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第19話 勇者の噂

 こうして、イヌジンの住むドッギア、サルジンの住むモキニア、トリジンの住むバドシアから、勇者と一緒に冒険をする仲間を1名ずつ選出することとなった。


 ゲイムッスル王は各種族の長に対して、勇者の仲間をあらかじめ選出しておくよう命を出した。

 具体的な条件は、『若い、強い、以上。補足、勇者のイメージカラーはピンクなので被らないように。あと、獣人同士でも色合いが似ていると一般の人からわかりづらくなっちゃうので、イメージカラーが被らないように』だ。


 ゲイムッスル王のざっくりとした内容の命を受けた各族長は、困りながらも新勇者に合いそうな、とにかく若くて強く、かつ伸びしろがありそうな人選をしようとした。

 しかし、王が望むの条件とはどんな人材か具体的にわからないので決めようがない。誰がもっとも妥当な人材なのかわからないので、最終選考に残った中からくじ引きで決め、「こいつでいいんじゃね」という感じで3人が選ばれたのだった。


 報告を受けた国王的には、バウバ・イヌコマはホワイト、ロリス・サルミダはイエロー、シュバルツ・トリゴエはブラックのイメージカラーになったので、発注どおりに人材が集まったと満足だった。


 王から呼び出しを受けた勇者モモガワは冒険へ出発する命を受けた。そして、その足で各獣人の区画へ行き、族長と話をし仲間を紹介してもらう、という手順で大した冒険もせず事務的な感じで仲間が集まったのだ。


 こうして始まった冒険は1年になる。最初はよそよそしい感じのパーティーだったが、最近ではしっかり連携もとれ、よい感じになってきた。

 ちなみに、世間にはイメージカラーはあまり広まっていない。それ以前に、本人たちもイメージカラーがあるという自覚が最初からない。良く言えば、自由にやっている。



 クダマキは酔っ払っているからなのか、公開勇者審議会の余韻なのか、少し興奮気味だ。

「冒険はどれくらいの進捗なんだべかね? 今の勇者になってから、かれこれ1年くらいになるんだべなー」

 勇者の冒険は、この町と次の町のイベントを終えたら中盤にはいるところだ。クグとゼタのコンビの任務も1年になる。


「順調にすすんでいるといいですね」

 クグは適当に答えた。まさか、もうすぐ中盤ですなどとは言えない。

「順調にすすんでるに決まってるでしょ」

 女性冒険者は、まるで勇者の彼女であるかのように言った。

「今回の勇者もこの町に立ち寄るんだべかねー」

 クダマキから思ってもみない言葉が出た。最初はからまれて嫌々ながら話に付き合ったのだが、どこに任務を遂行するきっかけが転がっているかわからないものだ。このタイミングを逃してはならないとクグは思った。


「そういえば、近々この町に勇者が来るかもしれないというウワサを聞きましたよ」

「ほんとだべか!?」

「ほんと!?」

 クダマキと女性冒険者が身を乗り出して聞いてきた。予想以上の食いつきだ。

「あくまでウワサなので私も確証はありませんが。早ければ10日から15日くらいで来るかもしれないと聞きました」

「そうかそうかー。ついに勇者がこの町に来ちゃうべかー」


 クダマキはうれしそうだ。クグはこういった喜ぶ人を見ると、仕事のやりがいを感じる。日の目を見ない任務は、真面目にやってもいいかげんでも結果は変わらない形式的なものにすぎないのか、と思ってしまうこともある。しかし、勇者に対する期待感を肌に感じられることで、これまでこなしてきた任務の積み重ねがあるからこそだ、と感じられる。

 クグたちを中心に店内が騒がしくなってきた。見ると、いつの間にか酒場中の人たちが集まって、ああでもないこうでもないと勇者のウワサ話をしている。


 さきほどまで一緒に話していた女性冒険者は、仲間のいる席に戻り何やら話し込んでいる。このままこの町に残るか、仕事を早めに片付けて戻ってくるか。という内容の会話が聞こえてきた。

 今回を逃すと次はどこで勇者に会えるかわからない。そう考えると、仕事をとるか、勇者に会えるのをとるか、どちらにするか悩ましいのだろう。

 酒場の人たちは勇者の話でもちきりだ。クダマキもクグたちのことはすっかり忘れて、この町の常連さんらしきおじさんたちと話し込んでいる。

 任務がうまいこといったので、クグは階段を指差しゼタに合図すると、パブ・アンド・レストスペースをこっそりと出た。



 宿の部屋に戻ると、クグは窓を開けて椅子に腰掛け一息つく。お酒がはいって火照った頭を夜風がなでる。ゼタは靴を履いたまま窓際のベッドにダイブし、仰向けになった。

 クグはグループウェアのミナタスカルを起動すると、個人のワークスペースのカレンダーに今日あったことを記録する。日記でもあり、備忘録でもある。業務報告書をまとめるときに見れば、思い出せずに困るなんてことを防げる。


「どこの町でも、勇者のウワサっておんなじっすね」

 ゼタは天井に向かってぽつりとつぶやいた。

「良くも悪くも、それだけ影響力が強いということだな」

 まだ1階の酒場では、勇者の話でもちきりなのだろうとクグは思った。

 ゼタもスマホをさわっている。どうせ『マッスル・ハムちゃん』でもやっているのだろう。


 クグはまだ酒場の余韻が残っていて眠れそうにない。メモの入力を終えると、棚に置いた装備品をテーブルまで持ってきて手入れを始めた。公務員たるもの、支給品の手入れはおこたらない。防具はキレイに拭き、ヘコミがあれば直す。剣はここでは研げないので、刃こぼれしてないか丁寧にチェックして拭いておかなければいけない。作業をしながらゼタに声をかける。


「ゼタも防具の手入れくらいやっておけよ」

「そーっすね。まだ寝れないし、やっとくっすか」

 ゼタはそう言って靴とシャツとズボンを脱ぎ、服をベッドの上に散らかすように置いた。下着姿のままベッドの上にあぐらをかいて座るゼタは、着痩せするタイプのマッチョだ。筋肉質の男が、防具や服につけたスタッズやらワッペンやらをチマチマと補修し始めた。ゼタにとってはこれが手入れのようだ。


「冒険者は自分で情報集めて冒険してるじゃないっすか。だったら勇者も同じで、勇者を支援する部署ってほんとに必要なんすかね?」

 お酒が残っているせいだろうか、ゼタが作業をしながら唐突に聞いてきた。いつもなら聞いてこないような内容だ。言われてみればゼタの言うとおりだが、これにはちゃんと訳がある。


「昔は勇者部という部署はなかったが、例の歴史的な事件がきっかけでできた部署らしい」

「例のって何すか?」

「何って、忘れたのか? 百年戦争といわれる人間と魔族の闘いだ。学校でも習っただろ」

「習ってないような気がするっす」

「そんな訳ないだろ。どうやって学校出たんだ」

「さあ?」

「もう1回、学校行き直せ」

「教師の教え方が悪かったんっすよ」

「人のせいにするな。これだから最近の若いヤツは……」


 ゼタのことだからどうせ思い出せないだろうとクグは思っていたが、思い出そうともしないことに半ばあきれた。学生時代に習ったことを思い出しながら説明を始めた。


 人間の寿命とは違い、魔族は100年以上生きる。そして力は強大だ。大昔は、そんな魔族たち、さらには魔王を倒すまでには、世代をまたぐことは当たり前だった。

 そして1000年前、1人の魔王を倒すまでに100年かかった、という歴史的な大戦がおこった。この出来事は現在、百年戦争と呼ばれている。


「これが学校で習った、大まかな内容だ」

「それなら習った気がするっす。で、それが勇者支援とどう関係があるんすか?」

「……それはだな……」

 知ってるなら説明させるなという言葉をのみこみ、クグは話を続ける。


 かつて国家情報局には情報本部と作戦本部しかなかった。

 国家情報局情報本部は、国内の不穏分子や他国の情報を調べる部門だ。世界中の各地域ごとにチームが組まれている。

 そして国家情報局作戦本部は、情報本部が集めた情報をもとに任務を行う部門だ。攻撃・防御・追撃・暗殺など、対不穏分子、対テロなどで動く。こちらも各地域ごとにチームが組まれている。


 勇者部がなかった当時、情報本部と作戦本部の両部門が、勇者支援を片手間でおこなっていた。各地域の情報本部が情報を集め、それをもとに作戦本部が動いていた。

 しかし、各チームからのバラバラの情報に加え、部をまたぐと支援にスピーディーさが失われた。さらには、支援をしているといっても、細かい要望にはこたえられなかった。勇者のイベントごとにタスクフォースが組まれ、途切れ途切れの支援をしていたようだ。


 このため、大昔の勇者はほぼ自力で攻略していた。そして百年戦争へとつながる。

 100年もかかってしまった原因。それは、勇者が自力で情報収集から攻略までするのは、とても効率が悪く時間もかかるうえ、強い勇者がなかなか育たないことにあった。

 勇者の活動により不利益をこうむる一部の独善的な人たちにより、町ぐるみで協力を得られないなど、悪影響が出ることもしばしばだ。

 裏から支援する側の問題もあった。情報の錯綜、重要な情報がタイムリーに勇者へ届かない、アイテム不足、伝説級の武具がなかなか揃わないなど、すべての物事が後手後手にまわってしまい、魔王を倒すまでに100年もかかってしまったのだった。


 この歴史的出来事を期に、国家情報局内に勇者部が設けられ、情報の集約だけでなく、より専門的で具体的な支援体制が整った。

 また、時代を経るうちに武具や魔法の技術・精度の向上、教育機関による効果的な人材育成の制度なども合わさり、いまでは1世代、長くても2世代で魔王を倒すことができるようになった。


「とまあ、こんな感じだ」

「そーいうことだったんすね」

「というか、うちの部署へ配属されたとき最初に説明を受けたと思うんだが。ちゃんと覚えておいてくれよ」

「ういーっす」

 ゼタはクグの言葉を流すように返事をした。


「脈々と受け継がれ、今の勇者に至る。歴史と伝統ある仕事をやれて、少しは誇りに思うだろ」

「べつになんでもいいっす。それはそうと、前の勇者って魔王を倒せなくて、今の勇者になったんすよね」

「そうだ。先代勇者フォールズ・ブライトが亡くなり、勇者の力に目覚めたという若者が現れたのは半年後のことだ」

「そんで公開勇者審議会につながるんすね」

「めでたく新勇者モモガワの誕生だな」


 防具の手入れも終え、酔いも少しずつ治まってきた。明日も大事な任務があるので、今夜はこれで就寝となった。



 翌朝。宿で朝食をとりつつ、クグはスマホで今日の任務に必要な情報を確認する。いつもの装備を身に着けると、さっそく次の町へ……は向かわない。勇者のイベントにするためには、もうひと仕事しなければいけない。ある場所へと向かう。


「どこに行くんすか?」

「町役場だ」

「本格的にプーションを押し売りするんすか?」

「そんなことするか」

「じゃあ、何しに行くんすか?」

「町役場で家畜被害について担当者との話し合いだ。可能ならば町長と話ができればいいが」

「アポ取ってるんすか?」

「アポは取っていないが、町長の予定は朝食のときに空いているのを確認した」


 町長の日程は地元の朝刊だけでなく、町のホームページの『町長の部屋』にもアップされている。午前は予定がないのを確認できた。午後から視察が入っているので、会うなら朝一番がいいと判断した。


「今日の天気でも確認してるのかと思ってたっす。でも、マチョカリプスでーすってプーション持っていって、話を聞いてもらえるんすかね? 町長が半裸マッチョならいいんすけど」

 クグは上半身裸で執務机に座るマッチョ町長を想像し、朝から気分が萎えた。

「ワンストップ中小の職員として、町長と話をする」


 通称、ワンストップ中小とは、中小企業庁の外郭団体の、独立行政法人中小企業総合支援機構のことだ。中小企業(冒険者ギルドも含む)の金融支援・経営指導・政府調達の三本柱を基本に、起業・事業拡大・事業継承などさまざまなニーズに応えられるよう、ワンストップサービスを提供している。

 クグもゼタもワンストップ中小の職員でもなければ、何の関わりもない。任務のため職員に偽装する作戦だ。


「じゃあ、プーション配らなくていいんすか?」

「公式な勇者の冒険として交渉するつもりだ。プーションはいらん」

「ワンストップ中小って勇者とは関係ないっすよ」

「まあ任せとけ」

「じゃあ、俺は公園で朝イチの筋トレでもしてたらいいっすか」

「一緒に来てもらうぞ。今後のためにも、交渉のやり方も覚えてもらわないと困る」

「めんどーい」

「面倒くさくない。任務だ。あと、名刺を作っておけよ。部署は経営支援課で、役職はなくていい」


 勇者部企画課が使用している特製の名刺作成マプリには、各省庁・関連団体・大手の企業や冒険者ギルドなど、主要な企業・団体の名刺デザインのデータが入っている。任務に合わせて必要な名刺をあらかじめ準備しておくことができる。企業・団体検索をしてデザインを選び、部署名・役職・肩書き・名前を入力するだけで完成だ。

 ゼタは歩きながらワンストップ中小の名刺を作った。


「交渉中に寝るなよ」

「話の流れ次第っす」

 ゼタは会議や交渉の場で、まともに起きていたことがない。何度も注意され身につけた技が、『目を開けたまま寝る』だ。

 余計なことをしてほしくないので、ゼタが寝ているのはクグにとって好都合なのだが、相手が初見かつそれなりの身分だと信用問題にもなる。疑われると任務の遂行が難しくなってしまう。


「椅子に座ったら足を浮かせて筋トレでもしてろ。あとは、要所要所で相づちとかうなずくだけでいい」

「それなら任せろっす」

 筋トレのことなのか、相づちのことなのか。たぶん、筋トレのことだろう。

 ゼタがあてにならないことが想定内のクグは、交渉の順序を頭の中で整理しながら歩く。ちょうど整理し終えたところで町役場へと着いた。


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