第20話 流れを読め
木造2階建ての町役場に着くと、受付へと向かった。クグは慣れた手つきでワンストップ中小の名刺をスマホに表示させ、受付に座る女性へ差し出す。
「私は独立行政法人中小企業総合支援機構・経営支援課のヌルムギチャ・マズッソと申します。この町の家畜被害について担当部署の方、いや、できれば町長に話をお伺いしたいのですが」
受付の女性は、国の外郭団体が地方の田舎町にアポ無しで来たことにビックリしたのか、即座に内線電話で秘書課に連絡を取った。午前は予定が開いているとのことで、すぐに会って話ができることになった。
受付の女性に、2階に上がって左手の一番奥に町長の部屋があると案内された。1階はいろんな手続きのため人がたくさんいて騒がしいが、2階はうって変わって静かだ。
言われたとおりに進むと、簡素な金属プレートに『町長室』と書かれたドアがあった。
クグは町長室のドアの前に立ち、一呼吸置いてからドアをノックする。返事がしてからドアを開ける。町長は今かと待ち構えていたようで、クグたちが部屋へ入るなり立ち上がって出迎えた。
町長は民間企業出身の50代の男性。はつらつとした印象で、年齢より少し若く見える。町長に就任してからまだ1年経っていない。70代の前町長から代わり、これから少しずつ町に新しい空気を入れて改革をしていくところである。もちろん、半裸マッチョではない。
名刺交換は、名刺マプリの名刺交換機能を使う。クグはスマホを取り出すと名刺アプリを起動させ、流れる水のようによどみなく名刺交換をした。ゼタは錆びたプレートアーマーを装備しているかのようにぎこちなく名刺交換を終えた。執務机の横にある応接用の席へ座るよう町長に案内される。両者がソファーに腰掛けると、町長が先に口をひらいた。
「うちは予算削減のためお茶出しを廃止したんですよ、ご了承くださいね」
申し訳なさそうな様子もなく、明るい口調だ。クグもかしこまった感じが少しほぐれた。
「いえいえ、お構いなく。こちらこそ急な訪問で申し訳ございません」
「ところで、ワンストップ中小の方が、何のご用でしょうか?」
ムダに長い会議を嫌う性格なのか、町長はいきなり本題を聞いてきた。話が早いのはクグとしても助かる。
「国の事業でやっております、中小企業および中小ギルド向けの『中小企業持続化助成金』事業、通称『がんばる中小助成金』の周知と、地方の視察を兼ねて各地を回らせてもらっております」
「それはご苦労さまです。商工労政課の担当者を呼んだ方がよいですかね?」
「今回お話させていただきたいのは、そのことではなくてですね」
「というと?」
状況が飲み込めず少し困惑気味の町長を気にも留めず、クグは話を進める。
「家畜被害にあっていると、町の方々から伺いまして」
「ええ、そうです。ちょうど午後から、新しく設置した柵を視察する予定が入っているところです。でも、家畜被害と中小企業の支援に何か関係がありましたか?」
「畜産業はこの町の基幹産業だと思いますが、お困りではないでしょうか?」
「就任早々、頭が痛い問題ですよ。他の改革も進めないといけないのに。予算が潤沢にあるわけでもないし……」
「そこで、何かお力になれないかと思いまして、こうしてお伺いさせていただいた次第です」
町長は少し考えると言った。
「中小企業向けの助成金で冒険者を雇って、警備をつけるとかですか?」
「それもいい案だとは思いますが、根本的な解決は難しいと思われます。問題解決までに、お金がいくらかかるかもわからない」
「そうなんです。問題はそこなんですよ」
困った様子の町長を見て、クグは少し身を乗り出した。
「そこでですが、ちょうどいま勇者がヤットコッサの近くまで来ているという情報を得まして」
「そうなんですか。それがどうかしたんですか?」
「あちらのイベントが終わり次第、こちらの町に向かわせて勇者に解決させることができるのではと思い、ご提案させていただきに来ました」
「そんなことができるんですか?」
「それが、できるんです」
クグは胸を張って言った。
中小企業庁の中小企業振興課では、中小企業の振興に関する基本的な政策の企画及び立案並びに推進、中小企業共済法の施行をしている。それだけでなく、全国商工会連合会と、その冒険者ギルド版である全国冒険者ギルド連盟も管轄している。
そして、ワンストップ中小の支援は多岐にわたる。中小企業を自治体・支援機関・政府系機関などとつなぐこともある。さらに冒険者ギルドも中小企業の扱いなので、中小ギルドからの相談も受ける。もちろん、全国冒険者ギルド連盟の役員ともつながりがある。
クグは話を続ける。
「ワンストップ中小では、全国冒険者ギルド連盟とも深いつながりがあるんです。つまり戦士ギルド・ナグッテナンボのギルド長クマさんや、魔法使いギルド・ウチマクリヌスのギルド長キラりんとも顔見知りということです」
「つまり?」
「勇者審議会の審議員である2人とつながりがあるということです」
「つまり?」
「この町の家畜被害を勇者に解決してもらうよう、審議員に提案することができるのです」
「でも、そんな簡単に聞いてもらえるんですかね? 勇者っていろいろと忙しそうだし」
「勇者審議会としては、勇者が訪れる各町に最低1つ勇者の冒険らしいイベントがないと困るみたいです」
クグはゼタを見る。ゼタは無言でうなずいた。
「それで?」
町長は身を乗り出した。
「勇者が町に来て何もせずに『平和な町だなあ』と2泊3日のバカンスをして去っていったら、勇者の冒険にならないでしょう」
「それもそうですね。それにうちの町も、普通のバカンスをしただけで通過してもらっても困ります。せっかく勇者が来るなら、やっぱり勇者が何かやったという話題のひとつもないと。観光客も呼び込みたいですし」
「そうでしょう。困っていることを勇者に解決してもらえば、勇者にとっても冒険のやりがいになります。それに、勇者審議会としても勇者が活躍してくれることで、勇者の必要性を国民に訴求することができるのです」
勇者は問題の大小にかかわらず、各地の困りごとを解決することで一般市民の生活を守る。それが平和を維持することにつながり、勇者が勇者としての信頼を一般市民から得ることができる。さらには、勇者自身の経験にもなり実力の向上になる。町でイベントをこなすのは、勇者にとっては必須事項なのだ。
クグはゼタを見る。交渉の場ではいつもなら目を開けたまま寝ているのだが、今回は寝ている様子はない。
「です」
ゼタは真顔でうなずくと、交渉の場で初めて一言しゃべった。ものすごい成長だ! クグはこの勢いで押し切れそうだと確信をもった。あとは、好条件をたたみかければ話は決まるはずだ。
「でも、勇者に頼むとなるとお高いんでしょう? おいくら万モスルになるのかしら? うちは見てのとおり小さな地方自治体なので、予算はないんですけど」
「心配いりません。すべて無料です」
「ええ!? 無料で大丈夫なんですか? テキトーにやっつけ仕事ってことはないでしょうね?」
「決して損はさせません。正規の本気イベントとして勇者が処理します」
「まあ! すごい!」
「おまけに、勇者滞在中は極秘の勇者支援専門部隊も派遣されるようですので、勇者の活動に関する町の負担は1モスルもありません」
「あらやだ! すごい!」
「さらにおまけで、勇者だけでなく勇者支援専門部隊の人たちもこの町で飲み食いし、宿泊し、お土産も購入するはずですので、経済効果が見込めます。さらにさらに、『勇者が選んだお土産ベスト3』など宣伝のやり方次第では、その後のインバウンドも見込めます」
「今すぐ申し込みます!」
決まった。クグは営業スマイルをキープしたまま、心のなかでガッツポーズをした。
「それでは、手順をご説明します。まず町長権限で、勇者が来たら家畜被害を解決してもらうことを周知してもらいます。牧場関係者が冒険者に家畜被害の依頼を出さないようにしてください」
「承知しました。防災行政無線と回覧板で周知しましょう」
この2つで十分だろう。町のみんなが知っていれば、抜け駆けして個人的なことを勇者に頼む人が出てくるのも防げそうだ。
「以上です。あとは勇者の到着を待って、温かく迎え入れてください」
「それだけでいいなんて、助かります」
ここまでくれば、注意事項で締めて終了だ。クグは声の調子を落として言った。
「その代わり、守っていただきたいことがひとつ……」
「な、何でしょう。内容にもよりますが……」
町長もつられて、声の調子が落ちた。
「ここでの話は内密にお願いいたします。ワンストップ中小や勇者審議会にも、確認の連絡をしないようにお願いします。どこでどう情報が漏れて、勇者の冒険に癒着や裏の取引があったと疑われてはいけません」
「そういうことなら大丈夫です。これまで民間企業でも、行政絡みの黒い取引をどれだけ見てみぬふりしてきたか。そうやって世の中を渡ってきた自負があります」
どこでも似たような話があるものだ。クグは返答に困り、笑顔で町長の話をスルーし本題に戻る。
「これで万事オーケーです。ただの家畜被害の問題だったのが、『家畜被害にあっているが財政難で困っていた町で、勇者が犯人を見つけ出し倒した』という美談に格上げされ箔がつくことになります。それもこれも全部、勇者にタダ働きさせて得られる寸法です」
「良い魂胆だ。お主も善よのう」
「いやあ、それほどでもあるっす」
「おいっ、私のセリフを取るんじゃない! それにここは『町長サマほどでは……』だろ」
ここまで話を積み上げてきて、最後の楽しみにしていたセリフをゼタに取られた。ゼタのくせに話の流れを読んで、このタイミングを狙っていたとは。満足そうなゼタの顔を見て、寝なかったのはそういうことだったのか、とクグはいまさらながら気づいた。
しかし、この程度で悔しがっていては任務は務まらない。お家に帰るまでが遠足、企画課の庁舎に戻るまでが任務だ。
「もう、問題が解決したような気分です」
町長はクグのもくろみなど知る由もなく、上機嫌な様子だ。
「勇者なら犯人を見つけるのは造作もないことでしょうから、半分解決したと言っても過言ではないかもしれませんね」
クグは上機嫌の町長を見て任務が完遂できたと確信し、張り詰めていた心に少し余裕ができた。
「ついでにご相談したいのですが、夜間対応の防犯カメラを購入するのならば予算内でできそうだ、と話し合っていたところでして。これは中止にした方がいいですかね?」
「厩舎に防犯カメラを設置するのは、問題解決後も使えるので、導入してもよいのではないでしょうか」
「ワンストップ中小さんの助成金は使えますかね?」
「残念ながら地方自治体の政策には使えません。牧場経営者からの申請で、要件を満たしていれば可能かもしれません」
「でしたら、午後からの視察に同行していただいて、ついでに牧場関係者の相談に乗ってもらえますか?」
「いや、それはちょっと……」
「何か問題でもありましたか?」
調子に乗っていろいろとしゃべりすぎた。なぜ、話が終わり次第、早々に立ち去らなかったのか。少しの気の緩みで話の流れを読み誤ったとクグは後悔した。何とか言いくるめてこの場を早く立ち去らなければ、ボロが出て任務が失敗に終わってしまう。
「えーっと……。まずは、本部にお問い合わせいただいて、助成金の要件に当てはまるかどうかを相談していただきます。その上で、相談内容に応じて専門の担当者を割り当てさせていただいておりますので、その場で私がご相談を聞くことができないんです。独立行政法人も自治体と同じで、いろいろと回りくどい決まりがありまして。申し訳ございません。あと、午後から他の町を回らないといけない用事もありますし。邪魔なモンスターを倒しながら各町を回っておりますので、地味に時間がかかるんです」
「そうでしたか。それならしかたがありませんね」
「勇者審議会への連絡と、次の町へ行く準備もしないといけませんので、これにて失礼いたします」
と言ってクグは立ち上がる。すかさずゼタも立ち上がった。クグが「くれぐれも内密に」と町長に言っている間に、ゼタはそそくさと部屋を出た。クグはヘコヘコとおじぎをしながら部屋を出た。
町役場を出ると、クグはひとつ大きく息を吐いて、張り詰めていた緊張を解いた。
空は昨日と同じ青色で、町の人も昨日と変わらず忙しそうに動いている。何も変わらない。自分たちが動いたことで、何かが今、変わるわけではない。それでいい。それは任務が成功したことを意味している。
交換した名刺は2週間で自動削除される。勇者が約束どおり来れば、担当者の顔や名前など忘れてしまう。
「これで、この町での任務は完了だ。いったん庁舎に戻るぞ」
あとの支援は他の課へバトンタッチされる。
実地の仕事のあとは、事務仕事が待っている。町長との交渉も報告書にまとめる必要がある。次の町での任務に向かうため、消耗品の補充などの雑務もある。
「まだ体力が有り余ってるんで、事務仕事無視して、次に行っちゃうってのはどうっすか」
「ダメだ。報告書をまとめないと、次の町の任務はできない」
「かたいっすね」
「固くない。事務仕事も立派な仕事だ」
クグとゼタは町の外へと向かう。移動魔法の『テポト』で庁舎に戻ることができる。
町から別の町へ移動できる魔法だ。公園から家の前とか、西の端の店から東の端の店など、同じ町の中でピンポイントに移動することはできない。
町の外に出るとクグはテポトを発動させた。2人の体がフワッと浮くと、ビューンと目的地まで飛び、フワッと着地した。
シュトジャネ城の裏手にある、手入れされた芝生の庁舎前広場だ。各省庁の庁舎が集まるこの広場だけは、唯一、町とは別にピンポイントで移動できる場所になっている。
広場を中心にレンガ造りの建物が並んでいる。国家情報局の庁舎は北側の一画にある、レンガ造りの3階建てだ。
中央にある入り口から入ると3階まで階段をのぼる。クグは「ただいま戻りました」と言いながら企画課のドアをくぐった。




