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第23話 馬車は進む

 商人のおじさんの馬車は、まもなくボッカテッキの町に到着する。

 町の中へ入らず街道で降ろしてもらい、すぐにでも次の町へ向かいたいが、いきなり飛び降りて立ち去るのも失礼だ。それに、道端で馬車を止めてもらうと他の人の邪魔になる。とりあえず、町の中にある馬を停める場所まで乗る。


「スルースルまで歩きっすよね」

「当たり前だ。着いたらすぐに出発するぞ」

「タダで馬車に乗せてくれる奇特な人っていないっすかね」


 安易に民間人の協力を求めてはいけない。任務は迅速さも大事だが、目立たないことの方が重要だ。早くこなしても、任務がバレてしまったら意味がない。

「無条件で親切にしてくれる人ほど裏がある。気をつけないと、都合よく利用されるだけだ」

 任務を効率よく進めるには、人を利用することだ。人に利用されていたら、任務どころではなくなってしまう。


 次の目的地は、ボッカテッキの町の東にそびえ立つオヤンマ山とコヤンマ山の谷にあるヤンマ谷街道を越え、さらに東へ行った先にあるスルースルの町だ。


 オヤンマ山とコヤンマ山は、バイナリア大陸の中央を南北に縦断してそびえ立っている山だ。北側の4分の3がオヤンマ山で、南側の4分の1がコヤンマ山だ。

 山の西側から東側へ行くには、ボッカテッキの町から谷あいのヤンマ谷街道を通るのが一番安全で近い。というが、ヤンマ谷街道以外に山を回避できる道がない。


 山越えは難しい。足場や視界の悪い場所でモンスターに対応しなければいけないだけでなく、山越えの装備が必要になる。山の変わりやすい天気のせいで、進む速度も左右される。山越えは時間も体力も専門知識も必要だ。

 それに引き換え、谷あいの街道なら人や馬車が通れるように整備されており、モンスターの出現もほぼなく、半日くらいで通り抜けられる。朝に出発すればその日のうちにスルースルの町へ着くことができる。


 ボッカテッキの町に入った馬車は、ゆっくりと町の中を進む。町は昨日までと変わらず、ゆったりと時間がながれている。町の商人、冒険者、ローブをまとった旅人、ゆっくりの人、急いでいる人、皆、思い思いのペースで活動している。

 馬車が止まった。到着したようだ。お礼を言って早々に出発しようと、クグとゼタはすぐに馬車から降りた。


「では先を急ぎますので――」

「ひとつ聞いていいか?」

 お礼を言う前に、商人のおじさんが御者席に座ったまま聞いてきた。

「はい何でしょう?」

「どこに行くんだ?」

「スルースルです」


 正直に言うかはぐらかすかクグは一瞬迷ったが、これは答えても問題ないだろうと判断した。しかし、相手の意図がわからない以上、安易な受け答えは危険だ。ひと言で済ませた。


「そうか。冒険者って言ってたけど、モンスターと戦えるのか?」

「一応、戦えますが」

「ヨユーっすよ」

 商人のおじさんは何を聞きたいのだろうか。クグは警戒を強める。


「なんなら、乗ってくか?」

「いいのですか? それに運賃は?」

「スルースルを通過して、さらに東の国境の町まで行く予定なんだ。だから運賃はタダだぜ」

「ラッキー。タダで乗れるぜー」

 喜ぶゼタとは対照的に、クグはまだ警戒を解かない。

「その代わり、モンスターが出たら戦ってくれ。もちろん報酬はナシだ」

 喜ぶゼタを静止するように商人のおじさんは言った。

 運賃と護衛の料金を相殺するとは、欲の張った商人らしい考え方だ。


 通常、冒険者を同行させるにはギルドに依頼を出すか、酒場などで直接声をかけるなどして、有料で雇わなければならない。この町のギルドに寄って冒険者を雇おうと思っていたのだろう。

 しかし、ギルドではすぐに冒険者が手配されるとは限らないし、有能な人を指定するには相応の追加料金がかかる。酒場などで直接声をかけるにしても、強さがわからないし、ギルドを通さないので金額や契約内容でもめることもある。

 一方、冒険者が移動をしなければならないとき、出費を少なくするために移動代をケチることは珍しくない。


 商人のおじさんとしては、整備された街道を移動するためだけの護衛に、遭遇するかどうかもわからないモンスター対策にお金をかけたくないのだろう。モンスターが一度も出なかったら雇い損になってしまう。

 面倒なギルドを通さず、利害が一致しお互い出費のないウィン・ウィンの取引にもちこんできたわけだ。

「モンスターと戦闘するくらいならゼンゼン構わないっすけど。いいっすよね?」


 クグたちは冒険者ではないので、もともと戦ってお金がもらえるわけではない。任務遂行上の戦闘は給与手当の中に入っているので、モンスターとの戦闘があろうとなかろうと給与額は変わらない。

 歩いている道中でモンスターと遭遇するのか、馬車に乗せてもらってモンスターと遭遇するのかの違いだけだ。つまり、移動費だけを浮かせられるということになる。ウィン・ウィンどころか、クグたちの方が得をすることになる。

 相手に利用されるふりをして、逆に相手を利用するのも、任務を遂行するには必要なことだ。


「そうだな。お言葉に甘えて乗せてもらうとするか」

「なんならスルースルをスルーして、東の国境の町まで乗ってくれたっていいぜ。スルースルにたいした用事なんてないだろ」

「いえ、今回はスルースルに用事があるので」

「でも予定より早く着けるんだったら、先に次の町まで行っちゃって、テポトで戻ってくることもできるっすよ」

 脳筋のゼタにしては鋭い。ずる賢いだけか。

「では、スルースルの町に到着した時間で決めさせてもらいます」

「そうか。こっちはメンテがあるから。座る場所がほしかったら、自分たちで適当に荷物をどけといてくれ。っていうかタダで乗るんだから、客人として荷物の整理をするのは当たり前だと思うんだがなぁ」


 商人のおじさんはわざとらしく言うと、ウマヒクターのメンテに取りかかった。

 こっちが客人なら普通は主人が片付けるものだろ、とクグは思ったが言い返すのをこらえた。おじさんの気が変わり約束を《《ほご》》にされてはいけない。

 ゼタはおじさんに言われたことなどまったく気にする様子はない。歩かなくて済んだことのほうが大きいようで足取りは軽い。


 荷車の後ろに回り込み、中をあらためて見る。

 荷物を載せるための作りなので、人が座れる席はない。商品が入っているであろう木箱が、乱雑に置かれている。両手で持てる大きさの立方体の木箱には、隅に白色の丸印がついている。横長の大きな木箱には、レ点のような赤色のマークがついている。納入先か何かの仕分けでつけているのだろうか。

 乱雑な状態を見たクグは、整理したい気分にかられた。大きな木箱が小さい木箱の上に積まれていると気になってしかたがない。整理されていないと気が済まないタイプだ。おじさんに言われなくても勝手に整理していただろう。


 大きなものや重いものを並べ、軽いものや小さいものはその上へ。揺れても崩れないように、積むのは3段まで。ウマの蹄鉄の印がついた木箱はウマヒクターのものだと思われるので、手前に置いた。必要なものをすぐに取り出せるようにするためだ。

 一番後ろ側に自分たちの座るスペースを確保した。

 クグとゼタがそれぞれ左右両側の幌を背もたれにすると、お互いに向かい合って座るかたちになる。座ると積まれた木箱で御者席の方が見えない。御者席からもクグたちが見えないだろう。


「おーい。蹄鉄マークの箱を持ってきてくれ」

 商人のおじさんの呼ぶ声がした。人を使うのに遠慮というものがないようだ。

 クグが箱を持っていくと、ウマヒクターの横に商人のおじさんが笑顔で立っている。

「バッテリー交換するところ見たいだろ」

 どうやら自慢したいようだ。

「見たいっす!」

 ゼタは初めて見るウマヒクターのバッテリー交換に興奮気味だ。


 商人のおじさんが開けた箱には、立派なダイコンくらいの円柱形のものが何本か入っている。動力の魔力バッテリーはカートリッジ式になっており、手軽に交換できるようだ。白地の本体に矢印型のエネルギーゲージが蛍光グリーンに光っている。

 ウマヒクターの後ろに回り込んだおじさんは尻尾をどけ、ウマでいうところの尻穴の部分からバッテリーを慎重に引き抜いた。ゲージ残量がわずかになった使用済みバッテリーは箱へ。

 空洞に新しいバッテリーが差し込まれ、カチャリと音がした。


「よし、これで準備オッケーだな」

 商人のおじさんは満足気に言った。しかしその場から動かず、何か聞いてほしそうな素振りでウマヒクターをなでている。

 馬車に乗せてもらうので、少し付き合ってあげたほうがよさそうだ。


「最初に見たとき、立派なウマが1頭で引いているのかと思いました」

「ホースランディア社のフルモデルチェンジした最新式だぞ。2馬力タイプだから1台で二頭立ての馬車を引くことができるんだぜ。サブスクで契約したばかりで、こないだ最初の定期メンテがあったんだ」

「でも、お高いんでしょう?」

「月々の支払いは少し高いが、6か月ごとの定期メンテと、1か月5本までの魔力カートリッジ代も込みだ。ウマより速いスピードで進むうえに、疲れ知らずで動き続けるんだぜ」

「逆にウマよりも安く上がるということですか?」

「ウマは毎日世話する手間だけでなく、エサ代・糞の処理代・予防接種、それに歳をとったらまた若いウマに買い換えなければいけない。ウマを2頭を維持・管理するトータルコストと、仕事効率の総合評価で比べると、ダンゼン安いもんだ」

「毛並みも美しいですね」

「メタルボディもいいけど、やっぱオプションの人工馬毛をつけたほうが愛嬌あるだろ」

「ちょっとさわってもいいっすか?」

「だめだ。そんな簡単に見ず知らずのヤツには触らせねえ。それに修理費はめちゃくちゃ高いぞ。傷つけたら弁償してもらうからな」

 馬車に乗っているだけなら傷をつけることはない。モンスターが出たとしても軽微なもので済むはずなので、とくに気をつけることはなさそうだ。

 お気に入りのものを見せて自慢したいが、汚されたり傷つけられたりするのが嫌なのは、いくつになっても同じだ。

 話を聞くのはこれで十分だろう。


「そろそろ先を急ぎたいのですが」

「そうだな、こんなとこでもたもたしてたら日が暮れちまう」


 出発前に商人のおじさんから、「後腐れなくしたいので、お互い仕事や名前などを詮索しないのはどうか」と提案された。クグとしては都合がいいので提案を受け入れた。


 準備が整ったので出発だ。クグとゼタは荷車に乗り込んだ。

 荷車の後ろのシートは上に丸めて留めたままにしてある。冒険者が乗っているとわかった方が、良からぬことを考えている人たちから襲われにくい、という理由からだ。

 それに、荷物とにらめっこしているよりも、外の景色が見えたほうがクグとゼタにとっても気晴らしになる。

 ゼタが御者席まで声が届くよう大きめの声で合図した。馬車はゆっくりと進みだした。


「幸先のよいスタートになったな」

 今日は移動だけで1日が終わると思っていたクグは気分がよかった。移動時間が短縮できれば任務の行程に余裕ができる。

「俺のテポトのおかげっすよ」

 クグはテポトで足にダメージを受けたことを思い出し、せっかく上がった気分が下がった。


 町を出ると速度があがる。御者席から歌謡曲が流れだした。

 中腰になって前方を見ると、御者席に防水仕様のコンパクト無線スピーカーが置いてある。音楽のサブスクのお気に入りリストか、ポッドキャストの歌謡曲チャンネルをスマホから流しているのだろう。商人のおじさんは上機嫌で鼻歌をうたっている。

 歌謡曲をたれ流しながら馬車は進む。クグとゼタは、聞きたくもない歌謡曲を聞かされ自然と無口になった。


 街道を東へ進み、馬車はヤンマ谷街道に入った。道幅も十分広く整備されている道だ。行き来する人はまばらで、谷あいを抜けるのもそれほど時間はかからないだろう。

 通り過ぎていく景色を見ると、この街道脇にも鉄塔が建っているのが見えた。こんなところにも建てる必要はあるのだろうか。


 歌謡曲地獄の道中をしばらく進むと、馬車がガタガタと揺れ出した。悪路に入ったようだ。

「さっきからすっげえ揺れるんすけど、どこ進んでるんすかね」

 整備された街道なので、通常であればこんな揺れ方はしない。

 疲れ知らずのウマヒクターのスピードから考えて、もう街道の半分は過ぎているはずだ。


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