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第15話 世界と勇者

 上司のグチや世間へのグチをつまみにビールを飲んでいると、50から60代くらいのほろ酔いで上機嫌なおじさんが、クグたちの方へ近寄ってきた。右手にビールジョッキ、左手におじさん御用達のセカンドバッグ型道具袋が握られている。


「あんちゃんたち辛気くさい顔してんな。もうちょっとパァーッっと飲もうぜぇ」

 と言いながらクグの肩に左手を回してきて「ゲェフゥー」と豪快にゲップをした。

「は、はい。スミマセン」


 クグはビールがまずくなるのを感じながら思った。初対面の人に対して、初っぱなからビールくさいゲップを吹きかけるんじゃない。ったくこれだからおっさんは。1日に2回も他人のゲップをくらうとは、今日はツイてないにもほどがある。この人のことを「おじさん」ではなく「おっさん」とよぶことに決めた。

 おっさんはクグたちの断りなしに、テーブルに椅子を持ってきてどっかりと座った。

「ワテはクダマキってんだぁ」と名乗ると一方的に会話を始めた。「ここら辺じゃあ見ない顔だべな。ちゅーことは冒険者だべか?」


 ゲップだけではなく腰を据えて話し始めたことにクグはウザいと思ったが、邪険に扱って事を荒立ててもよくない。適当にあしらえば、そのうち飽きてどこかに行くだろう。否応なしに一晩中、酔っ払ったおっさんの相手をさせられるのはごめんだ。

 クグが答えようとする前にゼタが口を開いた。

「いや俺たちは、勇者――」

「手がスベったっ」


 クグはゼタの皿に乗っているアッツアツの揚げポテトを素手でつかみ、ゼタの口に押し込んだ。ゼタがアッツアツポテトのせいでモゴモゴ言っている間に、

「そうです。冒険者です」

 クグは冷静に受け答えをした。

 ゼタはアッツアツポテトをビールで流し込んだ。

 危なかった。酒の席で任務がバレるなんてシャレにならない。クグはテーブルに備え付けの紙ナプキンで手についた油をふき取りながら思った。


「そ、そうか。そのわりには、ちょっと雰囲気が違うような気もするべ」

「まだ駆け出しなもので」

 クグはポテトが思いのほか熱かったので、丁寧に手を拭きながら答えた。

「新米さんだべか。そうかそうか」

 クダマキがもともと鈍いのか、酔っているからかはわからないが、七三分けの30代男性を見ても、新米冒険者と認識してもらえたようだ。


「んで、どっから来たんだ?」

「首都のシュトジャネから来ました」

「そりゃ遠いところから来たもんだな。ここで会ったのも何かの縁だ。このクダマキが酒の神ディオニュソスの名のもとに、あんちゃんたちに1杯おごってやるべか」

「やりぃ。あざーっす」

「ど、どうも、ありがとうございます」


 おごってくれるのはありがたいが、話に付き合えということだ。クダマキはこうして毎晩のように話し相手を見つけては、くだを巻いているのだろう。今晩は長くなりそうだ。

 これは仕事ではないので残業代はつかないが、情報収集になるかもしれないので相手をしてあげよう、とクグは思うことにした。


 この世界は、1つの大きな大陸でできている。北を上にして大陸を俯瞰して見ると、東西に長い大陸だ。イーグルが翼を広げた姿を上から見た形だと形容する人もいる。人々はバイナリア大陸とよんでいる。

 この世界では人間のほかに、一部の獣人が人間とお互いの文化を尊重し合いながら暮らしている。人間や獣人が住んでいない場所では、モンスターが生息している。

 バイナリア大陸の真ん中をオヤンマ山とコヤンマ山が南北に縦断し、東西に分断するようにそびえ立っている。その西側全土を占める大陸で一番大きい国が、クグたちの住む『ゲイムッスル王国』だ。代々ゲイムッスル王家が国を治めている。


 クグたちが配属されている国家情報局勇者部がある国であり、勇者を認定する国である。首都の名はシュトジャネ。行政を担う各省庁が置かれており、勇者部もここにある。

 シュトジャネの場所はゲイムッスル王国の中心に位置している。イーグルの形でいうと左翼の中心にあたる。

 ボッカテッキの町はシュトジャネから南東の方角にあり、オヤンマ山とコヤンマ山のすぐ際、ゲイムッスル王国の中では東の端の方にある町だ。


 クダマキがビールの追加注文をし終え、話を再開する。

「さっき仕入れたばっかりの情報なんだが、またこの町の子どもたちが、町の近くの洞窟に行ったらしいべ。たしかホーススとシーププとピッググの子どもだってよ」

 クグは洞窟と子どもというキーワードで一瞬ギクリとするが、素知らぬフリをする。

 ゼタは話を聞いているのかいないのか、笑顔のまま表情をピクリとも変えずビールを飲み、ポテトを口に放り込んだ。

 クダマキは、クグたちの様子など気にする様子もなく話を続ける。


「どうせスマホゲームのパチモンだかゲテモンだかに夢中になって、洞窟に迷い込んだんじゃねーかって話だべ。大人たちは家畜被害対策の柵の設置で忙しいってのに、子どもってのはのん気なもんだべ」

 子どもたちが言っていたとおり、柵の件は本当のようだ。情報の確証が取れたのはひとつの成果だ。

「その子たちは大丈夫だったんですか?」

 クグは怪しまれないよう適当に返答をした。

「無事に帰ってこれたからよかったものの、帰ってこれてなかったら、町中の大人たち総出で捜索するはめになるところだったべよ」

「無事に済んでなによりですね」


 町の人総出の捜索が行われて大蛇が見つかるようなことにでもなっていたら、大蛇退治が冒険者案件になることは確実だ。勇者のイベントが台無しになるところであった。子どもたちを助けておいてよかった。クグはほっとしている様子をクダマキに悟られないよう、ポテトをひとくち食べた。

「洞窟に行った3人は、大目玉をくらったみたいだべよ。スマホを取り上げられたんじゃねーべか。しばらくはパチモンだかマガイモンだかはできねーだろうな」


 クダマキがこの話を知っているということは、ちゃんと親御さんにバレて手ひどく怒られた挙げ句、もう町中の噂になっているということになる。

 クダマキは上機嫌で話を続ける。

「とはいえこの町の連中は誰しも子どものころに、あの洞窟へ少なくとも1回は行ってるんだべよ。んで帰ってきたら、親にこっぴどく怒られるんだべ。ワテも小さいころ洞窟に行って父ちゃん母ちゃんに怒られたのを、昨日のことのように思い出すべさ」

「この町ならではの通過儀礼みたいなものなんですね」

 とはいえ、自力で脱出できない所まで迷い込んでしまうのは、前代未聞かもしれない。


「あんちゃんたちは、町の近くの洞窟は知ってるべか?」

「いや、えーっと、ちょっと聞いただけで、まだ行ったことはないです」

「そんなもんだろうだべな。町から近い洞窟でたいしたモンスターはいないだろうから、わざわざ冒険者が行く用事もないような所だべな」

 クグは自分たちの話が出るのではないかと、内心ヒヤヒヤしていたが、どうやら3人とも約束を守り、助けられたことは話していないようだ。


「そうなんですか。では洞窟に行くのはやめておきます」

「それがいいべ。それに、最近は魔族の活動はそんなに活発じゃないみてーだから、町の外はそれほど危険ってわけでもなさそうだべ。この町で冒険者のやることなんてなんにもねーべさ」

 この地域でも、まだ目立った魔族の活動はないようだ。これは重要な情報だ。冒険者の情報ではなく、酔っぱらった一般人のおっさんの情報なのでどこまで正確かはわからないが、少なくとも一般人にまで影響のある魔族の活動はなさそうである。


「そうでしたか」

 クグは初心者の冒険者に思われるよう、何もわからないフリをした。

「魔族の活動がねーのは、冒険者たちのおかげか、それとも勇者のおかげだべか。一般人のワテらにはわからんが、冒険者から見て世界の情勢はどうなってんだべ?」

「どうなんすかね? 勇者はまだ魔族とバトったことないっすし、冒険者たちってどれくらい活躍してるんすかね?」

 クグがどう答えようか考えている間にゼタが答えた。


「自分たちが冒険者なのにわからないんだべか? それに勇者がまだ魔族と戦ったことないって、なんでわかるんだべ?」

「いや、あの、まだ駆け出しなものですから、先輩方がどこでどれくらい活躍してるかわからないなーって意味ですよ」

 クグは取りつくろって適当にごまかすと、自分の皿に乗ったポテトを素手でわしづかみにするジェスチャーをゼタにわかりやすく見せ、話を合わせるよう促した。


「そ、そうっす。勇者の情報は、えーっと勇者のSNSをアレしただけっすよ」

「そうだべか。最初に勇者がなんだとか言ってたのは、どうせ勇者に憧れちゃったりして、冒険者になったとかそんなとこだべか」

「そ、そうですね。憧れちゃったり」

「憧れなかっちゃったりっす」

 お酒にだいぶ酔っている様子のクダマキは、ウンウンとうなずいて勝手に納得している。なんとかごまかすことができたようだ。


 この世界には魔族とよばれる種族もいる。人間と同等またはそれ以上の知性と能力を持った種族で、人間と魔族は有史以来、争いを繰り返してきた。

 魔族の住む世界は、『魔界』又は『世界の裏』とよばれている。人間界と魔界は、陸続きでつながっているわけではなく、海で隔てられた別の大陸があるわけでもない。『魔界の門』とよばれる巨大なゲートでつながっている。

 魔界の門を通らなければ人間界と魔界の行き来ができず、まるで人間界の裏側にあるように感じられることから、魔大陸とよばずに魔界や世界の裏と人々はよぶようになった。


 魔界の門はバイナリア大陸の極東にある『トーイットコ』という国の、最北端にある。誰がどのような目的で、魔界へ通じるゲートを設置したのかはわからない。人類が誕生したときにはすでにあった、というのが有力な学説だ。

 つまり、神々が人間界を作ったときに魔界も同時に作り、2つの世界をつなぐゲートを作ったのではないかということだ。

 しかし、なぜわざわざこの世界をそんな面倒なつくりにしたのかはわかっていない。


 クグもゼタも魔界はおろか、魔界の門にも行ったことがない。魔界に行くのは上級の冒険者か、勇者ぐらいだ。魔界へ行ったことのある人から聞いた話によると、魔界にも人間界でいう太陽や月のようなものもあり、昼夜があるらしい。

 人間が魔界へ行き魔族の討伐をするように、逆に魔界からも魔族が人間界にやって来て、人間界で悪さを働くこともある。

 そして、魔族は人間界でただ悪さを働くのではない。魔族は人間界を侵略しようとしているのだ。魔族のなかから魔王が誕生し、魔王が魔族たちを組織的に動かし侵略をしかけてくる。


 しかし、人間も黙って侵略されるわけではない。上級冒険者パーティは一旗揚げようと魔界へ乗り込む。魔族が大規模に人間界へ攻め込んできた場合は、国の軍隊が動くこともある。

 それだけではない。人間のなかから魔王を倒す力を持った勇者が誕生するのだ。勇者は魔王を倒す使命を負い、冒険の旅に出る。そんな重大な使命を負った勇者を影から支援するのが、国家情報局勇者部の任務である。


「勇者に選ばれるのって、どんな気分なんだべかな」

 酔ったクダマキのおしゃべりは止まらない。

「さあ、まったく想像がつかないですね。私はあんまり選ばれたくないです」

 特別な強さをもたない自分などが選ばれたら、わざわざ死にに行くようなものだ。そんなことはゴメンだ。安定した公務員が一番だ、とクグは思っている。


「勇者に憧れちゃってるんじゃなかったべか?」

「憧れるのと実際になるのは、全然違いますよ」

「俺もメンドクサそうで、選ばれたくないっすね」

 ゼタは強い弱い以前に、面倒かどうかが判断基準のようだ。いくら強くても、勇者になるのが面倒だと思う人や、極悪人などが勇者になられても困る。魔王退治どころではなくなってしまう。


「ワテは勇者みたいに強かったら、選ばれてみたいもんだべよ」

「でも勇者が選ばれる基準って、強さじゃないんすよね」

「勇者は強さよりも、大事な力がないといけないんだべな」

「よく知ってますね。勇者にしか使えない聖なる力を持っていて、その能力が認められて初めて勇者になるんですよ」

「あんちゃんたちも詳しいじゃねーべか」

「ええ、まあ、一応。憧れちゃったりしてるので」

 勇者支援に携わる仕事をしているので知っているのは当たり前のことなのだが、あまり深く突っ込まれても困る。クグは相手に合わせた返事で濁した。


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