第27話 スルーするわけにはいかない
テイクアウトカウンターの横にあるドアから、ピッチピチの白Tシャツにコック帽をかぶった、30代後半くらいのゴリマッチョの男性が出てきた。大きなブロック氷が入った大きな木の桶を持っている。この人が店長だろう。
店長は木の桶を地面に置いた。氷の大きさは縦横30センチミートルくらい、高さは1ミートルくらいある。
たちまちどこからともなく人が集まってきて、ちょっとした人だかりができた。
木の桶に立てられた業務用ブロック氷を前にした店長は深呼吸をすると、「チェストーッ」と気合を入れながらブロック氷を真上からチョップした。氷にひびが入り、ちょうどいい大きさにバラバラと崩れた。木の桶には砕かれた氷が盛られた状態になった。
「すげーっ! イチゲキっす!」
ゼタは氷が砕かれる一部始終を見て興奮気味だ。
人だかりから拍手と歓声がわいた。と思ったら余韻もなくあっという間に人だかりがなくなった。
地元の人は毎回これを見に集まるのだろう。確かにスゴ技ではあったが、この町にはこれくらいしかエンタメがないのだろうか。
せっかくなので、クグは店長にも聞き込みをしようと思い声をかけた。
「すみません。市場調査でこの町のことをいろいろと聞いてまわっているのですが、何か困ったこととか、変わったことはありますか?」
「うーん、そうだな。開店当初は井戸水を使ってコーヒーを提供しようと思っていたんだが、悪魔が呪いをかけたかと思うくらいクサイんだ」
「では、どうしているんですか?」
「うちは逆浸透膜浄水器を通した水道水を使っているから、スッキリした味わいでアイスコーヒーにぴったり。もちろん豆にもこだわって、当店一番のオススメのドリンクだぞ」
だったら握りつぶさず普通に営業したらいいのに。クグは口には出さずに異議をとなえた。これからこのおっさんが粉々に握りつぶした豆を使ったコーヒーを飲むと思うと、せっかく教えてくれたオススメポイントの魅力が相殺された。
「氷もですか?」
「氷は業者から仕入れているぞ。製氷業者もここ1年ほどは井戸水を使ってないそうだ。ニオイもするし、不純物があって使いたくないらしい。純氷をつくるには水道水を濾過したほうがいいみたいだ」
「そうなんですか」
「おいしいドリンクを提供するには水は命。浄水した水道水の一択だな。浄水器は筋肉だ!」
「ちょっと意味がわからないんですけど」
「筋肉は裏切らない。浄水器で浄水した水も裏切らない。まさに筋肉と同じ!」
「なるほどっす。勉強になるっす」
ゼタよ、聞き込みの邪魔をするな。クグは心の中でつぶやいた。
「そ、そうですか……ありがとうございました」
「そうそう、新鮮な果物を使った生搾りフルーツジュースもオススメだから、次に来たときはぜひ注文してくれ。私の握り潰したてだぞ!」
店長は氷の入った木の桶を持って厨房へと戻って行った。
新鮮な情報を新鮮なうちにまとめるため、クグとゼタは店を後にした。
中央広場にはテーブルとセットになっているベンチが設置してある。ベンチに座り先ほど購入したサンドイッチを食べながら、聞き込みのまとめをする。
「そっちの情報から教えてくれ」
ゼタはスマホのメモを開いた。
「えーっとっすね、『工場がブラック企業で仕事がツライ。もうやだ』。『頻尿で残尿で尿もれだし、近視で乱視で老眼なので、勇者の力でなんとかしてほしい。でもカネは1モスルも払わん』。『経営している飲食店にネズミが出るからネコを飼いはじめたのに、ネコが仕事をしてくれない。リストラしようか悩んでいる。でもカワイイ』。『旧市街の人が近所付き合いを強制してきてウザい』『町と工場が癒着してるんじゃないか』。こんな感じっす」
「こっちは『庭の草むしりが面倒。勇者に2度と草が生えてこないレベルで焼き払ってほしい』。『最近、町の水質が悪化してきている』。『娘が思春期で家に帰ってこない。新市街の変な人から悪い影響を受けていないか心配』。『新市街の人はご近所付き合いをしようとしないので困っている』こんなとこかな」
「どれもパッとしないっすね」
自分で集めた情報だぞ、とクグは思ったがいちいちつっこまない。なぜなら、
「実際、聞き込みをしたらこんなもんだ。勇者のイベントにちょうどいい困りごとなんて、都合よくあるわけない」
「じゃあ、この町はイベントなしでスルーするっすね」
「そういうわけにはいかない。国境を越えたら冒険は次のステージに進む。資料に書いてあったのを読んだだろ」
「資料って何すか?」
「頼むから資料くらい読んでくれよぉ。国境を越える前に『これぞ勇者の冒険』という感じのイベントをいれなければいけないんだよぉ」
クグはゼタに半分泣きつくように訴えた。
「メンド。じゃあ、ほかにナニか情報はないんすか?」
「仕事だ。面倒くさくない。そして他に情報はない」
ゼタには泣きつく戦法が効かなかったので、クグは即座に終え真顔で答えた。
「じゃあどうするんすか? やっぱスルーするっすか」
聞いてばかりいないで少しは自分でも考えろ、とクグは思った。しかし、突拍子もないことを言われるよりはましだ。
「とりあえず、この中で気になるのは、町と工場の癒着かな」
「そっち系は勇者イベントにしないんじゃなかったっすか?」
「政治的な問題にはあまり介入したくないが、とりあえず問題になりそうなのはこれしかない。もしかしたら魔族が関わっているかもしれないし。ダメ元で調べてみるぞ」
「どうやって町役場を調べるんすか?」
「まずは工場から調べる。そこから何が問題かを洗い出し、役場との利害関係を――」
「工場にヤバいヤツがいたら爆破でぶっ飛ばせばいいんすね」
ゼタの早合点はいつも脳筋だ。
「爆破はしない。調べるだけだ」
「取り込み中すまんが、水をくれんかの?」
不意に横から声がした。見るとおじいさんが立っている。水をくれといわれても自分用の革水筒しか持っていない。丁重にお引き取り願おうかとクグは思った。
「いいっすよ」
ゼタが答えると、道具袋からプーションを差し出した。
「こりゃなんじゃ?」
「プーションっす」
「プロテイン入りの回復ポーションです。試供品ですがどうぞ」
クグは説明を付け足した。
「とりあえず、もらえるものはもらっておくかの。開けてくれ」
ゼタはプーションの栓を開けて差し出す。受け取ったおじいさんはその場で一気に飲み干した。
「味はまあまあじゃ。ゴミはゴミ箱に捨てるんじゃぞ」
おじいさんは飲み干した瓶をクグの前に差し出してきた。
クグは渋々受け取り道具袋にしまった。ついでにおじいさんからも聞き込みをすることにした。プーションを提供した以上、経費分を情報で回収しなければならない、という義務感からだ。
「おじいさんは最近、何か困ったこととかありますか?」
「そうじゃのう。近ごろ井戸水がクサくてのお。水が合わないのか井戸水を飲むとお腹の調子が悪くなるんじゃ。ここ1年くらい井戸水を使わなくなったわい」
「今はどうしてるんですか?」
「水代がかかるようになったから、年金暮らしには厳しいのう。昨日は、ばあさんと水をくみに行ったが、毎日行けるもんじゃないし」
「ふれ愛テラス・オヤンマまでですか?」
「そうじゃ。乗合魔動カートならシニア割引で乗り放題じゃからな」
どうやら昨日乗り合わせた老夫婦のようだ。
「定期的に水をくみに行っているんですか?」
「3、4日に1回くらいかの。便利になってどこでも水を買えるようになったのはいいが、積もり積もって家計を圧迫するんじゃ。もう一度、井戸水が使えるようになるといいんじゃが」
「年をとって胃腸が弱くなっただけなんじゃないっすか?」
「やっぱり年のせいかのう」
おじいさんは少し寂しそうな表情をした。
「旧市街では水質が悪化したと言う人がいたな。カフェの店長も井戸水がクサくて使えないと言っていたし。どうやら個別の家庭や個人の体調の問題ではなさそうだな」
「新市街では井戸水のことは聞かなかったっすけど」
「新市街には上水道だけで、井戸水は引かれとらんのんじゃ。新市街ができてこの町も変わったわい。せかせかしてる割には活気がなくて陰気じゃ。昔はもっとのんびりしとった。近所の人たちと丘へ遊びに行ったもんじゃ」
「町から北へ行った所にある丘ですか?」
「そうじゃ。子どものころ丘の大きな池で遊んだ記憶がある」
「子どもたちだけで行ったんですか?」
モンスターが出るような場所だったら危険だ。大人たちにナイショで行ったのだろうか。
「いや、大人もみんなで行ったんじゃ。きれいなところじゃった」
「バーベキューパーティーっすね」
「お昼ごはんの弁当とは別に、野菜や魚を持っていってたみたいだが食べた記憶はないのう。当時はバーベキューなんて娯楽はなかったの。大人たちは遊ばずに何かをやっとった。子どもたちだけで遊んでたから、何をしてたのかわからんのう」
「今は行ってないのですか?」
「最後に行ったのは5、6歳ごろじゃったかな。それ以来、誰も丘に行かなくなったから、今はどうなっていることやら」
人が頻繁に出入りしていればモンスターはあまり出ないかもしれないが、人が行かなくなれば草木が生い茂るだけではなく、モンスターの生息域も広がっていることだろう。
「貴重なお話、ありがとうございます」
「というわけでもう1本くれ」
「何をですか?」
「ぷー何とかとかいうやつじゃ。減るもんじゃないからいいじゃろ。たくさんしゃべって喉が渇いたのう。あー喉が渇いた。ばあさんへの手土産もないと怒られるのう。さらにもう1本必要じゃ。どうしたらいいかのう。年寄りが困っているというのに、最近の若いやつらはまったく……」
水代をケチりたいのが見え透いた、わざとらしい言い方だ。
プーションは収益を出すためのものではないし、おじいさん1人にあげるのは問題ない。しかし、3本もらったと言いふらされ、これから全員に1人あたり2本も3本も配るようになると、経費が2倍3倍になってしまう。確実に減るのであり、経費が増えるのである。その出どころは税金だ。かといって騒がれても困る。
「今回は特別ですよ」
クグもわざとらしく言い、キモチワルイくらいの笑顔をつくってプーションを2本渡した。おじいさんはプーションを受け取ると、礼も言わずにスキップで去っていった。
「さて、どこまで話をしたっけ」
クグは気を取り直して話を戻した。
「たしか、イベントなしでスルーするって話だったっすね」
「違う。工場の調査をする話だ」
「そんじゃあ、さっさと工場のヤバいヤツをぶっ倒しに行くっすか」
「いや、変更だ。この町の水質悪化について調べるぞ」
「水道の整備は公共事業なんで、井戸水に浄化装置つけるのを町役場に頼むんすか?」
「そうではなくて、これを勇者になんとかさせるんだ」
「勇者が浄化装置の設置工事をするんすか? 勇者っていうより業者っすね」
「業者の話ではない。勇者の力で町の水質悪化を解決させるんだ」
「そんなのどうやって解決させるんすか?」
「町から少し離れた小高い丘のコダッカルが水源なんだ」
この町はオヤンマ山と国境の川に挟まれているが、どちらからも離れていて井戸水の水源は独立している。クグが以前、来たときの情報だ。
今回わかったことは、工場の誘致や新しい住宅街のために、東にある国境の川から引いてきた上水道が新市街に整備されたということだ。
「へえー。で?」
「つまり、井戸水の水質悪化が町全体で起こっているということは、水源であるコダッカルで何か異変が起こっていることになる」
「へえー。で?」
ゼタは興味がなさそうだ。
「いくらほとんどの人が通過してしまう町とはいえ、この町全体に漂うどんよりとした感じは、何かがおかしい気がする。この井戸水の水質悪化が関係しているかもしれない。これはスルーできない問題だろ。その原因を探るんだ」
「ただ活気がないだけで、こじつけかもしれないっすよ」
「だとしても、何もしないわけにはいかない。とにかく行動あるのみだ」
「水質調査って地味っすね。工場爆破のほうが早いっすよ」
ゼタは興味がないというより、急に内容が変わったので面倒だと思っているのだろう。そんなことには構わずクグは話を進める。
「地味でもやる。工場は爆破しない」
「水質悪化っていったって、誰がそんなことするんすかね」
「魔族の仕業かもしれない」
「魔族がそんなちまちましたことするんすか?」
「もしくは凶悪なモンスターが住み着いたのかもしれない」
「そんなのがいたら、とっくに問題になってると思うんすけど。ゴッツイモンスターを倒すような感じでもなさそうだし、そんなんで『これぞ勇者の冒険』になるっすかね?」
「ダメだったら工場と町役場の案件を調べなおす」
「えー。めんどい」
「仕事だ。面倒くさくない。とにかく調べてみよう。コダッカルにはモンスターも出るだろうから筋トレにもなるぞ」
ゼタは青汁を一気に飲み干すと、「マズーイ!」と言って口の周りが緑色なのも気にせず立ち上がった。
「行くに決まってるじゃないっすか。ソッコーで行くっすよ!」
こんな簡単に操れるのは楽なのだが、ある意味情けないとクグは思った。
「丘は逃げないから落ち着け」
「おーい、なにグズグズしてんすかー。日が暮れる前に早く行くっすよー」
ゼタはもう歩きだしている。
「1人で先に行くんじゃない! あと、ゴミはゴミ箱に!」
クグはゴミを両手にゼタの後を追った。町を出て、小高い丘コダッカルへと水質調査に向かう。




