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第31話 偵察機

 息を潜めて様子を伺っていると、2人組の男性が坂を登ってきた。1人は荷車を手前から引き、1人は後ろから押している。荷車には木の樽がいくつも載っている。荷物が重いのか、ゆっくりと上がってきた。


「あの手前の人、どっかで見たことがあるっす」

「冒険者の格好ではなく作業服だな」

 ところどころ汚れ、色褪せている。かなり使い込まれているようだ。

「思い出したっす。初日に工場の近くで聞き込みした人に間違いないっす」

「『ブラック企業で仕事がツライ』と、言ってた人か」

「そうっす」


 どちらも20代くらいの青年だ。ゼタが聞き込みをした人の方が少し年上に見える。

 作業着の2人は開けた場所の真ん中まで来ると止まった。

 2人は木の樽を下ろすと、中に入った液体を無造作に地面へとぶちまけた。クグたちの居る所まで独特な薬品の臭いがしてきた。


「カナリーの言うとおり、ここが廃棄場だな」

「仕事がシンドイって言ってたのは、この作業をやらされてるからっすかね」

 どう見ても楽しそうではない。作業している2人の顔はツラそうだ。


「工場が廃液を捨てる。地中に染み込んで地下水が汚染される。汚染された水により、生息していたツノツノゲコッピが毒性を持つようになる。人間にとって有毒な草も生え始める。地下水は町の井戸水の水源にもなっているので、町の人が井戸水を飲めなくなる。すべてつながっていた」

「そんじゃあコイツら取っ捕まえて、強制スクワットさせるっす」

「民間人に手を出してはいけない。それに今、私たちが捕まえて懲らしめても意味がないだろ」

「そうじゃないっす。足腰が強くなったら、荷車を引いてくるのが楽になるっすよ」

「楽にさせてどうする」

「仕事を辞めたいって思わなくなるかもしれないじゃないっすか」

「どんなやさしさだ。足腰が強くなる以前に、足がプルプルして帰れなくなるだろ」

「それを乗り越えた先に筋肉が待ってるっす。1日、3往復でも4往復でもできるようになるっす」

「汚染を促進させたら意味がないだろ」


 調査は慎重にすすめなければならない。

 工場は町役場と裏のつながりもウワサされているくらいなので、冒険者にさえも廃棄現場など見られたくないはずだ。

「私たちが迂闊に彼らと接触することで捨てる場所を変えられたら、勇者がこの現場を目撃することもできなくなるぞ」


 交渉する方法もあるが、上から言われてやっている末端の作業員には、決定権などないはずだ。

 それに、こんな装備の冒険者が急に現れて勇者の話をされても普通は信じないだろう。仮に信じたとしても、勇者支援をしているとバレるのはもってのほかだ。

 そうこうしている間に廃液を捨て終わったようだ。2人の作業員は空になった木の樽を荷車に載せ、もと来た道へ戻っていった。


「後をつけるぞ。町の工場で間違いないか最終確認だ。ついでに、道がどこにつながっているかも確認が必要だ」

「あっ、ちょっ、待っ。時間がかかりそうだからここでスクワットやろうと思ったのに」


 クグはゼタを置いて先に進みだした。ゼタは慌てて後ろをついてくる。

 道を下っていく。人が歩くことで踏みならされた普通の一本道だ。しかし普通でないのは、廃液がこぼれるせいだろうか、うっすらと薬品のニオイがする。このニオイを嫌ってか、野生動物だけでなくモンスターの気配もない。


 何事もなく丘を下りた。日は傾き、もう少ししたら日が暮れる。クグは兜と盾を外し、スマホのダンサバ・プロを終了させた。続いてテクビゲで現在地を確認する。登り始めた位置から見て東側に出たようだ。

「丘の正面から登らず、わざわざ東側へ迂回して登っているんだな」

「自分たちでもやましいことだと思ってるからなんすかね」

「そうでなければ、正面から登りそこらへんに捨てているはずだ」


 町の方を見ると、人と荷車が何度も通って踏みならされた道が続いている。遠くに荷車を引く2人組も見える。

「この道をたどっていくぞ」

「ういっす」


 中間地点あたりまで尾行すると、荷車の2人組は町の南の入り口の方へは行かず、そのまま見えなくなった。

 道をたどっていくと新市街の裏手へと着いた。ちょうど工場の真裏だ。モンスター避けのために町を囲っている木の塀の一部が、開閉できるように加工してある。


「工場確定ってことで、仕事はこれで終わりっすね」

「念のため工場内を偵察しておいたほうがいいな」

「めんどいっす」

「面倒くさくない。仕事だ」

「じゃあ、こっから入ってさっさと偵察終わらせるっす」

「工場の人に見つかったら面倒だ。町の南の入口まで行くぞ」

「さらにめんどいっす」

「怪しまれないのが第一だ」


 クグは先を急ぐ。ゼタは文句を言いながらもクグの横をついて歩く。 

「ところで、なんの工場なんすか?」

「そんなこともわかっていなかったのか? カラースライム工場だ」

 小さくて丸っこくてカラフルだと、若い女性や子どもに人気のペットだ。

 エサは残飯でも、使えなくなった食器やスプーンでも、何でも溶かして食べてしまう。残飯ではかわいそうだと専用のペットフードを買う人もいる。


「ふーん」

「流行りのペットだぞ。興味ないのか?」

「筋肉がないから鍛えてマッチョにできないっす」

「ペットはマッチョ基準で選ぶものではない」

「価値観は人それぞれっす」

「そう……だな……。そんなことより、工場はあっちだな」

 クグは言い返す言葉がなかった。


 工場の正面入り口が見えるところまで来た。まだ距離はある。あまり近くまで行って怪しまれてはいけない。

 大きな工場棟の手前に、木造2階建ての事務所棟が1棟見える。出入り口の門には『ススララファーム』と書かれた看板が立っている。遠くの位置かつ、暗くなり始めた時間帯でも文字がわかるのは、魔動照明機がバックライトになっているタイプだからだ。文字の輪郭が光って浮かび上がっている。


「さて、どうやって工場内を偵察するかだ」

「ちわーっすって入っていったら、見学させてもらえるんじゃないっすか」

「こんな時間に予約もなしに来た大人の男2人を、工場見学させてくれるわけないだろ。仮に見学さえてもらえたとしても、『廃液は処理せず丘に捨てている』なんてバカ正直に教えてくれるわけないだろ」

「じゃあめんどくさいこと無視して、正面突破で爆破っすね」

「正面から入るのは最終手段だ。まずは周りから調べるぞ。あと、爆破はしないからな」


 周辺を調べるため、工場の横手へまわった。隣の敷地は空き地になっている。町の開発で余ったであろう資材が雨ざらしで置かれ、簡易の倉庫もある。

「あそこに行こう」

 空き地の倉庫裏手には人の気配がない。クグはここなら問題ないと判断し、地べたに座った。


「こんなところで、どうやって工場内を調べるんすか?」

「偵察機を使って工場内の様子を調べるんだ」

 クグは道具袋から通称スクイークとよばれるネズミ型偵察機を取り出した。手のひらサイズの大きさだ。

「それなら侵入しなくてもいいっすね」


 魔動機械なので魔力で操作する。偵察機はほかにもヘビ型の通称ヒス、クモ型の通称ゴッサマーなどもあるが、クグは断然スクイークだ。機動力と扱いやすさのバランスがよい。

 どの偵察機にも共通している機能は、内蔵されたカメラで捉えた映像をペアリングしたスマホから見ることができる。この映像は自動で録画され、調査データとして添付できる。


「名前をつけると愛着がわくぞ。ちなみに私のは『チュータ』だ」

「なんかフツーっすね」

「普通でいいんだよ、普通で。それはそうと、ゼタは偵察機を使ったことがあるか?」

「もちろん、ないっす」

「自慢気に言うことではない」

 今後、ゼタにはハチ型偵察機、通称ドローンの使い方でも覚えてもらったほうがよさそうだ。


 クグは愛機のチュータに魔力を込め放った。スマホに写った映像を見ながら操作していく。

「どれどれ?」

 ゼタが横からクグのスマホを覗き込んできた。ゼタの頭が邪魔でクグはスマホが見えない。ゼタの頭をどかすと操作を再開する。


 チュータが工場の柵をくぐり敷地に入った。ここまではいいが、どこから工場内へ侵入するかだ。とりあえず裏手の方へとまわる。するとスマホから人の声が聞こえてきた。偵察機にはマイクとスピーカーもついている。もちろん、映像と一緒に自動録音される。

 黒い人影が映像にチラリと映った。工場の作業員が近くにいるようだ。急いでチュータを草陰に隠れさせた。偵察機が見つかるという初歩的なミスをするわけにはいかない。警戒が強まれば、調査が困難になってしまう。


「さっき草陰でなにか動かなかったか? ネズミでもいるのか?」

 男の声が聞こえる。チュータの映像からは草しか見えないが、草をかき分け探しているようなガサガサという音が聞こえる。このままでは見つかってしまうかもしれない。さらに別の男の声が聞こえた。

「マジかよ。ネズミを見つけたら衛生点検で報告ないといけないし、終業後に衛生活動がねじ込まれて、駆除作業しないといけなくなるんだよな」

「ノラネコなら害はないし、放っておいてもネズミを駆除してくれるからいいんだけどね」


 クグはとっさにスマホを口に近づけた。

「ニャ、ニャーン」

 おっさんのあくびのような音が工場裏に響いた。

 クグはネコの鳴き声をマネしようとしたのだが、焦ってしまい地声で喋るという致命的なミスをしてしまった。逆にピンチだ!


「なんだノラネコか」

「なんかすげーオッサンくさい声のノラネコだな。まあいいか。それより早く戻らないと、サボってるのが見つかったら怒られるぞ」

「そうだった。シゴトシゴトっ」


 危機一髪であった。なんとかごまかせたようでクグはほっと胸をなでおろした。ネズミ型偵察機でネコの鳴きマネをするとは思ってもいなかった。

「ネコのモノマネ、スッゲーヘタっすね。フフッ」

 ゼタは鼻で笑っている。

「ウルサイっ。とっさのことで焦って地声になっちゃっただけなのっ。本当はもっと上手なのっ」

 ゼタに言い訳をしている場合ではない。工場内の偵察だ。この部分のデータはあとから削除して、絶対に報告には入れないとクグは心に固く誓った。


 さらに敷地内を進む。工場の壁を見上げると排気ダクトが見える。あそこから入るのがベストだろう。壁を登り、排気ダクトから工場内へ侵入した。


 ダクトに空いた穴から出ると工場全体が見渡せた。大きな円形の水槽がいくつもあり、薄く緑がかった液体と、色とりどりの丸っこいスライムがぎっしり入っている。

 梁を伝いチュータを移動させる。


 スライムの入っていない水槽では、中の液体をバケツで木の樽に移し替えている。廃棄現場で見たものと同じものだ。

 作業服を着た人たちは黙々と作業をしている。意欲的に仕事をしているようには見えない。

 その原因は、汚れていない作業着を着て高圧的に指示している、50代くらいの男性のせいだろう。工場内の音のせいで何を言っているかまでは聞き取れないが、怒鳴るような声が聞こえる。

 その横には、立派な口ひげをたくわえ、高そうなスーツとメガネの偉ぶった態度の60歳前後の男性もいる。

 2人は現場を離れてどこかへ行くようだ。チュータで追いかける。


 工場を出た先は通路になっており、その先は隣の事務所棟につながっている。工場と事務所をつなぐ渡り廊下のようだ。

 梁を伝い追いかける。2人は渡り廊下の中ほどで足を止めた。


「まったく使えない奴らばかりだ。工場長、君もそう思わんかね」

 スーツの男性が偉そうな口調で言った。

「同感です。社長」

 工場長と呼ばれた男性はこびるように言った。


「ところで、増産の件は進んでいるか?」

「それがですね、人員が足りていないのもありまして……。それに、廃液の処分の回数が増えるとなりますと、人員のやりくりが難しい状況です」

「追加で求人広告を出さないといかんな」

「問題はそれだけではなくてですね……。廃棄の回数が増えると町の人や冒険者に見つかる可能性が高くなる、と現場から懸念の声があがっております」

「最近、環境保護団体とやらが冒険者を使っていろいろ調べているみたいだな」

「もし見つかったら我が社に与える影響は計り知れません」

「焦らなくてもいい。冒険者なんかカネで簡単に買収できる。何なら、環境保護団体の奴らも何人かカネで買収すれば、簡単に解散に追い込める」

 社長はヒゲを触りながら、見下すような口調で言った。


「買収する前に、マスコミにリークされたらどうしましょう。それに最近では、勇者が各地でいろいろ活躍しているようで、少しずつ東へ進んできております。いずれこの町にも来そうな感じです」

 工場長は不安を隠しきれていないようだ。


「マスコミや勇者が怖くて商売できるか」

「そ、そうですよね……さすが社長」

「どうせ勇者なんて、モンスターさえ倒していればいいという時代錯誤の戦闘狂みたいな奴だろ。こんなスライム工場なんかに関わるわけがない」

 社長は鼻で笑いながら言った。


「で、でも万が一、勇者が来たときのことは想定しておいたほうが……」

「そんなの簡単だ。子どもの工場見学みたいに、その場しのぎで適当にあしらっておけばいい。勇者なんかにビジネスのことがわかるわけないだろ」

「は、はい。わかりました」

「頼んだぞ」

 社長は事務所のほうへ行ってしまった。工場長は工場のほうへ戻っていった。

 社長は話し合って解決できるような人物に見えない。工場長は社長のイエスマンになっており、交渉する相手になりそうにない。


 廃液の不法投棄の件については証言を得られたので、上司の命令で行っていることで確定だ。

 しかし、廃液を不法投棄を止めさせたからといって、すぐに水質が元に戻り、モンスターも元の毒のない状態に戻り、毒の草も枯れる確証はない。

 それでも一応、勇者にやることはやってもらったほうがいいだろう。


「丘の各所で『勇者の祈り』をして、一時的にでも浄化してもらうとして……」

「社長と工場長は勇者がぶっ飛ばして一件落着でいいっすね」

「いや。そういうわけにもいかなそうだ」

「なんでっすか?」

「廃液は定期的に排出されるだろ。根本的な解決をしなければ意味がない。勇者が定期的に工場へ来て、廃液を浄化しに来るわけにもいかない」

「工場に就職すれば問題解決っす」

「就職してどうするんだ。冒険を続けなければいけないし、最終的には魔王を倒さないといけないんだぞ」

「だったら、つべこべ言わずに社長をぶっ飛ばせば済むっす」

「勇者とはいえ、一般人をぶっ飛ばすのはよろしくない」

「いきなり工場に来て、話し合いで解決できたら勇者のイベントっぽくないっすよ」

「そうだな。スタボーン課長やブレイズンは、勇者のイベントとして認めないだろうし」


 クグとしてもそんな中途半端なイベントでは満足がいかない。

 それに、利益やコストなどお金がからむことに対して、勇者が一方的に愛と平和と環境保護を訴えたところで、話が噛み合うわけない。


「もう少し調査が必要だな」

「めんどーい」

「ここからが本番だ。明日は朝イチで調査だ。今晩は宿に泊まるぞ」

「結局、泊まりかー。まあ野営よりはマシっす」


 チュータを回収し、宿で作戦を練ることにした。


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