第12話 荒ぶる
10ミートルほど通路が続き、その先に広い空間が広がっている。
その一番奥の真ん中には、これまでに見たことがないくらいの巨大なヘビのモンスターがとぐろを巻いている。どうやら眠っているようだ。
胴の太さは、大人の男性2人でようやく抱えられるくらいで、さらには口も大きく人間などまるっと一飲みしてしまえる大きさだ。
とぐろを巻いているので全長がどれほどあるのかわからないが、とてつもないサイズなのは確かだ。ほかのモンスターは、この大蛇を恐れて近寄らないのだろう。
ここは解析魔法『シラベイザー』の出番だ。モンスターの特性や生態などの詳細を調べることができる。寝ている今のうちなら弾かれることもなくかけることができるだろう。わざわざ起こして戦う必要はない。ムダな戦闘を避けるのは任務上必須だ。
「でっかいヘビっすね。どうするんすか?」
ゼタはクグの背後から、立った状態で覗き込んでいる。
「まずはスマホマプリのシラベイザーで調べるぞ」
シラベイザーにはスマホマプリ版がある。通常の魔法版はモンスターの情報が空中に表示されるだけで、記憶するか自分でメモらないといけなかった。それにひきかえスマホマプリ版は、スマホの画面に表示されるだけではなく、データベースとして記録できるようになり、より使い勝手が良くなった。
クグはスマホを取り出しシラベイザーを起動させると、カメラを大蛇に向ける。
「解析できたっすか?」
「急かすな、ちょっと待て」
大蛇全体が画面に収まるようズームを調整する。
「解析できたっすか?」
「解析開始っと」
解析ボタンをタップすると、プログレスバーに進捗状況がパーセント表示される。10秒ほど待つと100パーセントになった。
「解析できたっすか?」
「よし、解析成功」
クグは解析のときいつもゼタに急かされるが、もう慣れた。無視して淡々と作業を終えた。
クグは大蛇を覗き込むのをやめ、片膝をついたままスマホに表示されたデータを確認する。
「どんな感じっすか?」
ゼタも大蛇を覗き込むのをやめ、クグの横に屈んでスマホを覗き込んできた。顔が近い。邪魔だ。
「えーっと。近くの町の牧場を格好のエサ場にし、60日ほど前からこの洞窟をねぐらにしている大蛇。持ち前の魔力の高さと豊富な餌に恵まれ、30年かけて規格外の大きさに成長した。個体名『アナナンコダ』。全長約20ミートル」
「デカイっすね」
「この大蛇が家畜被害の犯人で間違いなさそうだな。家畜を襲い、腹いっぱいになりここで眠る。10日ほどするとまた空腹になる」
「で、また家畜を襲いにいくってことっすね」
「コイツなら、音もなく素早く襲って、素早く去っていくことが可能だろうな」
「闇夜に紛れることもできそうっすね」
「この大蛇を勇者に倒させるイベントで確定だ。弱点は、やはり冷気だな。毒は持っていないようだが、毒に対する耐性は強いようだ。温度を感じる器官のピット膜があり嗅覚も鋭いので、暗闇での視力は弱いが迂闊に近づくと危険だ」
「とりあえずメイスでぶん殴るっていう戦法はどうっすか?」
「勇者パーティ全員がメイスを装備して、モンスターをボッコボコにしていたら地獄絵図だぞ」
「狂戦士化魔法のアラブルンもついでにかけると効果倍増っす」
「それはもはや討伐でなく、殺りく劇という名の狂気だ」
大蛇のいる空間は、円形に広がった広場のようになっており、幅も奥行きも戦闘をするには十分な広さがある。高さは、大蛇が鎌首をもたげても十分な余裕がありそうだ。
「やはり勇者が戦うのだから、真正面から正々堂々と戦った方がいいだろう。しかし、広い空間になっているとはいえ、洞窟内で勇者たちも大蛇もお互いに派手に動けないだろう。下手に小細工して戦うより、氷とか雪とか冷気系の魔法で動きを鈍らせたところを叩く、というスタンダードな戦い方になりそうだな」
「アラブルンが――」
「魔族が関与している様子もないようだし、洞窟探索はこれくらいにして引き上げるぞ」
クグはゼタの提案を無視した。
「それじゃあいっちょどれくらい強いか戦って、実際の戦闘データをとってもいいっすか?」
言葉を遮られたくらいでは、ゼタはめげないようだ。
「余計なことをするな。せっかく寝ているのに、わざわざ起こすと面倒だ」
「起きない程度に、メイスでぶん殴るとかは?」
「無理。めちゃくちゃ強くてこっちの命が危険になるのも、間違って倒してしまうのも、どっちに転んでも本末転倒だ。あくまでも勇者のイベントの情報を集めるのが仕事だぞ。遠巻きから解析だけして終了だ」
知能が高ければ「勇者が来る」と吹っかけて、殺る気を出させて待機させることもできるが、今回は話し合いができるタイプではなさそうだ。
「1回戦ってみたかったなー。手応えない探索っすねー」
「戦わなくていい。手応えなくていい。情報収集が仕事だ」
クグは立ち上がりゼタに声をかけるが、未練でもあるのか立ち上がろうとしない。
「あっ、そうだ!」ゼタは急に立ち上がった。「大蛇のいる周りに魔法防御壁がないか調べてもいいっすか?」
「魔法防御壁? シラベイザーは弾かれずに解析できたし、解析情報にもそんなのあると書いてなかったぞ」
「でも万が一、魔法防御壁が張られてたら、勇者が倒すときにいろいろとアレじゃないっすか。だから、ソレを調べとくんすよ」
「そう言われればそうだが」
クグは、ゼタの言ういろいろとアレというのはよくわからないが、言いたいことはなんとなくわかった。
「簡単な魔法で調べることができるっすから、1回試していいっすか?」
そんな魔法あっただろうか? クグはちょっと怪しいと思った。しかし後輩の育成という点では信頼も必要だ。曲がりなりにもゼタは魔法使いである。
「あまり時間がないんだ、すぐ終わるんだろうな」
「すぐ終わるっすよ、1分、いや30秒、いや10秒で終わるっす」
「それならまあいいか。ちょっとだけだぞ」
「よーしっ」
ゼタは4、5歩進み大蛇がしっかり見える場所まで行き、メイスを構えひと呼吸おく。クグもゼタの斜め後ろ側、ゼタと大蛇が見える位置まで移動する。
ゼタは構えたメイスを振り上げ、勢いよく振り下ろした。メイスの先から火の玉が発生し、猛スピードで大蛇に向かって飛んでいく。そして、とぐろを巻く大蛇の胴体にクリーンヒットし、火の玉は火の粉になって消えた。
「おい。さく裂したぞ。火の玉」
火の玉の当たった部分が黒くすすけている。大蛇がもぞもぞと動き出し、クグは大蛇と目が合った。
「当たったということは、魔法防御壁がないってことがわかったっす」
「それはさておき、大蛇さん起きちゃってないか?」
「気のせいじゃないっすか」
「目が合ったぞ」
「完全にこっち向いてるっすね」
「大蛇さん、グッスリおやすみ中のところを乱暴に起こされて、めっちゃご機嫌ナナメに見えるんだけど」
「まあ、しかたないっすね。俺も乱暴な起こされ方したらブチ切れるっすよ」
「それもそうだな。まあ、わかればヨシッ……って済むわけがないだろ!」
悠長に会話をしている場合ではない。クグたちは完全に目が覚めた大蛇に、完璧にロックオンされてしまった。しかし、いつから大蛇に《《さん》》をつけているのだろうか。
「ヤバイッ。逃げるぞ!」
クグたちは、大蛇がこちらへ向かって来るのと同時にもと来た道をダッシュで駆け抜ける。追いつかれたら一巻の終わりだ! ついでに、大蛇に《《さん》》をつけるのも終わりだ!
クグはチラリと後ろから迫る大蛇の様子をうかがうが、許してくれそうな気配はない。完全に怒っている。ジリジリ差を詰められる。引き離さなければ、このままではヤバイどころではない。
効くかどうかわからないが、クグは走りながら素早さが遅くなる魔法『オソイン』を大蛇にかけてみた。後ろを確認するが、遅くなっている様子はない。
クソッ弾かれた。こうなったら公務員魂だ! 公務員ダッシュ・アンド・ハヤイン!
クグは素早さがアップする魔法『ハヤイン』を自分にかけた。ゼタにもついでだ。
「ぬおーっ」
「ぬわーっ。足が速くなったっすー」
大蛇に詰められた距離が再び離れた。しかし荒ぶる大蛇はスピードを緩めることなく、しぶとく追ってくる。ダッシュで逃げながらゼタがクグに聞いてきた。
「筋肉圧縮魔法でダメージ与えて、戦意を削いでもいいっすか?」
「筋肉圧縮魔法の乱用、ダメッ。ゼッタイ!」
「ちょっとだけでも」
「ダメって言ったらダメ! 大蛇がダメージ受けるのも、洞窟が崩落するのも、全部ダメ! すべてが水の泡だ! ついでに私も爆裂で死ぬ!」
クグは走りながら考える。落ち着け、冷静に考えろ。このまま洞窟の外まで逃げ切れるか微妙だ。仮に洞窟の外に出られても大蛇はそのまま襲ってくるだろう。何とかして引き返させなければいけない。
ノーダメージかつ、洞窟を崩落させず、戦意だけ削ぐ……。そんなのあるわけない。このイベントは諦めて、ゼタの筋肉圧縮魔法しかないのか。