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第29話 かなりレア

「これ見てくださいっすよ」

 ゼタが指差した先には、丸くて赤い実のなった灌木がある。チェリーのように一対になっている。


「その実はだな――」

「おいしそーっすよ。小腹減ってたから食べてみよーっと」

「あ、こら待て」

 ゼタは一対の実をもぎ取ると、クグが静止するよりも先に一口で食べてしまった。

「うーん。甘いような、酸っぱいような、ニガイような、体が痺れるような、息が苦しいような」

 ゼタの顔は真っ青だ。

「おいっ大丈夫か? 毒だと言う前に食べるヤツがいるかっ」

 クグは急いで状態異常回復魔法スコヤカンをゼタにかけた。ゼタの顔色が徐々に元に戻っていく。


「はあー。毒だったんすね。おっかしーなー。おいしそーなチェリーだと思ったんすけど」

「それはチェリーではなくて、ヒョウタンボクといって猛毒だ。しかも池の水も吸ってるはずだから、トリカブトと同じくらいのレベルの猛毒になってると思うぞ」

「そうだったんすか」


 ゼタはノンキに笑っている。笑ってる場合ではない。後半、味の感想ではなく状態異常の感想になっていた。明らかに毒とマヒだ。スルーして置いていっていたらとんでもないことになっていた。

 気を取り直して捜索を再開する。ツノツノゲコッピの群れを刺激しないよう池を迂回し、反対側へとまわる。

 他の場所にも同様の池がないか調べるため、周囲を確認しながらさらに奥へと進む。


「登ってたと思ったら、今度は下りなんすね」

 丘の中心はすり鉢状にくぼんでおり、中心に向かって少しずつ下っていく。単純な丘だと軽く見ていたが複雑な地形のようだ。

「思ったより攻略が大変そうだな」

「やめるっすか?」

「もちろんやめない。攻略が大変なのは勇者にとってはいいことだ」


 ゼタは文句をいいながらも、クグのあとをついてくる。

 勇者がすべての町で一から調べていたら、時間がかかりすぎて世界を救う前に引退してしまう。逆に、効率を重視して、何もせずに素通りしたら冒険の意味がない。

 早とちりして犯人もそうでない者も手当たり次第に倒しまくっていたら、世界を救う勇者ではなく、世界の破壊者になってしまう。

 専門の職員が町の問題を経験から絞り込み・調査し、イベントを設定することで、現代の勇者の冒険は成り立っている。


 すり鉢状の地帯の底まで来た。木々をかき分け進むと開けた場所に出た。

 大きな泉が広がっている。しかし、光が差し込む泉には爽やさがない。どんよりしているのは空気だけではなく水面もだ。光を失ったエメラルドが黒く濁ってよどんでいるようだ。

 クグたちが立っている場所からでは、水中に生き物がいるかどうかさえわからない。穏やかな静けさではなく、寂しげな静寂だ。


「ここの水も汚れているな」

「そうっすね」

「潜らないと原因がわからないか」

「それはカンベンしてほしいっす。こんな汚い水に入りたくないっすよ」

 それはクグも同じだった。

「まずは泉の周りを調べてみるか」

 周辺に変わったところがないか、草をかき分けながら泉の縁に沿って歩く。


 泉の縁から中心に向かって突き出すように陸地が続いている場所を発見した。

 大人2人が並んで歩ける程度の幅があり、5、6ミートルくらいで行き止まりになっている。泉の中心まで行けるわけではないようだ。泉の水の影響なのか、草は生えていない。

 先端の行き止まりの所には石がある。自然の石というより、人工的に置かれた石の台のように見える。クグは石のそばまで行く。ゼタが後ろからついてくる。


 石の上側は平らになっており、大きさは50センチミートル四方ある。上面の縁にはアイビーのようなツル植物のレリーフが掘られている。しかし、長い間手入れされている様子はなく、模様が欠けていたり、侵食して見えづらくなっていたりしているところがある。


「ピクニックのテーブルっすかね?」

「おそらく石で作られた祭壇だろう。大きさから推測して、大掛かりな祭祀に使うというよりは、ちょっとした物を置く程度だろうな」

「たとえば?」

「よくあるのは、お供え物を置くとか」

「こんなところに神様なんていなさそうっすけど」


 ゼタの言うとおり、辺りを見回しても神殿や祠のようなものは何もない。行き止まりから2ミートルほど離れたところに、平らな岩が水面から出ている。直径1ミートルほどの勾玉のような形をしており、大きなイモムシが水面に浮かんでいるようにも見える。

 それ以外は泉にとくに変わった様子はない。波ひとつなくよどんでおり、水をたたえたまま死んで固まってしまったのではないかと思うほどだ。


「もしかしたら、おじいさんが言っていた場所とはここのことかもしれない」

「何をしてたんすかね」

「泉がきれいであれば子どもたちも遊べるし、大人たちはここで神様か何かにお供えをして、お祈りをしていたとか」


 きっと水がきれいだったころは、静かに水をたたえる美しい場所だったに違いない。

「ここにもし神様がいるんだったら、あそびましょーって呼びかけたら出てくるんじゃないっすか?」

「友だちを遊びに誘うのとは違うんだから、そんな気軽に出てくるわけないだろ。お供え物もないし」

 それ以前に、神様など実在しないのだから出てくることなどありえない。信仰としての概念と、実在するかは別の話だ。

「神様を呼んでんみてもいいっすか?」

「やりたきゃやれ」

 ゼタのバカバカしい提案にクグは呆れ、腕組みをして突き放すように言った。


 ゼタは精神を集中するようにしてメイスを真正面に構えた。メイスの先に小さくて黒い球体が出現した。徐々に大きくなっていき、スイカほどの真っ黒な玉になった。

「かーみっさまー、でってきってくっださーいっす」

 と言いながらゼタはメイスを振り下ろした。

 黒い魔法の玉が平たい岩の上に接触した瞬間、岩の上部がまばゆく光った。眩しさのあまりクグとゼタは目をつぶる。泉の方からそよ風が吹いてきた。


 目を開けると、少女が泉の平らな岩の上に立っているではないか。どうやってあの場所まで行ったのだろうか。

 10代半ばくらいの、少女から大人の女性に変わろうとしている年頃に見える。ぱっちりとした大きなグリーンの瞳、細く通った鼻筋、腰あたりまであるウェーブのかかったグリーンの髪。明るい黄色の角が頭に2本ちょこんと生えている。

 透きとおるような白い肌。シンプルな白い布をまとい、布の隙間からすらりと伸びた足が見える。靴を履いておらず裸足だ。透きとおるピンク色の勾玉のネックレスを首にかけている。クグはどこか神秘的な印象を感じた。

 クグとゼタが何も言えないでいると、少女が口を開いた。


「あの……わ、わたしは……泉の精霊カナリー・レア」

「泉の精霊!?」

 クグは少女の言葉に耳を疑った。と同時に納得した。現れ方や雰囲気や角などの風貌から、素直に信じざるを得ない。どうりで神秘的に見えるわけである。精霊が人前に出てくるなんてかなりレアだ。


「人間と直接話をするのは100年以上ぶりだし……。コ、コミュ障に見えないですか?」

 カナリーはかなり緊張した様子だ。

「大丈夫ですよ」

 コミュ障に見えないか心配するなんて変わった精霊だとクグは思ったが、不安にさせてもいけないので優しい言葉がけを心がけた。


「いつもは人間と直接交流しないで陰から見ているだけなんですけど、70年ぶりの人間でしたし、すっごい濃縮された魔法でしたので思わず出てきてしまいました」

 そんな理由であっさり出てきてしまっていいのか、とクグは心配になった。

「何の魔法を使ったんだ?」

「ハンシャルスを筋肉で圧縮したっす。なんか魔力的な存在がいたら弾くかなと思って」

「そうそう。なんか弾かれるように背中をぽーんと押された感じがしたので、出ていっちゃえー、みたいな」

 カナリーは気軽な感じで言った。

 魔力的なものを弾くからという選択はあながち間違っていなかったようだ。


「ノリで出てきていただいたのはいいのですが、私たちはどうしたら……」

「そうでした。忘れていました。悪い人たちではなさそうなので、話を聞いてくれるかなと思いまして」

「何か困っていることでもあるのですか?」

「困っているも何も、この泉です」

「もしかして水質が悪化していることですか?」

「そうなんです!」

 カナリーは困惑した表情で訴えてきた。精霊も困るほどの水質悪化だったとは、クグは思ってもいなかった。一日中丘を探索しなくてもカナリーに聞けば済みそうだ。


「詳しく教えてもらえますか?」

「話せば長くなります。昔から人々はわたしのことを泉の竜神と呼んでおりました。町の人がお参りに来てくれたり、お供え物をしてくれたりしていました。子どもたちが水遊びにも来ていました。しかし、ここ70年くらいは人間が来ることさえなくなってしまいました」

 魔動機械によって人々の生活が変わってきたころだ。自然と共生する習慣がなくなっていくとともに、昔ながらの信心もなくなっていき、お参りやお供えをする習慣がなくなってしまったのだろう。カナリーは続ける。


「昔、この泉は澄んだコバルトブルーで美しかったんです。人間が来なくなってから荒れ果ててきて、さらに、ここ数年でこのように汚れてしまったんです」

「原因は何ですか? 人間が手入れをしなくなったからですか?」

「いえ、自然に汚れたのではありません。人間の手によって水が汚染されているんです。2年くらい前から、汚染された水がこの丘に捨てられているんです」

 魔族がからんでいれば話は単純で、さっさと勇者のイベントにしてしまえばいいが、人間の仕業となるとそうはいかない。冒険者レベルの案件を勇者のイベントにするわけにはいかないからだ。


「その汚染された水とは何かわかりますか?」

「スルースルの工場の廃液です。薬品のような……自然のものでないことは確かです」

 こんなところで工場が出てくるとは、クグは思ってもいなかった。

「町の地下水が汚染されて飲めなくなっているのは、それが原因だったんですね」

 それにしても、なぜ工場の人はそんなものをこんな所まで捨てに来ているのだろうか。町役場との癒着もあるようだし、調べれば何か出てきそうだとクグは直感した。


「水の汚染と人々からの信心がなくなったことで、わたしの力も徐々に衰えてきています。このまま加速度的に悪くなっていけば、あと50年、いや早ければ30年、いずれわたしは消滅することになるでしょう。時代なのでしょうか。さみしいです。かなしいです」

 勇者の祈りが使えるかもしれないという安易な動機で調査を開始したが、看過できない喫緊の問題のようだ。


「それなら勇者に解決させましょう」

「勇者って、あの人間の勇者ですか? そんなうまいこと動いてくれるんですか?」

「私たちは国家情報局勇者部企画課に所属している者です。総合戦略係という、勇者が各地でこなすイベントを作るのが担当任務なのです」

 カナリーになら招待を明かしても大丈夫だろう。簡単に人間の前に姿を現すことがないので、言いふらされることもない。それに、人間のような権力やお金の欲も持っていないだろうから、個人的な欲望で悪用されることもない。


「それなら何とかなりそうですね」

 カナリーの声が少し明るくなった。

「任せてください」

 工場の調査と勇者をこの泉へ誘導する計画を練るため、すぐに町へ戻ったほうがいいだろうとクグは思った。善は急げだ。


「ところで、あの……」

 カナリーの声にさきほどの明るさはない。


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