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第26話 もみ消したり握りつぶしたり

 スルースルの町の日は徐々に傾き始め、もうすぐ夕方になる。

 この町からさらに東へ進むと大きな川があり国境になる。西の山と東の川の間にある唯一の町だ。

 ほとんどの人が、ボッカテッキから国境越えをする中間地点として通り過ぎていく。


 これまでこれといった産業がなくあまり大きく栄えていなかったが、2年ほど前に工場ができてから労働者により人口が増えた。それに伴い工場からの税収も増え、町の規模が少しずつ大きくなってきている。

 しかし観光は相変わらず何もなく、仮に乗合カートの利用者が増えたとしても、逆にスルーしやすくなるだけだろう。


 老夫婦は、台車にポリタンクを載せるのを運転手さんに手伝ってもらうと、「毎回ありがとねえ」と言って去っていった。

 予定よりも早く到着できたクグは、とりあえず軽く聞き込みをすることにした。

 プーションの販売を行う民間企業マチョカリプスを装い、市場調査という名目で聞き込みをする。

 たわいない話から困っていること、町での事件などがないか情報を集め、勇者がその町で解決するイベントを作る。

 勇者が町に到着したら、都合よく事件が起こるなどあり得ない。任務のための下準備は必要不可欠だ。

 マチョカリプスの名刺はマプリで見せるだけで交換はしない。ヘタに注文が入って任務に支障が出てはいけない。交換したとしても、2週間で自動消去される。


 聞き込みの際のお礼としてプーションを配る。仕入れはクグの実家の『道具屋タナカ』だ。2歳年上の兄が跡を継いでいる。

 企画課からマチョカリプスに割り当てられた経費で購入している。シュトジャネにあるバーチャルオフィスが登記上の住所になっており、ここに届いた荷物は、配送業者によって勇者部の庁舎のクグのデスクへ届くように手配してある。


 道具屋タナカとの取引は癒着でもなければ、利益供与関係でもない。仕入先業者がたまたま実家の道具屋だっただけである。

 プロテイン入り回復ポーションなどという商品を取り扱っている業者などない。

 なぜ道具屋タナカでそんな物を取り扱っているのか。それはクグが父と兄に相談したら、おもしろそうな商品ということで、手作り内職で作ってくれることになったのだ。

 豊富な品揃えのネットや大型店で手軽に購入できるようになった昨今、個人客が減ってきて経営が苦しいようだ。何でもいいので他店には取り扱いのない特徴的な商品が欲しかったようで、道具屋タナカの店頭でも取り扱いを始めたと聞いた。たまに箱買いする人がいるらしい。変わった人がいるものだ。


「聞き込みが終われば、今日の仕事は終わりっすよね」

 ゼタから仕事の話をするのは珍しい。

「そういうことになるが」

 筋トレに関することなら速攻で却下してやろうと思いながらクグは答えた。

「じゃあ、俺がさっさと聞き込み終わらせてくるっす」

 と言うと、ゼタはダッシュで町の奥へと消えていった。


 筋トレでないことにクグは拍子抜けしたが、動機は何であれやる気を出したのはよいことだと思った。

 このままゼタが帰ってくるのを待つのもいいが、ゼタが集めた情報だけでは心配だ。マプリの『ミナタスカル』を起動し新規のメモを開くと、町の奥へ向かって歩き出した。

 少し歩くとゼタが戻ってきた。


「聞き込み終ー了ーっす」

「早っ。どんな内容なんだ?」

「『工場がブラック企業で仕事がツライ。もうやだ』だそうっす」

「で?」

「辞めちまえって言ってきたっす」

「全っ然っ聞き込みになってない。肝心の勇者の冒険になる情報を集めなければ意味がないだろ」

「そっか。忘れてたっす。でも、お礼のプーションは受け取ってくれたっすよ」

「プーションはどうでもいい」


 肝心で重要で基本的なことを忘れるとは。しかしゼタは気にせずヘラヘラしている。ポジティブなところだけは合格点だ。

 クグはやる気が失せたので、今日のところはオフィスへ戻ることにした。報告書など事務仕事を先に片付けてしまい、明日の朝一番に任務を再開したほうが効率よく進められると判断したのもある。

 クグのテポトでオフィスまで戻ると、スタボーン課長のデスクへと向かう。課長への簡易報告を先に済ませるためだ。


「ただいま戻りました。何事もなくスルースルの町へ到着しました。明日の朝一番で聞き込みを開始したいと思います」

「うむ。ご苦労」

「詳細につきましては、後から報告書――」

「思ったより戻りが早いですねぇ? 本当に町まで行けたんですか?」


 クグがすべて言い終えるまえに、粘着質な声でブレイズンが横から話に入ってきた。

「辻の駅の『ふれ愛テラス・オヤンマ』に乗合魔動カートが運行しておりまして、タイミングよく乗れましたので、予定よりも早く到着することができました」

 面倒だと思いつつもクグは丁寧に返答した。


「それならそうと、ちゃんと報告しなければダメじゃないですか。その程度の報告で済むと思ってたんですか?」

「申し訳ございません」

 ブレイズンの嫌味には、言い訳などせずさっさと謝ってしまったほうが早い。

「昔は寂れた休憩所しかなかったが、あそこもいろいろと変わって、今では乗り合いの魔動カートまでできたのか」

 スタボーン課長はブレイズンの嫌味など聞いていないのか、腕組みをして昔を思い出すように宙を見ている。

「はい。辻の駅とスルースルの町を往復している定期便のようです」

「勇者も使うかもしれんな。冒険の進行に関わる貴重な情報だ」

 課長は腕組みをしたまま微動だにせず言った。


「新しい情報に更新しないといけないですね。時刻表はちゃんと調べてきたんでしょうね?」

「はい。ホームページにも掲載されておりますが、辻の駅のパンフレットにも載っておりましたので、一部もらってきました」

「こういうことを先に報告しないと。報連相がなってないんですよ。これだからノンキャリは」

 ブレイズンは嫌みったらしく言った。


「後から報告書とまとめて提出しようと思っておりました」

「わかった。詳しいことは報告書でいい」

 課長は忙しいのか、話を切り上げたそうだ。

「ところで、いつもクグツィル君が報告しているけど、ゼタリオ君は何か報告することはないんですか? いつまでも先輩に頼ってばかりいてはいけません。クグツィル君も甘やかしていては、ゼタリオ君がいつまでたっても育ちませんよ」


 早く報告を終えたいクグは、余計なお世話だと思いながらゼタの方をチラッと見た。

「とくに何にも問題なかったっす。冒険者とか、商人とか、山賊とか関係ないっす」

 案の定、ゼタは余計なことを報告してしまった。

「何ですか? その山賊とやらは」

 案の定、ブレイズンが聞いてきた。

「えーっとですね。街道を抜ける際に気をつけることはないか冒険者や商人に聞き込みをしましたところ、オヤンマ山に山賊が出るという話を聞きまして」

 慌ててクグが説明をした。


「それで?」

 ブレイズンはいぶかしげに聞き返してきた。

「山賊を倒すのは冒険者案件レベルなので、勇者には関係ないと話していただけです」

「確かに。山賊討伐なんてちっぽけな案件は、冒険者に任せておけばいいことです。勇者にはもっと壮大な案件をこなしてもらわないと。ですよね課長」

 ブレイズンは課長に媚びるように言った。

「明日もこの調子で任務にあたるよう期待している」

 スタボーン課長はブレイズンの媚びる様子など気に留める様子もなく、話を切り上げた。

「失礼します」

 何とかもみ消すことができた。クグは自分の席に戻ると報告書をまとめ、翌日の準備をしてその日の業務を終えた。



 翌朝。クグとゼタは朝一番でスルースルの町へと飛んだ。

 スルースルの町はどことなくどんよりしていて活気がない。夜通し飲み明かした冒険者の影もない酒場、薄暗い道具屋、武器・防具屋のショーウィンドウには、かつて店主自慢の逸品だった品々がホコリを被って並んでいる。繁盛しているのは安い宿屋と、テイクアウトもできる飲食店ぐらいだ。

 町全体がどことなく重苦しく、あまり居心地の良さを感じない。相変わらず商人も冒険者も一泊の休憩をするだけで通過してしまうようだ。


 この町には、工場や新興住宅地がある新市街と、旧市街がある。ゼタが東の新市街、クグが西の旧市街の二手に分かれて聞き込みをすることにした。

「聞き込みが早く終わったら筋トレしててもいいんすよね?」

「自由時間に何をしても構わないが、その代わり前回みたいにまったく聞き込みをしてなかったら、課長にチクって減給してもらうからな」

「だ、大丈夫っすよ。昨日みたいにちゃんと聞くっす」

 ゼタは新市街へと歩きだした。

「集合場所はこの中央広場だぞ」

 クグはやる気がなさそうに歩くゼタの背中に声をかけ見送ってから、旧市街へ向かった。


 クグは次々に聞き込みをしていくが、町の人は皆、口を揃えて言う。

「さえない町」

「いつも同じ景色で何も起こらない、退屈な町」

「こんな町に勇者が来たってスルーするだけ」

 めぼしい情報はなかなか出てこない。


 クグは聞き込みを終え中央広場に戻ってきた。ゼタはいない。どこにいるのか辺りを見回していると、ゼタが新市街の方から戻ってきた。どうやらちゃんと聞き込みをしてきたようだ。


「いやー、手こずったっす」

「全然情報が集まらなかったのか?」

「っていうか、お礼にプーションを手渡そうとしても、全員から断られたっす。あげるいらないの押し問答で時間くったっす」

「ムダな労力だったな」

「なんでプーションを受け取ってくれないんすかね?」

「普通にいらないんだろ」


 自分が何も知らずに受け取る立場だったら、いらないと言って断るだろうとクグは思っている。

「プーションはプロテイン摂取と回復が同時にできるだけじゃないんすよ」

「そんなはずはない。実家の自家製だぞ。誰も特別な魔力なんてもってないから、特別な効果なんてあるわけがない」

「空き瓶を使うんすよ」

「どう使うんだ?」

「瓶が割れるくらいの勢いで頭を殴りつけると、状態異常の睡眠を解除することができるっす」

「誰がそんな脳筋な使い方するんだ」

 睡眠とは違う状態異常で横にならざるを得なくなる可能性が高い。

「クグさんが睡眠状態にかかったら、これで解除してあげてもいいっすよ」

「やめてくれ。自分でスコヤカンをかけるから大丈夫だ」

 空き瓶を有効活用する方法が見つかってとってもエコだ。などと言えるレベルの話ではない。


 時間はもうすぐ昼だ。広場に面した通りの向かいに、テイクアウト窓口がしつらえてあるカフェがあった。広場でサンドイッチでも食べながら情報を整理することにした。


「『カフェ・グリップ』へようこそ!」

 ハキハキとした受け答えの女性店員だ。サンドイッチを注文すると、

「一緒にドリンクはいかがですか?」

 にこやかに聞いてきた。

「そうだなドリンクも買っておくか。オススメは何ですか?」

「コールドプレスジュースはいかがですか? うちのアームストロング店長はゴリマッチョなんですけど、氷で手をギンギンに冷やしてからフルーツを握りつぶすフレッシュなジュースですっ。今なら目の前で握りつぶしてくれますよ!」

「……いりません」


 クグは真顔で断った。マッチョなおっさんが「コールドプレスッ」と言いながらフルーツを握りつぶして果汁が飛び散っているのを想像し、食欲がなくなった。コールドプレスの意味を履き違えていることを指摘したほうがいいのかと思ったが、放っておくことにした。

「すげー! マネできるかな?」

 ゼタよ、マネしなくていいんだ。クグは心の中でつぶやいた。


「では、生搾りフルーツジュースはいかがですか? 店長がフルーツを普通に素手で握りつぶすフレッシュなジュースですっ。今なら目の前で握りつぶしてくれますよ!」

「すげー! マネできるかな?」

 だからゼタよ、マネしなくていいんだ。クグは心の中でつぶやいた。

「アイスコーヒーをください」

 クグは真顔で断った。無難な注文をして、握りつぶし系ドリンクを回避した。


「うちのコーヒー豆は、店長が素手で粉々に握りつぶしたての豆を使っているんですよ。氷ももちろん店長がコブシで砕いてますっ」

「……」

 店長握りつぶし系メニューを回避できたと思っていたクグは返す言葉がなかった。

「どうやって氷を砕くんすか?」

 余計なことを聞かなくていい、とクグが静止する間もなく、女性店員さんは説明をしだした。


「まず、業務用ブロック氷を空中に投げます。そして、空中のブロック氷を全力パンチします。すると、一撃で氷がバラバラになります」

「すげーっ! イチゲキっす!」

「……」

 クグは物理的な現象として理解ができなかった。この店では握りつぶさないドリンクを探すのが難しそうだ。


「店長は忙しいはずなのに、よくそんなことやってる時間があるな」

 クグはボソッとつぶやいた。

「ちなみに店長は握りつぶし係です。それ以外のときは邪魔なので、厨房のすみっこで体育座りをして待機してます」

 クグの余計なお世話だったようだ。


「ゼタはドリンク何にするんだ?」

「青汁スペシャルってやつください」

「こちらは乳酸菌100億個入りの、飲みやすさにこだわってない一品です。そして、店長が握りつぶさないドリンクとなっておりますが、よろしかったでしょうか?」

「フツーに問題ないっす」

 クグは青汁を飲みたくはないが、店長が握りつぶさないドリンクを引き当てたゼタを少しうらやましく思った。


「てんちょー。氷が足りないんでお願いしまーす」

 奥の厨房から女性の声がしたかと思うと、

「氷一丁!」

 元気なおっさんの声が間髪入れずに聞こえた。


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