第28話 被害者
門をくぐり町を出た。地図マプリ『テクビゲ』で確認をする。現在地は町の南側だ。
町の西側をまわって行くと、北に丘が見えた。中間地点の辺りには鉄塔が建っている。しかし丘へ行く人がいないせいか、人が踏みならしたような道さえ見当たらない。
あんなところにまで鉄塔が建っているとは、クグは思ってもいなかった。以前に来たときはまだ建っていなかった。サビているようすもないので、できてからそれほど時間がたっていないと思われる。とはいえ、任務には関係ないのでスルーしていいことだ。
道なき道を進み、カルスト地形の小高い丘コダッカルのふもとに着いた。オヤンマ山のように高くはないが広い丘陵だ。ゴツゴツとした岩の間から草や木ががびっしり生えて、人の侵入を拒んでいるかのようだ。
クグは左右を見渡した。
「どこか登りやすそうな道はないか?」
「なさそうっすよ。このまま登っちゃえばいいんじゃないっすか」
「しょうがない。ここから行くしかなさそうだな」
あてもなく丘の周りを確認するのも面倒なので、道なき道をそのまま登ることにした。クグは安全のため兜と盾を装備し、ダンジョンマッピングマプリ『ダンサバ・プロ』を起動させた。ゼタは相変わらず、兜も盾も装備しない。
多少、草木の密度が薄く登りやすそうな場所を選んで登り始めた。
登り始めると、思っていたよりも草木がうっそうとしている。
貴重な水源だったので昔は人が管理をしていたのかもしれないが、今は管理されている様子もなく草木が伸び放題だ。
クグは剣を使ってツタや草を払いながら進む。ゼタはメイスを振り回すが、逆にツタが絡まる。力づくで絡まったツタを引きちぎっている。
中腹まで登ってきただろうか。膝下くらいの背の低い草が生えた地帯に出た。獣道のようなものも見える。最初に比べると歩きやすくなったが、大きな岩がゴロゴロと点在しているのは相変わらずだ。
さらに上へ向かって歩いていると、後ろでブイブイと音がする。何かと思って振り返ると、コガネムシのモンスターの『ドウガネブイブイ』が飛びながら近づいてきているではないか。
クグたちの不意を突いて魔法の火の玉を放ってきた。
クグは反射的に横へ飛んだ。ゼタは避けようとするどころか、火の玉に突っ込んでいく。軽くジャンプするとメイスで打ち返した。
打ち返された火の玉はドウガネブイブイ目がけて飛んでいき、見事に炸裂しノックダウンした。クグの方へ振り向きニカッと歯を出して笑うゼタ。
「この技はマッスル・リフレクションっていって、新開発の防御魔法っすよ」
「わざわざ向かっていって打ち返すのは防御とは言わん。どういう原理で打ち返してるんだか」
いつの間にこんな危険な技を開発したのだろうか。筋肉で打ち返してると言いそうだ。
「筋肉だけで打ち返そうと思ってもできないんで、魔法を反射する『ハンシャルス』をメイスに付与してるんすよ。撃ち返す勢いも合わさって、敵が打ってきたときよりも高速で跳ね返せるっす」
ハンシャルスもハンゲルスと同じで、じかに人にかけることはできない。ちゃんと魔法を使っていたのでクグはゼタを少し見直した。しかし、鎧や盾に効果を付与するのではなく、武器に付与するとは使い方が脳筋だ。
「変なところに飛んで行ったら危険なので、多用禁止だ」
クグはあれが自分に炸裂したり、関係のない民間人に炸裂したりしたらと思うとゾッとした。
「せっかく編み出したのにー。じゃあ、威力を倍増させたり、ホーミング機能つけたり、新機能を開発しとくっすね」
「やめてくれ、危険すぎる」
クグは思った。野放しにしておくと何をしでかすかわからない。機能を付与しすぎてグチャグチャになり、結局、爆発するかもしれない。そうなったら、こっちの命がいくつあっても足りない。
「メイスは敵を攻撃できるし、魔法も打ち返すことができる、武器にも盾にもなる万能選手っすね」
クグは思った。ゼタよ、魔法をメイスで打ち返すのはお前だけだ。普通は盾で防御するのだよ、道具袋に入れっぱなしのな。
普通は先輩の仕事の姿勢を見て影響されるものだが、ゼタはクグの仕事に対する取り組み姿勢をハンシャルスしているかのようだ。
さらに丘を進むと、別のモンスターが出現した。
体長2ミートルを超える植物モンスターの『ハエトリクッサ』だ。
捕虫葉と呼ばれる2枚貝のような形の葉が5、6個ある。葉の先端にはトゲがあり、内側は真っ赤だ。これに捕らえられると溶かされてしまう。虫以外の生きものも襲う。本体の移動速度は遅いが、捕虫葉の動きは早いので油断は禁物だ。
サカナが腐ったようなニオイを放ち、状態異常攻撃をしてくる。戦意喪失し動きが遅くなり攻撃力も低下してしまうので、他のモンスターと現れたときは要注意だ。
ゼタはハエトリクッサに向かって走りだした。そこへタタキバエが横から1匹飛んできた。
タタキバエがゼタを横から強襲する、かと思ったらハエトリクッサに捕らえられた。
タタキバエは腐ったようなニオイにつられて飛んできただけだったようだ。ハエトリクッサは獲物を捕獲し満足したのか去っていった。
次に出現したモンスターは、『トゲトゲハムッシー』と『カマデサック』が1匹ずつだ。
トゲトゲハムッシーは、トゲのあるハムシのモンスターだ。
トゲのある種類とトゲのない種類があり、かつては呼び分けられていた。しかし、トゲのない種にもトゲがあるものが出てきたおかげで、わけがわからなくなり面倒くさくなったので、トゲがあるヤツもないヤツもまとめてトゲトゲハムッシーと呼ばれるようになった。
体長80センチミートルほど。大型のものは1ミートルを超える。トゲを飛ばす攻撃をするとトゲがなくなる。
カマデサックはカマキリのモンスターだ。体長は人間の大人ほどもある。前足の巨大なカマの攻撃が恐ろしいのはもちろんのこと、風属性の魔法『ウインドカッター』も放ってくる。ジャンプの際に羽を使って飛ぶ。しかし、滞空時間は短い。
ゼタはすかさずモンスターに向かって走る。トゲトゲハムッシーが先制攻撃でトゲを発射してきた。ゼタは持ち前の運動神経と筋肉を発揮し、メイスですべて弾き返した。しかしトゲトゲハムッシーの方には1本も飛んでいかず、クグの方に飛んできた。
「なんでこっちに飛んでくるんだよ!」
クグは文句を言いながらすんでのところで右に避け、左に避け、屈んで避け、横っ飛びで避けた。
ゼタはトゲがなくなったトゲトゲハムッシーをメイスで叩き潰した。
間髪入れずにカマデサックがウインドカッターをゼタに向かって放った。ゼタはマッスル・リフレクションで打ち返した。しかし、カマデサックは打ち返されたウインドカッターを羽ジャンプでかわした。行くあてもなく飛ぶウインドカッターはブーメランのように戻ってきて、クグの方に飛んできた。
「なんでこっちに飛んでくるんだよ!」
クグはトゲを避けたばかりでまだしゃがんでおり、避けきれる体勢ではない。文句を言いながら盾にハンシャルスをかけ、すんでのところで受け止め、後ろへ流すように弾き返した。
ウインドカッターを打ち返したゼタはカマデサックに素早く近づくと、隙を与えずメイスで前足のカマを叩き折った。カマを失ったカマデサックは逃げていった。
無事、モンスターを倒し終えたのだが、わざとこちらに飛ぶように打ち返しているのではないか、とクグは疑いたくなった。ゼタにクレームをいれようと思ったが、どうせ気づいていないだろうし、立っている場所が悪いと言い返されそうなのでやめた。
そんなこんなで、モンスターを倒したり追い払ったり流れ弾を避けたりしながら、8合目くらいまで登ってきた。大きな山ではないので、それほど時間はかかっていない。
どこからか臭いが漂ってくる。かなりの悪臭だ。
「ハエトリクッサの腐ったサカナのようなニオイとは違うな」
「マジくっせぇっす。嗅いだことない独特のニオイっすね」
「まずはこの悪臭の原因を調査するか」
「こっちのほうからニオイがきてるみたいっす」
ゼタがメイスで指した方へ進んでいく。木が茂っている一帯に来た。草木をかき分けて茂みの中を進む。前方の視界が少しずつ開き何かが見えてきた。水だ。雨水が溜まった池だろう。直径は10ミートルくらいだ。
近づくにつれ、様子がおかしいことに気づく。池の水面は緑や紫の毒々しい色でよどんでおり、池の中をうかがうことができない。湧き水も少し出ているようだが、何かが原因で汚染されてしまっているようだ。
池には大型のツノガエルのモンスター、『ツノツノゲコッピ』らしきものが何匹もいる。目の上にツノのような突起があるので間違いないだろう。
しかし、これまでに見たことのある体の色ではない。毒々しい橙色に黒色のまだら模様だ。毒を持っているタイプのモンスターに見える。
奥にはひときわ体の大きなボスっぽいヤツもいる。子どもならひとくちで丸飲みしてしまいそうな大きさだ。
さらに池の周りには、人間にとって有毒な草も生えている。
「おじいさんが言っていた、遊びに来た場所はここかもしれない。毒を持っているモンスターが住み着いて、池が汚染されているのか?」
「こいつらが犯人ってことでオッケーっすね」
「そのようだな。倒したあと、勇者の祈りで池を浄化すれば解決だ」
「勇者の祈りって万能なんすね」
「できるはずだ。とりあえずモンスターを先にシラベイザーで調べておこう」
クグはスマホを取り出すと、片膝を地面について草陰からシラベイザー(スマホ版)でスキャンした。
「解析できたっすか?」
相変わらずゼタが急かしてくる。クグは慌てずプログレスバーが100パーセントの表示になるのを待った。
「やはり毒を持っているな。水系魔法だけでなく、雷の魔法も使えるみたいだ。舌を巻きつけてくる攻撃を受けると動けなくなるから注意だ。結構攻撃パターンが多彩だな」
「弱点はメイスっすか?」
「いや、冷気だ。池が凍るくらい寒くさせれば動けなくなるだろうな。人間も寒くて動きが悪くなるが。武器は打撃系よりは斬る方がいい」
「メイスじゃ斬れないっすね。だったら、メイスを素早く振ることで真空波を起こして……」
ゼタは1人でブツブツ言いながら考えだした。
「メイスで真空波を出そうとするな。普通に魔法を使ったほうが早い」
「そうだったっす」
「肉食で怒らせたら怖い。複数体による『カエルの合唱』での音波攻撃や、捨て身タックルもあるみたいだ。タックルを受けるともちろん毒になる。倒すまでは気が抜けないな」
「思ったより面倒なモンスターっすね」
「数も多いし、状態異常の回復に手間取っていると、やられる危険性もあるぞ」
「とりあえずモンスターを倒せば完了っすね。たくさんいるから、どれくらい強いか何匹か倒してみてもいいっすか?」
「ダメだ」
「減るもんじゃないし」
「減るからダメだ」
「ケチっすね」
「ケチではない。倒すのは勇者の仕事だ。私たちが倒したら意味ないだろ」
群れているということは、最悪の場合、全部倒すまで終わらない可能性がある。
「毒タイプなんて珍しいから倒してみたかったっす」
「でも、どうして毒性モンスターが住み着くようになったのだろうか?」
魔族がいる様子はないので、魔族の仕業ではなさそうだ。クグは他に情報がないかスマホを見た。
「たまたま住みやすそうな池があったから、住み着いただけじゃないっすか?」
「ちょっと待て。シラベイザーに追加情報が載ってるぞ。『水質悪化に順応し、強い毒性を持つようになった』とあるぞ。ということは、倒してもムダかもしれない」
てっきりモンスターが住み着くことで水質が悪化したと思い込んでいたので、見落としていた。
「どういうことっすか?」
「元々住み着いていたモンスターが水質悪化によって毒性をもつようになってしまった、ということだ。つまり、町の人たちもここのモンスターも同じ被害者ということになる」
「モンスターだから被害モンっすね」
冷静に考えれば、ここにいるモンスターだけで町にまで影響が出るほど汚染されるのはおかしいとわかる。
「水質悪化の原因は他にあるということだ。調べなければ」
「調べるって言ったって、どこをどう調べるんすか?」
「他にも同じような場所があるのか、この丘をくまなく調べるしかないな」
「めちゃくちゃメンドイっすよ。こいつらを倒して終了ってことにしたらどうっすか?」
「それではダメだ。倒しても根本の解決にならない」
「自然な環境変化だったらどうするんすか? 環境保護団体でもない限り調べようがないっすよ」
「だとしても、これだけの水質悪化をする変化があるということは、どこかでそれなりの変化があるはずだ。ちゃんと調べることができれば、原因次第では勇者の祈りで解決できるかもしれない。そうなれば、勇者にしか解決できないイベントにできるだろ。少なくとも今日1日は徹底的に調べるぞ」
「マジっすか」
「つべこべ言わずに、筋トレだと思って少しはヤル気を出せ」
「ぜんぜん筋トレじゃないっす。いきなりドラゴンとか出て来ないっすかねー」
「そんなのがいたら、とっくに大問題になってるぞ。でも、まだ魔族や他のモンスターが原因という線は消えてないからな。注意していくぞ」
クグは屈んだまま踵を返す。
「あっ、ちょっと待ってっす」
「どうした?」
どうせムダな足止めだとクグは思ったが、ひととおり話を聞けば動くだろうと振り返った。




