第22話 情報課
出勤したクグは道具袋に入っているアイテムを確認し、いつもの装備を着ける。早々に出発するつもりだ。遅くなって時間がずれ込み、後々の任務に支障が出るのは避けたい。
ゼタはすでに準備を終えたようで、落ち着いて椅子に座っていられず、オフィス内をウロウロしている。昨日の強制労働でとくにブルーになっている様子はない。余計な心配は無用のようだ。
クグはゼタに声をかける。
「そろそろ出かけるか」
「いつでもオッケーっす」
スタボーン課長のデスクまで行く。
「本日は次の任務地への移動日となっております。ただ今より向かいたいと思います」
「スルースルの町か。道はひとつしかないから、問題なさそうだな」
「はい、それでは行ってまいります」
「いってきまーっす」
「あ、そうだクグ君。この書類なんだが、ついでに情報課のボーヨミー課長に届けてくれ」
課長が差し出した角形2号の茶封筒が視界に入り、クグは一歩踏み出そうとした足を止めた。
使い走りかよ。暇そうにスマホいじってる事務員に頼めよ、とクグは一瞬思ったが、公務員たるものこれくらいで気分を損ねていては務まらない。ここは気分良く受けることにした。こういった日常の行いの積み重ねが、昇進にもひびいてくるはずだ。書類の入った茶封筒を受け取ろうと手を伸ばす。
「はいよっ」
ゼタが返事をして横から封筒を取った。
「コラ。勝手に書類を受け取るんじゃない。私が指名されたんだ」
クグはゼタから封筒を奪い返した。
「どうせ一緒に行くんすから、どっちでもいいじゃないっすか」
自分が用務をいいつかったのだ、とクグはスタボーン課長に確認しようとしたが、課長はパソコンのモニターと手元の書類に目をやり、すでにクグたちの方を向いていない。書類を持っていってくれれば誰でもよかったようだ。クグはいちいち昇進まで気にしていた自分がバカみたいに思えた。
企画課のオフィスを出る。企画課は3階の南西側にある。情報課は、中央階段があるホールを挟んだ南東側だ。
「情報課って何してるとこなんすか?」
「この仕事を始めて何年になるんだ? そんなことも知らないで仕事してたのか?」
「別にいまのところ問題ないっすけど」
「そういう問題ではないだろ。企画課から渡した情報を元に、村や町で勇者に情報提供をするんだ」
「町に着いた勇者をつかまえて、パンフレットを見せながらネットワークビジネスといって情報を売りつけるんすか?」
「そんな怪しい勧誘みたいなことするか。一般市民や冒険者などの役を演じて、それとなく伝えるんだ」
「回りくどいっすね」
「いいんだこれで。情報収集してるっぽさが出るだろ」
「町の人の中に紛れ込んで、情報を小出しにするってことっすね」
ゼタのわりには飲み込みが早い。
「そういうことだ。いかに自然に情報提供するかが重要な部署だ」
偉そうなことを言ったが、クグも企画課以外の課には一度も行ったことがなかった。縦割り行政なのでまったく交流したことがない。それに勇者の先回りをするという任務上、他の課が活動しているところを見る機会がないのだ。
情報課のドアの前まで来た。初めてなので少し緊張する。クグは深呼吸をして心を落ち着けてから、ノックをして入った。
「失礼します」
「ちーっす」
「ウフフ、ここは情報課よ。ようこそ」
「うわっビックリした」
笑顔の女性職員が部屋に入るなり話しかけてきた。クグは不意に話しかけられ腰を抜かしそうになった。
「うわー、最初に課の紹介だー。めっちゃ丁寧でわかりやすいっす」
ゼタはビックリすることなく楽しそうだ。
落ち着いて室内を見渡すと、普通のオフィスみたいに机が役職順に並べられていない。
皆、落ち着いて座って仕事をしておらず、ウロウロしながらセリフのようなことをしゃべったり、踊ったりしておりガヤガヤうるさい。机は邪魔だから部屋の隅に追いやった、といった方がいいだろうか。
部屋の奥ではミドルエイジの男性が1人、ちゃんと座って仕事をしている。あの人が課長だろう。
課長の所へ行こうとしたところ、男女2人が寄って来て声をかけてきた。まずは、30歳前後の男性だ。
「わしは老人の役ばかりやっておって、このしゃべり方がクセになってしもうたわい」
「うわー、ふだんは有益な情報言わないけど、イベントのタイミングで大事な情報言いそうっす」
続いては、気の強そうな女性だ。
「あたいにナニか用かい? あたいが強いと認めたヤツじゃないと、とっておきの情報は教えられないね」
「うわー、勝ち気な女性キャラっす」
ゼタは楽しんでいる様子だが、クグはグイグイくる感じで話しかけられるのが地味にシンドイと思った。こんなわざとらしい演技で勇者に通用しているのだろうか。大丈夫か勇者。それともオフィス内だから、わざとらしく感じるだけなのだろうか。
「ここの課ってどんな仕事してるんすか?」
ゼタは挨拶もなく、いきなり仕事内容を聞いた。
「うちの課が唯一、勇者と直接接触し支援する課になるわ。スゴイでしょ」
クグが失礼だろと言う前に、最初に課の紹介をした女性がフレンドリーに答えてくれた。
「やっぱ筋力より演技力が必要なんすか?」
「演技力だけじゃのうて、同じことを何度聞かれてもキレない忍耐力が必要じゃぞ」
自称老人役の男性は、わざとなのか本当なのか、クセのあるしゃべり方が抜けない。
「イベントによっては、ダンジョン内でモンスターに襲われ中の役とかもあるし。ダンジョン待機マジ死ねるし」
勝ち気な女性はどこか自慢げだ。
「思ってたより結構、体張ってるっすね」
「予定どおりだけじゃないこともあるのよ」
「まだミッションがクリアできとらんのに勇者が次の町へ行こうとしよったら、通せんぼとかして道を通れなくしたりもするんじゃ」
「ダンジョン入場制限係もやるし。勇者の攻略前とか攻略中にほかの冒険者が入って来ないようにしないとダメだし」
「冒険に必要な品揃えの店がない村ではのぉ、イベント期間中だけ流しの商人に扮装して、屋台や露店を開くこともあるんじゃ」
「売るものは物資課から調達するのよ」
「手広いっ仕事内容っすねー」
現場で直接的な支援を担うということは、企画課が適当なイベントを設定すると、情報課にしわ寄せがいくようだ。もう少ししっかりイベントを考えないといけない、とクグは自分の任務の重要性を再確認した。
「ムチャな設定とか難しい役どころだと、すごくやりがいがあるわ」
やっぱり適当でいいかも、と思い直した。
「そういえば公開勇者審議会のときって何してたんすか? 俺はわたがしの屋台やらされたんすけど」
「あのときはじゃな、司会進行役や会場を盛り上げるサクラじゃろ。それから、会場の案内係やゴミ拾い係を担当したんじゃったな」
「出店した屋台は、フレッシュフルーツジュース屋とカラースライムすくいだし。ペット用に無害化されたカラフルなミニスライムが水槽の中を流れてて、破れやすい紙製のシャモジですくうやつだし。お椀に入れられたら成功だし」
勝ち気な女性が、面倒そうだけど丁寧に説明してくれた。強いと認めたヤツじゃないと教えてくれないのではなかったのか。
「お1人さま1匹までじゃ」
聞いてないことまでどんどん情報が出てくる。情報のセキュリティ管理はどうなっているのだろうか。
こんなことをしている場合ではない。書類を渡すために来たのを忘れていたクグは、ゼタと3人の輪から離れボーヨミー課長らしき人のデスクへ向かう。途中、喋りかけてくる何人もの人たちを無言アンド無表情スルーでかわし、ようやく目的のデスクへと着いた。
「何だね。私に何か用かね?」
男性はいかにも偉そうな感じだ。クグは、もはや演技なのか素なのかわからなくなっていた。
「企画課のクグツィルと申します。課長からいいつかった書類をお持ちしました」
スタボーン課長から預かった封筒を差し出した。
「うむ。ご苦労」
ほかの職員に比べてとても蛋白だ。いや、これが普通か。クグは感覚がわからなくなってきた。
「つかぬことをお聞きしますが」
「何だね?」
「どうしてこちらの課の方は、こんなに話しかけてくるんですか?」
「いつなんどきも役を演じきる。そのために我々は日々トレーニングをしているのだよ。来客は格好の練習相手だ。知った者同士ではできない、貴重な練習なのだよ」
ボーヨミー課長は重大任務のように話す。理屈はわかったが、勝手に練習相手にしないでくれとクグは思った。
用事も済んだので部屋を出ようと振り返ると、ゼタが情報課のいろんな人から次々に話しかけられている。リアクションがいいから好評なのだろう。
この課に配属されなくてよかった、とクグは思った。勇者の前で微妙な演技をしている自分が想像できない。地味に情報収集する方が性に合っていると。
こんなところで油を売っている場合ではない。任務再開だ。
庁舎前の広場まで来た。今日もいい天気で任務日和だ。
「さて、ひとまずテポトでボッカテッキの町まで行くぞ。そこからは歩きだ」
「ちょっと待ったっす」
クグがテポトを発動しようとすると、ゼタが止めてきた。
「どうした? 忘れ物か?」
「たまには俺にもテポト使わせてくれっす」
「テポト使えたのか?」
「当たり前じゃないっすか。魔法使いっすよ」
「そういえばそうだったな。では、今回は頼むとするか」
脳筋だけど魔法使いだったのをクグは忘れていた。先輩として後輩のやる気を引き出し、育成していかなければならない。後輩の育成もできてこそのデキる公務員だ。
「じゃあいくっすよ」
ゼタは集中するとメイスを振り上げ、思いっきり振り下ろした。
突如、クグの全身に強烈な衝撃がはしった。思わず「ぐはぁっ」と声がもれる。どうやらゼタのテポトによって、強烈な勢いでいで急激に飛ばされたようだ。魂だけ置いていかれたかと思った。ゼタも基本無詠唱だった。とはいえ、何の前触れもなく勢いが強すぎる。
そしてあっという間に、棒立ちのまま猛烈な勢いで地面に突き刺さるように着地。辺りに砂埃が舞う。ヒザ軟骨が一瞬で消し飛んだかのような衝撃が両足に走る。あまりの痛さに「ぬおーっ」と叫びながら転がる。両足がとてつもなくジンジンする。涙がちょちょぎれる。
「ちょ……おま……力加減考えろや」
クグは地面に横たわったまま、何とか声を出した。
「何で寝てるんすか?」
「好きで寝てるのではない。着地の衝撃で足がヤバいんだ」
「へえー」
「ゼタはなんともないのか?」
「とくに大丈夫っすけと」
「なんちゅう身体能力してるんだ」
「衝撃がくるってわかってれば準備できるんで、ふつうは大丈夫なはずっすけど」
「ふつうはこんな衝撃で着地しないの。フワッ、ビューン、フワッだろ」
「大丈夫じゃなさそうっすね。今日はお休みにして筋トレ・ハッスルデーにしてもいいっすよ」
ゼタには先輩を気遣うという概念がないようだ。大事な移動日をゼタの筋トレで終わらせるわけにはいかない。
「いや待て、ギリ大丈夫だ」
クグは横になったまま答えたが、正直なところまだ大丈夫ではない。足だけでなく、飛び出しのときの衝撃の余韻もまだ残っており、少し気持ち悪い。
「そっすか、大丈夫っすか」
ゼタはそう言うと、クグを置いて先に進もうとする。
「ちょ、待たんかい」
「ナニしてんすか?」
「まだちょっと足がシビレてるんだ」
「さっき大丈夫って言ったじゃないっすか」
「むちゃ言うな。もう少ししたら立てるから、ちょっとだけ待て」
クグを先輩であり上司だと思っていないのか、それとも脳筋だから理解できてないだけなのか。敬意もへったくれもない態度だ。
テポトの飛び出しの衝撃に加え、着地の衝撃ダメージでしばらく動けなくなるとは、クグは思ってもみなかった。力加減が全力すぎだ。今後は絶対にゼタのテポトでは移動しない。そう心に強く誓った。
ようやく立てるまで回復したクグは、足の感覚を確かめながら慎重に立った。大丈夫だ、ヒザ軟骨は消し飛んでない。幸先よく任務にあたりたかったが、味方に出鼻をくじかれ先が思いやられた。
着地点を確認すると、街道のすぐ横に着地したようだが、ボッカテッキの町からはいくらか離れている。15分ほど歩かないといけなさそうだ。本来ならもっと町の近くに着地できるのだが、力加減だけでなく座標もズレている。
クグはどこからか視線を感じ辺りを見回した。街道に幌馬車が止まっており、商人風のおじさんが奇妙なものでも見るかのような顔で、クグとゼタの方を見ている。
馬車の前にはウマが1頭しかいない。通常、幌馬車は2頭以上で引く。一見すると足の太い立派な栗毛のウマに見えるが、ピクリともうごかない。どうやらウマ型魔動馬車けん引機(通称ウマヒクター)のようだ。
商人のおじさんに激烈テポト着地の一部始終を見られていたようだ。クグは急に恥ずかしさが込み上げてきて何か取り繕おうとするが、すでに取り繕うことがないことに気づいた。
「お騒がせしましたー」
とりあえず笑顔で会釈したが、うまく笑顔が作れずひきつった笑顔になった。
「おじさーん。町まで馬車に乗せてってくれないっすかー?」
ゼタはクグのように取り繕う様子もなく、ずうずうしく話しかけた。
「コラコラ。安易に民間人の協力を求めるんじゃない」
クグはゼタを制止するが聞いていない。
「君たちは初心者の冒険者か?」
おじさんはとくに気分を害することなく聞いてきた。クグたちの貧弱な装備を見て、冒険初心者と勘違いしたようだ。
「初心者じゃないんすけど。強さには自信ありっす」
「そうか。減るもんじゃないからまあいいか。乗ってけ」
「あざーっす」
ゼタはためらいもせず荷車の後方に回り込んだ。クグが会話に入り込む余地もなく、乗せてもらうことが決まってしまった。
クグはありがたく乗せてもらうことにした。幸先の悪いスタートで足にダメージを負ったし、これから1日歩くことを考慮すると、できるだけ体力を温存したい。
「どうもスミマセン。お言葉に甘えさせてもらいます」
荷車に乗り込むため後ろに張られたシートをめくると、荷物が乱雑に積まれている。町までそれほど遠くはないし、勝手に荷物をどかして座るのも失礼なので、一番後ろの隙間に、進行方向とは逆向きに立つ。それぞれ両端に陣取り、幌を張っているアーチ状の柱に片手でつかまる。外が見えるよう、後ろのシートは上に丸めて留めた。
「オッケーっすよ」
ゼタがおじさんに声をかけると、ウィーンという機械音とともに馬車がボッカテッキの町へ向かって進みだした。
上下左右にガタガタとゆれる。乗り心地が良いとは言えないが歩くよりはマシだ。
馬車の後ろから見える景色が、後ろから前へと流れていく。馬車は移動しておらず、景色のほうが揺れながら移動しているようにクグは感じた。鉄塔が横を通り過ぎ、徐々に小さくなっていく。




