表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/92

第17話 公開勇者審議会

 屋外の会場は立ち見が出るほどの満員の観客、そして盛大な拍手。

「突如、『勇者の力をもつ』といって現れた謎の若者。本物の力なのか、我々を惑わせるペテンなのか。果たして勇者は今日、誕生するのか! 奇跡の瞬間(とき)を刮目せよ! 公開勇者審議会、いざ開幕!」

 見ている人の気持ちを高ぶらせる男性のナレーション。『第256回 公開勇者審議会』とデカデカとテロップが出た。


 司会進行役の女性がステージの中央に立っている。

「ハイッ。始まりました、公開勇者審議会! 本日はシュトジャネ中央公民館横にあります、なかよしひろば特設会場から、公開生放送でお送りしております。わたくし司会進行のススメルコ・テッキパーキと申します。本日はよろしくお願いいたしますっ。それではまず、審議員の皆さんの紹介をしましょう」


 挨拶を終えた司会進行ススメルコは、テキパキと次の進行にはいった。審議員は向かってステージ左側に客席の方を向いて並んで座り、皆にこやかだ。

「向かって一番右から。言わずと知れた我らがゲイムッスル王国の王、アッサマデ・ゲイムッスル王。無類のサウナ好きでいらっしゃり、お忍びで城下町のサウナに行きフルーツミルクを飲むのが唯一の楽しみ、という庶民的な一面をおもちになられるフレンドリーな王様です」

 王冠をかぶり、シルバーグレーの立派なひげを生やしたゲイムッスル王は、胸を張り堂々とした振る舞いで右手を軽く上げ、観客の拍手にこたえた。


「そのお隣。その巨体から『荒ぶるクマさん』の異名で知られる、戦士ギルド・ナグッテナンボのギルド長クマーブィチ・ゴーリキーさん。現役を引退した今でも、怪力ではいまだ敵う者はいなと言われていますが、家では奥様のオニヨメルカさんの尻に敷かれているそうです。さらに、クチビルが乾燥しやすい体質なので、リップクリームが手放せないそうです」

 戦士ギルド長クマさんは、右手でリップクリームを塗りながら左上腕二頭筋に力こぶをつくり、観客の拍手にこたえた。


「続いては、一見派手なローブをまとった若作りのおばさん。しかしその正体は、大魔法使いであり、魔法使いギルド・ウチマクリヌスのギルド長でもある、キラ・マジョンコさん。若かりし頃は『魔女っ娘キラりん』の異名で呼ばれ、現在は、年齢にそぐわぬ美貌でみんなから、『美魔女のキラりん』と呼ばれ親しまれています」

 魔法使いギルド長キラりんは、投げキッスで観客の拍手にこたえた。


「最後は、10歳で勇者学にハマり、その後チューニ病をこじらせそのまま勇者学者の道に。勇者学を探求し40年。今や勇者学の最高権威。勇者学協会会長マナブ・ガリベンヌルさん。協会員からは尊敬の念をこめてマナブン会長と呼ばれています。髪はボサボサ、服はヨレヨレですが、ぐるぐるメガネの奥に光る鋭い眼光で、勇者を見抜きます」

 勇者学協会会長マナブンは、左手でメガネをクイッと上げ、拍手にこたえた。


「続いて、勇者認定の採点方法を説明いたします」

 ススメルコは審議員の説明を終えると、テキパキと審議会の説明にはいった。

「審議員のみなさんにはそれぞれ持ち点が5点ずつあり、合計20点満点で採点されます。お客さんから向かってステージ右側にございますのが得点板です。下から1点、2点と縦に並び一番上は20点。審議員が点数を加算するごとに、得点板の点数が下から点灯する仕組みになっております」


 カメラがパンして点数が縦に並んだ得点板が映し出される。幅は約50センチミートル、高さは約3ミートルの得点板だ。これが勇者認定の可否を知らせる唯一の表示物だと思うと、厳粛な雰囲気さえ感じ、ゴゴゴゴと音をたてそそり立っているようにさえ見える。


「15点以下なら、残念ながら不認定の鐘が鳴ります。見事16点以上を獲得しますと認定となり、盛大なファンファーレが鳴り響きます。平均4点以上取らないと勇者として認定されない、大変厳しい審査となっております」

 ススメルコはテキパキと説明を終えると、次の進行にはいる。

「それでは、皆さんお待ちかね、勇者の力に目覚めたという若者に入場してもらいましょう。どうぞ!」


 ステージ中央奥のカーテンが開き、そこに立っていた1人の若者にスポットライトが当たった。若者はゆっくり歩いてステージ中央まで来る。

 髪型は爽やかツーブロックのエアリー束感ショート。これといって特徴のない服装だが、胸元のボタンを上から3つまで留めていないのが鼻につく感あり。全体的には、誰が見ても爽やかイケメンだ。あまり緊張している様子はない。むしろリラックスさえしているようにも見える。


「それでは、自己紹介をどうぞっ」

 司会進行ススメルコにテキパキと促された若者は、

「ちーっす。ヘラクレスタロウ・モモガワっていいまーす。歳は19。出身地はクソ田舎のドンブラ村。最近は、勇者になったとき用のサインの練習と、剣をシュバッてカッコよく抜いて構える練習で、超忙しいってカンジ」

 勇者候補モモガワはノリが軽かった。話の内容も軽かった。


「ハイッ。自己紹介はほどほどに、勇者の力をみせてもらいましょう」

 ススメルコは、薄い内容の自己紹介はシカトして、とっとと勇者の力を証明する段取りにはいった。

 ブーメランパンツ一丁のゴリマッチョ番組アシスタント(以下マチョスタント)6人により、大きな水瓶がステージの中央に運ばれてきた。


「大きな水瓶が運ばれてきました。数はえーっと、6つです」

 ススメルコは会場のみなさんにわかりやすいよう丁寧に実況した。6つの水瓶が横一列に整然と並べられている。

「まずは水瓶をチェックしてみましょう。」

 ススメルコは水瓶を外側からチェックした。

「これといった特徴のないただの水瓶のようです。続いて水瓶の中身を確認してみましょう」

 ススメルコはマチョスタントから手渡されたガラスのコップで水瓶の中の液体をすくい、審議員と観客によく見えるようにかかげた。

「うーん、ただの水のようです。さて、これをいったいどうしようというのでしょうか!?」


 ゲイムッスル王は、シブい印象に見えるよう右手を顎にあてて、キリッとした表情で審議会の様子を見ている。

 クマさんは両腕の上腕二頭筋に力こぶをつくり、笑顔で筋肉をアピールしている。

 キラりんは顎を少し引き、ちょい上目遣いにし、両手をグーにして顎の下にもってきて、カメラ写りが斜め45度になっているか気にしている。

 マナブンは左手でメガネをクイッと上げた。

 観客たちは今後の展開を、あーでもないこーでもないとしゃべってざわついている。

「それでは早速、『勇者の力』どうぞ!」


 ススメルコに促されたモモガワはざわつく観客を気にも留めず、目をつぶり両手を胸の前で握り合わせ『勇者(仮)の祈り』をした。

 すると、空から差し込んだ光が水瓶に当たった。

「おおーっと、天からの光が水瓶に降り注いだー!」

 ススメルコは絶叫しながら実況した。観客は固唾をのんで見守っている。

 そして光が消える。勇者も水瓶も何も変化はない。しかし、モモガワはやりきった感のある表情をしている。


「えーと。とくに変化がないように見えますが……」

 ススメルコはいぶかしみながら、ガラスのコップで水瓶の中の水をすくって確認してみた。コップの中の液体は、透明の水ではなく紫色の液体になっている。そしてそのままコップの液体の匂いを嗅ぎ、恐る恐る液体を飲んでみた。

「ウマーイッ。ブドウ酒になってるーっ。これは奇跡だー!」

 ススメルコは驚愕のあまり叫んだ。


 奇跡が起こった。『勇者(仮)の祈り』によって、6つの水瓶の水がすべてブドウ酒になったのだ。

 ゲイムッスル王は前のめりになって見入っている。

 クマさんはゴクリとつばを飲み込んだ。

 キラりんは引き続き自分のカメラ写りを気にしている。

 マナブンは勇者学協会オリジナルグッズのボールペンとメモ帳で、勇者の評価を一心不乱にメモしている。左利きだ。

 観客は驚嘆し、どよめきが収まらない。

 モモガワはドヤ顔だ。


「審議委員のみなさんにも、このブドウ酒を味見してもらいましょう」

 ススメルコが言うと、マチョスタントによって早速、奇跡のブドウ酒が配られ、審議員によるテイスティングがはじまった。

「ミルクで割ったのを風呂上がりに飲むと、最高じゃろうな」

 ゲイムッスル王は味覚が幼かった。

「ブドウ酒もいいけど、仕事終わりはやっぱりビールだな」

 クマさんはビール派だった。感想を言ったあと乾燥を気にしてリップクリームを塗り直した。

「ジュースのようにグイグイ飲めるわねコレ。今度の女子会で飲みたいから、ボトル5本分確保しといてちょうだい」

 キラりんは酒豪だった。

「若い勇者に相応(そうおう)しく、フレッシュで輝かしくエレガント。これから長年熟成させることでさらに深みを増すであろう。ここ数年で最高の出来栄えだ」

 マナブンはブドウ酒に詳しかった。ソムリエ並みだ。

 審議員たちはブドウ酒の味に満足気だ。


「そうじゃ。会場のみなさんにも、このブドウ酒を味わってもらったらどうかの」

 ゲイムッスル王の発言により、余った奇跡のブドウ酒は振る舞い酒として会場の隅で配られることになった。会場の後方で、6人のマチョスタントが奇跡のブドウ酒をヒシャクですくって紙コップに入れ、観客に振る舞いだした。

 観客は審議会そっちのけで奇跡のブドウ酒に群がった。押すな押すなの大盛況で、観客は奇跡のブドウ酒に大満足だ。即席のブドウ酒品評会になり、審議会がグダグダになってきた。


「ハイッ。それではモモガワさんには、もうひとつ違う勇者の力を見せてもらいましょう」

 ススメルコはグダグダになった審議会を立て直すかのように、モモガワに別の勇者の力を見せるよう促した。観客は紙コップ片手に、慌てて席に戻りだした。

 水の入ったゴム製のお子様用プールが、4マチョスタントがかりでステージに運ばれてきた。


「お次はお子様用プールが運ばれてきたぞー」

 ススメルコは状況が把握できていない観客のために説明も兼ねて実況した。そして、お子様用プールの設置が終わり、観客が全員着席し終えるのを確認するとモモガワに合図をする。

「それではもういっちょ、『勇者の力』どうぞ!」


 モモガワは右手を拳にして頭上にかかげ、左手は腰に当て、『勇者(仮)の祈り』をした。

 空から差し込んだ光が、今度はモモガワに当たった。

「またもや天から光が降り注いだー!」

 ススメルコは絶叫しながら実況した。観客は固唾をのんで見守っている。

 光が消えた。しかし、勇者もプールの水も何も変化はない。

「今度は水の方には何の変化もないようだぞっ。これは失敗かーっ!」


 ススメルコの実況を聞いても、モモガワは依然として自信たっぷりの表情だ。

 モモガワはおもむろに右足をあげると、お子様用プールに張られた水面ギリギリに触れるところで止まった。そのままグッと踏み込むと、足は水の中に入ることなく水の上に立った。そして水の上を軽快に歩いた。

「なんとっ水の上を歩いているではありませんかっ。これは奇跡だーっ!」


 ススメルコが叫ぶと、観客から歓声がわいた。

 気分を良くしたモモガワは、腰に手を当て満面の笑みで水上スキップをした。

「華麗な水上スキップがでたー! これは高得点を狙えるかー!」

 観客からはさらに歓声がわいた。モモガワは歓声を聞いてさらにやる気が出た。ダメ押しで、ぎこちないムーンウォークをした。

「微妙なムーンウォークがでたーっ。動きがカックカクしててまったくイケてないぞーっ。これはやらない方がよかったんじゃないのかー!」

 観客は失笑した。モモガワは実況と失笑を聞いて、意地でもムーンウォークを続けた。メンタルが強かった。


 モモガワは最後に、水上から後方抱え込み宙返り(俗称バク宙)をしてステージに着地した。両手を広げた見事な決めポーズだ。回転した際にできた水しぶきがキラキラと輝き、さらに美しさを引き立てる。

 審議員たちは見とれている。観客も見とれている。モモガワは超ドヤ顔だ。

「そ、それでは審議員の皆さん、点数をどうぞ!」

 見入ってしまっていたススメルコは、我に返ると慌てて審議員に点数の入力を促した。

 審議員たちは我に返った。観客も我に返った。

 モモガワは両手を胸の前で握り合わせ、祈るように注目した。観客も点数に大注目だ。


 ゲイムッスル王は5点をつけた。

 戦士ギルド長クマさんは5点をつけた。

 魔法使いギルド長キラりんは5点をつけた。

 勇者学協会会長マナブンは5点をつけた。

 合計得点は20点満点だ。得点板の点数がすべて点灯し、勇者認定のファンファーレが盛大に鳴り響いた。

 勇者候補モモガワは晴れて勇者と認められた。観客は大喝采だ。ステージに紙吹雪が舞いだした。


「ヘラクレスタロウ・モモガワさん、勇者認定おめでとうございます! それでは早速、授与式とまいりましょう!」

 ススメルコが言うと、即座に授与式の段取りにはいった。

「まずは勇者認定トロフィーがゲイムッスル王から授与されます」

 ゲイムッスル王は勇者認定トロフィーを新勇者モモガワに授与した。モモガワはトロフィーを両手で頭上に掲げて喜びを噛みしめている。


「続きまして、勇者認定賞品の『冒険セット』が送られます」

 クマさんから、『新勇者さん冒険セット』と書かれた大きなパネルがモモガワに手渡された。モモガワはガッツポーズをしてうれしそうだ。


「続きまして副賞として、『ヤバイッ麻痺った! でも腹減った……。ヤバイッ仲間が瀕死だ! でも腹減った……。ハイカロリー・アンド・コンパクト。いつでもどこでもエネルギーチャージ。ナッツにハチミツ、ソイプロテインでお腹大満足。冒険者必須の携帯栄養バーといえばやっぱりこの1本。ヤバウマフーズのバーナンダー』。でお馴染みの、メインスポンサーであられますヤバウマフーズ様から、バーナンダーが99個送られます」

 キラりんから、『ヤバウマフーズのバーナンダー』と書かれたパネルがモモガワに手渡された。モモガワはピースサインをしてうれしそうだ。


「最後に勇者学協会様から、『勇者学協会公式完全読本・その名も勇者』の『上巻・サルでもワカル勇者の歴史』と『下巻・ゴリラもナットク勇者の心得』の上下巻セットが送られます」

 マナブンから、百科事典のように大きくて重い2冊の実物の本がモモガワに手渡された。モモガワは愛想笑いをして顔を引きつらせている。明らかに迷惑そうだ。


「それでは最後に、ゲイムッスル王から総評をお願いします」

 ススメルコから総評を促されたゲイムッスル王は、

「スゲエ。これから勇者の名に恥じぬよう、頑張って勇者をやっちゃってください」

 ゲイムッスル王は新勇者の誕生と、自分のスピーチに満足気だ。観客は大喝采だ。


「モモガワさん、新勇者になった今の気持ちは?」

 感慨に浸っているモモガワはススメルコに感想を聞かれ、

「マジヤベェ」

 モモガワは語彙が少なかった。観客は大喝采だ。


「以上、シュトジャネ中央公民館横、なかよしひろば特設会場からお送りしました。それではみなさん、ごきげんよー」

 ススメルコはとっとと締めの挨拶をし、グダグダになるのを阻止した。

 審議員、新勇者、司会進行、マチョスタントたち全員がステージに集まり、笑顔で手を振り、大盛況で公開勇者審議会は終了となった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ