第18話 勇者冒険方針会議
公開勇者審議会の様子が動画で全世界へリアルタイムで配信され、見逃した人は動画サイトのオヌシチューブからいつでも無料で見ることができる。
企画課はこの動画配信のカメラや音声、照明、タイムキーパーなどを担当した。クグとゼタは動画班ではなく、屋台班にまわされた。企画課が出した屋台は、わたがしと水風船つりだ。
クグとゼタは、一日中わたがしを作る羽目になった。ふだん触れ合うことのない子どもが喜ぶ顔を見るのはなかなかいいものだった。しかしクグは、いちゃついたカップルには奥義『公務員式塩対応』の接客をした。ヒガミからではない。メインのお客さんである、お子様の対応を大事にしただけだ。
ちなみに公開勇者審議会の賞品として用意した『冒険セット』は、スポンサー企業からかき集めた物である。内容は初級装備一式・回復ポーション・毒消し薬などだ。国からは勇者専用万能道具袋だけで、1モスルの負担もなくそれっぽいセット一式にすることができた。けちくさい話だ。
勇者専用万能道具袋といっても特別な機能はない。代々勇者が使ってきたというだけだ。しかし、歴代の勇者たちが使っていたというのは、それだけで箔がついてありがたがられる。ある意味、お守りのようなものである。
「公開勇者審議会は楽しかったっすねー。わたがし作りのプロになったっすよ」
「たまには、ああいうのもいいな」
「でもさすがにあれをメインの仕事にするのは無理っすね。筋トレ感がゼロっす」
給与とかやり甲斐ではなく筋トレ感が決め手とは、ゼタらしい脳筋っぷりだ。
「なんだべ。2人とも動画を見たことがないって言うから、てっきり公開勇者審議会のことを全然知らんのかと思ったべ。現場で屋台のバイトをやってたんだべか」
「そ、そうです、バイト。バイトしてたんですよ」
クダマキが勝手にわたがし売りのバイトと勘違いしてくれたおかげで、ヘタな言い訳をせずとも関係者だと気づかれずに済んだ。
「あの会場にいたんだ、いいなー。ナマ勇者見れた?」
クグはこれ以上深掘りされたくなかったが、女性冒険者はそんなことなど知る由もない。うかつに現場にいたことなど話すべきではなかったが、もう遅い。怪しまれないように話を終わらせなければならない。
「いや、それが、あのー。バイトが忙しくて見てる暇がなかったよな」
クグはゼタにそれとなく同意を促した。
「そうっす。ゼンゼン見てないっす」
「なーんだ。残念っ。ナマ勇者情報いろいろ聞きたかったなー。あたし勇者になるのもいいけど、勇者の仲間になってみたいなー。今の勇者のパーティ解散して、新たに仲間の募集しないかしら?」
「どうなんだべか? 勇者のSNSでは冒険は順調にいってるらしいから、可能性は低そうだべ」
クダマキは勇者のSNSもしっかり確認しているようだ。勇者モデルのタブレットを買って自慢するくらいなので、SNSのチェックは日課なのかもしれない。
「それにしても、今回の勇者パーティって少し変わってるよね」
「勇者以外は全員獣人ってのは珍しいパーティだべ」
「今回は特別な構成らしいですよ。獣人との共生50周年の節目だったのが関係しているみたいですね」
勇者のパーティは4人で、勇者だけ人間だ。仲間は皆、獣人で種族もバラバラ。歴代勇者パーティのなかでは異色の構成だ。
バウバ・イヌコマ、当時21歳、男。種族はイヌジンで、ホワイトシェパ族の戦士。剣・斧・両手武器、何でも器用に使いこなせる。牙での噛みつきや、爪での切り裂きもできるが、非常時以外に使うことはない。性格は、血気盛んで義理堅い。
ロリス・サルミダ、当時20歳、女。種族はサルジンで、スローロ族の武術家。九節鞭という金属製のムチを使う。先端は槍の先端のようにとがっており突き刺す事もできる。普段は折りたたんで帯に差している。クリクリお目々が特徴的な、天然ムードメーカー。
シュバルツ・トリゴエ、魔法使い、当時22歳、男。種族はトリジンで、セマニ族。攻撃、回復、補助問わず、さまざまな属性の魔法を操れる。武器は杖を主とする。短剣も少々。弓も使えるが魔法に集中しづらくなるので、魔法が使えないなどの特殊な状況時以外は好んで装備しない。性格は、冷静沈着。全身漆黒の羽毛が特徴的だ。
この一風変わった仲間の構成になったのには、ちゃんとした経緯がある。
公開勇者審議会の終了後、今後の冒険の詳細については後日、国王から直々に命が下されることとなった。その際に、公式読本以外の品々が正式に手渡され、冒険がはじまることになる。それまでは公式読本を読んで、勇者の心得を頭に叩き込んでおけということだ。
「審議会による会議で仲間が決まったとか、ウワサで聞いたことがあるべ」
クダマキはいろいろと詳しそうだ。あまり知っていることを話すと、怪しまれる可能性が高い。
「世界を救う勇者の冒険の方針を決めるんだから、意見が活発に飛び交うスゴイ会議だったんでしょうね」
クグは勇者冒険方針会議の議事録を読んだのだが、そんなところは1か所もなかった。2人が想像するようなスゴイ会議ではなかったと思われる。余計なことは言わず、想像のままにしておいた方がいいだろう。
◇
公開勇者審議会の2日後、勇者の冒険の詳細について決めるため、審議員による勇者冒険方針会議がゲイムッスル城内505会議室にて開かれた。
アッサマデ・ゲイムッスル王は会議室の議長席に座っている。部屋には誰もいない。
ゲイムッスル王は思った。おかしい。なんで一番偉いワシが一番乗りなんじゃ。もう開始時刻の5分前じゃぞ。
時計の針が刻々と進む。国王には1秒が2倍にも3倍にも長く感じられた。日時を間違えたのではないかとさえ思い始めた。
すると会議室のドアが開いた。魔法使いギルド長キラりんが入ってきた。キラりんは国王を見るなり口を開いた。
「これはこれは国王様、一番乗りとはスバラシイ心がけでいらっしゃいますわね。さすが、この国を背負っておられるだけのことはあられます。国王様のように身分を感じさせないスバラシイ心がけを持って行動するよう、ギルドのみんなに伝えますわ。オホホホ」
自分が真っ先に実践しろよ、とゲイムッスル王は思った。キラりんが席に着くと同時に会議室のドアが開いた。
「ちわーっす」
戦士ギルド長クマさんが軽い駆け足で、軽い挨拶とともに入ってきた。
出前じゃないんだからちゃんとした挨拶っちゅうもんがあるじゃろ、とゲイムッスル王は思った。
化粧直しをしているキラりんと、リップクリームを塗っているクマさんに、ゲイムッスル王が一言注意しようと思った瞬間、会議室のドアが勢いよく開いた。
「のわーっ。ギリセーフッ」
勇者学協会会長マナブンが駆け込んできた。寝癖で髪の毛がボサボサだ。いや、元々ボサボサなので寝癖かどうかもわからない。
続いて、議事録係の職員カチャリコフ・タッターンがダラダラと入ってきた。カチャリコフは全員揃っているのを見てヤバいと思ったのか、一気にシャキッとして議事録係用の離れた席へ急いで着席し、持参したノートパソコンをセットした。
ゲイムッスル王はみんなに注意する気が失せた。全員が席に着いたのを確認すると、
「いまからっ、勇者冒険方針会議をっ、はじめますっ」
即座に会議の開始を宣言した。
「はいっ」
審議員の3人は口を揃えて答えた。
カチャリコフは素早くタイピングして記録する。
『只今ヨリ、勇者冒険方針会議ヲ執リ行ウ事トス』『御意』
入力の最後は、ッターンと強くキーを叩いた。
「それにしても勇者凄かったねー」
ゲイムッスル王は言った。
「凄かったねー」
審議員の3人は口を揃えて答えた。
カチャリコフは記録する。
『勇者ノ能力タルヤ驚愕シケリ』『マサシク驚愕ニテ候』
最後のッターン音はけっこう音がでかい。
「水がブドウ酒になったねー」
ゲイムッスル王は言った。
「うまかったねー」
審議員の3人は口を揃えて答えた。
カチャリコフは記録する。
『水ガ、ブドウ酒ニナリニケリ』『ブドウ酒、美味ニテ候』
最後のッターン音はあいかわらずだ。
「見事な水上スキップだったねー」
ゲイムッスル王はさらに続けて言った。
「キレがあったねー」
審議員の3人は口を揃えて答えた。
カチャリコフは記録する。
『水上スキップタルヤ、華麗ナリケリ』『水上スキップ、華麗ニテ候』
最後のッターン音は、欠かすことがあってはならないと思っているのだろうか。
「……こんな話をしに来たんじゃなかった」
ゲイムッスル王は会議の趣旨を思い出した。大きく咳払いをし、たるんだ空気を引き締めた。審議員の3人は姿勢を正した。
「本日の議題は、新勇者の冒険の方針についてじゃ。何か意見がある者はおらぬか?」
ゲイムッスル王はいきなりざっくりと議題に入った。しかし誰も口を開かない。会議室は静寂に包まれた。
そして、静寂の時間が5分経過した。
ゲイムッスル王は、しばらく待っていれば誰かが何かを言うだろうとたかをくくっていたが、沈黙に耐えきれず口を開いた。
「クマさんは、何を考えておったかの?」
「実は……。普通に座っているように見えるけど、両足を少し浮かせて、ちゃっかり腹筋を鍛えてます。会議中いつまで足を浮かせていられるか挑戦です。あ、そろそろリップクリーム塗らないと」
クマさんは筋トレに余念がなかった。クチビルの乾燥対策にも余念がなかった。
「キラりんは、勇者について何か意見は?」
ゲイムッスル王はクマさんに期待するのを諦め、キラりんに話をふった。
「昨日のギルドの女子会で、勇者のブドウ酒全部飲み干しちゃったわ。どうしましょ。ブドウ酒係として勇者をそばに置いておくことってできないかしら。もしくは、定期的に冒険先からブドウ酒をタダで送ってもらえないかしら。ついでに、勇者が滞在している町のオススメおつまみもつけてほしいわ」
キラりんは女子会の酒の仕入れに余念がなかった。
「マナブン会長は何か案はないかの?」
ゲイムッスル王はキラりんに話をふったことを後悔し、マナブンに話をふった。
「協会が作る新しい勇者グッズは何がいいかと思案中です。ステッカーはどうかと思いましたが、最近はエコバッグが主流です。しかし、王道のTシャツも外せません。さらに食べ物系では、フードプリンターでクッキーに勇者の似顔絵をプリントする案も捨てがたいです」
マナブンは協会オリジナルグッズ作りに余念がなかった。
ゲイムッスル王は、勇者は勇者でも方向がズレているマナブンを張り倒したい気分になった。
「皆の者、勇者の冒険の方針を決める会議じゃ。テーマでもニックネームでも何でもいいから考えてくれ」
ゲイムッスル王は少しキツめの口調で皆に言った。しかし、誰も意見を言う者はおらず、そのまま静寂の時間が15分経過した。
ゲイムッスル王は思った。誰か1人くらい何か考えてくるかなーと思って、ワシも何も考えてこなかったんじゃ。ヤバイ。皆ノープランじゃ。
ゲイムッスル王は座ったまま、正面に見える窓の外を見た。窓に広がる町の景色をじっくり見渡すと、真っ白な漆喰が塗られたレンガ造りの荘厳な城が、町の西側の丘に威厳をもってそびえ立っていることをあらためて実感した。そして現実逃避をするように物思いに耽った。
いい天気で空は澄み渡り、城の上の方の階なので遠くまでよく見える。賑わっている城下町の端にある獣人の区画までよく見渡せる。イヌジンの住むドッギア、サルジンの住むモキニア、トリジンの住むバドシアだ。
獣人の居住区が城下町の近くにできたのは、はるか昔のこと。都市機能的に都会に近いほうが何かと便利ということで、獣人が居住区を作り住み始めたのがきっかけだ。
当初は獣人に対する圧政が敷かれた。彼らが住む区画は不法居住区とされ、公衆衛生を理由に強制退去がたびたび行われた。人間の居住区に住むには居住許可証が必要で、居住許可証のない者は強制退去させられた。また、労働許可証がないと人間の区画では働けなかった。
そんな社会に対して『我々は奴隷ではない。一人ひとりに尊厳があり、平等に扱われる権利がある』と獣人意識運動が高まり、じわじわと人間からも変革を求める声が高まっていった。
改革を迫られた祖父である先々代の王テッツヤデが、
「反発し合うのではなく、お互い理解し合い共生することがこれからの人類のありかただ」
と共生宣言をし、獣人居住区を正式に首都シュトジャネの町の一部として認めた。
獣人たちから表敬として居住区の命名を託された王は、それぞれの区画をドッギア・モキニア・バドシアと命名した。
さらに、父である先代の王のヨッフカシが種族の多様性を認め合い、よりよい共生をすすめた。
そしてそのまま引き継がれ、獣人と共に暮らすようになってから50年の節目になる。
ゲイムッスル王はふと気がついた。
そういえば、歴代の勇者の仲間って人間ばかりじゃったな。獣人が入ってもワンポイントじゃったり、多くて1人程度が関の山じゃった。それならいっそ勇者以外全員獣人でもいいんじゃね。共生50周年だし。4人パーティならちょうど勇者とイヌジン・サルジン・トリジンで4人になるし。よしこれじゃ!
「皆の者。意見がないようなら、ワシが以前から考えていた、とっておきの案を出すしかないようじゃな」
ゲイムッスル王は威厳あり気に言った。
ノープランの審議員3人は、固唾を飲んでゲイムッスル王の意見を待った。
カチャリコフはずっと入力することがなく暇だったので、固唾を飲んでゲイムッスル王の意見を待った。
「今回の勇者の仲間は、全員獣人でパーティを組ませるのじゃ!」
審議員3人はざわめいた。
カチャリコフは記録する。
『勇者ノ仲間ニ於イテハ、全員ヲ獣人ニヨリ構成セシメントスルナリ』『嗚呼』
ッターン音はもはや誰も聞いていない。
ゲイムッスル王はたたみかける。
「これにより今回の勇者の冒険は、獣人との共生50周年を祝うにふさわしい、種族を越えた感動巨編のストーリーにすることができるぞ!」
ゲイムッスル王はドヤ顔だ。
「それはスバラシイ、是非そうしましょう」
とくにプランのなかった審議員3人は、口を揃え賛同した。
カチャリコフは記録する。
『此レニ依リ此度ノ勇者ノ冒険ハ、獣人トノ共生五十周年ヲ祝ウニ相応シキ、種族ヲ越エシ感動巨編ノ物語トナル事、紛ウ方無シ』『素晴ラシキ事ニテ候。是非サウ致シマセウ』
ッターン音が部屋のなかに心地よく響いた。
この案はそのまま可決され、無事、勇者冒険方針会議は終了した。
◇