第33話 悩める青年
ゼタには、新市街にある工場の社員寮の見張りを任せている。寮といっても、いくつかのアパートを一棟借りして職員を住まわせているものだ。廃液を捨てに来た青年が住む部屋は、昨夜、チュータで尾行済みだ。
ちゃんと見張りをしているのであれば筋トレをしながらでもいい、という条件を提示したらゼタはよろこんで引き受けた。アパート前の公園であれば、筋トレをしている人がいてもおかしくないはずだ。逆に、動かずアパートをじっと見ている人のほうが怪しい。
ゼタからのメッセージによると、青年は2階建てワンルームアパートの階段をだるそうに降り、大通りのほうへ向かって歩いているようだ。
クグは新市街の大通りへ向かうと、青年の数ミートル後ろをブラブラと歩いているゼタを見つけた。
「そっちの様子はどうだ?」
「筋トレはバッチリっす」
「そっちじゃない。尾行のほうだ」
「とくに問題はないっす」
「どこに行くんだろうか?」
「さあ?」
工場の勤務は2交代制。朝から夕方との1勤と、夕方から深夜の2勤。実働7時間45分勤務。青年は2勤であるはずだ。
夕方から仕事もあるだろうし、ヨレヨレの服を着ているので、特別な外出ではなさそうだ。食事に行くとかその程度の用事だろう。
「先に声をかけよう」
ゼタが一昨日に聞きこみをしたとき、マチョカリプスの名刺は見せていないようなので、ウェブメディアのライターをよそおう。名刺は今朝、設定済みである。
クグは素早く青年の横へ歩み寄る。
「スミマセン。私たちはニュースサイト『デイリー・サットヨメール』のライターをしているのですが、ここらへんで美味しいお店を知っていますか?」
クグは名刺を表示させたスマホを軽く見せ、手早くしまった。青年は少し考えてから言った。
「美味しいかどうかわからないけど、行きつけの店はすぐそこです。安いんで。今から行くところなんだけど」
「ご一緒してもよろしいですか?」
「別にかまわないけど」
青年は近くの食堂へ入った。クグとゼタは後について入る。まだ昼食には少し早い。
4人掛けのテーブル席につき注文を終えると、若者は珍しそうに話しかけてきた。
「こんな町にもメディアの人って来るんですね。そんな格好してるから、てっきり冒険者かと」
「各地を飛び回ってさまざまなニュースを追うためには、最低限の戦闘もこなさなければいけませんからね」
「そうなんですか。大変そうですね」
クグが名前を聞くと、青年はトーニと名乗った。
「仕事はお休みですか? それとも夜遅いのですか?」
「今週は遅番なんで、今から朝食と昼食を兼ねてって感じです」
「それは大変ですね。仕事にやりがいを感じてらっしゃるんでしょうね」
「どうなんだろう。言われたことを淡々とやるだけだし。うちの工場、ブラックなんで」
「そんなにシンドイなら、とっとと辞めちまえっす」
「なんか、同じことを言われたことがあるような……」
「失礼なことを言うんじゃない。スミマセン、礼儀に欠ける後輩で。お詫びに何か1品おごりましょうか。もちろん後輩のポケットマネーで」
「ちょっとぉ、しょりゃないっすよぉー」
「いや。気を遣ってくれなくても。その人の言うとおりだと思います。今の仕事は向いていないから、辞めたほうがいいのかも」
トーニは苦笑いをしながら答えた。
「どうしてそんなつらい仕事を続けているんですか?」
「恥ずかしい話だけど、ぼくはもともとニートだったんです」
トーニの話によると、学校を出てから就活に失敗し、バイトをするが長続きせず転々とすること2年。その後は、何もせず家でゴロゴロしていた時期が3年ほどあったそうだ。
自分でも何とかしないといけないと思っていたころ、たまたま見た無料求人サイトに大量募集の求人が出ていたのを見つけた。現在、働いている工場の求人だ。職歴がなくても雇ってくれるとあり、会社の寮もあると書いてあった。思い切ってこの町に来た、ということらしい。
「実家に居場所はないし、仕事を辞めてまたあのころの状態に戻ると思うと、少しくらいイヤでも働かないといけないって思って」
「いろいろと大変な思いをしてきたんですね」
「なんとか働いているけど、やっぱり仕事はつらいです」
女性店員が料理を持ってきた。料理と一緒にコーラが1瓶、机に置かれた。クグが頼んでおいたものだ。
「これは、ほんの気持ちです」
クグはコーラをトーニに差し出した。
「せっかくなんで、ありがたくいただきます」
トーニは瓶を手に取り、遠慮することなく言った。
「……ポケットマネー……」
ゼタが物欲しそうにコーラを見てつぶやいた。クグは無視して話をすすめる。
「ところで、この地域の問題とかトクダネを探しているんですけれども」
「この町にトクダネなんてありませんよ。どうせ、みんながスルーする町なんで」
「本当にそうでしょうか? いろいろとこの町のことを調べさせてもらいましたが、表に出せないような問題が工場にあるようですね」
トーニは伏し目がちで黙った。
「もしかしたら、あなたはそのことに関わっているのではないでしょうか?」
「それは……」
「顔や名前などはわからないようにしますので、お話いただけないでしょうか。このままこの仕事を続けていかれるつもりですか? 悪いことはいつかバレてしまうものです。最悪のバレかたをしたら工場の存続が危ぶまれて、働き続けることさえできなくなるかもしれませんよ」
沈黙を続けるトーニにクグは優しく話しかける。
「早いうちにウミを出すことができれば、きっとあなたもやりがいのあるお仕事として続けられるようになると思います」
トーニはコーラをひとくち飲むと話し始めた。
「うちの工場は、ペット用のカラースライムを作っているんです。生まれたスライムは、必ずなにかしらのステータス異常特性を持っているんですよ。麻痺だったり、毒だったり、速度鈍化だったり。そのステータス異常特性を無害化するのに、特別な薬品を調合した液体につけておく必要があるんです」
工場の大きな水槽に入っていたのは、スライムを無害化する薬品だったようだ。
トーニはさらにコーラを飲んで一息つくと、話を続ける。
「ミニサイズのスライムなんで大人にとっては大したことはないけど、子どもにとっては万が一のことがあったらいけないですからね。それに稀に大きく育てる人もいて、凶暴になってもいけませんし。そうやって無害化したスライムを商品として出荷してるって感じですね」
「そんな薬品が開発されているんですね。使い終わった液体はどうしてるんです?」
「まあなんと言うか。その……」青年は身を乗り出して小さな声になる。「使用し終えた廃液は、町の近くの丘に捨てているんです」
「責任者の方が捨てに行っているんですか?」
「それが……僕が担当にされてて……。早番が昼前で、遅番が夕方に行かないといけないんです」
カナリーの証言と一致する。嘘ではないようだ。
「心が痛む仕事を任されてしまっているんですね。それが原因で、お仕事がツラくて辞めたいと思ってらっしゃる、ということですね」
「最近は感覚が麻痺してきて慣れてきたけど、やっぱりあまりいい気分ではないです」
「廃液の浄化設備を導入するとか計画はないんですか?」
「工場長に聞いたことはあるけど、『コストとかいろいろあるんだ。経営のこともわからないのに口出しするな』って言われました」
「上司には話が通じないということですか。理解のない上司はお互い大変ですね。うちも似たようなもんだよなあ」
クグはゼタに同意を求めた。
「メシがウメェ」
ゼタはAランチの『野菜と干し肉のごった煮スープとパンセット』にがっついており、話を聞いていない。ポケットマネーの件は諦めて、食事に切り替えたようだ。
「まあ、そもそも会社の体質がブラックなんですよ。上司とか経営陣は話し合いとかできるような人たちじゃないし」
「町役場からは、なにも言われないんですか?」
「町役場の調査が入るときは、事前に通達があってから来るんで、あってないようなものです」
「どんな調査なのですか?」
「急場で用意した釜に廃液を入れて水分を飛ばすところを見せて、残った薬品のカスは燃やして灰にすれば無害だとかテキトーなこと言って終わりです」
「詳しい調査もせず終わってしまうということですね」
「社長と町長が癒着してるってウワサもあります。だから、形式的な調査しかしないんだって」
「工場だけの問題ではないかもしれないということですね」
「フーッ。食ったっす」
ゼタは食事をたいらげ満足気だ。良かったな、ではなくて話聞けよ。クグは話を途切れさせないため、心のなかでつっこむ。
「ふだんの仕事はそれほど大変じゃないし、無害化されたスライムはカワイイです。喜んでくれている人がいると思えば頑張れます。でも、みんなでストライキしようかと話し合うこともあります。正義の味方でも悪の組織でも誰でもいいので、いっそのこと社長と工場長をぶっ飛ばしてくれないかと思うこともあります。愚痴ってばかりでスミマセン」
「いえいえ。話しづらいことを話させてしまって、こちらこそ申し訳ないです」
カラースライムは安くてカワイくて飼いやすいペットとして流行している。1人暮らしの女性には癒やしとして。ファミリーにももちろん人気だ。
安いとか便利の一方で、製造現場ではこういった負の側面の問題を抱えていることはよくある。
情報収集はこれで十分だろうとクグは判断し、締めの段階にはいる。
「ぶっ飛ばすで思い出したのですが、近々、勇者がこの町に来るかもしれない、というウワサがあります。勇者が来たタイミングでストを起こせば、勇者が関わってくれるかもしれませんよ」
「勇者がいきなり工場ごとぶっ飛ばせば、話は早いっすね」
「それだとただの危険人物だろ」
「工場ごとでもかまわないけど。いや、半分冗談です。でも、世界の平和のために冒険している勇者が、わざわざあんな工場のために動くなんて夢物語ですよ。っていうか勇者がホントこんな町に立ち寄るんですか?」
勇者と縁もゆかりもない人にとっては、信じられないのは仕方がない。
「期待してもしなくても、15日から20日もしたらこの町に立ち寄るのではないでしょうか。あくまでも噂ですが」
「そういえば、先代の勇者がこの町を救ったっていうのを聞いたことあるけど。僕がこの町へ働きに来るより前のことだし、先代の勇者はもう死んでしまったんですよね。今回の勇者はどうなんでしょうね。期待していいのかわからないな」
「とりあえず、勇者が来るまでストライキはひとまず延期してもいいかもしれないですね。勇者がこの町来ないとわかってからストライキをしても遅くはないでしょうし。頭の片隅にでもいれておいても、損はないかもしれないですよ」
「まあ、考えておきます」
クグはレシートを手に席を立つ。
「ここの勘定はこちらで支払っておきますね。情報提供のお礼です」
個人的な食事ではなくれっきとした情報収集なので、領収書をもらえば経費で落とせる。もちろんコーラの代金も含まれる。
「すぐ記事になるんですか?」
トーニの顔は不安げだ。
「いえ。現状では記事にするのは難しいですね。営業妨害で訴えられても困りますし。勇者の動向も注視していこうと思っています。勇者がからむのであれば、そちらのほうがネタとしてはオイシイですから。何にしても、あなたが会社で危うい立場になるようなことはありませんので、心配しなくても大丈夫ですよ」
勇者の成果は嫌でも記事になるだろうから、ウソにはならないはずだ。
店を出て町役場へ向かった。
工場の廃液と町の立ち入り調査の件について、サットヨメールの取材としてアポ無しで訪問した。しかし、とくに話すことはないと受付で門前払いされた。
「ボッカテッキのときみたいに話ができなかったっすけど」
「問題ない。国の環境省の職員としてだったら話ができたかもしれないが」
「出直すんすか?」
「その立場で話をつけてしまったら勇者のイベントにならないだろ」
「追い返されるってわかってて、何のために行ったんすか」
「マスコミが嗅ぎつけたとわかればいいんだ。町長も担当部署もこのままではヤバいと思えば、改善案になりうるグリーン首都コンテストについて本気で調べるだろ」
勇者が来るまでに、話し合いのしやすい環境が整っていればいい。
スマホからメッセージの着信音が鳴った。すぐさま確認する。
『速報:勇者、ヤットコッサのイベントクリア』
町の観光をし、道具や装備品を整え、イベントの攻略完了まで想定の日数だった。
メッセージの確認を終えると、その足で中央広場へ向かう。こちらも遅れてはならない。
「報告書にまとめるぞ」
「こんなんで勇者のイベントになるんすかね」
企業や政治の不正など、どこの町でも似たような噂がある。魔族が人々を操っているとか、たくさんの人が死んでいるとかでもない限り、政治や企業の不正は基本的に勇者のイベントにしない。
「仕方がないだろ。これでいくしかない。今から他の案件を探す時間もない」
強大なモンスターが生息しているわけでもなく、魔族の活動もまだない。それにカナリーとも約束してしまった。
スマホからグループウェア『ミナタスカル』を起動させる。
この町のイベント案は「水質悪化の原因を調べていくと工場の不正にいきつき、暴いて改心させる」という内容だ。
調査報告書にこれまでの調査データを入力していく。
今回はその他備考欄に、勇者のイベントにする理由づけも加える。
『これはただの企業と行政との癒着の問題ではない。町が抱えた水質汚染と、それによって人々が困っているのは、冒険者では解決できない問題かつ、喫緊の問題である。
また、池や廃棄現場などを「勇者の祈り」によって浄化することが、このイベントのポイントである。
問題を解決するだけでなく、「勇者の祈り」にはさまざまな効果があるとわかる重要なイベントになるはずである』
「送信完了したぞ」
「じゃあ、今日はお仕事終わりっすね。おうちに帰れるぞー」
「終わってないぞ。楽しい事務仕事だ。このまま家に帰ったら、早退扱いになって給料減額だ」
「夕方ギリギリまで時間つぶしてから戻るってことで」
「報告書は送信済みだから、課長は仕事が終わったとわかってるぞ。サボってたと思われて、もちろん給料減額だ。しかも、事務仕事を先延ばしにすると、残業地獄で後々死ぬ思いをするぞ」
「早く戻ってジムシゴト。楽しみっすねー」
ゼタの口元は笑っているが目は死んでいる。




