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第16話 勇者の力

 勇者として選ばれるには明確な選定基準があり、選定する機関がある。

 選定基準は勇者しか使えない聖なる力を持っていること。そして、その力を持った勇者であると認める機関とは、ゲイムッスル王国の内閣府に設置されている諮問機関の『勇者審議会』だ。

 ゲイムッスル国王をトップに、全国冒険者ギルド連盟の役員など、識者が審議員となり審査する。つまり、勇者の子孫が必ず勇者になるわけではない。

 勇者の力を得た人たちが語った記録によると、「突如、力に目覚めた」「前触れもなく覚醒した」ものらしい。言い換えると、神々からの授かりものということだ。


「ところで勇者にしか使えない聖なる力って、冒険に必要なんだべか?」

「魔族の闇の力に対抗できる唯一の力らしいっす」

「メカニズムは解明されていないですが、具体的には、闇の力に汚染された魔族の力をを無力化するとか、闇に汚染された大地を浄化するとか言われています。そしてその力は、仲間に力を与え、人々に希望を与えるとか。こんなこと言われても、壮大すぎて具体的なことが何も思いつかないですけどね」

「やっぱ、魔王を倒さないといけないちゅうことは、スゴいもんなんだべな」

 クダマキは酔っぱらいながらも感心して聞いている。


「でもその能力に目覚めたばっかりに、勇者として冒険しないといけないってことっすね」

「言い方は悪いがそのとおりだな。ある程度、本人の意志は尊重されるとはいえ、勇者として名乗り出て認められた以上、冒険しないわけにもいかない。しかし、誰しも勇者に憧れているのも事実だ。その権利を手に入れられるのであれば断らないだろ」

 クダマキは首を大きく縦に振ってうなずいている。


「世界を救う冒険をしなくちゃいけないかわりに、いろんな特典がついてくるって聞いたことあるべ。勇者のサイン入りの剣や鎧がネットオークションで高く売れるとか、よく聞くべ」

「勇者になりたい理由って、憧れだけじゃなくて、企業関係の契約の収入とかエグいからだって噂に聞くっす」

「そうらしいな。スポンサー契約とかスゴイらしいと私も聞いたことがある」


 仕事柄、ウワサ話を耳にするだけではない。実際に、勇者ビスケットや勇者魚肉ソーセージ・子ども向けのおやつ・カレー・ふりかけなど、勇者をパッケージにした商品が売られている。『勇者シール』がおまけで付けられているものもある。

 他にも、勇者モデルのスマホやタブレットは女性に人気があるらしい。白色を基調とした万人受けするデザインで清潔感があり、なにより勇者はイケメンだ。アイドル的な人気もあるようだ。


「そうそう、ワテも勇者グッズ持ってるんだべ」グダマキはそう言うと、セカンドバッグから何やら取り出した。「じゃーん、勇者モデルのタブレットだべ」

 グダマキは勇者グッズを買うほどの勇者ファンのようだ。まだ使い込まれた感じはない。手に入れたばかりなのだろう。

「スゲーっすね。品薄なんで予約するのも大変だって話題になってるヤツっすよ」

「法外価格の転売品じゃなくて、ちゃんとお店で買ったやつだべよ」

 ゼタに持ち上げられたクダマキは、上機嫌で自慢気だ。


「なになに? なんの話してるの? 勇者の話?」

 片手にビールジョッキを持った女性が、急に話に割り込んできた。ピンクのゆるふわウェーブの髪型で、年齢は20代後半くらいだろうか。鎧は着ておらず地味な普段着なので、この町の人か冒険者かわからない。

「コレだべコレ」

 クダマキはタブレットをちらつかせた。

「あーっ、コレって勇者モデルのタブレットじゃない。スゴーイ! 品薄でなかなか手に入れられないのよね」

 クダマキは若い女性にスゴーイと言われ、さらにうれしそうだ。

「お嬢ちゃんも、勇者のファンだべか?」

「一応これでも冒険者の端くれだしね」

「なんだお嬢ちゃんも冒険者か。普段着だけどここらじゃ見ない顔だと思ったべ。1人なのか?」

「仲間はあっちにいるわよ」


 女性が指を差した方向には女性が2人、すぐ近くの丸テーブルに座っておとなしく飲んでいる。ひとりは前髪ぱっつん黒髪ロングで、もうひとりは金髪縦ロールだ。こちらにいる女性をチラッと見て軽く手を振ると、また静かに飲みだした。

 女性だけの冒険者パーティなのだろう。昔は珍しかったが、最近は女性の社会活躍を推進する動きが活発で、それほど珍しいものではなくなった。

 女性冒険者は仲間のことはさておいて、クグたちに話しかけてくる。


「それはそうと、今度の勇者もなかなかのイケメンなのよねー」

「たしかにイケてるだべな。うちの女房も勇者グッズのポスターやらウチワを持っとるべ」

 クダマキの奥さんも勇者ファンだった。こんな町でもグッズを持ってる人がいるということは、世界中でグッズが売れまくっているのだろう。ロイヤリティの収入がエグいとウワサされるわけである。

「最近なんか、人気スマホゲームの『パチモン』も勇者コラボのイベントをやってるのよ。あたしも冒険の最中にパチモンやってるけど、勇者シリーズのアイテムはレアだからなかなかガチャで出てこないのよね」


 クグはスマホゲームにまで勇者が進出していたとは知らなかった。それよりも、「冒険者が冒険中にスマホゲームで遊ぶな。冒険に集中しろ」と注意したくなるのをグッとこらえた。

 クダマキはタブレットをもっと自慢したいのか、ウズウズしている。

「公開勇者審議会の動画って見たべか?」

「あたしも見た見たー! あの動画って何度見ても飽きないのよねー」

 公開勇者審議会とは、勇者の力を持っていると名乗り出た者の力が、本当に勇者の力であるかどうかを審議員が審議し、勇者認定の可否を決定する、という過程を公開イベントとして行うものだ。


「あんちゃんたちも見たべか?」

「そういや審議会の動画って、見たことなかったっすね」

「言われてみればそうだったな」

 クグはゼタに言われて改めて気がついた。この仕事をしているが公開勇者審議会の動画は見たことがない。


「おいおい、世界一有名な動画をいっぺんも見たことないべか? しょうがないからワテのこのタブレットで見せてやるべ。うーん仕方のない奴らだべ」

 クダマキはうれしそうにタブレットを操作し、動画視聴マプリの『オヌシチューブ』を起動させた。

 タブレットを手に入れてからは、くだを巻きにではなく、自慢のタブレットを見せびらかしに連日、飲み屋に来ているのだろう。つまり、動画を見たことがあってもなくても、見たくないと断っても、見させられるのは最初から決まっていたということだ。


 オヌシチューブという動画投稿サイトに、勇者審議会公式チャンネル『ガンバレ勇者さん』が開設されている。政府公認の確かな勇者情報を知ることができるチャンネルとして登録者も多い。内閣府の広報室が作成を担当している。

 公開勇者審議会の動画以外にも、冒険の様子の動画もあがっている。国家情報局勇者部企画課偵察係が撮影したものの中から、公開してもよい動画が渡される。その動画を元に一般公開用動画として編集し公開されている。

 ザコを倒しているとか、立ち小便をしているとか、ベンチでダラダラしている勇者などではなく、カッコよく活躍しているものだけである。プライバシーの問題だけでなく、勇者に対する肯定的な印象を与えるためには、プロパガンダ的な情報公開は国として必須政策だ。

 クグたちが公開勇者審議会の動画を見たことがない理由は、国家情報局勇者部の職員は皆、仕事で公開勇者審議会に携わったからだ。つまり、見なくても内容がわかっているので、見る必要がないのだ。


 肝心の勇者はどのようにして現れたのか。


 1年前、ゲイムッスル王国シュトジャネにある『職業相談センター』受付窓口に、勇者の力に目覚めたという若者が名乗り出てきた。

 若者はヘラクレスタロウ・モモガワと名乗った。学校を卒業し冒険者になってまだ1年しかたっていない19歳の男性だ。一見爽やかイケメンだが、態度や言葉の端々に少しチャラさがうかがえた。

 定年後に契約社員として雇われた受付の年配の男性に対しても、物怖じする様子はない。若者らしい怖いもの知らずなところは、勇者として冒険していくためには適しているようにも見える。

 しかし担当窓口が違うので、とりあえず『若者サポートセンター』の窓口に行くよう若者は案内された。


 若者は言われたとおり若者サポートセンターに行くと、なぜか個別相談することになった。

 しかし相談が始まると、アラフィフくらいの女性相談員から担当施設が違うと言われた。勇者審議会事務局のホームページにある『お問い合わせフォーム』から問い合わせするか、直接、事務局の窓口に行くよう案内された。


 若者は言われたとおり勇者審議会事務局の窓口に行った。派遣社員の20代女性の事務員に事情を説明すると、担当者不在なので後日、再来所することになった。

 後日、再来所すると、備え付けのエントリーシートに住所・氏名・年齢・学歴・職歴・趣味・特技・勇者になったらやってみたいこと・その他自己PRを記入させられ、面接を受けることになった。

 天下りで来たような60代くらいの男女2名の面接官を相手に若者は、

「勇者になったら友だち100人つくって、山の頂上でサンドイッチなパーリィータイムをエンジョイしまくりヒアウィゴーです」

 と熱弁すると、とりあえず勇者の力のデモンストレーションをするよう面接官に言われた。


 帰りに食べようと思っていたビスケットがあったので、サコッシュ型道具袋からビスケットを取り出した。

 シャツの胸ポケットにビスケットを1枚入れて『勇者(仮)の祈り』をしながらポケットをたたき、ビスケットを2枚にした。

 2枚のビスケットをポケットに入れ、もう1回たたきビスケットを4枚にした。さらにもう1回たたきビスケットを8枚にした。

 若者はビスケットを増やしすぎて食べ切れるか不安になったので、ビスケット8枚全部を面接官にプレゼントした。面接官は大変驚きそして喜び、面接は終了となった。面接の結果は後日、連絡がいくことになった。

 そして、勇者審議会の審議員の招集と、公開勇者審議会が開催されるという方針が決定した。


 国家情報局勇者部は勇者不在で仕事がないので、この公開勇者審議会の裏方の仕事を任されることになった。

 企画課は審議員の日程調整や会場確保、スポンサー企業集めに奔走した。この働きにより、30日後に公開勇者審議会が開かれることとなった。

 仕事の速さは国家情報局勇者部の自慢だ。というよりも、勇者がいなくて仕事がないので、この仕事をするしかないだけだった。


 審議員は、ゲイムッスル国王。全国冒険者ギルド連盟から、二大ギルドの戦士ギルド代表と魔法使いギルド代表。勇者学を専門に研究している勇者学協会から学者代表の計4名だ。

 そして迎えた公開勇者審議会当日。会場は国家情報局勇者部の各課が用意した屋台だけではなく、民間の屋台も立ち並び、お祭りムード一色となった。

 新しい勇者の誕生を見ようと、家族連れや冒険者で賑わいをみせ、会場一帯は非日常でしか味わえない異様な熱気に包まれていた。


 クダマキご自慢の勇者モデルのタブレットで、公開勇者審議会の動画が始まるようだ。

 クダマキは、女性冒険者がタブレットを覗き込みやすいように少し横にずれる。クグとゼタは椅子に座ったまま、机に置かれたタブレットを左右から覗き込んだ。

 タブレットの画面いっぱいに映し出されたサムネイル画像が切り替わり、動画が始まった。


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