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第25話 冒険者という人種

 女性3人組で20代後半くらいに見える。冒険者だろうか。しかし、クグから見て冒険にはそぐわない服装だ。直感であまり関わりたくないと思った。


「面倒くさそうな人たちだからスルーするぞ」

「ヤバそうっすね」

 そのままスルーしようとしたら、向こうから声をかけられた。

「すいませーん。ここら辺に山賊のアジトがあるって情報をつかんだんだけど.、知ってますかー?」

 ピンクの髪の毛でゆるふわウェーブ。服もピンク色を基調としており、短いフリフリのスカートで白いオーバーニーソックスを履いている。武器は槍を持っているので戦士系だ。バルキリーか何かだろう。ハツラツ系女子という雰囲気だ。


「アースクローラーを操って人々を襲うヤツラで、懸賞金がかかっているのですわ」

 前髪ぱっつん黒髪ロング。服は白色を基調にしたもので、白いロングのマント、膝丈のワンピース風の服に、黒いコルセットベルトを合わせている。魔法使いなのだろう、派手な装飾がされた杖を持っている。格好は白ベースで清楚系に見えるが、性格がキツそうな第一印象だ。


「悪いヤツはブッ倒す」

 金髪縦ロール。他の2人より背も高く体格がいい。服は黒を基調というかゴスロリというのだろう、クグは初めて生で見た。手には大きな深紅のハンマー。黒いドクロの模様があしらわれている。重そうなハンマーを軽々と担いでいるが、あそこだけ重力が歪んでいるのだろうか。


「もう倒しちゃ――」

「あー! そ、そんな、危ない奴らがいるのかーっ」

 クグは慌ててゼタの言葉を遮った。

 懸賞金がかかっているということは、誰が先に倒すかで冒険者同士が争っているということだ。冒険者同士のいざこざに巻き込まれるのは面倒だ。

 クグは3人組に聞こえないよう小声でゼタに言う。

「山賊を倒したことがバレると、冒険者たちの懸賞金のゴタゴタに巻き込まれるぞ。知らないフリをしてさっさと通り過ぎたほうがいい」

「うっす」


 ピンクの女性がさらに聞いてきた。

「馬車に乗った商人っぽいおじさんがものすごい勢いで山を降りていったけど、知ってる?」

「まったく知らない」

「山賊のことで何か知ってるか聞きたかったんだけど、止めようとするヒマもなかったのよ。爆発するような音もあったし。何かあったのかな?」

「さあ? モンスターにでも襲われそうになったんじゃないのか? なあ」

「そっすね」

「そっか。知らないか」

 ピンクの女性は聞き込みを諦めたようだ。


「じゃ、そういうことで」

 クグとゼタは会話を早々に切り上げ、通り過ぎようとした。

「あ、そうだ忘れてた。ちょっと待って」

 ピンクの女性が言うと3人は2、3歩下がり、横一列に並んだ。


「あたしの槍に突かれたら、あなたのハートもピンク色! 非常階段を一段飛ばしでのぼっちゃう! チョコレイツ・ミルクでぃすっ」

 最初にそう言ったのは真ん中のピンク。

「わたくしの魔法にかかったら、あなたのハートは萌え爆発! 魔法を避けたヤツはみぞおちパンチ! チョコレイツ・ホワイトですわっ」

 次は向かって右隣の黒髪だ。

「あたいにうっかり近寄ると、あなたごとハートをぶっ潰す! ハンマー・ゴスロリねえさんといったらこのあたい! チョコレイツ・ビターやでっ」

 最後は、左側にいる金髪。

「わたしたち冒険者アイドル、『チョコレイツ』ですっ!」

 3人は声をそろえて決めポーズをした。


 ちゃんと鎧を装備しろ。そんな格好では冒険者として活動できないだろ、とクグは思った。フリーの冒険者たちは、どうしてこうも自己主張強めの変な格好で冒険したがるのだろうか。何を考えているのか理解できない。


 クグが白い目で3人組を見ていると、

「ちょっとちょっと。あたしたちに対しての反応がおかしくない?」

 ピンク色のミルクがつっかかってきた。

「わたくしたちのことを見てなんとも思わないのですの?」

 続いて、黒髪のホワイトがミルクと同様につっかかってきた。

「なにが?」

 反応がおかしいとはどういうことか、クグには言っている意味がわからない。

「あたしたちのこの格好と、さっきの自己紹介見たらわかるでしょ」

 ミルクの言うことに、金髪のビターは無表情でうなずいている。

「冒険者なのに冒険者らしからぬ変な格好をしている、クレイジーな方たちですか?」

 クグは思ったことを正直に口にした。


「そうじゃないでしょ! この格好はアイドルの格好でしょ! あたしたちは冒険者をやってるアイドルなの!」

「SNSにアイドル活動と冒険者活動をアップしておりますの。オヌシチューブにアップした曲もバズっておりますのよ」

「SNSのフォロワー数がグングン結構増えてきてるし、レーベル契約の話もきてるんだから」

 ミルクとホワイトは高圧的だ。ビターはひと言も喋らず無表情でうなずいている。

 最近は、オヌシチューブという動画配信サイトに動画を投稿し広告収入を得るという、『オヌシチューバー』といわれる人たちもいるらしい。


「はあ、そうですか。ゼタは知ってるか?」

 クグは興味がないので面倒くさそうに返事をした。

「知らないっす。男女混合5人組筋肉ユニット『ハウル・オブ・マッスル』なら知ってるっすけど」

 ゼタは筋肉以外には興味がなさそうだ。


「そうじゃなくて『カワイー』とか『サインしてー』とかあるでしょ。ふつー」

「ない」

「ないっす」

 クグとゼタの声が揃った。ミルクは「はぁ〜」と呆れたようにため息をついた。


「あたしたちの魅力がわからないカワイソウな人種なのね」

「そのようですわね。おっさんとバカにはわからないのですわね」

 ミルクの言葉にホワイトが賛同した、ビターは相変わらず無表情で喋らずうなずいている。

「ビターも何かひとこと言ってやってよ」

 ミルクに促され、ビターが口をひらいた。

「カス」

 本当にひと言だ。さらにミルクとホワイトが追い打ちをかけてきた。


「変な格好とは失礼しちゃうわ。カワイイっていうのよカ・ワ・イ・イ! そっちこそ特徴がなさすぎて、その他大勢に埋もれて見分けがつかないモブよモブ」

「そうですわ。主役級にカワイイわたくしたちが、わざわざ激ヨワ超ダサモブに話しかけてあげたのですから、ありがたく思いなさい」

 3人とも勝ち誇ったような表情だ。

「自称アイドルのくせにワードのチョイスがえげつねぇっす。あいつら魔法でぶっ飛ばしていいっすか?」

「いい……じゃなくて、ちょっと待て」

 クグは思わず「いいぞ」と言いそうになったが、なんとかこらえた。


 正体を隠しているとはいえ極秘任務中の公務員である。相手が極悪人で任務の遂行が困難なときなどの非常時を除いて、民間人との揉め事はご法度だ。

 フリーの冒険者からバカにされたことは、クグのプライドが許さないが、公務員としてではなく冒険者として見られた上でのことだ。この程度で揉め事を起こしていては、この任務は務まらない。

 しかし、変な格好をしている30代手前のいい年した冒険者が目の前にいるので、正座をさせて小一時間ほど冒険とは何たるかを説教してやらなければならない、とクグの正義感が刺激されてもいた。


 クグが無視して先を急ぐべきか、それとも説教してやろうかと思った矢先、

「すぃませぇーん」

 か細い声が聞こえた。声がした方を見ると、男性5人組の冒険者が山道をのぼってきた。装備は普通だが、どことなく頼りない雰囲気だ。全員、顔色が悪いし、明らかに体格が細い。全員、胸元にアクションカメラがついている。


「ぼくたち、『ヒョロリオガリレイ』っていうフリーの冒険者なんですけど、ここら辺で山賊を見なかったですか?」

「さ、さあ?」

 面倒な人が増えたと思ったクグは、適当にはぐらかした。すると、5人は輪になり作戦会議をしだした。

「やっぱり、まだここら辺にはいないみたい。どうする? もう少し登る?」

「山道を登るのって、こんなにしんどいと思ってなかった。装備も重いし」

「もうヤバいかも。ぼくたち全員、ギルド入りを断られるレベルの虚弱体質だもんな」

「ここまでで使った体力90パーセント。残り10パーセントで山賊と戦えるかな」

「ただでさえ貧血気味なのに、不安になること言うなよ。不整脈が……」


 全員うつむき加減で空気がどんよりしている。するとリーダーらしき人が言った。

「『マホビタン・ダブル』を飲んでもうひと踏ん張り頑張ろう。山賊を倒せば一躍有名人になれる。ぼくたちをバカにしてきた奴らを見返すんだ」

 体力と魔力が回復する栄養ドリンクだ。それぞれ道具袋から小瓶を取り出し、一気に飲み干した。

 ヒョロリオガリレイのメンバーたちは、お互いを励ますように、いや、自分に言い聞かせるように「頑張ろう」と口にした。どうやらまだ冒険を続けることが決まったようだ。

「それではお先に。ちなみに、オヌシチューブに冒険の様子をアップしてるので、チャンネル登録おねがいします」

 ヒョロリオガリレイの5人は山道の奥へと消えていった。彼らが100人いても山賊には勝てないだろう、とクグは思った。


 ミルクが仲間の方を向くと言った。

「あんなヤツらに先を越されるわけにはいかないわ。あたしたちも先を急ぎましょ」

「そうね、モブにかまってるヒマはないですわ」

 ホワイトはミルクの意見に同調した。

「せやな」

 ビターは相変わらずひと言だ。

 自称アイドル3人組は山道の奥へと消えていった。

 訳のわからない冒険者たちに時間を割いている場合ではない。クグたちも先を急ぐことにした。

 しかし、山賊に懸賞金がかかっていたとは知らずに倒してしまったのは問題だ。


「山賊の件は課長には報告しないから、黙っておけよ」

「どうしてっすか?」

「公務員は副業禁止だぞ。勤務中に任務とは関係ない副業をやっていたと間違われたら懲戒ものだ」

「ということは、懸賞金は?」

「もちろん受け取れない」

「受け取って黙ってるのはどうっすか?」

「役所が懸賞金をかけているんだぞ。仮に、倒した証拠を持っていて認められるまではいいが、懸賞金を受け取るには身分証明書の提示が必要になる。しかも、受け取った人の名前が公表されるから、本名でも任務用の偽名でもすぐバレるぞ」

「倒し損じゃないっすか」

「もともと懸賞金がかかってるなんて知らなかったから、あってもなくても同じだろ」

「そうっすけど。じゃあ誰が懸賞金を受け取るんすかね?」

「さあな。チョコ何とか3人組か、ヒョロガリ5人組のどちらかだろうな」

「チョコバッツとかいうのが受け取ったらなんとなく気にくわないんで、ヒョロガリには頑張ってほしいっす。でも、山道を登ってるだけで死にそうだったっすけど」

「どっちが勝ったか、あとからオヌシチューブで確認するか?」

「そこまでは興味ないからどーでもいいっす」


 クグも興味がないので、今回の件は封印することにした。

 山道からヤンマ谷街道へ戻り、東へと進む。ヤンマ谷を抜けた山のふもとの街道沿いにある、辻の駅『ふれ愛テラス・オヤンマ』が見えてきた。

 もう昼過ぎだ。結局、短縮できた時間が帳消しになってしまった。

「あそこで休憩するそ」

「うぃーっす」


 辻の駅とは冒険者や旅人や商人、そしてウマが足を休められるだけでなく、その土地の名産品などのお土産を購入することができる商業施設だ。

 ふれ愛テラス・オヤンマは、ヤンマ谷街道を越えてきた人、これから越える人にとって重要な拠点となっている。観光情報や街道の渋滞情報、工事情報などが見られるインフォメーションセンターもある。ここならではのものでは、山の湧き水が無料で飲めるコーナーがある。

 人影はまばらだが、さびれているというわけでもない。休憩している冒険者や商人がちらほらいる。湧き水コーナーでは、持参した水筒などに水を入れている人たちがいる。

 馬車の駐車スペースにウマヒクターが引く馬車は見当たらないので、あの商人のおじさんはここを素通りしたか、もう出発したのだろう。


「あれって乗り合いの魔動カートじゃないっすか?」

 ゼタが指す方を見ると、馬車の駐車スペースの片隅に停留所らしきものが見えた。『魔動カートのりば』と書かれた丸い看板の下に、時刻表のような四角い板が見える。間違いなく停留所だ。いつの間にできたのだろうか。まだ停留所で待っている人はいない。

 魔動カートは魔動車ほどスピードは出ないが、運転が簡単で値段も安い。屋根はついているがドアはついていないので、雨天のときはレインコートが必要だ。

 ゼタが走って確認をしに行く。クグは歩いて停留所に向かう。


「スルースルとここを往復してるみたいっすよ。これなら乗ってもいいんすよね?」

「乗車賃なら経費で落とせるから大丈夫だ」

 時刻表の裏の案内板を確認する。

 3列シートの7人乗り(運転手抜きで6人まで)。片道1000モスル。1日往復3便。スルースルの都市政策部交通政策課が運営している。観光促進のために運行しているようだ。

「3時間に1本しかないっすよ」

「次に来るのは1時間くらい待つことになるが、乗ったほうが早く着くな」

「スマホで乗車予約するみたいっす。さっさと予約しといたほうがいいっすね」

 クグはスマホで予約サイトを開く。

「道中でモンスターと戦える人は、戦闘割引で3割引になるんだな」

 ほかにもシニア割があり、スルースル町民の高齢者は月額1000モスルで乗り放題となっている。

 クグは2席分を戦闘割引で予約し、そのままスマホで決済をした。マッチョカリプスの法人口座に紐づけてある。


 昼食を済ませると、魔動カートが来るまでゼタは停留所の前で筋トレをした。周りのお客さんが遠巻きから迷惑そうに見ていた。クグは知り合いだと思われたくなかったので、近寄らないようにした。

 クグはお土産屋をのぞいてオヤンマまんじゅう、オヤンマレーズンサンドなどお菓子の試食をしてまわった。別腹だ。そして買わない。

 ケチだからではない。任務中に、浮ついた観光気分でお土産を買うなどもってのほかだ、という言い訳を心の中で繰り返した。そもそもお土産を渡す人がいない、という理由は考えないようにした。


 時間になって停留所へ行くと、すでに老夫婦が魔動カートの3列目の席に座っていた。

 シート後ろの網カゴ型荷台には、折りたたみ台車とポリタンク2つが積まれ、落ちないようネットが張ってある。老夫婦の間の足元にあるトートバッグには瓶が3本入っている。たぶんどれも湧き水が入っていると思われる。お気に入りの水なのだろうか。

 他に乗客はいなさそうだ。冒険者は移動代をケチって歩くし、商人には自分の馬車がある。利用する人はほぼいないのだろう。

 再雇用された契約社員とおぼしき初老の男性運転手に、スマホに表示させたチケットを見せ、2列目の席に乗り込む。

「スルースル行き、しゅっぱーつ」

 という運転手の声とともに魔動カートが進みだした。


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