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第24話 ハメられた取引

 幌馬車の後ろから外を確認すると、ヤンマ谷街道から山道に入って登っているように見える。地図マプリの『テクビゲ』でも確認すると、確かに街道を外れ山道に入っている。どこに行く気だろうか。スルースルの町へショートカットできる道などないはずだ。

 クグは片膝立ちになり前方をうかがう。商人のおじさんが馬車を止め、音楽も止めると、幌馬車の上の方に赤い布切れをくくりつけた。


「どこに向かっているんですか? スルースルはこっちの方角ではないはずですけど」

「山賊に武器と酒を売るんだ。この布はその目印だ。ついでに寄るだけで、取引が終わったら町にはちゃんと行くから心配すんな」

「山賊なんかに武器を渡したら、被害者が増えることになりますよ」

「そんなことは知ったこっちゃない。とにかく市場価格より2、3割高めで買ってくれるって話だから、乗らない手はないだろ。赤い印のついた箱がそのブツだ。取引のときに荷車から下ろすのを手伝ってくれ」


 普通の商人のおじさんだと思っていたが、人は見かけによらないものだ。

「そんな取引ができるほど《《ご立派な》》コネがあるようには見えないですけど」

 クグは皮肉を込めて言った。

「最近は闇のSNSでこういう仕事も探せるんだよ。君たちも冒険者をやっているなら、こういう仕事はやったことあるだろ。交渉は済んでるから問題はない。山賊が変な気を起こさないよう、いてくれるだけでいいんだ。万が一のことがあったら、ちゃんと用心棒として戦ってくれよ」

 商人のおじさんは皮肉など意に介さず、ぬけぬけと言った。


「そんな仕事、聞いてないですよ」

「ああ。言ってないからな。お互い詮索しないって約束しただろ」

 あきれたように言うクグに対して、商人のおじさんは開き直って答えた。

「相手は山賊ですよ。大丈夫なんですか?」

「こっちは何年も商談のプロとしてやってるんだ。余計な口出しはしないでくれ」


 ただの道中の護衛だと思っていたら、とんでもない仕事をタダで押しつけられていた。だからあえてギルドを通さず、名前や仕事を詮索しないと提案してきたということだ。ウマヒクターを傷つけるなと言ったのも、このことだったのだろう。

 クグたちは商人のおじさんにハメられ、本当にタダで利用させられてしまっていた。無条件の人の親切ほど高くつくものはなかった。

 しかし、今さらゴネて歩いて戻るわけにもいかない。ここから歩いて町を目指すより、穏便に取引を終え馬車で町まで行った方が早い。


「山賊をブッ倒せばいいんすか?」

「違う。武器を売るだけだ。すでにSNSで商談の話がついているようだから、何もやることはないはずだ」

 ただただ無事に交渉が終わるのを祈るしかない。馬車は再び進みだした。坂道でもグングンと力強く進む。木の茂る山道へと入っていく。

 道が坂から平坦になった。木々の間から光が差し込んでいるので、それほど暗くはない。

「もうすぐ交渉の場所だ」

 クグたちに聞こえるよう商人のおじさんが言った。

 クグとゼタは幌を張っている柱につかまった状態で立っている。落ち着いて座っている状況ではない。

 クグの緊張感が高まる。山道の奥深くではいつモンスターが出るかわからないし、話がついているとはいえ、相手は山賊なので何をしてくるかわからない。


 前方の山道の脇に、馬車1台が隠れられるほどの大きな岩が見える。岩を少し過ぎたところで急に馬車が止まった。

「お、おいっ。何とかしてくれぇ」

 商人のおじさんのいかにも弱々しい声が前方から響いてきた。


 クグとゼタが馬車を降りて前に行くと、30ミートルほど先にイモムシのモンスター『アースクローラー』の群れが道を塞いでいる。ざっと5、6匹はいる。

 体長は2から3ミートル、赤土色の体に黒いまだら模様があり、黒い2本の触角が生えている。幼体ではなくこれが成体。不完全変態タイプだ。動きは早くないが、吐きだす粘糸につかまると身動きがとれなくなるので要注意だ。ここにいるのは、どれも3ミートル近くありそうな大型のものだ。

 湿った場所を好むので1、2匹がたまたま道のところにいるのはあるが、こんなにうまいこと道を塞ぐように群れているのは珍しい。


 アースクローラーがモゾモゾとクグたちの方に近づいてくる。待ち受けていたら、商人のおじさんに危害が及ぶばかりか、ウマヒクターに傷がついてしまう危険性がある。

 山賊との交渉前にひと仕事しなければいけないようだ。複数体いるとはいえ、知能を考慮すると連携してくることはないので、1体ずつ確実に仕留めていけば怖くない。


「もし危なそうだったら、そこの岩の陰に隠れていてください」

 クグは商人のおじさんが少しでも安心できるようにと声をかけた。

「なんでもいいから早く倒してくれ!」

 この人には気遣いをしてもわからないようだ。


 ゼタは兜も盾も装備せず、メイスを持ってアースクローラーの群れに向かって走りだした。

 クグは兜と盾を装備し、モンスターの群れに向かって走りながら剣を抜く。

 ゼタの方に3匹、残りの3匹がクグの方に向かってくる。


 クグがアースクローラーの群れから2ミートルあたりまで近づくと、鎌首をもたげた蛇のような体勢になった1匹の口から、粘糸が吐き出され飛んできた。走りながら吐き出された粘糸を盾で防ぎ、盾にからんだ粘糸を剣で切り落とす。そのままの勢いで懐まで駆け寄るとアースクローラーの胴を斬り裂いた。

 横を振り向くと1匹が体当たりを仕掛けてきた。避けられないと悟ったクグは、とっさに盾を構えカタインを自身にかける。衝撃がクグを襲い2ミートルほど吹っ飛ぶが、盾の防御とカタインでダメージは最小限に抑えられた。跳ね起きると再びモンスターの中へと向かう。


 ゼタはというと、3匹から粘糸を吹きかけられメイスで受け止めている。メイスに3本の粘糸がからみ、引っ張られ動かせない。

 ゼタがメイスを両手で持つと、メイスの先から火が出て粘糸に燃え移った。火は糸を伝ってアースクローラーの口へ炸裂。ひるんだところを真ん中の1匹に飛びかかってメイスで殴打。急所の触角の間にめり込んだ。

 1匹がゼタの左側から体を横薙ぎにして体当たりをしてきた。ゼタはメイスで受け止めるように構える。メイスとアースクローラーが接触した瞬間メイスから小爆発が起き、アースクローラーが吹き飛んだ。メイスの先端に集中させた筋肉圧縮魔法(マジッスル)の爆発だ。


 跳ね起きたクグは自身にハヤインをかけ、アースクローラーに向かって走る。飛んでくる粘糸を左右に避け、アースクローラーの横を通り過ぎながら剣で斬り裂いた。残りの1匹にも隙を与えず素早く近づくと、触角の間の急所を剣で貫いた。


 ゼタは残りの1匹の方を向くとメイスを振り抜く。メイスから風の刃が勢いよく飛び出し、アースクローラーを真っ二つに切り裂いた。


 大きな怪我もなくすべてのアースクローラーを倒すことができた。剣を鞘に納めるクグ。しかし戦い終えても勝利の喜びはない。それよりも気になることがあった。

「何か変だ。このアースクローラーの戦い方は統率がとれていたような気がする」

「群れだから、普通なんじゃないっすか?」

「自然にそんな戦い方を習得できるほど知能があるとは思えないが……」

 モンスターを倒し終えたクグたちの近くまで馬車が来た。


「そいつらをさっさと片付けてくれ。目的地はすぐ近くのはずなんだ」

 感謝の言葉もなく人使いが荒い。商人のおじさんは御者席に座ったままクグたちを見下ろしている。

 クグが呆れていると、山道の両脇の茂みからざわざわと音がしだした。次は何かと様子をうかがう。木々の間から人が姿を見せた。山賊だ。ざっと10人はいる。しかし、山道までは出て来ない。


「オレたちのかわいいペットを殺すなんて残酷な奴らだ。弁償してもらわないとな」

 山賊のリーダーと思われる男が、クグたちに向かって言った。

「大人しくやられていれば、簡単にブツが手に入ったのに」

 別の山賊が残念そうに言った。


「お前たちの仕業だったのか」

 先ほどの戦いの疑問が解けたクグは納得した。飼い慣らされ訓練されていたから、統率がとれていたということだ。アースクローラーに襲わせるのが常套手段のようだ。


「オレたちはムダな殺しをしない主義なんだ。おとなしく馬車ごと置いて帰れ」

「買い取ってくれるんじゃないのか?!」

 山賊リーダーの言葉に、商人のおじさんは戸惑いを隠せない。


「お前に払うカネなんかない」

「約束と違う!」

 山賊の吐き捨てるような言葉を聞き、商人のおじさんは半分泣き声が混じっている。

「ウルセー! そんな約束した覚えはねえ!」

 山賊相手に一般のルールが通用するはずもない。商人のおじさんはまんまとハメられた。というより、山賊という外道を安易に信じすぎた。それ以前に、クグはひとつ疑問に思った。


「何度か取引してるという話だったはずだが?」

「これが初めてなんだ」

「話が違うぞ」

「出来心でカネに目がくらんだだけなんだ。頼む、奴らを倒してくれ」


 簡単に倒せと言われても、相手は山賊だ。しかも、集団で襲われては勝てるかどうかわからない。相手の強さもわからない。腕利きの奴がいるかもしれない。ヘタに戦うのはリスクが大きい。何よりも、

「私たちは取引には関係がありません。あなたがタダで約束の品を渡して、見逃してくれるよう交渉してくれれば済む話だと思うのですが」

 いつか誰かが山賊に武器を渡してしまう。それが今か、ひと月後かの違いなだけだ。この程度のことは冒険者が対処すればよい民間の問題だ。

 最優先事項は、本来の任務を支障なくすすめることであり、リスクを背負って正義の味方ごっこをしているヒマはない。


「仕入れにいくらかかっていると思ってるんだ! タダでくれてやる物などない。ウマヒクターの支払いだってまだ残ってるんだ。家に家族もいるんだ。こんなところで死んでたまるか!」

 商人のおじさんは逆ギレして冷静に話ができる状態ではない。自分勝手すぎる。それに引き替え山賊たちは余裕の表情だ。


「アースクローラーを倒したくらいで強がるなよ。たった2人の冒険者が10人相手にどう戦うんだ?」

 山賊の言うとおりだ。戦力差は歴然としている以上、勇者や上級冒険者でもない限り普通に戦っても勝ち目はない。しかし、商人のおじさんはタダで商品を渡すつもりはない。山賊はヤル気満々だ。


 クグは最悪の事態を想定して、取り囲まれたときのフォーメーションを考える。ゼタと互いに背中を預け合い、着実にひとりずつ倒していくしかない。

 しかしゼタのことだ、洞窟で子どもたちを前にして戦ったときのように攻撃を避けたら、自分が背後からクリティカルヒットを受けてしまう可能性がある。

 どう切り抜けようかとクグは隣に立つゼタを見る。完全に戦闘モードに入っている。というか、集中して全身に力がこもっているように見える。これはもしかして――。


 グクはダッシュでウマヒクターのところに行くと、手綱の根本を持って引っ張った。引き馬モードに切り替わった。急いで方向転換させる。

「おじさん! 早くここから離れて!」

「仲間を置いて逃げるのか?」

 いちいち説明している場合ではない。

「すぐにわかる!」

 クグは手綱を持って走る。それを見た山賊たちは、


「おい、ひとり残して仲間が逃げていくぞ」

「コイツを生贄にして済ませるつもりか?」

「いや、おとりにして逃げるつもりだ。そうはいくか。逃がすな!」


 リーダーの掛け声とともに、山賊たちが一気に山道に降りて襲いかかってきた。ゼタはそれを確認すると同時にメイスを振りかぶる。迫り来る山賊。山道脇の岩陰に馬車を誘導できたクグ。空を切るメイス。その瞬間、ゼタを中心にして爆発が起こった。筋肉圧縮魔法(マジッスル)の本領発揮だ。


 場所が山中だからなのか、相手が人間だからなのか、圧縮時間の問題なのか、これまでより威力は弱い。とはいえ、爆発は爆発だ。爆風の余波が馬車のところまで来て揺らす。

 爆風が止んだ。爆心地にゼタが1人立っている。山賊の大半が爆発で吹っ飛んでいる。残った数人もダメージを負っている。

 岩陰のウマヒクターは爆風にさらされることなく無傷で済んだ。


「私まで一緒に殺す気か! ウマヒクターだけじゃなくて大事な商品もあるんだぞ!」

 商人のおじさんは岩陰から爆発した場所を確認するとクグに怒鳴った。

「めっそうもないですよ。被害がないようにちゃんと誘導したではないですか」

「そう言われるとそうだが……。いつもこんな戦法なのか?」

「ええ、まあ。おかげさまで、私も死にそうな思いを何度もしています」

「そ、そうか。それはお気の毒に」

「とにかく詳しいことはあとで話し合いましょう。もう爆発はないのでここにいてください」


 残党がいるのでクグも参戦に向かった。弱った山賊はたやすく倒すことができた。

 クグは道具袋からロープを取り出すと、山賊全員の両手両足を縛った。爆発をもろにくらった人たちには、回復魔法イエルンをかけておいた。大魔法使いではないので全回復とはいかないが、とりあえず死にはしないだろう。

 そのうち冒険者か猟師が見つけて、後処理をしてくれるはずだ。もしくは、アジトかどこかに控えている山賊の仲間がいれば、そいつらが助けに来るかもしれない。


「これでやっと町へ行けるな」

「そうっすね。さっさと馬車に乗って戻るっす」

 避難させた岩陰まで行くが、商人のおじさんばかりか馬車ごといない。

「逃げたのか!?」

「まじっすか。こんなとこに置き去りなんてサイアクっす」


 無理もない。ゼタのあの爆発を見て平然としているほうがおかしい。しかし、お望みどおり山賊も倒したのだから、約束どおり町まで乗せてくれるのが礼儀ではないのか、ともクグは思った。

 馬車に乗せてもらった分、時間を短縮できたのだが、余計なことに巻き込まれてしまった。早く戻らないと短縮できた分が帳消しになってしまう。


「グズグズしていても時間のムダだ。さっさと街道に戻るぞ」

「うぃーっす」

 2人は山道を歩いて下り始めた。

 黙って歩いていると商人のおじさんに対するモヤモヤが湧き出てくるので、クグは違う話題で気をそらそうと思った。


「ちなみに、今回は何の魔法が爆発したんだ?」

「山賊に眠ってもらおうと思って、ネムインを筋肉で圧縮してみたっす」

「なぜネムインが爆発するんだ」

「そういう仕様なんじゃないっすか?」

「爆発したら、もうネムインではないな」

「でも、結果的には寝てくれたっすよ」

「あれは寝たとは言わん」

 クグは以前、同じようなやりとりをしたのを思い出した。不毛な質問だった。が、気は紛れた。


 木々が生い茂ったところから、開けた場所に出た。あと少しで街道に戻れそうだ。山道の脇に鉄塔が1本建っている。行きのときは気がつかなかった。他の鉄塔と変わったところはないので、そのまま通りすぎた。

 クグとゼタが山道を歩いて戻っていると、行く先に3人の人影が見えた。


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