第34話 スタボーン課長は指摘したい
4人用の第2会議室で、クグとゼタはスタボーン課長の前に立っている。
これから本腰を入れて事務作業をしようとしていたところ、呼び出された。
書類を前に神妙な顔をしているスタボーン課長は言った。
「調査報告書の内容はおおむねわかった。しかし、勇者の動きの流れも支援内容も、いまいち具体的につかみかねるのだが」
「今回、情報課の人には、勇者に直接情報を伝える通常の支援に加え、関係機関への働きかけもやっていただきたいと考えております。書類をまとめてから説明をしようと思っておりました」
「なるほど、今回はそっち系の支援もあるということだな。ざっとでいいから先に説明してくれ」
「はい」
クグはスタボーン課長の正面の席に座る。ゼタはクグの横に座った。
スタボーン課長は間を置くことなく聞いてきた。
「町へ着いた勇者が、環境保護団体『水源と竜神を守ろうの会』へ行くよう誘導する必要はあるのか?」
「絶対条件ではないです。必要なのは、勇者が来たことをこの団体に伝え、デモのタイミングを教える人です。一般の人たちからも広くデモの参加者を集めないといけませんので、一時的に団体へ入り込んでもいいと思います」
「入り込めれば、万が一、勇者が団体のところへ来ても対応できそうだな」
「スライム工場も同様に、作業員になりすます人が必要です。実際に働いている作業員たちに勇者が町に来たことを伝え、近日中にデモ隊が来るらしいこと、さらには、デモが来たときに合わせてストを起こすのが良いタイミングだと扇動してもらいます」
この2つは、間接的ではあるが重要な勇者支援となる。
「町長や工場の社長に対して情報課から事前の接触、その他の準備は必要ないのか?」
「調査したかぎりでは、社長の性格を考慮しますと、いきなり工場へ行っても解決にはなりません。逆に、勇者が来るとわかってその場しのぎの対策を講じられても困ります」
「癒着に関することや工場に関する情報は、あくまでもウワサ程度にしておくのがよいということだな」
「そういうことです。これらの準備を整えたうえで、勇者にコダッカルでメインイベントをこなしてもらうことで確証を得られる、という手順になります」
スタボーン課長はメモを終えてから言った。
「先にツノツノゲコッピのところへ誘導が必要だな」
「はい。私たちが通った経路で進むよう、入り口や誘導路を形成してもらえれば、必然的にイベントの順路になります」
「適当に横道を作って、宝箱に回復アイテムや解毒剤、耐毒効果のあるアクセサリーのアミュレットがあれば十分だろう」
あてもなく隅から隅まで丘を踏破していたら、いくら時間があっても足りない。適度な誘導による効率的な支援は、現代の勇者支援では重要事項だ。
「プーション1ダースセットはどうっすか」
「そんなもんはいらん」
スタボーン課長は即効で却下した。クグがつっこむ隙もなかった。
スタボーン課長がゼタの発言などなかったかのように、顎に手をあてながら言った。
「ツノツノゲコッピが毒性を持つようになったのは人間のせいだよな。つまり、被害者ということになるが」
「モンスターだから被害モンっす」
「被害モンに該当しますが、毒の池にいる毒性モンスターを発見すれば、町での情報から犯人だと勘違いして戦闘になるはずです」
クグはゼタのどうでもいい訂正につられながらも説明をした。
「仮に『勇者の祈り』で池の毒性を浄化したらどうなる?」
「根本原因が解決されていないので、またすぐに戻ってしまうと思われます。また、ツノツノゲコッピの毒性を浄化したとしても、毒性がない状態では汚染された池に住むことはできません」
丘の根本原因が解決されるまでは駆除するしかない。
「問題は、竜神カナリー・レアだな。本当にいるんだろうな? 幻覚だったでは困るぞ」
「竜神に会えたなんて、かなりレアだったっす」
クグは、書類と一緒に提出しようと思っていた石を課長の前に置いた。
「添付した写真とこの石がなによりの証拠です。そして、竜神カナリーが出てくる手はずになっているこの石を渡す老人役は外せません」
水質悪化、井戸水の水源、スライム工場の悪評、泉の竜神伝説など、勇者に伝えなければいけないことはたくさんあるが、これがなくては話が進まない。
「ほかに証明するものはないのか?」
「過去の勇者が遭遇したという話を、町の人から聞きました。過去の支援記録をこれから調べる予定です」
「ところで、この竜神も被害者になるが、戦わないのか?」
「報告書にも書いたとおり、エネルギー体が具象化しているだけで実体はありません。攻撃が一切ききませんので、戦闘として成立しません。仮に攻撃できたとしても、情報源となる方なので倒す意味がありません」
「そうか……わかった。次」
スタボーン課長は少し残念そうだ。
「次は、夕方に廃棄現場をおさえ、作業員の青年トーニから事情を聞くことになります。時間帯は、情報課の支援により多少前後するかもしれません」
「午前になる可能性は?」
「町での聞き込みや戦闘、泉で竜神に会うことを考慮すると、午前の廃棄には間に合わないと思われます。ですので、工場内に潜入した人の中に、廃棄に行くタイミングを調整できる人がいるとベターです」
勇者が訪れるタイミング的にも、トーニが2勤のときになるだろう。
「勇者のダンジョン攻略の進捗状況を逐一知らせ、それに合わせて廃棄に向かわせるということだな」
スタボーン課長はたたき上げで勇者支援をやってきただけのことはある。飲み込みが早いので、話がスムーズに進む。
「ついでに、『勇者が丘にいるらしいので、助けてくれるかもしれない』とウワサしてもらうのもありです」
スタボーン課長はうなずきながら書類にメモをする。
「廃棄に向かわせたら、勇者が工場に来るまでには、デモとストを始めなければいけないな」
「デモは、勇者が丘に向かい次第、日中に参加者の手配などの準備を完了させる必要があります」
「勇者が町に着くまでの動向を見て、仮日程を決めておいたほうがいいな」
「それでいいと思います。決行日が前後したとしても、『勇者に会える』とか『勇者も参加する』と言えば、多少急でも人は集まると思われます」
勇者が町に来れば、町の人たちはウワサで知るはずだ。めったに会えない勇者を見られるのだから、仕事などほっぽり出して参加するに違いない。
「ストのタイミングは、いつを想定しているんだ?」
「上層部がデモの対応に追われている間に決行してもらいます」
「町長が工場まで来るかが問題だな」
「デモの代表とストの代表には、『社長だけでなく、町長も来ないと話し合いをしない』と交渉するようアドバイスが必要です」
「それでも町長が動かなかった場合は想定しているのか?」
「はい。念には念を入れて、町役場の前で癒着のリーク情報の号外を配る人を配置しておくとよいと思います」
とにかく、出て行かざるを得なくなる状況を周りから固めていくことが必要だ。勇者のイベントに妥協は許されない。そこに手段があるのであれば、選択肢は「やる」のみだ。
「あとは勇者が合流し、先頭に立って市民を導くことで、戦闘では得られないドラマチックな展開になるはずです」
想定した流れを説明し終えたクグは、自分でもうまくまとめられたと思った。そして、少しくらいは褒めてくれるだろうと思った。
しかし、スタボーン課長は腕組みをしている。
「話し合いの場ができたとして、それでも工場側が簡単に認めなかったらどうするんだ。それに、浄化設備だけでなくビオトープも必要となると、非常にコストがかかる。簡単に『ハイわかりました』とはならない可能性もあるぞ」
鋭い指摘だ。長年、勇者支援に携わってきただけのことはある。しかし、クグはひるまない。
「勇者の手によって改心させる方法がひとつあります。それは――」
「工場ごと爆破っす」
「それではテロリストだろ。そうではなくて、先代勇者のときのように、人に『勇者の祈り』をかける方法です」
スタボーン課長は腕組みして考えている。
「それならできなくもないか……。いや、その前に根本的な問題がある。そもそも、勇者が『勇者の祈り』は汚染された物や汚れた人の心に効果がある、とわかっていなければならない」
事前知識で、『勇者の祈り』に浄化作用があるということを勇者が知っていなければ、そもそもこのイベントは成立しない。
この点にもクグには考えがある。
「この町では先代勇者の実績がありますので、情報課から『勇者の祈り』は物の浄化だけでなく、人の心もきれいにできる、という情報を提供してもらいます。大昔の言い伝えのような仰々しいものではなく、日常会話レベルの話でも十分対応できます」
勇者はチャラいが脳筋ではない。自然を愛するピュアな若者であるはず。きっと『勇者の祈り』を正しいことに使ってくれるはずだ。
そして、工場長や町長が魔族に操られていなくても、利益重視にとりつかれた状態から、自然を愛する心や、町民を愛する心を取り戻してくれるはずだ。
「以上です。町の立地上、強大なモンスターは生息していないですが、『勇者の祈り』にはさまざまな効果があると身をもって知る重要なイベントになると思います」
スタボーン課長は納得した様子ではあるが、まだ何かあるようだ。
「わかった。ひとつ確認しておきたいのだが、まだ魔族の活動はないのか?」
「現時点では、まだ動きはつかめておりません」
「見かけてもないっすね」
「うーん遅いな。いつもなら魔族の動きがあってもいい頃合いなのだが」
先代勇者のころはまだ工場がなく、大きなイベントなど起こりそうにない小さな町だった。しかし、魔族に動きがあり、イベントを設定することができた。
「冒険者からでさえ、魔族を見かけたという話はありませんでした。先代勇者の話はチラホラ出てきますが」
「そういえば先代勇者のウワサってどこの町でも聞くっす。聞き込みしたときも、いまだに信頼を寄せてる人が多かったっす。もう今の勇者が活動してるのに」
勇者モモガワが現れる半年ほど前まで、クグはゼタとは別の人とコンビを組んで、先代勇者フォールズ・ブライトを支援する職務にあたっていた。
先代勇者フォールズのウワサ話は、いまだに絶えない。『先代勇者はとてもいい人だった』。『先代勇者が生き返って、もう一度冒険をしてくれないだろうか』。『先代勇者はきっとどこかで世界の平和のために動いている』などなど。
「先代勇者って、この町でナニをしたんすか?」
「魔族が暗躍し始めたことを事前にキャッチできたんだ。町の人の欲望に付け込んだ下級魔族が、人に化けて町の人を操り勇者を襲おうとしていた。この情報を元にイベントを設定し、勇者は『勇者の祈り』によって魔族に操られていた町の人たちを解放した。そして見事、魔族を撃破した」
クグは支援していた当時を思い出しながら言った。
「勇者が初めて魔族と対峙し、裏でうごめく巨大な魔族の力の片鱗を見たことで、冒険の決意を新たにするというイベントだった」
スタボーン課長は満足そうに言った。
「魔族と戦えるんだったら、やりがいのあるイベントっすね」
先代勇者のときもそうだったが、人の欲望というものは尽きない。過ちを犯さなければわからないのだろうか。人は過去から学ばない。しかし、そのおかげで勇者のイベントをつくることができる。
勇者が表面的に人々を救っても、人間の根源的な愚かさは救いようがなく、自分もそのひとりであると思うと、モヤモヤした感情がクグの心を覆った。しかし、感傷に浸っている場合ではない。
「新しい勇者になってからまだ1年なので、人間界への侵攻が活発ではないのかもしれません」
先代勇者フォールズはかなりイベントを進めていたので、人間界で活動していた魔族をほぼ倒してしまった。新たに体制を整えて侵攻しようとすれば、時間がかかっても仕方がない。
「もう1年たったとも言える。そんなにもたつくだろうか。魔族がそんなに弱いのであれば、魔族の侵攻を受けるどころか、人間が魔界を征服できていてもおかしくないはずだ」
スタボーン課長は腕組みをしながら言った。
「ってことは、人間界を侵略するのはもう諦めたんすかね」
「そんなわけないだろ」
有史以来争ってきて、いまさら簡単に諦めるのもおかしい。先代勇者は亡くなり魔王を倒せてはおらず、侵略を諦めるような事は何もない。
「今後はより一層、注意を怠らないように。少しでも見かけたら、徹底的に追跡しろ。魔族の奴らめ、何をたくらんでいるのだ」
スタボーン課長の言うとおり、動きがないと逆に不気味さを感じる。
「わかりました。ゼタも頼むぞ」
「まかせろっす」
スタボーン課長は、思い出したように言った。
「ところでだ。仮に工場側が簡単に非を認めてしまったら、それはそれで困る。問題は大きいし巻き込む人も多いが、結局は話し合いだけで解決することになってしまう。それに、ツノツノゲコッピではボスモンスターとしてインパクトが弱い。というわけで、ボス級の戦闘を追加してこい」
「待ってください。どこにそんなモンスターがいるんですか?」
「それを探してくるのが君たちの仕事だろ。私の若い頃はだな――」
「わかりました。行ってまいります」
クグはそそくさと部屋を出た。スタボーン課長の若い頃の自慢話を聞くくらいなら、さっさと仕事に向かったほうがいい。
「どうするんすか?」
ゼタはクグのあとを急いでついてくる。
「現場に行ってから考える。さっさと準備して行くぞ。今日中に終わらせる」
スルースルの町へ戻ってきた。クグは町へ入らずコダッカルの方へと進む。
「何かあてはあるんすか?」
「そんなものはない」
「テキトーに時間をつぶして、なかったっすって言いながら帰るんすね」
「意地でも見つける」
「やみくもに歩き回ったって時間のムダっすよ」
「あてはないが、モンスターが出るのは丘しかない。とりあえずカナリーに聞いてみよう。丘に生息するモンスターのなかで、ボスによさそうな手頃なやつを知っているかもしれない」
コダッカルの泉まで来た。
泉の周囲は木に囲まれているが、泉のふちから2ミートルほどは草木が生えていない。何度来ても陰鬱とした空気は変わらない。陽の光が明るく差し込んでいるのにだ。
一般的にはこういう状況を何かが出てきそうな雰囲気という。
後ろの茂みからガサゴソと音が聞こえてきた。こんなところに来るのは冒険者くらいしかいない。しかし、音が近づくとともに何かが腐ったようなニオイが漂ってきた。
振り返ると、体長3ミートルはゆうに超える巨大な泥人形のようなモンスターが、すぐそこまで迫ってきてるではないか。強烈な悪臭の元凶はコイツのようだ。
泥人形が腕を伸ばしてきた。クグはギリギリでかわすと、モンスターに背を向けて走り出した。
「逃げるぞ!」
あんな訳のわからないヤツに捕まったらオシマイだ。




