第30話 竜神の想い
「まだ何かありましたか?」
「わたしが出てきたときも、竜神と呼ばれているとお話ししたときも、お2人のリアクションが薄いんですけど……」
そんなことを言われても、どうしようもない。この任務をしている以上、世界中の不思議なことに出くわすことはよくある。いちいち驚いていては仕事にならない。
しかし、いつもよりゼタがおとなしいことにクグは気がついた。自分のリアクションはともかく、いつものゼタなら精霊や竜神と聞いただけで興奮してなかなか話が進まないはずだ。ゼタは腕組みをして神妙な顔をしている。
「どうした? 竜神様だぞ? いつもならもっとリアクションがあるだろ。調子でも悪いのか?」
「っていうか、竜神感がまったくないんで、ホントに竜神なのかわかんないんすけど」
「やっぱりそうですよね……」
カナリーは少し気落ちした様子だ。
「リアクションって必要ですか?」
「これでも一応、竜神と呼ばれていますので、人前に出る以上はやっぱりリアクションがほしいです……」
気が小さそうなわりにはリアクションがほしいとは面倒な性格だ、とクグは思った。
「かわいらしい少女に見えますからね」
「人間モードだとわかりづらいですよね……。ちょっと待っててください」
カナリーは両手を握り合わせ祈りのポーズをとると、まばゆい光に包まれた。
光がおさまるとそこに少女の姿はなく、全長10ミートルを越える1匹の緑色の水竜が宙に浮いているではないか。力強くしなりうねる体。硬そうなウロコ。鋭い牙と爪。頭部の黄色い角はイカヅチのように威厳に満ちている。右手には透き通ったピンク色の水晶のような玉を持っている。さっきまでの気の小さそうな少女とは思えない姿だ。
「スゲーッ! 竜になった! ホンモノっす!」
「やっぱり、竜モードで出てきたほうがいいでしょうか。初見はビックリさせないようにと思ったんですけど……」
「ダンゼンこっちっす。竜神感ハンパねぇっすよ」
「そ、そうですか? そう言ってくれるとうれしいです」
見た目はイカツイ竜だが、声としゃべり方は少女のままなのでギャップが半端ない。
「勇者のイベントとして考えると、竜の姿で出てきたほうが竜神感を強くできると私も思います」
「じゃあ、竜モード確定でいいかしら?」
「しかし急に竜の姿で出てきた場合、モンスターと勘違いされて襲われる可能もあります」
「メンドクサかったら、勇者を倒しちゃったらいいんじないっすか?」
「概念的な存在なので襲ってきても攻撃は効かないですし、人間の勇者ごときには負けないですけど。戦うのは専門じゃないんで、ちょっとイヤですぅ」
「攻撃が効かないなんてスゲーッ」
「とにかく、竜の姿か人間の姿かはケース・バイ・ケースということになりますね」
「わかりました。どちらがいいか検討しておきます」
「もうひとつ。余計なお世話かもしれませんが、しゃべり方をもう少し威厳ある感じにすると竜神感が強まると思いますよ」
「助言ありがとうございます。しゃべり方も練習します」
ゼタがスマホを取り出し何かをしている。写真か動画を撮っているのだろうか。
「仕事中に何をしているんだ?」
「シラベイザーで調べようと思ったんすけど、ゼンゼン調べられないっすよ」
竜神様を相手にそんなことしたらダメだろ、とクグは言おうと思ったが、報告するためにはデータが必要なので調べられないのは問題だ。どうにかして竜神がいる証拠を提示する方法を後で考えなければいけない。
「それは困ったな」
「あ。でも写真は撮れたっす」
「最近はそのスマホというもので安易に魔法が使えるみたいですが、わたしは機械の魔法を受けつけない体質ですよ」
「どういうことですか?」
「わたしに実体はありません。この場に宿るエネルギー体です。人々が貴重な水場を霊的な存在が宿る神聖な場所と考え、その存在を竜神と呼び代々語り継がれてきました。竜の姿や人の姿をイメージするので、その姿で現れることができるのです」
「抽象的な概念が、人々の思いや信心によって具象化している状態というわけか」
「そうです。竜神といっていますが神ではありません」
「俺だったら、ブーメランパンツ一丁のゴリマッチョな精霊をイメージするっす」
クグはパンツ一丁のゴリマッチョ精霊が、笑顔でポージングをしながら登場するのを想像してしまい、気分が萎えた。
「マッチョはおいといて。概念的な存在なので人間の攻撃は問題ないが、人間の信心が薄れることの方が死活問題なんですね」
「そうです。これはわたしの力ではどうにもできません。人間が何とかするしかないんです」
自然を守ることは、そこに生息する動植物だけでなく、精霊などの超自然的な存在にも影響があり、思っていたよりも大きな問題のようだ。
「必ずや勇者に解決させることを約束します」
「そんなこと約束しちゃって大丈夫なんすか?」
「この問題を勇者のイベントにするのはほぼ決定だ。ただ水をきれいにするのではなく、竜神に出会って使命を帯びるイベントになるんだぞ。不法な汚染水の廃棄している人を暴き成敗することで、自然環境を守ることになる。そして町の地下水を守ることになる。さらに、町の人たちが泉を大切にする心を取り戻すことができれば、カナリーも消えずに済む。浄化が必要であれば勇者の祈りも使うことになる。ただモンスターを倒すイベントでは得られない、『これぞ勇者のイベント』になるはずだ」
「ぜひともお願いします。勇者が動いてくれるのであれば、町の人も動いてくれるかもしれないです」
細かいことは後から決めようとクグは思っていたが、今、決められることは決めておいた方がいいと判断し直した。
「もう少し細かいことを決めたいので、人の姿に戻ってもらっていいですか? 話しづらいんで」
「あ、はい、どうもスミマセン」
竜神からスミマセンと言われるのも不思議な感じだ。竜の姿のカナリーは光に包まれると少女の姿に戻った。
「まず、勇者がここまで来る手はずを決めます。廃液を捨てに来る時間帯は決まっていますか?」
「昼前と夕方の2回です」
「勇者が廃棄現場をおさえるられるよう調整させます」
「思いどおり動いてくれるっすかね?」
「情報課の人たちならば、勇者が来るタイミングか、廃棄のタイミングのどちらかを調整できるかもしれない。これはこの後の調査で決めることにしよう。次に、どうやってカナリーが出てくるかを決めます」
「普通に『こんちわー』って来たら、『いらっしゃーい』って出て来ればいいんじゃないっすか?」
「それでは勇者の冒険っぽくないだろ。関係ない冒険者が迷い込んだときに、間違って出てきてもダメだ。呪文とかアイテムとか、勇者だとわかる設定を作っておいたほうがいい」
「では、これはどうですか?」
カナリーが右手を前に出してかざすと、泉から石が1つ出てきてクグの前で止まった。クグは石をそっとつかんだ。勾玉の形をしており、表面がスベスベしている。
「これは?」
「この石を持ってきた者が勇者というのはどうでしょうか?」
「なるほど。では、この石をそこの祭壇に置いたら出てくる合図にしましょう。これなら間違えることもない」
「なんか冒険してるっぽくなったっす」
「だろ? 設定のやり方次第でイベントは良くも悪くもなるんだ。最初に地味そうとだと決めつけていたらこの仕事は務まらないぞ」
「でも、誰がその重要なアイテムを渡すんすか?」
「情報課のおじいさん役あたりでいいだろ。この泉の昔話でもして、それっぽく渡せばいいんだ」
普通は見ず知らずのおじいさんがそんな貴重なアイテムを気軽に渡してくれることはないが、勇者の冒険ならそういうことがあっても不自然ではない。
「何から何までお手数かけます」
「いえいえ。仕事ですからお気になさらないでください」
「他に何かできることがあれば……。そうですわ、これを差し上げましょう」
カナリーは手のひらが上になるように両手を揃えて前に差し出すと、手のひらの上が光った。光がおさまると手のひらの上には石のようなものが2つある。
石はゆっくり宙に浮いてクグとゼタの所に来た。2人はそれぞれ手に取った。灰色の勾玉に紐が通してある。ただの石というより、くすんだ水晶のような感じで少し透き通っている。
「これは何ですか」
「その勾玉のネックレスは、わたしの力の加護を受けられるものです。それを身につけると、味方からの補助魔法を含む状態異常の効果を弱めることができます。また、弱い攻撃魔法なら防げるかもしれません」
ゼタは親指と人差指でつまんで不思議そうに見ている。カナリーは気にせず説明を続ける。
「勇者や魔王、あとは上級冒険者など、強力な魔法の使い手による魔法だと防げないかもしれませんが、スマホなどの魔動機械から発動される補助魔法なら、ほぼ防げるようになると思います」
「人間と魔動機械では何が違うのですか?」
「ただ機械で魔力を集めて発動されたものと、人間が魔力を体内で精錬して発動するのでは効果の深度が違うのです。攻撃魔法なら見かけは変わらないけどダメージが違いますし、補助魔法なら作用する度合いや持続時間が違います」
そんな違いは学校で教えてくれなかった。いや、知らないので教えられないのだろう。人間には自然の力がどれほど大きなものなのか真に理解できておらず、自然の力の真理を知っているのは、精霊などの超自然的な存在だけなのかもしれない。
「人間と機械の魔法にはそんな違いがあったんですね。知りませんでした。勉強になります」
「精錬された魔力を防ぐのは難しいのです。相手の魔力よりも強い魔力か、少なくとも同等の魔力かつ精錬されたものでないと対抗できません。それに引き替えただ集められただけの魔力なら、それより少ない魔力であっても精錬された魔力であれば、容易に防ぐことが可能です」
「要は、魔力を筋肉で圧縮するようなもんっすね」
クグはまったく違うと一瞬思ったが、もしかしたら、当たらずとも遠からずなのかもしれないと思い直した。
「機械は便利かもしれないですけど、人間は依存しすぎというか。自分たちが発明した道具に振り回されちゃっているような気もします。余計なおせっかいかもしれませんが……」
汚染の被害にあっているカナリーだからこそ言えることだ。
猫も杓子も暇さえあればスマホ。一見、便利に使いこなしているように思えるが、片時も手放せず、なければ何もできず振り回されている。友だちと一緒にいるのに、見ているのはスマホの画面。恋人と一緒にいるのに、見ているのはスマホの画面。旅行に行っているのに、見ているのはスマホの画面を通した景色。人とのつながりが希薄になっていることにも気づかず、スマホを介したつながりばかりを際限なく求め、心が満たされないと嘆いている。
しかし、もうなくすことはできない。これがなければ仕事にならない。社会がまわらない。人間に与えられた道は、テクノロジーとの付き合い方を試行錯誤しながら進み続ける道のみだ。
「ヨッシャー! これで無敵っす」
ゼタは早速、勾玉のネックレスを装備している。
「ただし、今のその勾玉には何の効果もありません。四大精霊の力をこの勾玉に入れたら、わたしのところに持ってきてください。勾玉に入った4つの力を統合することで、さきほどの効果を得られるようになります」
「なーんだ。当分使えないっすね」
ゼタは早々に道具袋にしまった。
「ありがとうございます。いつか必ず持ってきます」
カナリーなりの精一杯の気持ちだと思えば無碍にできない。クグはお礼を言ってから道具袋にしまった。仮に効果を得られるとしても、自分みたいな普通の人間は補助魔法が必須なので、使いどころが難しいとも思った。
クグの言葉に優しく微笑むカナリーの顔が急に険しくなった。
「今、工場の職員が丘に入って来ました。汚水を捨てに来たようです」
辺りは日が傾いてきており、もうすぐ夕日になる時間帯だ。捨てに来るのは昼前と夕方の2回だと言っていたが、日が暮れたら危険なので、日が暮れる前に作業を終えて帰るはずだ。
「よし。今から現場に向かうぞ」
「捕まえて、ぶっ倒すんすね」
「違う。廃棄現場を押さえるんだ」
「そのあと追っかけて、工場ごと爆破っすね」
「違う。工場内部の調査をする」
「回りくどいっすね」
「これが普通だ。というわけですぐ向かうぞ」クグは現場へ行こうとしてすぐに戻る。「ところで場所はどこですか?」
気持ちが先走って肝心なことを聞くのを忘れていた。
「ここから南東の方角に向かってください。丘の中腹の茂みに入っていくと、枯れ木に囲まれている開けた場所があります。そこが廃棄場所になっています」
「わかりました。それでは勇者が来るまで少々お待ちください」
「いろいろとお手数かけますが、よろしくお願いします」
光がカナリーを包む。光が消えるとカナリーの姿も消えていた。
クグとゼタは現場へ直行した。
カナリーに言われたとおり、泉から南東に向かって丘を進む。
なだらかな草原地帯を下り、木々の茂みへと入っていく。進むにつれて徐々に枯れ木が増え、草が少なくなっていく。
少し開けた場所に出た。
「10人くらいでバーベキューパーティーができそうな広さっすね」
「こんな辛気臭い場所でそんなことしたくない」
岩と枯れ木に囲まれているだけで、草一本も生えていない。陽気な気分というより、寂しさを感じる場所だ。
自然に平らになったというよりも、人が踏み固めて平らにならされたような感じがする。
「こっちに道があるっすよ」
ゼタがいるほうに行くと、丘を下っていく道がある。
「獣道にしてはしっかり踏みならされているな」
こちらも人が踏みならしたように見える。人が利用しているのであれば、丘のふもとからここへ繋がっているのだろう。
「ここがカナリーの言っていた場所だと思うが」
「ここで合ってるんすよね」
「たぶん」
違っていたら待ち伏せしてても意味がない。ここで待つか、他の場所を探すか。
「スクワットでもしながら待つっすか」
「こんなところに来てまで筋トレするのか?」
「殺風景だからこそ筋トレに集中できるっす。それに、ゴゴゴフの育成のためにも、スキマ時間の有効活用は重要っすよ」
道の先から音が聞こえてきた。そんなことをしている場合ではなさそうだ。
「誰か来る。隠れるぞ」
「え? まだ1回もやってないっすよ」
「いいから早く!」
クグとゼタは急いで近くの岩陰に隠れた。




