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第14話 報告書

 クグはドーナツを食べ終え一息ついたところで、残りの仕事にとりかかる。調査報告書の作成だ。この町で勇者がこなすイベントの原案になる重要なものだ。


「そろそろ調査報告書の書き方を覚えてもらわないとな。ちゃんと見ておけよ」

「ういーっす」

 ゼタはクグの横にあるもう1つの椅子に座った。

 クグはスマホを取り出しグループウェア『ミナタスカル』を起動させる。共有ワークスペースにある、調査報告書のテンプレートに沿って情報を入力していく。


「この町のイベント案は『家畜被害の解決』だ。内容は、犯人を突き止めるため洞窟へ行き、犯人の大蛇を倒す。これでいいな」

「オッケーっす」

「町で流す情報は、『家畜被害がある』『深夜に家畜が襲われる』『人間の仕業ではなく、モンスターの仕業ではないかとの噂がある』『東の山の麓にある洞窟内には、何者かが住み着いているという噂がある』ぐらいか」


「『ウォーキングランジは移動には不向き』ってのはどうっすか?」

「それはいらん。子どもが洞窟へ遊びに行ったりしないか心配するお母さんとか、小さい頃に洞窟へ探検に行った武勇伝を語るおじいさんがいるといいか。あとは、大蛇に関する情報もあった方がいいな」

 クグは事前にメモしていたものをコピペして素早く項目を埋めていく。


「ボスの大蛇ちゃんを怒らせるとメッチャ追いかけてくるんで、先制攻撃を仕掛けてメイスでボコるか、爆発系の魔法で洞窟を崩壊させて倒すってのもあるっすね」

「却下。やはり勇者らしい正統派の戦い方でなければな。洞窟内で巨大なヘビらしき影を見たという、冒険者っぽい人からの情報があってもいいかもしれない。洞窟内では爆破系の魔法は厳禁だと警告する人もいるな。こんなところか」


「至れり尽くせりの情報量っすね」

「少し提供する情報が多いかもしれないな。まあ、この報告では原案でいい。上司と企画係の職員による会議で煮詰めたものになるし、さらに詳しい内容は実行する担当の課が決めるだろう」

「これで全部っすか?」

「いや、まだある。シラベイザーで解析した大蛇のデータを添付しなければならない」


 クグはシラベイザーを起動させ「データエクスポート」からデータを書き出し、調査報告のボスデータ欄に書き出したファイルを添付した。

「ザコモンスターのデータはいらないんすか?」

「これまでに蓄積されたデータベースにあるから、新種や未知の個体でないかぎり解析も添付もする必要はないぞ。生息が確認できたリストだけ送ればいい。あと添付するのは、ダンサバ・プロのダンジョンデータだ」


 クグはダンサバ・プロのデータも書き出し、ダンジョンデータ欄に添付した。

「ダンジョンデータって必要なんすか? 勇者なら簡単にクリアできそうな規模っすけど」

「クリアのためだけにデータを使うわけではないんだ。このデータを元にしてダンジョンに設置する宝箱の、個数と内容と配置場所が具体的に決まるんだ」

 今回は特殊な攻撃をしてくるモンスターはいないので、毒消しなどの状態異常回復系や、ボス対策用のアイテムは必要なさそうだ。


「へえー。いろんなことにデータが使われるんすね」

「だからこそ入念な調査が必要なんだ。これらのデータを踏まえて、勇者イベント第一目的である『危険なモンスターを倒して町を平和にする』を達成することができる」

「ふーん。町の人にとっては、勇者がモンスターをぶっ倒したら、それだけで助けられた気持ちになるっすもんね」

「言い方はあまり良くないが、そういうことだ。目的は、勇者が世界の人々の困りごとなどを解決し救うこと。これが積み重なり最終的に世界全体を救う。それが達成できる内容であれば、イベント内容は何でもいい」

「要はイベントすっ飛ばして先へ行ったりしなければオッケーってことっすね」

「そうそう、忘れるところだった。その他備考欄に『次の町へ行く谷あいの街道が近いため、先に進みたい欲求がかきたてられ、イベントを無視する可能性あり。対策が必要』っと」

「具体的な対策は考えなくていいんすか?」

「私たちは、わかった情報をまとめて報告すればいい。会議で大まかな方針が決まり、具体的な対策は担当の課が考える」

「どうやって対処するんすかね」

「そのうちわかるだろう。担当する課がうまいことやるだろうから、心配することはない」


 クグはテンプレートにすべて入力し終え「提出」ボタンをタップした。これで業務報告書が送信され、上司や課内の他の職員に通知される。

「よし、これで報告は終了だ。流れはわかったか?」

「バッチリっす。問題は、大蛇ちゃんがちゃんと家畜を襲ってくれるかどうかっすね」

 クグも気になっていたことだ。ゼタが余計なことをしてくれたばっかりに、洞窟からいなくなっていたり、エサ場を変更したりするようなことがあったら元も子もない。


「とりあえず洞窟内にいてさえくれれば、前科はあるので倒す口実にはなる。勇者が町に来てから大蛇が来るか、勇者が来る前に大蛇が来るか、タイミングは操作できないが流れで何とかなるだろ」

「悩んでもどうしようもないことっすね」

 ゼタの言うとおり。ほかの課の支援が関係してくることなので、ここから先は自分たちの力ではどうしようもないことだ。


「あとは『勇者が近々この町に来るかもしれない』というウワサを町にながせば任務完了だ」

「ウワサ話って、みんな好きっすよね」

 とくに勇者に関する話は、老若男女問わない。

「勇者が来るとわかれば、家畜被害を勇者が解決してくれるかもしれないという期待感が高まり、冒険者に依頼する可能性は低くなるはずだ」

「大蛇退治が冒険者案件になって解決しちゃったら、勇者がやることなくなっちゃうっすもんね」

「しかも、冒険者は依頼するのに金がかかる。それに引き換え勇者は無料だ。世界平和が勇者の使命だからな」

「ちょっとしたお礼の品を渡せば喜ぶんだから、安いもんっすよね」

「裏で働いている私たちの給料や任務の経費は税金から出ているから、実質有料とも言えるけどな」

 こんなことがバレたら、税金を払っているのだから勇者の市民サービスを拡充しろという意見が出かねない。さらには、支援業務をしている職員たちに対して、勇者に便宜を図るよう迫ってくる人が絶えないことになり、任務どころではなくなってしまう。こういったことも、任務がバレてはいけない理由のひとつだ。


「とりあえず今日の仕事はこれで終了だな」

「お疲れーっす」

「1階のレストランで晩ごはんでも食べるか」

「イエーイ。経費で酒が飲めるぜー」

「経費で酒は飲めんぞ。経費が出るのは宿泊費だけで、飲食代は自腹だ。毎回言ってるだろ」

「やっぱりかぁー。でも飲むっす」


 クグは階段を下りながら、勇者がこの町に来るというウワサをどうやってながすか思案する。唐突に勇者が来ると言いだしたら怪しすぎるし、どうしたものか。

 1階に近づくにつれにぎやかな声が大きくなってきて、料理のおいしそうなにおいもしてきた。だんだん思考力が落ちてくる。細かいことは明日にして、今日の仕事の疲れを癒やす晩ごはんが先だ。


 1階に下りると、パブ・アンド・レストランはすでにたくさんの人で賑わっている。7割くらい席が埋まっており、地元の人や旅人風の人、この町に到着したばかりの冒険者だろうか、鎧をつけたままの人たちもいる。

 カウンターで忙しそうにしている女性店員に、ビールとつまみになりそうなオススメの食事を注文し、ビールの泡が溢れるジョッキを受け取る。

 窓際に2人掛けのテーブル席が空いているのをゼタが見つけた。

 座るや否や2人はビールをひとくちあおった。開いた窓から優しく風が入ってくる。酒や料理のにおいに混じって夜のにおいをクグは感じた。窓の外を見ると、夕陽の赤が隅に追いやられ、深い青が広がってきている。少しずつ夜のとばりがおりてくるのに抵抗するかのように、町に明かりが灯っている。平和な町の風景を眺めていると、何とか無事に帰ってこられたことをクグはあらためて実感した。


 料理がくるのを待つ間、向かい合って座っている2人だが、改めてとくにしゃべることがないので間が持てない。ゼタは店の中をキョロキョロと見回す。クグはビールジョッキの泡を見つめる。

 クグは料理がくるまで何か適当な話でもしようと思ったが、お互いプライベートなことはあまり話さないので、仕事に関することから話のネタを考えるしかない。


 クグは背もたれにもたれかかり、今日の仕事を振り返る。今日の仕事も向かいに座る脳筋野郎のおかげでムダに疲れた。

 そもそも、ゼタの脳筋エーリーデーがすべての事の発端だ。どんな覚え方をしたら、あんなことになるのか。最近、覚えたと言っていたが、頭のおかしな魔法使いにでも習ったのだろうか。


「ところで、エーリーデーはどうやって覚えたんだ?」

 クグはさり気なく聞いた。

「通信教育っすよ」

「私も通信教育だ。『10日で習得、エーリーデー通信講座』というやつだ」

「同じやつっすね」


 『あなたのやる気が消えちゃう前に、今日から始める新しい自分。やる気があるならできなくもないさ。やるならとっととやっちゃえよ』がキャッチコピーの、通信教育の教材販売をしているデキナクモネ社が取り扱っているものだ。

 全国魔法協会認定の『魔法完全習得シリーズ』で、魔術書と手引きが送られてきて、お手軽に自分のペースで習得できるのが売りだ。『途中でくじけそう……。不安なあなたでも大丈夫! やさしく最後まできっちりサポート』してくれる。最近はテキストだけでなく、講師が教えてくれるのを動画で見られるようになっているものもあるらしい。

 カルチャーセンターで講師の魔法使いに直接指導してもらう講座もあるが、学校で基礎は十分習ったし、任務でいろいろと魔法を使っているので自主学習でも覚えられる。それに、仕事の時間が不規則なので、わざわざ時間を割いて通うのが難しい。さらには、通信講座に比べて割高だ。

 ゼタのエーリーデーの威力がおかしいのは、独学で効果の意味をはき違えているからなのだろう。


「手軽に覚えられるのはいいが、受講料が全額自己負担なのはどうにかならないものか」

「俺は技能取得の補助が出たっすよ」

「おかしいだろ。私が申請したときは却下されたぞ」

「これからは必要になるからって、オッケーだったっす」

「課長のやつふざけやがって」

 クグはビールをあおった。

「タイミングが早すぎたんじゃないっすか」


 クグが受講したときは、まだリリースされたばかりだったので値段は今より高かった。任務に必要な技能や資格であれば取得費の補助が出るはずだと思い、技能取得支援の費用補助を申請した。

 しかし結果は却下だった。課長が言うには、「既存のものがあるので、新しいものを新たに取得する必然性がない」とのことだった。頭が固い。技術はとどまることを知らず進歩しているというのに。

 習得しないでおくか、全額自己負担で習得するか迷ったが、省魔力で持続性が高くしかも明るいのだから、任務が少しでも効率よく進められるようになる。拾得しないという選択肢はなかった。そして、全額自己負担で受講したのだった。

 早く覚えられた分、多少なりとも有利・有効だったので先行メリットが得られた、と考えればいいのか。しかしすぐには納得できない。知らなければ、こんな席でモヤモヤした気持ちになることはなかった。クグはこの話題をふったことを後悔した。


 女性店員が料理を持ってきた。早い。待たせず早く提供するために、あらかじめ作って用意していたものを皿に載せたのだろうか。焼いた腸詰め肉、千切りキャベツを塩もみして発酵させた漬物、揚げた皮付きポテト。それに、3種のチーズ(ペッパーチーズ・ブルーチーズ・スモークチーズ)盛り合わせ。

 早速、料理をいただく。シンプルだが美味い。ビールに合う。腸詰め肉は焼き立てで、ポテトも揚げたてでアツアツだ。用意しておいたというより、作ったそばから売れていくのだろう。


「前から気になってたんすけど、任務中って勇者支援に関係ないことでも、ついでにできそうなことがあったらやらないといけないんすか?」

「もちろん、やらなくていい。関連する機関への連絡とか調整もやらない」

「なんでっすか?」

「縦割り行政だから。貴重な税金を1モスルたりとも目的外の事業に使用することは許されないんだ。つまり、《《やらない》》というより《《できない》》。いや、『やってはいけない』だな」

 『縦割り行政』いい響きだ。クグは頭の中で繰り返した。管轄外の仕事は一切しない。公務員の鑑だ。


 国民が税金の使いみちを厳しくチェックするようになった結果、使う側も厳格に使途を分けなければならなくなった。ついでにできることや、少しくらい融通をきかせばできるようなことでも、税金の目的外使用になるためできなくなった。

 勇者部の会計は国民に詳細を開示されることはないが、会計課が厳しく監査するようになった。関係のない業務や経費には指導が入る。すると、課長の胃が痛む。部下への八つ当たりが増える。だから、余計なことはしないのが鉄則。これは国民が望んだことなのだ。公務員のせいではない。


「ふーん。まあ面倒なことはやらなくていいなら、それで構わないっすけど」

 深く考えなくていい。公務員も会社員と同じで、社会の歯車の一部であり、ひいては世界の歯車の一部なのだ。クグは社会や仕事の鬱憤をビールと一緒に腹の中へ流し込んだ。


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