がずれている。


 結局、自分には企画課が一番合っているとクグは思った。まさに適材適所。この仕事が向いているのだろう。縦割り行政でよかった。クグ自身もある意味、自分の仕事と役割を再認識することができた。


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