第35話 ドロシー
「なんなんすかアイツ」
「知るか!」
クグも見初めてるタイプだ。土人形を操る人形使いの魔族がいた例はあるが、ここまでのサイズは文献でも見たことがない。
これほどの大型のものを操るとなると、相当な魔力を持った手だれの術者ということになる。もしくは、何らかの原因で宿った魔力によりモンスター化したかだ。
「最初に来たときはいなかったのに。さっさと倒すっす」
「待て。イベントのボスにできるかもしれないだろ」
「そうだったっす。すげー都合がいい展開っす」
動きが遅いので、距離を保ちつつ様子を見て戦略を練るしかない。うまいこと逃げられれば勇者に倒させることもできるが、目立った暴れ方をするようなヤツだと冒険者案件になってしまう可能性もある。
「偶然、出会わなかっただけなのか、どこから移動してきたのか。どちらにしても、近くに術者がいる可能性もある。気をつけていくぞ」
「うっす」
「射程圏内に入ったら私がシラベイザーでデータをとる」
「その間にひきつけておくっす」
出現条件や特性などがわかれば対応を決められる。クグは盾を装備しスマホを構える。ゼタはメイスを持って構えた。
泥人形がゆっくり近づいてきたかと思うと立ち止まり、目が赤く光った。次の瞬間、目からビームが発射された。
慌てて横っ飛びで避ける。ビームの当たった地面は焦げている。
「ビームっすよ。ちょーヤベーヤツじゃん」
ゼタは興奮ぎみだ。クグは恐怖しか感じない。
剣で攻撃しても泥には効かないので、迂闊に近づいても危険なだけだ。遠距離でもビーム攻撃がやっかいだ。ゆっくり観察をする余裕はなさそうだ。
泥人形はかがんだかと思うと、勢いよく飛んで距離を縮めてきた。動きが遅いだけのモンスターではないようだ。着地の衝撃で辺りに泥が飛び散ったせいで悪臭がひろがる。
一定の距離を保つため逃げつつもシラベイザーのスキャンをしようと、クグは後ろを振り向きながらスマホを構える。
泥人形はビームを撃ちながら追いかけてきた。左右に避けながら走るため、狙いが定まらない。
「スキャンまだっすか」
ゼタも引きつけるどころではない。横を走りながら聞いてきた。
「もう少し待て」
「俺がやるっす」
ゼタは走りながらスマホを取り出し操作した。
「しまったっす! プロテインの3次元ホログラム広告が始まったっす。前が見えづらいー」
走るゼタの顔の前に、映像が貼り付いている。
「何でこんなときに広告が表示されてんだよ」
「間違って無料ニュースマプリの『シッタカブリ速報』を起動させちゃったっす。あ、やっと消えた」
「ふつう押し間違えないだろ」
「ホーム画面の一番起動しやすいところにあるんすよ」
「シラベイザーはどこに設定してあるんだよ」
「ホーム画面に設定してないっす」
「逆だろ。仕事に使うものがトップのホーム画面だろ」
「だってお天気もわかるんすよ。仕事に必要じゃないっすか」
「そう言われると否定できない」
「あと、勇者速報も見れるんすよ」
「そんなものまであるのか?」
「興味ないんで、見たことないっすけど」
「『興味ない』はないだろ。一応、仕事に関係してる人だぞ」
クグはそう言いつつも、自分のスマホに同じマプリが入っていたら、同様に見ないと思った。職場からまわってくる情報のほうが早くて正確なので、課長の若い頃の自慢話を聞くのと同じくらい意味がない。
そんなことをしている場合ではない。
クグは後ろをうかがう。ビームを避けながら逃げているので、距離は開くどころか縮んでいる。
泥人形が高くジャンプした。クグたちの頭上を飛び越し立ちふさがるように着地した。
クグは慌てて止まろうとするが、勢いを殺しきれない。泥人形の手が迫る。
前に出たゼタがメイスを振ると、泥人形の右手がふき飛んだ。
この隙を逃さず、クグは再加速して横へ曲がる。ゼタもすぐ後ろについてきた。
しかし、うまいこと逃げられたと思ったが行き止まりだ。周りをよく確認しないまま、竜神の祭壇のほうへ逃げてしまっていた。
逃げ場を失った獲物をゆっくり狩るように、泥人形が一歩一歩近づいてくる。ゼタが破壊した右手はいつの間にか再生している。
クグは祭壇の前で剣と盾を構え、盾にハンシャルスをかける。イチかバチかビームを受けて反撃してみるしかない。ビームを避けて祭壇に当たり破壊されてしまったらイベントができなくなってしまう。
ゼタは隣でメイスを構えている。筋肉圧縮魔法が炸裂したら祭壇どころか自分まで死んでしまうので、ゼタに期待したら危険だ。
泥人形は一本道の真ん中で立ち止まった。右目が怪しく光り、ビームが発射された。
クグはとっさに盾を構えた。
「うおりゃっ!」
前に飛び出したゼタがビームに向かってジャンプし、メイスで打ち返した。
打ち返されたビームは泥人形の顔に炸裂。頭部が吹き飛び、あおむけに倒れた。
「ゴメンナサーイ」
一安心する暇もなく背後から声がした。振り返ると泉からカナリーが現れた。こう毎回会えると、あまりレアではない。
「これはどういう……」
「なんなんすか、コレ?」
2人とも状況が飲み込めない。
「ドロシーちゃんと遊んだあと、自動モードにしたまま戻すのを忘れてました」
「ドロシーちゃん?」
クグとゼタは声をそろえて聞いた。
「泉の底に溜まったヘドロでできた、泥人形のドロシーちゃんです。たまに作って一緒に遊ぶんですよ」
泥人形の術者はカナリーだった。強力な魔力の持ち主という点では納得がいく。クグは倒れているドロシーちゃんを見た。名前の印象と違ってかわいらしさは微塵もない。
「そうだったんですか。自動で動くのですか?」
「そうです。動くエネルギー体に反応して追いかけっこをするようになっていて、捕まったら負けっていう遊びです」
「捕まる以前に、ビームで殺しにきてたような」
「ビームに当たるか捕まったら負けっていうルールなんですよ」
「人間がビームに当たったらどうなるのですか?」
「アキレス腱が焼き切れるくらいだと思います」
「危険すぎる」
かわいい顔して言っていることはクレイジーだ。
「わたしは実態ではないので、アキレス腱が切れることはないから大丈夫ですけど」
「こっちはアキレス腱があるんで、死ぬかと思ったんですけど」
「死ななくてよかったですね」
カナリーはかわいく微笑んだ。まったくなぐさめになっていない。理不尽だと思いつつもクグはグッとこらえた。
「つかぬことを伺いますが、ドロシーちゃんを勇者と戦わせることはできますか?」
「どうして戦わせたいのですか?」
クグは経緯を説明した。
「――ということで、勇者には戦闘が必要なのです」
「そういうことならできますよ」
カナリーは快く承諾してくれた。
「ありがとうございます。では、戦わせるにあたって確認事項がいくつかあります。何か特性はありますか?」
「魔力で形成しているので、形が崩れてもすぐ直せます。ほら」
カナリーが手を掲げる。ドロシーちゃんがむくりと起き上がり、グチャグチャと音をたてて頭部が再生した。泥人形とはいえグロいシーンだ。
「ということは、物理攻撃をしてもすぐに再生するので効果がないということですね」
「メイスが効かないんだったら、魔法で一気にふっ飛ばすしかないっすね」
「魔法攻撃はドロシーちゃんを触媒にして、わたしの魔力として吸収しますけど」
「魔法攻撃も無効化されるということですね」
「いつまでも戦い続けられます。わたしが飽きるまで」
恐ろしい言葉だ。いや、勇者相手には心強い言葉だ。
「ビーム以外に技や得意な魔法はありますか?」
「ドロシーちゃんを介して魔力を魔法に変換するのって面倒なので、エネルギーをそのまま放出すればいいビームが一番手っ取り早いです。地獄ビームっていうんですよ」
クグはネーミングセンスに疑問を感じたが触れないことにした。
「威力は調整できるのですか?」
「最小出力は木材に模様を描けるくらいです。最大出力は世界を7日間で焼き払う強さですけど。勇者が相手なら最大出力でもいいですか?」
「丘が一発で吹き飛ぶのでやめてください」
ネーミングセンスの問題ではなく、名前のとおり地獄ビームだった。それだけではなく、勇者が死ぬ。
「マッスル・リフレクションで弾き返してみてー!」
「チリひとつ残らないレベルで消し飛ぶぞ」
「逆にゾクゾクするっす」
一度、チリひとつ残らないレベルで消し飛ばないと、ゼタは学習しないのかもしれない。2度目はないが。
「勇者の強さがわからないのですが。どのくらいの強さならいいですか?」
「そうですね……例えば、ハンシャルスを打ち消すくらいとかはどうでしょう」
「それくらいの強さになりますと、よつんばいになったほうが安定したバランスで正確に撃てますが」
「それでおねがいします」
ハンシャルスを打ち消すビームなら特殊技として充分だ。さらに、特殊技にはわかりやすい攻撃モーションがあると、攻略情報として提供しやすい。
「倒せないってことは、戦闘が終わらないっすけど。勇者が死ぬまで戦うんすか? だったらひと思いに最大出力で殺っちゃったほうが手っ取り早くないっすか?」
「倒せなかったらイベントとして意味がないだろ。これは最重要ポイントなのですが、『勇者の祈り』でヘドロを浄化したらどうなりますか?」
「たぶん全体が崩れてしまうと思います。そうなったら、新たに作り直すしかありません」
「勇者が『勇者の祈り』を使って崩れてしまったら、戦闘終了で結構です」
「トラウマを植え付けるほどでなくていいんですね」
戦いは苦手だと言いながら、なかなか恐ろしい言動をなさる方だ。精霊なので人間とは価値観や常識が違うことからくるものだろうか。
「流れとしましては、勇者が泉にたどりついたらまず、ドロシーちゃんで勇者を襲ってください。『勇者の祈り』によって倒されたら終了で、祭壇に石が置かれたら姿を表す。という感じです」
「わかりました。ちょっと気になる点があるのですが。自作自演だと怪しまれないでしょうか?」
「問題ありません。勇者の場合はむしろ戦いがないと怪しまれます」
「いろいろと大変なのですね」
情報はこれで充分だ。
最後にやっておかなければいけないことがある。クグはスマホを取り出した。
「シラベイザーでモンスターデータとしてスキャンしてもいいですか?」
「どうぞ」
ドロシーちゃんは両手を胸の前に持ってきてハートマークを作ってポーズした。まったく可愛げを感じない。それどころか、何も感情がわき起こらない。
クグは無の感情になった状態で淡々とスキャンした。
ドロシーちゃんのキュートなポージングには、見る者の感情をかき消すという特殊効果があるのかもしれない。
スキャンを終えた。いつまでも長居をしていられない。
「ちなみに、私たちのことが勇者にバレてはいけないので、イベントの打ち合わせに関することはくれぐれも内密におねがいいたします」
「わかりました」
すぐさま企画課へ戻ったクグは、そのままスタボーン課長の席へ行く。課長の許可が降りてから報告書にまとめたほうが早い。
クグはスマホを取り出し、両手でハートマークを作ってポーズしているドロシーちゃんを表示させて説明をした。
「なかなか良いモンスターだな。ここのイベントのボスはこれに決定だ」
スタボーン課長は満足そうに言った。なんとかお墨付きを得ることができた。
「クグツィル君、ゼタリオ君、やればできるじゃないですか」
立ち聞きしていたブレイズンが横から入ってきた。
「物理攻撃も魔法攻撃も効かないのは、今回の勇者では初めてになる。序盤最後の戦闘にはうってつけだな」
「そうですよね」
ブレイズンは課長に媚びを売るように言った。
「ビームはハンシャルスでしか防げないが、ハンシャルスを打ち消すという効果もなかなか良い」
「良い効果ですよね」
「しかも、ビームの攻撃モーションがわかりやすいのも外せん」
「外せないですよね」
「さらには、『勇者の祈り』で倒せることに気がつくまでは、勇者側はただひたすら消耗する戦いとなる。思う存分苦戦するがいい」
「苦戦するのが楽しみですね」
ブレイズンの合いの手がいちいちうっとうしいが、気にしている場合ではない。
書類をまとめるため、追加の仕事が残っている。
クグとゼタは席へと戻った。
「これで終わったっすね」
「まだ終わりではないぞ。調べ物をするから手伝ってくれ」
「何を調べるんすか?」
「過去の勇者支援の記録をあたって、竜神がコダッカルに出たケースがないか調べるんだ」
「先代勇者のときは出てないってわかってるじゃないっすか」
「過去の記録を全部だ」
「そんなの手作業じゃムリっすよ」
「誰が手作業でやると言った。目の前にパソコンがあるだろ。支援記録のデータベースから『コダッカル』とか『スルースル』で検索をかけてチェックしていくだけだ」
「そんな長時間、座ってられないっす」
「家では『マッスル・ハムちゃん』情報について何時間も検索できるだろ」
「ソレとコレは話が別っす」
「早く終わったら筋トレできるぞ」
「それを先に言ってくださいっすよー」
ゼタは目の色を変え検索にとりかかった。クグもとりかかる。宿題は後回しにせず先にやってしまったほうが気が楽なのと同じで、仕事も面倒なことはさっさと終わらせるに限る。
「あの、それなら調べておきました」
クグの横から声がした。見ると、黒縁メガネをかけた女性が立っている。ゼタに事務仕事を教えるのを手伝ってくれた、三十路手前の事務担当職員のキャサリンだ。クグに書類を差し出している。
「ラッキー。やらなくて済んだっす」
「ありがとう。助かる」
クグは礼を言いながらプリントアウトされた書類を受け取った。
内容は、今から150年ほど前の勇者の支援記録だ。
丘の泉に住み着いたモンスターのコダッシーを倒すというイベント。
魔族の放ったモンスターが泉に住み着き、人々からコダッシーと呼ばれるようになった。
泉へ遊びに来た町の人たちは、凶暴なモンスターのコダッシーにたびたび襲われた。
勇者がコダッシーを倒すと竜神カナリー・レアが現れた。勇者たちは竜神からお礼を言われた。
その後、町の人たちからお礼のもてなしを受けた。とある。
現地調査員が竜神と遭遇したという記述はないので、勇者ならではのかなりレアな体験だったようだ。
その後、事務仕事の合間に「ヤットコッサのイベントクリア報告書」を確認する。
勇者一行を常時尾行し冒険状況を調べている、企画課偵察係が撮影・編集した、動画タイプの報告書だ。
町長の娘の病気を治すおつかいイベントだ。
まずは、町の人のおつかいで、わらしべ長者的物々交換でたらい回しにされる。
さらに、前に訪れた町へ行き、物々交換してこなくてはならない。
「前の町に戻るのまじダリぃ」
と勇者モモガワはグチるが、
「そんなこと言わずに、頑張りましょう」
と仲間に言われ、ダッシュで往復することになる。
物々交換してやっとこさ戻ってきたら、まったく間違いの情報だった。
「クソやってらんねえんだけど」
と勇者モモガワはなかばキレ気味になった。
結局、町から少し離れたところにある、巨大地割れの底にしか生えていない貴重な薬草『メッタニーハエトランジア』を採ってくることになる。
ダンジョンの道中、寄り道しないと取れない宝箱のアイテムもしっかり回収した。
底に住むボス、全長5ミートルに巨大モンスター化したクマムシの『マクシム』が、行く手を阻むように立ちふさがる。
固い装甲に苦労しながらも、攻撃力アップ魔法『リキムン』や魔法攻撃力アップ魔法『カマスン』、物理防御力ダウン魔法『ヤワイン』、魔法防御力ダウン魔法『ムボウビン』を駆使し、連携して正攻法でちまちまダメージを与え、見事倒した。
無事、薬草を採って帰り、町長の娘の病気を治す。
勇者一行は、ほっと胸をなで下ろした。
お礼として、名誉町民レンタサイクル無料乗り放題をゲットした。しかし町内限定なので、ほかの町に行くことはできない。
勇者モモガワは「意味なくない? 先にくれれば、もっとラクに町を移動できたのに」と思いながらも、断り切れずに受け取った。
さらにお礼として、町長の娘の家庭教師から無料でテポトを習った。
「前の町までダッシュで行って帰ってきたのに。マジタイミング悪りぃ」
と勇者モモガワが嘆く、という内容だ。
勇者の冒険者の様子を把握しておくこともクグたちにとっては大事な仕事だ。想定したイベントと実際の冒険を比較し、次のイベントの改善点にするためだ。




