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第13話 威圧感からの、ちょうどいい

 クグの思考は袋小路に入り込んだ。

 ゼタの魔法を使った場合、最低でも重症、最悪は死ぬ。大蛇だけではなくクグもろともだ。洞窟内で食い止めるのか、洞窟の外に出てから倒すのか。迷っている暇はない。こうして迷っている間も、大蛇は尋常でない威圧感で追ってきている。


 追い打ちをかけるように、洞窟内が徐々に暗くなってきた。こんなときにかぎってエーリーデーの効果が切れるとはタイミングが悪い。このまま真っ暗になったら逃げ道がわからなくなってしまう。誤って行き止まりに行ってしまったら、それこそアウトだ。

 クグは冷静さを失い心の中でグチる。なぜ魔法使いではない私がエーリーデーも、スベラナイゼンも、ハンゲルスも、オソインも、ハヤインもかけなければならないのか。理不尽にもほどがある。

 さらに、この非常時にまたエーリーデーをかけ直さないといけないなんて。なぜ私が脳筋魔法使いの尻拭いをしなければならないのか。自分の始末は自分でやってくれよ。

 いや、まてよ。ゼタにやらせればいい。イチかバチかゼタのアレに賭けてみるしかない。洞窟内がさらに薄暗くなってきた。時間がない。


「ゼタっ、エーリーデーをかけろっ!」

「クグさんがかけるんじゃないんすか?」

「いいからフルパワーでエーリーデーをかけろっ!」

「フルパワーでやっちゃっていいんすか?」

「いいから早くしろっ!」

「それじゃあ遠慮なく。ぬおりゃ―っ」


 ゼタは走りながら右手に持ったメイスを上にかかげた。クグのエーリーデーが消える直前、ゼタのエーリーデーが洞窟内にさく裂した。

 クグはすかさず自分に暗闇の状態異常になる魔法『ミエナイン』をかける。

 クグの視界は暗くもなければ明るすぎることもなく、普通のエーリーデーがかかったような明るさだ。暗闇の状態異常なのに、洞窟内がちょうどいい感じに見えるということは、ゼタのフルパワーのエーリーデーと明るさが相殺できたということだ。洞窟内はさぞギラッギラなことだろう。

 しかし、そんなことはクグの知ったことではない。フル公務員魂のままスピードを落とさず走り続ける。


 クグは後ろをチラと確認するが、大蛇は追ってきていない。

 蛇は光を捉える目と、温度を捉えるピット膜と、ニオイを捉える鼻で獲物を狩る。ゼタのエーリーデーによって洞窟内に強烈な光と温度変化が起こったこと、さらには洞窟内の急激な変化によって大蛇が混乱したことも合わさり、クグたちを見失ったようだ。

 クグの思惑どおりにいったようだ。実際には、ピット膜はかなり細かい精度で温度を感知できるようなので、見失ったというよりかは、混乱による戦意喪失が一番の原因かもしれない。


 理由はどうであれ成功は成功だ。ザコモンスターも、急激に洞窟内がギラッギラかつ、ほんわか温かくなったことにより混乱し、目をふさぎ身動きできずにいる。

「このまま一気に洞窟の外まで走り抜けるぞ!」

「うっす!」


 クグがふと横を見ると、ゼタはゴーグルタイプのサングラスをかけている。

 ひとが苦労して状態異常魔法で対処しているのに、自分だけちゃっかりサングラスを持っているとは。なぜ、こんなしなくてもいい苦労をしているのだろうか。クグは行き場のない思いを抱えながら走った。

 帰ったらゴーグルタイプのサングラスを買おう。職場の備品リストにサングラスがなかったら、相見積もりを取ってでも経費で購入してやろうかと思った。しかし、課長に怒られそうだからやめておこう、とすぐに思い直した。


 洞窟の出口が見えてきた。ここまで来れば安心だ。外からの光が差し込んでいる所までくると、クグは状態異常回復魔法『スコヤカン』で暗闇と素早さアップを解除した。スピードを徐々に落としながら洞窟を出て、30ミートルほど駆け抜けて止まった。


 クグは両手を両膝につき荒く肩で息をする。一時はどうなることかと思ったが、無事に洞窟を脱出できただけでなく、大蛇も洞窟も無事に済み何よりだ。

 ゼタが余計なことをしなければ、もっとラクに帰れたはずなのだが。この歳になっても、ハヤインをかけて全力疾走するとは思ってもみなかった。すぐに水分補給をしなければ死にそうだ。

 盾を外して道具袋へ入れ、その手で道具袋から革水筒を取り出し水を喉に流し込んだ。


 ゼタはちょうどいい運動をした後のような、爽やかな笑顔をして軽く肩で息をしている。悪びれた様子はみじんもない。そして道具袋からプーションの瓶を取り出すと、左手を腰にあて喉を鳴らしながらイッキに飲み干した。プハーッと言って満足気だ。

 ゼタの様子を見たクグは思った。試供品で喉を潤すんじゃない。水でいいんだ水で。走り疲れ、声に出して言う気にもならない。


 一息ついたクグは、大事なことがまだ終わってないことに気づいた。ゼタに言っておかなければならない大事なことだ。

「洞窟内のエーリーデー、解除しとけよ」

「あ、忘れてたっす」

 ゼタはクグに言われると、メイスを持ちスナップをきかせて横に振った。エーリーデーが解除されたようだ。自然に効果が切れるまであのギラッギラにさらされていたら、洞窟内のモンスターたちがかわいそうだ。


 無事に逃げきれ安堵して見上げた空は、日が傾き始め赤く染まっている。クグは兜を外し、大きくひとつ呼吸をした。

 洞窟を振り返ると、その上にそびえ立つ山も夕日を受けて赤く染まっている。大陸を南北に縦断しているオヤンマ山だ。

 高くそびえ立つ山脈が、はるか北側から洞窟を越え南側へ続いている。さらに南側にある山は、オヤンマ山よりも低い。コヤンマ山だ。


 クグたちがいるのはオヤンマ山の西側だ。向かって右手側、つまり南側に、コヤンマ山との谷になっている場所があり、谷に向かって街道が続いているのが見える。

「あっちに道が続いてるっすけど、山の谷間を通る道になってるんすかね?」

「そうだ、次の町へ向かう唯一の道で、整備された街道になっている」

「近そうっすね。こっからそんなに時間がかからずに行けそうっす」

 ゼタの言うとおり。この洞窟から南へ、それほど遠くはない場所だ。


「町から街道を東に進めば、そのまま谷間の街道へと行くことができるな」

「先に行ける道があると、この町のイベントすっ飛ばして先に進みたくなるっすね」

 クグも一瞬、同じことが頭をよぎった。

「それはヤバイな。今の勇者ならやりかねない。何か対策をとれるよう、報告する項目にいれないといけないな。とりあえず、先にボッカテッキの町まで戻ろう」

「そうっすね。昨日は野営だったし、今日は移動と聞き込みと探索でさすがに疲れたっす」

 ゼタは聞き込みしてないだろ。しかも、最後の最後に疲れる原因を作ったのは自分だろ。クグは思ったが、突っ込む気力もないくらい疲れたので早く町に戻りたい。



 ボッカテッキの町まで戻ってきた。夕方の町は昼間とは違った賑わいがある。武器屋や道具屋などは早々に店を閉め、昼間には開いていなかった店が開き始めている。

 地元の人たちが通うスタンディングバーは、通りに面している部分がガラス張りになっており店内が見える。早く仕事を終えた人だろうか、早くも夕食前に一杯飲んでいる人がいる。店の前にも立ち飲みできる机が出ており、これからお客さんを迎え入れる準備は万端のようだ。

 仕事を終え家路を急ぐ人たちもいる。町の家々では夕飯の準備が着々と進んでいるのだろうか、あるいは、これから自分で準備をするのだろうか。

 洞窟で会った3人の子どもたちは、ちゃんと親御さんに叱られただろうか。これからだろうか。それとも、うまいことウソをついて親御さんをだませたのだろうか。

 クグたちにはまだ仕事が残っているので、ひとまず近場の適当な宿を探す。スイートルームのような豪華な宿は経費では認められないので、なるべく簡素な宿の部屋にしなければならない。

 クグにとって豪華な部屋は逆に落ち着かないので泊まりたいとも思わないし、この田舎町にはそんな宿はないから、宿代が経費として認められないという心配はない。


 『ヒザクリゲ・イン』と書かれた看板のかかった、3階建てレンガ造りの建物に入る。1階はパブとレストランで、2階と3階は宿泊部屋になっている。冒険者や旅人をメインターゲットにした低価格の宿だ。

 中へ入ると、1階の広い店内にはまだ客が数人しかいない。

 バーカウンターにスキンヘッドのいかつい中年男性が立っている。風貌から店主だろう。クグはカウンターへ行き、ツインの部屋を1部屋とる。

 本当はシングルの部屋を2部屋にして、寝るときくらいはゼタとは離れたいと思ったが、このあと部屋での仕事もあるのでツインの部屋でよしとする。

 宿帳に書く名前はもちろん、『ヌルムギチャ・マズッソ』と『モンドリー・ウッテン』だ。あと、領収書をもらうのも忘れない。


 店主から素っ気ない接客態度で3階の部屋のカギを渡された。根掘り葉掘り聞かれても何かと面倒なので、これくらいの接客でいい。冒険者の利用が多いだろうから、店側もいちいち客について聞かないのだろう。


 鍵を受け取り階段の方へ行こうとしたら、野太い声で

「デコドーナツ」

 と聞こえた。声がしたカウンターの方を見るがもちろん店主しかいない。無表情で立っている店主のスキンヘッドが、店内の照明に照らされ蛇の目のように鈍く光っている。クグは蛇に睨まれているような気がした。


「はい?」

 恐る恐るかつ、失礼にならないように聞き返した。

「うちの自慢の手作りデコドーナツ。うまいぞ」

 店主が指差した先を見ると、カウンター隅のガラスケースの中に、色とりどりのドーナツが並んでいる。それぞれ上半分にピンク、ライトグリーン、ライトブルーなどのチョコがコーティングされ、おっさんには何がなんだかわからないカラフルなものでびっしりトッピングされている。いわゆる()えるやつだ。


「そ、そうですか」

「買ってくか?」

 無表情スキンヘッド低音ボイスの威圧感でオススメされ、クグは断る勇気が出ない。

「ピ、ピンクのを1つください」

 断るという選択肢を考える余裕もなく、流れで注文してしまった。

「200モスルだ」


 クグはしまったと思った。なぜおっさんの自分がピンクを選んでしまったのか。しかし今の時代、性別に関係なくピンクでもいいのか。でもやっぱり、かわいいピンクのドーナツは少し抵抗がある。注文し直そうと思ったがもう遅い。店主はガラスケースからすでに取り出してしまっている。どれを選んでも味は一緒だろう。

「自分の分は自分で払えよ」

 クグは財布を出しながら、ゼタにもドーナツを買うよう遠まわしに促す。もちろんこれは経費で落ちない。


「俺はいらないっす」

 買えよ。せっかく、いかついおっさんがデコドーナツすすめてくれたんだぞ。クグは自分だけ買うのは不公平だと言いたかったが、店主の前では言えなかった。

 おっさんにすすめられた映えるドーナツを、おっさんが買う。この地獄のような時間から早く抜け出したい。クグは耐油紙に包まれたドーナツを受け取ると、そそくさと階段の方へ向かう。


「おい」

「は、はい。何でしょうか?」

 再び店主に呼び止められ、クグはまだ何かあるのだろうかと恐る恐る返事をした。

「カギ、忘れてるぞ」

 ドーナツを買うときに、カウンターに部屋のカギを置いたのを忘れていた。

「ス、スミマセン」

 クグはカギを素早く取ると、パブ・アンド・レストスペースを横目に3階へと上がった。


 3階の廊下の右側にはドアが2つ、左側にはドアが4つある。右側の部屋は4人部屋で、左側は2人部屋だと思われる。こういった宿は、冒険者パーティがまとまって泊まれるようになっている部屋が多いので、シングルの部屋は2階に数部屋だけだろう。クグたちが泊まる部屋は左側一番手前の部屋だ。


 部屋に入ると、正面奥に窓がある。右手側は、一番手前にバスルームがあり、その奥にはベッド、さらに奥の窓際にもう1台ベッドが並んでいる。左手側には、簡素な机1台と椅子2脚が奥に、手前には武具を置くための簡素な棚が設置してあるだけのシンプルな部屋だ。

 クグは武器と防具を外して棚に置くと、だらりと椅子に腰掛け、「ふぅー」とひとつ大きく息をはいた。ゼタは防具とメイスをベッドにポイと放るように置いて、ベッドのへりに腰を下ろした。

 ゼタに窓際のベッドを取られたことにクグは気づいた。唯一の旅のささやかな楽しみにしていたのだが、おっさんがベッドの位置で駄々をこねるわけにはいかない。これからひと仕事の前にドーナツを堪能して気を紛らわせるしかない。


 机の隅にはお茶セットが置いてある。保温ポットにカップ、紅茶バッグとドリップコーヒー。クグは自分の分だけコーヒーを入れ、買ったばかりのデコドーナツを食べる。次の仕事は頭を使うので、適度な糖分が必要だ。

 20代のころまではブラックコーヒーを飲めなかったが、最近はブラックコーヒーの苦味と酸味を感じながら、ほどよい甘さのお菓子がちょうどいいと思うようになった。30代にはいり味覚が変わってきたのだろう。

 暖かいコーヒーと、適度な甘さの――トッピングが邪魔なのと、おっさんにはちょっと甘ったるい気がしないでもない――ドーナツで、お腹だけでなく気持ちも満たされる。ドーナツを買ってよかった、とクグは堪能しながら思った。

 ゼタは道具袋にストックしてある『ビタニュー・ブースト』という瓶の栄養炭酸飲料を飲みながら、バーナンダーを食べている。

 クグは思った。1個減って98個になったな。なぜゼタのバーナンダーの残りの個数を気にしているのだろうか。


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